リンゴ
勘太郎が風邪を引いた。喉が腫れて熱が出て、食欲がない。 自分の部屋に布団を敷き、ずっと横になったままだ。眠りも浅く辛そうだ。 「大丈夫か勘太郎?」 勘太郎は体が弱く、しょっちゅう風邪は引くが、用心深い性格な事もあり、寝込むまではひどくならない。 先日、傘がなくて雨に濡れたのがいけなかったのだろうか、それともやたら外に連れて行ったのがまずかったのか。 代われるものなら代わってやりたい。春華は気が気でならなかった。 「なんか、食えそうか?」 「りんご…。すったの…」 かすれた声で勘太郎が答える。 「すりりんごか?待ってろ、今作ってやる」 りんごの皮をむき、4つに切って、芯をとる。急ぐあまり手まですりおろしそうになりながら、ガラスのボウルにすりりんごを盛りつける。勘太郎が一口でも食べてくれるように祈りながら。 「勘太郎作ったぞ、食えるか?」 春華の言葉に勘太郎は薄く目をあけて、ちょっとだけ微笑む。『ありがとう』と口だけ動かすのが痛々しい。 「起きられるか?」 という言葉に少しだけ頷く。 背中に両手を回し、そっと上体を起こしてやる。自分の胸に寄りかからせて、スプーンに半分くらいすったりんごを乗せ、勘太郎の口に運ぶ。勘太郎はゆっくりとりんごを飲み下し、春華の顔を見上げる。 「うまいか?」 こくりと首を縦に振り、またにっこりと笑う。 「もっと、食うか?」 「うん」 小さな声で返事をし。まるで雛鳥のように口をあけた。 少しづつ少しづつ、春華は勘太郎の口にりんごを運ぶ。半分くらいなくなったところで、勘太郎がうつらうつらし始めた。スプーンを置き、静かに布団に体を戻し、額のタオルを替えてやる。 「寝られるか?」 頷きながら、枕のそばに着いた春華の手にそっと自分の手を重ねる。 「そばにいてやるから、安心して寝ろ」 春華が言うとほうっと一つ、幸せそうなため息をつき、微笑みながら目を閉じた。 しばらくゆっくりと眠り、目が覚めた後は熱が下がっていた。 「おなかすいたよーハルカぁ。おかゆー、温泉たまごー、お魚煮たのー」 熱があった時の殊勝さはどこへやら、とたんにワガママを言い出した。 いつもにも増して勘太郎に振り回されながら、それでもこのほうがずっとマシだなと胸を撫で下ろす春華だった。 「すりりんご、ありがとう、ハルカ。美味しかったよ」 走り回る春華の背中を見ながら、勘太郎はそっとつぶやいた。