廊下

  
   
 休み時間、勘太郎は高校棟の廊下を歩いていた。 朝、春華が忘れたと言っていた英和辞典を貸すために、しっかり抱え込んでいる。 年齢よりもずっと年下に見られる勘太郎は、高校棟に来るといつも緊張してしまう。ドキドキする胸を押さえながら、春華の教室、3年3組に向かう。 『あ、ハルカだ』  春華が廊下で誰かと話していた。  後姿でも、その長身で均整の取れた体躯、烏の濡れ羽色の髪は春華だと一目で分かる。 『やっぱり、ハルカってカッコいいよね。』  思わず惚れ惚れと見とれてしまう。  声をかけようとして、春華が話しているのが同級生らしい女の子である事に気が付いた。  ふわふわした長い髪、女の子らしい体形、優しそうな微笑。  ふと思ってしまう。 『もしかして…ハルカも本当は、可愛い女の子のほうがいいのかな。…どうしよう、声かけられないや…』  帰っちゃおうかな、とくるりと向きを変えかけたその時 「あらー、あの子」  春華と話していた女の子が、勘太郎に気が付いた。 「春華くんに用事じゃないの?」  その声で春華が振り向く。勘太郎をみつけて、にっこりと微笑む。 「勘太郎、辞書持ってきてくれたのか。わざわざ悪いな」  勘太郎に歩み寄り、辞書を受け取る。少しだけ、手と手が触れた。  「春華くんたら、いつもブスっとしてるのに、にやついちゃって。あ、それがうわさの彼女ね」 「うるせえな。どんな顔したって関係ねえだろう」  女の子は、春華の言葉を無視し、勘太郎に向かってからかうような口調で言った。 「春華くんたらね、女の子に言い寄られても、おれには彼女がいるからって、絶対手紙とかも受け取らないの。カラオケに誘っても彼女が待ってるからってさっさと帰っちゃうし。ふ〜ん、こんな可愛い彼女がいたんじゃ無理ないか。あ、そのピン、もしかして春華くんのプレゼント?似合うわね」  勘太郎は、おずおずと口を開く。 「あ…あの、でもボク…オトコ…なんだけど」 「知ってるわよ。春華くん言ってたもの。おれの彼女はオトコなんだって。からかわれたら、怒ってすごかったわよ。」 「喋りすぎだ。いいかげんにしろよ」  春華は片手で辞書を持ち、もう片方の手で勘太郎の肩を抱く。 「教室まで送ってやる。高校棟、緊張するんだろ。オレといっしょなら平気だよな」 「う…うん」  同級生にもきちんとごまかさないで話していてくれたんだと思うと、胸の中がほわんと温かい。  肩に置かれた春華の大きな手が心地よく、教室への廊下がずっとずっと続けばいいのにと思う勘太郎だった。