レモン

  
   
 「Lemon Tree って曲知ってる?」  いきなり勘太郎がそんな事を言い出した。横文字に弱い春華がそんなものを知っているわけもない。 「知らん」 「あのね、愛はレモンに似てるんだって。お母さんが、恋をしたらレモンの木に相談しなさいって小さな娘に教える歌なんだよ。」 「愛は黄色いのか?」 「もう、そういう事じゃないよう。ハルカは詩の心が分かんないんだからあ」 勘太郎は拗ねて、自分の部屋に入っていってしまった。 『レモンが愛?』春華の頭は混乱する。『レモンはレモンで愛は愛だろうが。第一木に悩みを相談したって、しょうがねえだろ。まあ、オレのオフクロは木の精霊だったらしいけどな』  何だかわからないが、勘太郎が機嫌を損ねた事はわかる。  ここは仲直りしておいたほうがよさそうだ。  ちょうど買ってあったイチゴを洗って、勘太郎の好きなコンデンスミルクをかけて、勘太郎の部屋をおとずれる。 「勘太郎、さっきは悪かったな」  勘太郎はすぐに顔を出し、イチゴを見ると 「わあ、ありがとう。ちょうどお茶にしようと思ってたんだ」   と相好を崩す。拗ねていたのは忘れていたみたいだ。   春華はちょっと損をした気分になった。しかし、一応、 「…で、さっきの話だけど」 と、切り出す。 「あ、レモンの話?気になるんだ。あのね、レモンの木は葉っぱが茂って木陰になるし、レモンの実はきれいな黄色で可愛いでしょ?でも酸っぱくて、そのままじゃ食べられないよね。恋も同じで、一見楽しいことばっかりみたいだけど、そんなにラクじゃないんだよってコト」 「オマエみたいだな…」 「え?なんのこと」 「見かけは、おとなしそうで、可愛らしげだけど、実際はわがままで、泣き虫で、扱いにくい…」 「ひっどーい、ハルカだってそうじゃない。見た目はかっこよくて男前なのに、実際は…えーと、えーと」  勘太郎は必死に考え込む。 「くやしー。ハルカの悪いとこ、思いつかないー。時々意地悪なことくらいだー」 「それは、欠点じゃないのか?」 「だって、ボク、ハルカのそういうところも好きだもん」 「そんなのオレだっていっしょだ。オマエの、わがままなとことか、泣き虫なとことかも、みんなひっくるめて好きだ」 「えへへ。なーんだ、よかったあ」  そうそう、レモンだって、すっぱい味も全部含めてレモンだから。  恋も相手の嫌な事も含めて、丸ごと愛してあげなくちゃ…、ね。