階段

  
   
 お弁当を食べ終えて、残りの時間を2人で過ごし、チャイムとともに教室に戻る。  2人は、毎日中等部と高等部の間の階段を4階まで上ってから、それぞれの教室に向かうことにしている。少しでもいっしょにいる時間が長くなるように。この階段を利用する人はまばらで、今日も他に人影は見えない。  トントンと軽い足音を立てて勘太郎が階段を上って行く。春華は2,3段後から階段を上る。軽やかに階段を上って行く勘太郎の後姿を見るのが、春華は好きだった。 …と、勘太郎の足が止まった。春華の1段上で足を止め、くるりと春華のほうを振り向く。 「わあ、やっぱり。ちょうどこのくらいでハルカと目線がいっしょだぁ」  いつもは見上げている春華の顔が同じ高さにある。 「ねーボクとハルカってちょうどこのくらい背が違うんだね」 「どうでもいいだろ、そんなこと」 「えー、よくないよ。ボクさ、いつもハルカくらいの高さから見ると、世界はどんな風に見えるのかなって思ってるんだ。きっとボクの感じてる世界とは違うよね」 「そんなもんかな」 「うん、だってさあ」  勘太郎は、春華の額に自分の額をこつんとぶつける。 「背が同じだと、こんな事もできるんだよ。ボクもハルカくらい背が高くなりたいなあ」 「オレはオマエは今ぐらいでちょうどいいけどな」 「ええー、どうしてー」 「オマエはしょっちゅう転んだりするだろ。それをおぶって帰らなきゃならないのは、オレの役目だ。でかくなったらうっとうしい」 「そんなに、しょっちゅう転ばないよぉ。ハルカの馬鹿ぁ」  勘太郎はぷーっと頬を膨らまして抗議する。まるでだだっこみたいだ。  春華はそんな勘太郎を見ながら、笑って続ける。 「それに、あんまりでかくなると、いっしょに空の散歩もできねえぞ」  いつもは隠しているが、黒天狗の春華は立派な羽を持っているので、当然空も自在に飛べる。  その羽を使って2人で空を散歩するのは、勘太郎のお気に入りだ。 「それは…ちょっと、困るかも」 「それにな…」  春華は階段を一段上がり、勘太郎と同じ段に立って、いつものように勘太郎を見下ろした。  勘太郎も、いつものように春華を見上げる。 「この角度から見る、オマエの眼の方が、オレは好きだ」  春華の言葉に勘太郎もにっこりする。 「そうだね。ボクもここから見るハルカが好きだよ。やっぱり、ボク大きくならなくていいや」  遠くから誰かが階段を上がってくる音がした。  2人は今度は並んで階段を上り始めた。