満員電車
春華と勘太郎は毎朝電車で通学している。 いつもは余裕を持って、空いている電車に乗るのだが、今朝は勘太郎の大事なお気に入りの「いちごのピン」 がなかなか見つからなくて、時間ぎりぎりのぎゅうぎゅうづめの満員電車にのるハメになってしまった。 「大丈夫か?勘太郎」 春華は、華奢な体を気遣い、自分の胸に抱え込むようにして人ごみから勘太郎を守っている。 「う…うん。」 春華にぴったりくっついて、恥ずかしそうにしていた勘太郎が、急にもぞもぞ動き始めた。 「どうした?」 小声で聞くと、ますます小声で、まるで消え入るような声で 「う…後ろの人が…」 と返事をし、今にも涙が溢れ出しそうな目で春華を見上げる。 勘太郎の後ろにいるのは、いかにも実直そうなサラリーマンだ。 「痴漢か?」 「わ…わかんないけど。きゃ…」 勘太郎が小さく悲鳴をあげた。 春華は一気に頭に血が上り、勘太郎の背中に回していた手を下の方に移動させ、勘太郎のお尻あたりにあった サラリーマンの手首をつかんで、ひねりあげる。 「てっめえ、コイツに何しやがったっ!?」 「わ…わたしは別になにも…」 「うそつけ。怖がって泣いてんじゃねぇか!」 勘太郎は今までの緊張が解けたのか、春華の胸でさかんにしゃくりあげている。 回りの人たちが 『うわー痴漢よ』とか『かわいそう、あんな清純そうな女の子を…』『ひでーよなあ』 とか言い合っているのが聞こえる。 「だ…第一そいつ、男じゃねえか」 まわりの同情が『え?』という空気になる。 『男かよ?』『あらあ…』 「男だったらいいのかよ!どこまで触ったんだ、許せねえっ!オレの勘太郎に触っていいのはオレだけだっ!」 春華はきっぱり言い切った。 そりゃあ勘太郎は男だ。だからなんだというんだ。 男だろうが女だろうが勘太郎を思う春華の気持ち、春華を慕う勘太郎の気持ちには少しも変わりは無い。 まわりの乗客たちも真剣な春華の様子に思わず息を呑む。 「ハ、ハルカぁ…。嬉しいよぉ」 ずっと不安だった事を春華がたくさんの人たちの前ではっきり言ってくれたことが嬉しくて。 次の駅で、男を突き出すために電車を降りた2人を、乗客の暖かい拍手が送った。 『お似合いよ』『幸せにね』と祝福の言葉が追いかけてくる。 2人は顔を見合わせてにっこり笑った。 学校には間に合わなかったけどね。