ある日の午後、みやが息せき切って駆け込んできた。
「むー、福引当たったぁ」
「えーどれ?」
 由利香がみやのぱふぱふの手から、当選の目録を取り上げる
「すっごーい、『ねずみーらんど』と『ねずみーしー』グループご招待券、ホテルねずみー二泊つき!」
 どちらも今話題の遊園地と、ホテルだ。キャラクターの『Pitchy』とそのガールフレンドの『Pippy』は老若男女を問わず人気がある。特にホテルねずみーで朝食を食べると『Pitchy』が現れてパンにバターを塗ってくれる、『Pitchy−Breakfast』は大人気だ。
淳が肩越しに覗き込んでケチをつけた
「おっまえなあ、どうせだったら8人分当てて来いよ。6人分なんて半端どうすんだよ。」
「な…なんで8人?みやはあああっ!?」
 淳は黙って、パンフレットの一文を指差す。
 そこには『なお、ペットなどの動物のご同伴はご遠慮ください』と書いてあった。
「みやはペットじゃないぃぃ。かぞくぅぅぅ」
「でも、どーぶつだろが」
 冷たく言い放つ淳に、みやは耳を伏せて丸まっていじける。
「ごめんねーみやちゃん。もー、猫好きなくせに、なんでみやちゃんいじめんのよ」
「こいつ、もちだろ。猫じゃねえ」
 もしかして、もちなら行けるかも!…無理か。
 由利香はみやを抱き上げて、喉の下を指で撫でながら優しく
「おみやげ買ってきてあげるからね。なにがいい?」
「むー、のりー」
 ごろごろ反射的に喉を鳴らしながらも、悲しそうにみやは答える。
 はたして、ねずみーらんどに、のりのお土産は売っているだろうか?
「ま、とりあえずみんなで相談するか」
「そうだね」
 淳と由利香と、由利香に抱かれたままのみやは『みんな』の集る居間に向かった。

**************


「ねー、これ見て見てー。みやちゃんが当ててくれたんだよー」
 由利香がみやを片手で抱きかかえたまま、チケットを振りかざしながら居間に駆け込んできた。
 ほのぼのとお茶を飲んでいた6人は由利香のほうを見た。
「へー、タダなんだー。みやちゃんも、たまには役に立つじゃん。」
金花はチケットを見て言った。心なしか、いや、かなり嬉しそうだ。
「ううう…不憫だ。コノが不憫だよー。お姫さまなのにねずみーらんどのチケット見て『タダ』のところに反応してるコノが不憫だよー。」
 柚ちゃんこと柚莉は、金花のその様子を見てひっそり涙している。が、金花はそんな柚莉にも気づかず、食事はどんなのがでるのかな、ひょっとして交通費は自分もちなのかな?などと思いをめぐらしていた。いつものことだけど。
「6人分ってことは…行けねえやつが3人出るってことか」
 犬夜叉がつぶやく。…ちがう
「犬夜叉、それを言うなら2人でしょ。」
 すかさずかごめが突っ込んだ。
「おまえ馬鹿だと思ってたけど、ほんっと馬鹿だな」
 淳がいかにも馬鹿にしたような口調で言う
「なんだよ!てめえ、そーやっていっつも馬鹿にしやがって、表出やがれっ!」
「あ、やる?」
 何故か嬉しそうに淳が立ち上がる。みんな、また始まったという顔で呆れて見ている。
「ストーップ!」
 由利香が、にらみ合う二人の間にわって入る。
「もーやめなよ。この前も二人で大暴れして、物置と納屋破壊して、かごめちゃんのお母さんに、すっごく怒られたじゃない。懲りないねえ」
「似たもの同士ってやつだよねえ」
 勘太郎がゆっくりとした動作でお茶を飲みながら、隣の春華ににっこりと微笑みかける。
「あーここのお茶はおいしいねえ、やっぱり出がらしじゃないお茶はいいねえ。ね、ハルカ ?」
「まあな」
 春華はどうでもいい事のように答える。
「そんなのどうでもいいからさー、誰が行くか決めようよ」
 由利香の言葉に、犬夜叉も「けっ」と吐き捨てながら、腰を下ろす。
「つまんねーの」
「淳っ!もー」
「じゃあここはやっぱり、公平に…」
 じゃんけんで。と言いかけた柚莉を遮るように、金花はズバッと言い放った。
「よしっ、決闘するか。」
「…え?」
「だから、決闘よ決闘。一番わかりやすくっていいでしょ?所詮この世は弱肉強食、弱きを挫き強きも引きずり落ろす!!これがこの世の理よ。」
 金花はまくし立てるように、一気に言った。…最後の一つはちょっと違う。
 言うだけ言ってふと、金花は冷静になって周りを見渡した。なぜかみんな、驚いたような顔で金花を見ていた。
「…私、なんか間違った?」
「い、いや、コノの口からそんな言葉が出てくるとは思わなかったから…。コノ結構じゃんけん強いし、ぼくの意見に賛成かと…」
「何言ってんの、柚ちゃん!こっちのほうがより確実にねずみーらんどに行けるじゃん!もし6人の中に入れなくても、運のせいにしたりしなくて済むし。」
「あ、それいいじゃん」
 すぐに淳が乗る。今、犬夜叉との決闘(?)をジャマされたところだし、このところちょっとおとなしくしてて、体がなまってるし。
「おう、おれも乗るぜっ」
 当然のごとく、犬夜叉も乗る。
 やっぱり、似ているのかも知れない…
「ねえ、ハルカも、ボクのために戦ってくれるでしょ?」
 勘太郎は茶碗を置き、うるうるした目で春華を見上げる。
「は?なんでオレが」
「ひどいっ!ハルカはボクと、ねずみーらんどでデートしたくないんだっ!こうしてやるっ」
 勘太郎は、いきなり春華が使っていた茶碗を取り上げて、部屋を飛び出した。
 天狗が一生使うと心に決めている、大事な茶碗だ。
「あ、こら、勘太郎待ちやがれっ」
 春華ははじかれたように立ち上がり、勘太郎の後を追って行ってしまった。
 勘太郎の、パタパタという足音と、春華のばたばたという足音が遠ざかって行った。
「…行っちゃったねえ」
 由利香が部屋から首を出して言った。二人の姿は影も形も無い。
「きゃあっ、大変!」
 唐突にかごめが叫んだ。
「どーしたの?かごめちゃん。何か悪いものでも拾い食いしたの?腐った魚とか、日付の過ぎた牛乳とか…あ、山に生えてるキノコは、横に裂けるのは食べないほうがいいんだよ。」
「コノ…縦に裂けても食べないほうがいいんだよ。うっうっう、咲夜にお金が無いばっかりに、危険なキノコも食べなきゃいけないなんて、コノが不憫…。」
 柚莉は妙に「不憫、不憫」と強調していった。…どうやら同情を買ってねずみーらんどに金花(あわよくば自分も)を行かせようとしているらしい。だれも気づかないと思うけど。
 案の定、かごめは全く気づかず、口惜しそうに言った。
「二人の部屋にビデオセットしておくの忘れちゃった!きっとこれから、あんなことやこんなことを…」
「あんな…って?」
 かごめの意図する意味が判らず、金花は首をかしげた。
 淳が真顔で説明を始める。
「あんなことっつーのはな、例えば、雄しべと雌しべが…う~んちがうな、発情期の猫が、う~んこれも違う。ええと、あーめんどくせー。愛し合ってる二人がする事といったら、二人っきりになったらオトコでもオンナでもする事はただ一つ…」
「ぎゃああっ、ストップ!」
 柚莉はあわてて、手馴れた動作で金花に耳栓をした。どうやらこの一連の行動も、日常茶飯事らしい。
「清く、正しく、美しい、まだ子供なコノに何教え込むつもり!?そりゃ確かにあの二人がしてるのは…まあ、うん、そんなだと思うけど…と、とにかく!コノに妙な事教えないで、じゅん!」
「ひらがなで呼ばれたくねえんだけど」
 なんで分かる、そんな事…
「第一、子供なって、同い年じゃねえか、おまえら。妙な事っていうけど愛は世の中で一番気高く、大切なものなんだぞ。その愛の証たる神聖な行為をだなあ…」
「だーかーらーっ!そういうことを公然と、人前で言うことがおかしいんだって!まるでどっかのヒのつく変態さんみたいだよ!」
「おれはそれほどひどくねえっ!」
「へえー、じゃあどこが違うっていうの?」
「あんな、人前でやたら脱いだり、光ったり、人のケツ見てニヤついたりしねー」
「それ以外はあんまし変わんないじゃんっ」
「それ以外ってどこだよ」
「ねーねー、ヒのつく変態さんって、この人?」
 由利香はいつの間にか『ヒソカ』の写真を手にしていた。
「おまえ、何でそんなもん、持ち歩いてんだよっ!」
「えー、だってカッコいいじゃない」
 由利香は大切そうに写真をしまいこんだ。
 淳はあまりの事態に唖然として声も出ない。
「変態好きだから、おまえのことも好きってわけか」
と犬夜叉にまで突っ込まれると、もう黙り込むしか…
「やったー、じゅんが黙った。ってことは、ぼくの勝ちだねっ!」
 と、いうわけでは決してないのだが。
 その間、みやは…というと、金花の膝の上で眠り込んでいた。というよりも、他の5人はみんなばたばた立ったり座ったりしていて落ち着けなかったのだ。金花は、…というと、柚莉に耳栓を突っ込まれて外界の情報を遮断されたまま、考え込んでいた。
(このメンツで決闘…っていうと、やっぱり特殊能力系は使わないようにしないとね。柚ちゃんとか春ちゃんとか犬ちゃんとか、めちゃくちゃ物騒な技だから。となるとやっぱり力づく?…それなら私、6人の内に入る自信あるけど、問題は勘ちゃんね。行きたがってたみたいだし、絶対なんか画策してる…。私も何かしたほうがいいのかしら。柚ちゃんに頼んで薬作ってもらうとか…)
「むー、ねずみー…」
 みやが、寝言を言ったのと同時だった。部屋の外でぱたぱたという足音がして、襖ががらっと開いた。
「あー良かった、まだみんな集ってたー」
 勘太郎が顔を出した。
 …何故か頬がちょっと紅潮している。
 るんるんと楽しそうにさっきいた場所に座り、さめたお茶を飲み干す。
 その後から春華が大切そうにお茶碗を持って現れた。はあと軽くため息をつきながら、勘太郎の隣に座る。
「ねずみーらんど、みんなで行って来ていいよ。ボクはハルカと二人でお留守番してるから。ね ?」
「ああ…」
 春華はあいまいに頷く。
「ええーッ!」
 あんなに行きたそうだったのに…。みんなびっくりして勘太郎を見た。勘太郎は涼しい顔でお茶のお代わりを注いでいる。
「春華さあ…」
 ショックから立ち直った淳が、隣の春華に声をかけた。
「シャツのボタン掛け違ってる…」
「え゛!」
 春華はあわてて自分のシャツを見る。
 …違ってないし。
「違うはずないじゃない。ボクがかけてあげたのに、ねっ、ハルカ」
 勘太郎はにっこり笑って、春華のお茶碗にお茶を注いだ。
「家に帰ると、こんな美味しいお茶飲めないから、いっぱい飲んでおこうねー」
 それにしてもあの短時間の間に何してたんだこいつら…。
「やっぱり、ビデオセットしておけばよかったー」
 かごめはかごめで、妙な悔しがり方をしているし。  柚莉は淳がまた変なことを言わないかと、ちらりと見て、ふと思い出した。そういえば金花って、まだ耳栓をつけてたんだっけ。
「コノ。もう取っていいよ」
 瞑想中の金花から、むりやり耳栓を外す。
 金花はしばらくそのまま考え込んでいたが、ふいに音が聞こえるようになっていることに気づいた。
 そして、勘太郎と春華が戻ってきていることにも。
「あれ、二人ともいつ戻ってきたの?それに勘ちゃん、何か顔赤い…」
「え、そうかな?今日暖かいよね」
 勘太郎は全く動じない。
「そうかぁ、朝、氷張ってたぞ」
 犬夜叉の言葉に、由利香が
「愛し合う二人に寒さは関係ないよねー」
と返す。意味どこまで分かって言っているかは疑問だが。
「愛だろうがなんだろうが、寒いモンは寒いだろ」
「こっどもだなー、犬」
「淳、またつっかかる!そんな事言ってる場合じゃないでしょ。あのね、コノちゃん、勘ちゃんが、春ちゃんとお留守番しててくれるから、6人で行っていいって言ってくれたの」
「えー!勘ちゃんてっきり、どんな手段を使っても行きたがると思ってたのに。何で?」
「ご想像にお任せするよ。ねっ、ハルカ? ふふふ? 」
 勘太郎は意味ありげに含み笑いをし、春華を横目でチラッと見る。
 春華はちょっと頬を赤らめて、目をそらした。
「なぁにしてんだか」
「はぁぁ」
「え、え、何?」
金花は一人だけ、状況が理解できずうろたえている。
(犬夜叉もどこまで分かっているかは、ちょっと疑問が残るが)
「つまり、勘太郎は、おれたちと遊びに行くより、春華と二人でいてえってことだろ」
 淳が珍しく遠まわしに、かつ金花にも理解できるように解説を加え、文句あるかといった顔で柚莉を見た。
「なーんだ、そっか。二人ともホント仲いいねー」
『仲がいい』の意味こそ違うものの、金花は納得したらしい。柚莉も既に出しかけていた耳栓をしまって、ホッと息をついた。
「う〜ん、ほら、ボクたち一応オトナだしね。ここは子供の君たちに譲ろうかなあって、さっきハルカと話し合ったんだ」
「オレは、そんな事話した覚えは…」
 春華の言葉を遮って
「遊園地の券なんかで争うのも、大人げないしね」
と続ける。
 そう言えばそうだった。
 見た目はどう見ても、せいぜい中学生の勘太郎だが、その実態は35歳過ぎ、実はそろそろ40歳に手が届くのではないかという、立派な『オトナ』なのだ。『民俗学者』なんていう肩書きも持っている。そのわりに言動は、見た目と一致して子供っぽい。だから、こんなメンバーの中にいても違和感がないのだろうけど。
「と、いうわけで、みんなで二人にお礼を言って、6人で出掛けるか」
「むー、みやにおれー」
 いつの間にか目を覚ました、みやが不満そうに淳を見上げる。
「なんで、もちに礼なんか」
「淳、忘れたの?みやちゃんが当ててくれたんだよ、これ」
「そーだっけ?」
 淳は自分の中で済んだ事はすぐ忘れる。多分明日には、6人で行く事になった経緯も忘れているかもしれない。
「むーひどいぃぃぃ」
 みやは悲しそうに眉間にしわをよせた。
「勘ちゃん春ちゃん、ありがとうっ!わーいタダ旅行〜♪じゃあ、出かける支度してくるね。」
 金花はそう言うと、そそくさと居間から出て行った。
「コノー、置いてかないでー」
 柚莉もその後からあわてて付いて行った。
「支度ってなんだ?」
 犬夜叉は首を傾げる。
「別になんもねえよな」
「おれも別にねえけどさ」
 淳が相槌を打つ。
「女の子はいろいろ大変なんだよ。あれ?柚莉ってオンナだっけ?」
 多分違う。
「わー、みんなでお出かけ〜。嬉しいなー♪ねー、かごめちゃん、何着てく?」
「えー、このあいだ買ったワンピースにしようかなー。でも、ねずみーらんどだから動きやすい服のがいいのかしらー」
 しばらくして、準備が整ったらしく、金花たちが戻ってきた。
「かごめちゃん、支度できた?」
「あ、もう少し…ってコノちゃん、何それ。」
満足そうに現れた金花が着ていたのは、黒地に桜吹雪の舞う振袖。帯は金色で、よく見ると薄い茶で桜模様が入っている。頭に留めたかんざしも、もちろん桜。金花のやや後ろにいる柚莉も紋付きはかまだけど…こっちは七五三みたい。
「え。咲夜国古来より伝統の、「出掛け着」だけど…なんかヘン?」
「きゃー、かわいー、コノちゃんも、ゆーちゃんもー」
 由利香は目を輝かせて、上から下までじっくりとその非日常的な服装を観察する。
「いいなあ、やっぱ、日本人は着物よねー」
「いや、違うだろ、ユカ。こいつら、日本人じゃ…って、そーじゃなくって。あのさーどこ行くかわかってんのか?てめーら」
「えー、ねずみーらんどでしょ?」
「それぐらい分かってるよー。失礼だなー、じゅんは」
「まあ、どーしてもっつーなら、反対しねえけど…」
 でも、やっぱりこの格好はいろいろな意味で遊園地には不向きだと思う。ジェットコースターとか乗ったら、かんざし飛ぶだろうし、それが後ろの人にささったら痛いし。アトラクションへの乗り降りもかなりしづらそう。第一ものすごく人目を引く。
「なんか、おれ、説得する自信ねえ」
 ぶつぶつ言いながらも、淳はあるアイデアを思いついた。
「あのさー柚莉、金花って、すっごく可愛いと思うだろ」
「もちろん!…って、じゅん今『金花』って言わなかった?」  柚莉は同意しながらも、どこか引っかかったような表情で言った。
「淳ちゃん、だめだよ。『柚莉』じゃなくて『柚ちゃん』って呼ばないとー。」
 金花も横合いから口を出す。
「あーもう、うっせー。なんだって、いいじゃねえかよ。ゆーちゃん、コノちゃんはすっごく可愛いだろ。その可愛い金花…じゃなくてコノちゃんが、こんなゴージャスな衣装で出掛けたら、すっげー人目引くよな。きっと、男どもに声掛けられまくりだぜ。どーすんだ、おまえの大事なコノちゃんが、よその男に色目使われたら…、おれだったら、絶対…」
 淳が全部言い終わらないうちに、柚莉は金花の着物のすそを掴んで言った。
「コノ、やっぱり普通の服でいこっか」
「えー!何で?」
「よく考えてみて、ぼくたちが行くのはねずみーらんどなんだよ?コノが神々しいばかりの着物姿をしていたら、せっかくの夢の国も霞んじゃうんだよ!それじゃ『Pitchy』も困るでしょ。業務執行妨害とか言って、逮捕されて罰金取られちゃうよ!」
 柚莉は色目を使われると困るから、とは言わないでおいた。たぶん言っても「色目を使う」の意味が分からないし。
 金花は神々しいかどうかは別にどーでもよさそうだが、「罰金」という恐ろしい熟語に顔色を変えた。
「それはいや!」
「でっしょおおお。だから早く着替えてこないと!」
「うん、分かった!」
 金花は勢いよく居間を飛び出していった。
「あ、コノが着替えてくるならぼくも着替えてこよっと。」
 続けて柚莉も居間を出た。
「う…うまく行った」
 淳は、は〜っと大きなため息をついた。なんでこんな事で、自分が苦労しなくちゃならないんだと自問自答する。
「あーもったいな〜い」
 二人が去っていったほうを眺めながら、由利香は残念そうだ。
「もったいなくねえっ!あーゆーのは、正月とか七五三に着りゃあいいんだよ」
「わー淳が常識的なこと言ってる!雨降るー雪降るー槍降るー血の雨が…」
「降らねえっっ!」
 不満そうな由利香を放って置いて、今度は犬夜叉の方に向き直る。
「おまえも、どーにかしろよ、その服」
「な…なにがでぇ」
 犬夜叉の服装も、そのあたりを歩き回るにはあまりにも非日常的な服だ。
「かごめ、どーにかしてやれよこいつ」
「えー、じゃあママに何か無いか聞いてくるわね。ほら、犬夜叉行くわよ。」
 かごめは犬夜叉の手を引いて居間を出て行った。
「はあぁぁぁ〜、なんでおれが…」
 もう一度、大きく大きくため息をつく淳に勘太郎が声をかける。
 …いつの間にか、春華の膝にちょこんと座り込んでいる。
「キミも大変だねえ」
「…居間で、ナニやってんだよ、おまえら」
「えー、なにかへんかなあ」
「いや…別にもうなんでも良くなってきた」
「羨ましい?」
「むー、いいなあ、おひざ乗っていい?」
 膝に乗って来ようとしたみやを、淳は思いっきり払いのけた。みやの体がぽーんと3メートルくらい飛んだ。
「むー、どーぶつ虐待」
「もちは飛ばしてもいいんだよ!東北のある地方では、もち飛ばしっつう祭りがあって、鏡開きの日にもちを飛ばしてその年の豊作を占うんだ。知らねえのか」
「そんなの、知らないなあ」
 春華の膝の上から、勘太郎がのんびりとお茶を飲みながら答える。
 そう言えば、勘太郎は民族学者だった。
「おまえもさあ、なにおとなしく座られてんだよ」
 淳が、平然とお茶を飲んでいる春華に声を掛けると
「いや、別にこれで特に不便はないし、けっこう暖かいし」
というこれまたのんびりした答えが返ってくる。
 この二人、完全に二人の世界に入り込んでいるようだ。あとの人間たちの言動は、多分オマケ。
「ねー淳は何も支度しなくていいの?」
「え?ああ?」
 淳は、まったりと微笑み合いながらお茶を飲んでいる、春華と勘太郎を見た。なんか、このままここにいても、何の意味もないような気がする。
「支度、別にねえけど、とりあえず行くかあ」
「うんうん、お邪魔っぽいし」
 由利香は、部屋のすみにころがっていたみやを抱き上げた。
「はいはい、みやちゃんも行こうねー」
「むー、ここあったかいー」
「だめだめ。これから、すっごくあっつくなっちゃうんだよー」
「むーそーなのー。あついの、やだー」
「そうでしょ。だからあっち行こうねー」
 淳はもう部屋を出て行ってしまっている。
「じゃ、ごゆっくりー」
 由利香もみやをだっこして部屋を出、ふすまを閉めた。
「暑くなるんだって、なんでだろうね、ねーハルカ ? 」
 襖が閉まったのを確認して、勘太郎は春華に抱きついた。
「さあな」
 後で、この話を聞いたかごめは、ビデオをセットしていなかったことを、ものすごく後悔していたらしい。



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