1.10.Junior High Life is a High Life. 〜part1

 
 
  
        
「たっだいまっ!ねえっ、これ見て!」  いい加減、学校の帰りに由利香が何か事件を持ち込むのにも慣れた。由利香の中学校生活も2週間になり、淳はなんとなく食堂で帰りを待つのが習慣になっている。 「淳って…保護者なんでしょ。はいっ保護者に…」  カバンの中から紙を2枚出して淳に渡す。目が点になる。 1枚は、授業参観と保護者会のお知らせ。もう1枚は保護者面談のお知らせ、都合の良い日時をお知らせくださいとある  目が点のまま、2枚の紙を見つめる。これを由利香が見せているという事は 「おれにこれに出ろと…」 「先生が、保護者会は都合のつかない人は欠席しても構いませんが、保護者面談は、都合がつかなければ夜でも構わないので必ず行なってくださいって。どうしよっか?」  どうしよっかってってねえ…  忘れていたけれど、学校に通うと言うのはこういうことだ。授業だけ受けてれば良いってわけじゃない。 「あと、文化祭も来て下さいって。」 「だから、おれが行くの、これ?」 「保護者なんでしょ」  由利香は淳をじっと見詰める。行かないんなら、もう保護者なんて言わせないとでも言いたげだ。  ここで行かないと言ったら、負けのような気がする。こうなったら開き直るしかない。 「いいよ、わかったよ、行きゃあいいんだろ、行きゃあ」 「え?うっそ」  今度は由利香の目が点になる。 「うっそって何だよ。行ってやろーじゃねえか面談。ただし知らねえぞ滅茶苦茶になっても」 「え…えっとぉ、淳、やっぱいいよ」  由利香は、淳から面談の申し込み用紙を取り上げようとするが、 「うるせー。ペン貸せ」  淳は由利香のカバンをこじ開けて、筆箱の中から、ボールペンを取り出して申込書を書き始める 「日時なんていつでもいいよな。名前書いて…と」 「淳、変だって」 「うるせえな。続柄あ?知るかそんなん、他人とか書いちまうか」 「淳てばあ」 「黙れっつうの。遠い親戚でいいか?」 「知らないよ、そんなの。普通そんな人、面接に来ないし」 「これから、どんどん社会は複雑化していくんだ。遠い親戚が来ることもあれば、隣のオバサン、果ては通りすがりの人とか猫とかが面談に来ねえとも限らねえだろ」 といつものように、わけのわからない論理を展開させる。 「ありえないから」 「保証できんのかよ」  そう言われると 「…できない…」 「だろ。ほら持ってけ。」 「印鑑は?」 「持ってねえよ、そんなの。尚に借りろ。あいつなら持ってんだろ」  すでにやってることがほとんど滅茶苦茶だ。   まあ最悪中学辞めることになるだけだしと諦めて、尚を探す。尚はもう食事を終えてロビーで何か考えていた 「尚、印鑑って持ってる?」 「持ってるけど…何?」 「これ」  尚に保護者面談の申し込み用紙を見せる。尚は面食らったような顔になり、それから淳の名前を見て笑い出した。 「何、あいつ、面談に行く気?」 「その気にさせちゃった。間違っちゃった」 「間違ったよな。麻月に頼むべきだったんじゃねえの」  確かに、その方がよっぽど自然だった。一応血もつながってるんだし。 「それにさ、淳が行くにしても、苗字そろえて、兄とかいう事にすりゃ良かったのに、なんだよ遠い親戚って」 「他人て書くとこだった」 尚は今度は爆笑し始めた。 「…他人っ!?それ続柄かよ」  笑いながら立ち上がって 「待ってて、印鑑持ってくるから」 「あ、私行くよ。」  尚の部屋に入るのは、尚がここに来たとき以来だ。由利香は部屋を見回して感心する。 「片付いてるね、尚の部屋って」 「モノがないだけだろ」  淳の部屋に輪をかけてモノが少ない。見える範囲にあるのは机の上の教科書、ノートの勉強道具だけ。ベッドもきちんと整えられているし、着替えも全部クローゼットにしまってある。  尚は机の一番上の引き出しを開けて印鑑を出して由利香にわたす。机の中も整理されている  決められた欄に印鑑を押して、尚に返す。尚はきちんと印鑑の印面をティッシュで拭いてから、ケースに戻した。 「ねー尚さっき何考えてたの?」 「え?ああ、ロビーで…?大会の事。結局淳には勝てねえしなあって」  思わず本音が出てしまった。 「尚、淳に勝ちたいの?勝ってるよ、部屋の片付け」  尚は一瞬、え?という顔になり、それからまたちょっと笑った。 「そっか、ありがとう」 「じゃねー」  由利香は元気に部屋を出て行った。

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 次の朝、担任の酒井先生は面談票を集め、ちらっと目を通し、ぎょっとした。 「山崎さん、ちょっと」  と、由利香を手招きする。小声で 「この、水木淳って人は…」  ほら来た、と思う。すんなり行くとは思わなかった。 「多分、私の事は一番良く知ってるかなあって」 「まあ、山崎さんの場合、特殊な家庭環境とは聞いているけれど。できれば、お母さんとかお父さんの方が」 「…」  どう返そうか、黙ってしまった由利香に、先生は、しまったという顔になった。  聞いてはいけないことを聞いて、傷つけてしまったと思ったのだ。 「ま、…まあじゃあこの人でもいいいけど。前例ないけどねえ。遠い親戚ねえ」  本当は遠い親戚ですらないけれど。  首を傾げる先生を残して、由利香は席に戻る 「どうしたの?」  真知子がそっと由利香に聞いてくる 「うん。ちょっと、面談の事で」 「面談かあ。やだよねー。帰ってくるといっつも、文句ばっかでさあ。とりあえず2,3日は勉強勉強ってうるさくって」  淳も勉強しろとか言い出すのかな、と想像するとするとおかしくなって、思わず吹き出してしまった。  真知子はそんな由利香を怪訝そうな顔で見て 「言われた事ないの?あ、そう言えば、ユカのお母さんってどんな人?やっぱり美人?」  とりあえず茉利衣を思い浮かべる。多分…美人だけど、お母さんってイメージからはほど遠い。 朝ごはん作ってる姿も想像付かないし、洗濯や掃除をしている姿も浮かばない。お買い物っていうと、スーパーで夕飯のお買い物というより、ブティックで金に糸目をつけずガンガン買い捲ってる姿がうかぶ。 「えっとおー。ちょびっと変わってるかな?」  ちょびっとじゃない気もするけどね。世の中のお母さんってもんが、みんなアレと、二アリーイコールだったらすっごく怖いし。 「うちのお母さんもヘンだよー。あ、そうだ。今度うちに遊びにおいでよ。」 「遊びに?」  由利香はとまどって答えた。思えばΦと汀氏の家しか行った事がないのでは。『遊びに』誰かの家に行くといった発想自体がない。 「うんおいでよー。さなちゃんも誘おう。こんどの日曜日でいい?」 「う…うんっ!」  真知子の顔をじーっと見る。嬉しい…なんかすごく嬉しい。 『ふつうのちゅーがくせーみたいー、私』  でも、遊びに行くって…なにするんだろう。

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 由利香があまり目立たないようにしている事もあり、部活は順調だ。 まあ、亜里沙の仲間がやたら細かいことでこき使ってきたり、部長の史江が色々作業を言いつけてきたりしてくるが、本人はあまり気にしてない。部活の事なんて知識がないからこんなもんかなと思っている。  練習も順調でこのまま行けば無事成功しそうだ。今日も片付けを手伝い、足取りも軽く下校する 「ユカ」  ポンと後ろから肩を叩かれる。振り向くと、真知子がにこにこしている。 「今帰り?いっしょに帰ろ」  こんな風に、よく真知子は帰りに声をかけてくれる。同じ年の女の子と肩を並べて帰る、という事自体がとても新鮮だ。 電車に乗ると真知子はいきなり 「ユカ、例の人と上手く行ってるの」 と聞いてきた。例の人=淳。 「え?う〜ん、相変わらずってとこかな。ところでさあ、まっちは好きな人いないの?」 「え?」  まさか自分に振られるとは、思っていなかったらしく真知子は一瞬で真っ赤になった。意味も無く通学かばん代わりのスポーツバッグをぶんぶん振り回しながら小声で 「い…いないわよ」 と言う。明らかに、あからさまに怪しい。由利香はからかうような口調になる。 「えー怪しいー、誰々?」 「誰にも言わない?…あのね、部活の先輩」  由利香の耳元で、さっきよりももっと小声で、ほとんど囁くような声を出す。言ってから、今度はスポーツバッグをぎゅっと抱きしめて、顔全体をスポーツバッグで隠してしまった。真っ赤な耳だけが見えている。やたら乙女っぽい。 「男子バレーのエースアタッカーでさ、かっこ良かったんだ。もう引退しちゃって会えないんだよね」 「そっかあ寂しいね。ね、告白しちゃえば?」 と言うと、真知子は一瞬固まり、その後、ものすごい勢いで首を左右に振った。 「と…とんでもない。私なんて憧れてただけだし、ものすごいモッテモテなんだよ。」 がっくり肩を落として、ため息をつく。 「ユカは可愛いんだから、いい男をつかまえなよ。ヘンなのにひっかかってないで」 「う…うん。え?」 「いっけない!」  真知子は車窓から外を見た。自分の降りる駅だ。降りる人はみんな降り終えて、もう人が乗り込み始めている 「降りなきゃ、すいませーーーん、降ろしてくださ――い」  乗客を掻き分けながら、ちょっと振り返って 「じゃねユカ、また明日」 「うん、またね」  片手を肩まで上げて軽く振る。真知子はやっとのことで電車を降り、振り向いて、電車の中の由利香にもう一度手を振った。 にっこり笑って手を振り返しながら、いい人だなと思う。友達になれてよかった。  嘘をついている事がとても後ろめたい。Φに居ることを言った方がいいのかな、と思うけれど、Φに関してはろくな噂がない。子供をさらって来て育てているとか、マフィアとつながっているとか。…やっぱり言わない方がいいかも知れない。

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「あのねー、友達に家に遊びにおいでって言われたのっ!」  夕食を取りながら、満面に笑みを浮かべて由利香が報告する。 「友達?誰?」  聞き返しながら、今日のニュースはこれかと淳は思う。まあ、ニュースにしては穏やかなほうだ。 「うん。まっち。覚えてるよね」 「え?え…っとぉ」  微かに記憶にあるような気はするが、定かではない。多分由利香は毎日口にしている名前だと思うのだけど。 「もうっ!友達の名前くらい覚えてよ」 「へいへい」  適当に受け流していると、近くに座っていた温が、 「遊びにいくんなら、おみやげ持っていかないとね」 と口を出してくる。相談に乗る気満々で、お盆を持って由利香の隣に移動してきた。 「お菓子とかでいいからさ、これ、家の者からですって」 「イエノモノって?」 「お家の人って事よ」 「例えば、あいつじゃねえか」  離れたところで優子と夕飯を取っている由宇也を指差すと、その気配に気が付いて、こっちを見る。  不穏な雰囲気を察しとって、あっという間にやってきた。もしかして、加速装置でもついているのか、と思うばかりの素早さだ 「由宇也ってさ、ユカの家族だよな」  唐突な淳の質問に、由宇也は面食らったように 「え?あ、ああそうなのかな。確かに血はつながってるけど、戸籍上は…」 「家族じゃねえっつうんだ。へぇぇ、たった一人のおにーちゃんなのに、ユカかわいそ」 と横目で由宇也を睨む…まねをする 「う゛…なんだよそれ」 「母からは見捨てられ、父親の行方も知れず、唯一身近なところにいるにーちゃんにも、見捨てられんだ…」 「言ってねえだろ!」 「私、別に由宇也に頼ろうとは思ってないけど」  由利香が口をはさむ。淳はその言葉を逆手に取って 「そうだよな、こーんな頼りがいのないにーちゃんじゃな」 「だから、なんなんだよ、おまえはっ!」  淳に掴みかからんばかりの由宇也に、温がおかしそうに言う。 「ユカ、お友達のうちに行くから、お土産もって行った方がいいわよねって話してただけ」 「おっまええなぁぁっ!遊ぶなっっ!」 「ちっ、わかったか」  残念そうな淳に、真顔で返す。 「手土産って言ったら、菓子折りとかだろ」 「菓子折り?…って、結婚式とかにもらう鶴とか鯛とかの?」 「ばかか、めでたい練り切り持ってってどうすんだよ。クッキーとかだよ」 「クッキーぃ。あ、酒は?」 「あほう」  頭をゴンと叩かれる。 「どこの世界に、友達んちの手土産に、酒持ってく女子中学生がいるんだ」 「えーかわいーじゃん」  何だかんだ言って、二人で話し合っている。もしかして、結構気が合うのかも知れない。  いつの間にか、優子も二人分のお盆を持って、本格的に移動してきた。しばらく戻って来ないと判断したらしい。 「ね、ユカ、学校楽しい?」 「うん。楽しい。同じ年の友達いなかったし。部活も面白いよ。いろんな人がいるよね」 「そうか、初めてなんだね。良かったね経験できて」 「あ、でももちろんΦの方が楽しいよ。」  由利香はあわてて付け加えて、ぶんぶん両方の手のひらを目の前で振った 「みんな優しいし。真剣に相談に乗ってくれるし、色々教えてくれたり」 「ユカ、あんたって、カワイイっ」  温はいきなり由利香をぎゅっと抱きしめた 「おミズが好きになるのもわかるっ!」 「誰が誰を好きだって?」  いつの間にか由宇也との話を終えていた、淳が温をにらみつける。 「勝手に決めんな」 「まだ言ってる」  温は淳を睨み返す。 「いいかげん往生際悪いよ、おミズ」 「うっせー。第一さ、ガッコなんか、何が楽しいんだよ。信じらんねえな。っつーか、温ちゃん、ユカ放せよ」  最後は小声だ。が、温はそこだけに反応する 「えーなんでー。ユカ抱き心地いいよお」 「…ったく…」  また小声で呟いて、立ち上がる。 「勝手にしろ。じゃ」  淳が行ってしまうと温は由利香から離れた。 「逃げられちゃった。つまんないの、あんまり挑発されないや」 「おれとしては、あいつを刺激しないで欲しいけど。」 「えー?ちょっと突っつかないと、いつまでたっても進展しないじゃない」 「いいよ、しなくって!」 「由宇也、いつまでもユカに執着してるのみっともないよ。ゆっこだって、やでしょ」 「私は別に。慣れてるし」 「慣れてるって、…。ね、ユカはイヤでしょ、あれ?」  由利香の姿が消えていた。 「素早い…。」
  
 

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