1.10.Junior High Life is a High Life. 〜part2
屋上は相変わらず星が良く見えた。
「実際問題として、それほど学校が嫌いってわけじゃなかったんだよな」
空を見上げたまま、追いかけてきて隣に座り込んでいる由利香に言う
「ただ、このままだと、キライになるとは思ってたけど。中学、規則うるせーし、制服だし」
「ふーん」
由利香はあまり信じていないような口調で相槌を打つ。
「信じねえか…」
「制服なんて慣れるし、規則なんて守ってる振りできるでしょ。淳そういうの得意そう」
「だよなあ」
思わず笑ってしまう。
「ユカは守ってる振りしてんだ、規則」
「ちゃんと守ってるよ。遅刻してないし、寄り道しないで帰ってるし、不純異性交遊もしてないし」
「不純…。純粋なら何してもいいんだ」
「もう、また淳はそんな言い方する」
「そーなるじゃん。そういう中途半端な妙な倫理観みたいなのがイヤなんだよ」
「ふーん」
「集団生活も大事なのは分かるけどさ、群れるのも嫌いだし、でも番とか張りそうだし。どうなんのかな、とか思ってた」
「いる場所ができて良かったね。」
「由利香が拾ってくれたからな」
淳の言葉に由利香はきょとんとした顔になる
「え?そうなの?」
「あそこであのタイミングで会わなかったら、きっとおれ、今でも4丁目あたりをふらふらしてたか、どっかに売られてたと思う」
「売られ…って。え?」
「おれさ…売られかけたんだ」
いつもと全く変わらない表情で、相変わらず空を見上げながらそんなことを言う淳に、由利香は目を丸くして聞き返す。
「どこにっ!?どこに売られるの、誰が買うの、人間を」
「んー、石油王のおっさんとかかなあ。日本人の男の子は数も少ないし、高く売れるっていってたぜ。」
由利香は呆然として淳の顔を見つめている。
「でも、売られてってもダメだったろうな。性格きついし、可愛がられねえよな。結局、奴隷かなんかになってたかも。」
「…淳…」
「え?」
「そんなこと、話さないでよ、ユカに。今急にそんな事言われても困るよ。どうしていいか、わかんないよ…。」
声と肩が震えている。瞬時にまずかったと反省するけど、遅い。
「やべぇ、泣かした?由宇也に怒られる」
「そーゆー問題じゃっ!」
「そーだよな、ごめん」
由利香はしばらく何か、考え込んでいたが、急に顔を上げ、勢いよく手の甲で涙をぐいっと拭いて、いきなり淳の両手をとった。
「決めたっ!学校やめる」
「え?なんでそうなるんだ?」
「淳のそばにいて、売られそうになったら、守ってあげるっ!」
相変わらず、唐突だ。
「は?あ、いや、おれもう、売られねえと思うけど…。でかくなったし。簡単に捕まらねえし」
「石油王は小さい子が好きかも知れないけど、中国の皇帝は、淳くらいが好きかもしれないじゃないっ!」
「中国の皇帝って…いつの時代だよ。社会主義だぞ、いまあそこ」
由利香は社会科が苦手だ。特に世界史と世界地理…。
「いいのっ。ユカが淳を守るのっ!」
真剣に淳の目を見てそう訴える由利香を見ていると、思わず……
「ぷっ…」
淳は思いっきり噴出してしまった。
「淳っ!笑うとこじゃないっ!」
「ごっ、ごめ…。でも、あんまりマジだから。いや、守ってくれるのは嬉しいけどさ。」
由利香の手をゆっくり離して、笑いながら
「面白いよなあ、由利香」
「またそうやって、子供扱いする」
「してねえって。第一、誰かを子供扱いできるほど、おれもオトナじゃねえよ」
言いながら、また空を見る。由利香もつられて空を仰ぐ。
「すごいねー星。」
秋の空は澄み切っていて、特に目の前の森側は真っ暗な夜空に、一面に星が広がっている。
「寒いよなー。戻るか。」
立ち上がって由利香に手を差し出す。由利香は手につかまって、勢いをつけて立ち上がり、
「ね、腕組んでいい?」
「いいけど」
「やっぱ、もうちょっと学校いこうかなー」
由利香は、淳の左腕を抱えるようにしながら、そんなことを言う
「どっちだよ」
「迷ってるんだー。せっかく友達できたのに、学校辞めたらもう会えないし。でも淳とか、温ちゃんとか、ラヴちゃんとか…みんなで過ごせる時間も大切だと思うんだよね。」
「そうだよな、あと何年いられるかわかんねえもんな」
「また、そんな言い方…。それにさー、結局、なにかっていうと淳に頼って、なんか意味なかったなあって」
「意味くらいはあったんじゃねえの。何か考え方で変わったところがあったら、それが意味」
「う〜ん」
由利香は考え込んだ。変わった気もするし、特に変わってない気もするし。
「淳はなんか変わったの?」
「おれが、ガッコ行ったわけじゃないだろが」
踊り場につながるドアを開けると、中は屋上よりも薄暗い
「あ!!」
突然由利香が何かを思い出したように叫ぶ。
「宿題あったんだっ!明日まで、数学。ごめん、行くねっ。」
薄暗い階段を駆け下りて、下りきったところで振り返る
「わかんなかったら、聞きに行くねー」
「多分部屋になんかいねえぞ」
「探すからいいー」
足音が遠ざかっていく
『あわただしいヤツだなー。おれのこと守るとか言っておいて、数学教えて、かよ』
呆れてそれを見送って、淳はなんだかおかしくなってきた。
笑いながら歩いていると、純が通りかかって声をかけてくる。
「何、にやにやしてんだよ」
「いやーちょっとさ」
「?ああ、おれ、トレーニングルーム行くけど、いっしょに行くか?」
「えー?筋トレすんの。やだなー」
とかなんとか言いながらも、純に引きづられるようにして、トレーニングルームに向かう。
ぶつぶつ言いながら、背筋を鍛えるマシンを選び、珍しく黙々とトレーニングをこなしながらも、さっきの由利香の言葉を思
い出すと、自然に笑みがこぼれてしまう。
「気持ち悪ぃな、おミズ。なんなんだよ」
「おれ、言っちまった、ユカに、売られかけたこと」
思わず動きが止まる。
「おまえなー、言うか、ふつう。自分の好きな子にそういうこと」
『好きな子』と純に言われた事には反論せずに、淳は言葉を続ける。楽しそうに。
「そしたらさ、ユカ、なんて言ったと思う?おれのそばにいて、おれの事守るんだって」
「はあ?」
純は、しげしげと淳の顔を見る。
「それで、おまえはそんなに喜んでんのかよ」
「喜んじゃねえけど、面白いなーと思って」
「確かに、タダもんじゃねえな、ユカも。」
話す淳も淳だけど、そんな反応を返す由利香も由利香だ。ある意味ピンポイントの組み合わせ。
「あとさ、ユカ、友達んとこ遊びに行くんだって。あいつ、友達ん家に遊びに行った事もねえんだよな。なんかそう考えると…。かわいそうって言うのは簡単だけど、おれはとりあえず茉利衣にすっげー腹が立つ」
今笑っていたのに、もう露骨に怒った顔になっている淳を見て、今度は純が笑う。
「んだよっ!」
「いや、最近素直だなと思って。」
「ふんっ」
そっぽを向き、トレーニングに集中している振りをする。
純はまだ笑いながら
「ま、いつも素直でもつまんねえけどな」
「むっかつく〜っ!」
****************
次の日曜日、由利香は朝からバタバタしていた。
「ねー淳っ、こっちとこっちとどっちがいいと思う?」
服を2着持って、部屋の入り口に立って淳に聞く。聞く相手を間違っていると思う。案の条
「おれに聞くな」
と返事が返ってくる。
「もうっ。私が見てあげるっ!」
通りかかった温が、由利香の手を引っ張って由利香の部屋に入り込む。たんすをかきまわしながら
「ユカは何でも、おミズに頼りすぎ。女の子にしかよく分からないこともあるんだよ。もっと他の人も頼りにしてよ」
「そ…そっか。」
「おミズだって、女の子の気持ちとか分かってくれる方だとは思うけど、無理なこともあるよ。はい、これとこれ、着てみな」
さっきのとは別のカットソーと短めのスカートそれに合わせた色のタイツ。
「ユカせっかく足細いんだから、こういうのはくと可愛いよ。太い人がはくとすごくなっちゃうけどさ。これに、ショートブーツ合わせて、コートはこれ。はい、できた。いってらっしゃい」
と部屋から押し出す。
「行ってきまーす」
玄関から出て行く由利香の声が聞こえると、淳が顔を出した。
「ユカ行った?」
「行ったよ。おミズ、なんでも抱え込みすぎ。ユカのお父さんと、お母さんと、お兄さんと、お姉さんと、ボーイフレンドと、親友と、みんなやろうとしてるでしょ。無理。」
「そんな事考えてねーよ」
「独り占めしたいのは分かるけど、ちょっとは私たちにも貸してね。可愛いユカちゃん」
「ばーか」
****************
「こんにちは初めまして、山崎由利香です」
由利香はガチガチになっていた。転校初日よりずっと緊張する。
「そんな固くならなくていいのよ。」
真知子にそっくりのお母さんはにこにこして由利香と早苗を迎えた。
玄関を上がって、靴を揃える早苗の真似をして、靴を揃える。
『そ…そっか、こうするんだ。さなちゃんのまねしとこ』
「これ、うちの母からです」
とお土産を差し出す早苗を真似して、自分も中身を知らないお土産を出す。つくづく早苗も一緒で良かったと思う。
2階の真知子の部屋は6畳くらいの広さ。普通にベッドやベッドが置いてあり、壁にはアイドルのポスターが貼ってある。縫いぐるみなんかも置いてあって、それなりに女の子らしい。小さなテーブルにお茶とお菓子を置いて、おしゃべりタイムが始まった。
「ねっねっ、ところでさ、ユカの今日の服すっごい似合ってる。可愛いよ」
「ありがとう。友達が選んでくれたの」
「友達?」
「あ…ええと、近所の女の子で、昨日偶然遊びに来て、で…」
「へええ?」
真知子と早苗はちょっと不審そうな目を向けた。
「ユカって何か不思議だよね」
「ええ、時々、違う世界の人に見えます」
「そんな事ないよ。ちゃんと日本人だよ…多分」
と由利香が言うと二人は大笑いした。
「そんなのわかってるって!そういうとこが不思議って言ってるんだよ!」
「天然ぽいですよね、結構」
があん。私って天然だったんだ。気が付かなかった。まあ、しっかりしているとは思ってなかったけれど。
帰ったら淳に聞いてみようと思いかけて、いけないいけない、これだから、淳に頼りすぎって言われちゃうんだと反省する。
****************
「で、山崎さんのお宅はご家族は?」
お昼のカレーライスを食べながら、母親が由利香に質問を投げかけてくる
「3つ上の兄がいます」
「え!?知らなかった」
真知子と早苗が口をそろえる。
「あ、ごめんね言ってなかった?」
「聞いたことなかったよ。ユカと似てる?」
「多分あまり似ていないと…」
「小さい頃は?子供のころって似てるよね」
由宇也の子供の頃なんて知らない。初めて会った時、もう中3で、すでに今とあまり変わらなかったし。
「どうだった…かなあ。お母さん違うし…」
言ってから、しまったと思った。真知子も母親も早苗も、そろって『え?』という顔になったからだ。
Φでは別にタブーじゃないことも、普通の家庭ではあまり口にしてはいけないこともある、と言うことをあらためて思い知る。、「あら、お茶ないわね。さなちゃんお茶お代わりいる?」
と、母親は取り繕うように急須を取り上げる。
「え…と、あ、そうだ、ユカ明日保護者面談だよね。」
真知子が話題を変えると、母親があら、といった顔になる。
「うちといっしょだわ。保護者会もあるからついでにって思って。何時?」
「5時半です」
「じゃあ、うちの後だわ。お母様にお会いできるかしらね」
「え?そ…そうなんですか」
行くのは『お母様』じゃなくて淳だ。どうしよう…ってどうしようもない。もうなるようになれだ。