1.10.Junior High Life is a High Life. 〜part4

 
 
  
        
 午後5時半。真知子の母親は面談を終え、廊下を歩いていた。今先生と話し合った内容を反芻する。 『まったく、真知子ったら。帰ったらしっかり言わなくちゃ。あら、そう言えば、山崎さんのお母様まだ見えてなかったけど』 「すいませんっ」  いきなり若い男の子の声がした。 「2年4組ってどっちですかっ?」  息をきらした淳が立っていた。 「ああ、ここをまっすぐ行って…」 「ありがとうございますっ」  走って行きかけて、もう一度振り向き 「今、何時ですか?」 「5時…33分位ですけど」 「げ、やっぱ遅れたっ!やっべえ」  だから、廊下は走っちゃいけないんだよ。真知子の母親は首を傾げて見送った。

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 結局アリス服とひらひらドレスは、演劇部の部室においてきた。そのままじゃ使えなくても、切ったり刻んだり加工すれば、衣装の足しくらいにはなるだろう。ほかの着てない服も持って来ようかなと考えながら帰途につく。  文化祭では大道具担当の予定。多分体操服でどたばた走り回る事になるだろう。クラスの方ではお休み処ということで、お茶とお菓子を販売する。今、女の子は着物にしようかどうかで意見が分かれている。 「ユカ、一緒に帰ろ」  真知子が今日も声をかけてきた。 「うん。ごめんね今日はヘンなもん見せて」 「ヘンなもん?…ああ。ユニークなお母さんだよね」 「ユニークなんて言ったら、ユニークに申し訳ないよ」  考え方によってはあの母親に育てられなくて良かった。あんな風になっていたかも知れないし。 「いっつも迷惑かけられてんだよ」  お喋りしながら校門を出る。…と、 「おい、てめーは人の前、素通りしていく気か?」  淳が腕組みして立っていた。ちょっと不機嫌そうな声。 「あ、ごめーん、いるとは思わなくって。気配消してた?」 「おれは狩りをするチーターか?せっかく待っててやってんのに」 「ごめんてば」 「ちょ…ちょっとユカっ!」  真知子に腕をつかまれて、もう一度校門の中に引きずり込まれる 「だっ誰っ!す…すっごくカッコい…」 「え?淳だよ。だからモテるって言ったじゃない。」 「だって、ユカ、淳…って…小太りで、チェックのシャツで、黒縁のめがねかけて、オタクのアキバ系って…」  断じて言ってない。 「へーユカ、おれの事そんな風に友達に言ってんだ。」  淳がすぐ後ろに立って2人を除きこんでいる。機嫌は直ったらしく、むしろ楽しそう。 「言ってないよっ。淳あっち行っててよ、ややこしくなるからっ」  淳を門の外に押し出す。声を殺して笑っている気配がする。 「だって、容姿が欠点ってっ!」 「違うよ。自分で気に入ってないらしいって言っただけだよ!」 「え?え?え?でも」  早苗が言ってたこととオーバーラップする。確かにイメージがめちゃくちゃになる。声をひそめて由利香に言う。 「ユカ贅沢…」 「何が?」 「あの人に色々心配してもらったり、お弁当作ってもらったりしてるんでしょ。あれこれ言うの贅沢」 「なんで、見ただけでそんなに意見変わるのよーっ。まっちの面喰い」 「話、終わった?」  淳がまた顔を出す。 「帰ろうぜ。そっちの…えーと?」 「まっち。大田真知子さん」 「真知子ちゃんも、いっしょにさ」  いきなり純情な中学生を、『真知子ちゃん』とか呼ぶか、こいつは。 「まっち、気をつけたほうがいいよ。淳って中身と見た目違うから。」  中身を先に知ってるはずなのにこれだし。 「あ!そうだ!今日、茉利衣がナッツと学校来た!」 「え?」  淳はその光景を想像してみた。教室に居並ぶ、上品そうな服装をしたお母様方の中に、ひときわ目立つひらひらの服。どう見てもホストかツバメ風の木実。 「すっげー。受けたろ」 「あのさ、学校では受けは狙わなくていいんだよ。っていうか受けて欲しくなかった」 「受けたんだ」 「…うん。悲しいほど注目されてた」  さらに想像は進む。ひそひそ噂をする生徒たち。茉利衣の姿を見るのは初めてだから、転校生である由利香の母親(?)らしい事は想像がつく。当然由利香も注目を浴びただろう。 「災難だったなぁ、そりゃ」 「淳っ!目が笑ってる!」 「そんなことねえよ。同情してるって、うん」 と言ってからやっぱり噴出す。 「やっぱ笑ってんじゃん。もーまっち、こうなんだよ、いっつも」 「え…ええとお…?」  真知子が返事に困っていると、淳は 「こーやって、おれの事信用しねえんだぜこいつ、真知子ちゃんどう思う?」 とか言うし。 「えっとお、良くないですよね」 「ほっら、見ろ。おれの勝ち」 「えええっなんでーまっち。淳のことしょうもない男って言ってたのに」 「しょうも…。ユカ、おれの事どう話してんの?」 「あ、ち…違います。私が勝手にそう思ってただけで、ごめんなさいっ」  真知子が頭を下げると、淳は不思議そうな顔になる 「なんで、真知子ちゃんが謝んの?」 「わたし、すっごい誤解してたみたいで…」 「誤解されてても、おれにはなんも迷惑かかってねえから、謝る必要なくねえ?」 「え?」  今度は真知子が不思議そう。 「だっておれの知らないとこで、どう思われてたって関係ねえし。そんなことばっか気にしてると、可愛くなくなっちゃうよ」 「…淳…。まっち普通の女子中学生だから、そんなお店のおねーちゃんに言うみたいな言い方しちゃだめだよ」  真知子が恐る恐る口を挟む。 「お店のおねーちゃんって…」 「淳、遊び人だから」 「よけーな事言うんじゃねーよ」  淳は手の甲で、ツッコむような感じで軽く由利香の額を叩く。 「な…なんか、私、頭がグルグルに…」  真知子は頭を抱える。 「あんまり考えちゃだめだよ、まっち。熱出るよ」 「そうそう。あ、また夕飯食ってかねえ?真知子ちゃんもどう?」 「え?わ…私は」 「えーやだ、帰って食べる。今日、ドリアだし。」 「ドリアなんか外でも食えるじゃねえか」 「食堂のドリア美味しいんだよ。チーズの具合が絶品で。確かチョコレートババロワも付くし。」 「おれはドリア食いたくねえな」 「じゃ、和定食食べればいいじゃない。えっとね、確かすきやき風の煮もの。ごはん3杯はいけるよ。早く帰ろう帰ろう」  あれ?と真知子は思う。『帰ろう』って? 「しょーがねえなあ」 淳が笑う。  いつの間にか真知子はその笑顔に見とれてしまっている自分に気が付いた。 『ま…まずい。好きになっちゃうかも。どーしよう』  と思ってると淳と目が合った。 「どうしたの?」 「あ…なんでも…。え…えと、あ、あのーもしかして同じところに帰るんですか?」  淳と由利香は思わず顔を見合わせる。…バレた。ヤバイ…かな? 由利香は、一つ深呼吸して、真知子の方に向き直る。 「あのね、まっち、私、寮みたいなところでみんなで共同生活しているの。私、ずっとそこにいて学校も行った事なかったの。だから行ってみたくて、行かせてもらってるの。いつまで通えるかわからないんだ。でもね、まっちやさなちゃんと友達になれてすっごく良かったと思ってる。ありがとう、声かけてくれて」 「ううん、私もユカと知り合えて良かったと思ってるよ。」 「ホント?学校やめても友達でいてくれる?」 「あたりまえだよ。手紙書くし、たまに会おうよ」 「嬉しいっ!」  喜ぶ由利香を見ている淳の顔を横目でのぞき、あ〜あと思う。 『だめじゃん、私。好きになる前に、失恋だ。』

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「真知子っ!あんたちゃんと勉強しなさいよ!もうお母さん恥ずかしくってっ!」  真知子が家に帰るなり母親が待ち構えていた。 「うるさいなあ。ごちゃごちゃ言わないでよ。じゃなくても今頭ぐっちゃぐちゃなんだから」 「お母さんのほうがぐちゃぐちゃだわよ…まったく…」  母親は文句を言いながら夕飯を支度する。 「あ、山崎さんのお母さん面接に見えたのかしら?会えなかったけど。」 「面接は知らないけど、授業参観に来てたよ。すっごい人だったよー。びらびらの服着て、若い男連れてさー」 「若い男って…。なあにそれ」 「わかんなーい。ボーイフレンドじゃない?」  制服を着替えてスウェットの上下になる。家ではいつもこんな感じだ。 「若い男って言えば…面接終わったとき、若い男の子に、教室の場所聞かれたんだけど、…まさか面接に来たんじゃないわよねえ」 「それって…どんな人?身長、このくらいでー細身で、顔きれいで、えっと」 「そんな感じ、そんな感じ。」 「それ、ユカの彼氏だ。へえ…面接に来たんだ。だから、いたのか今日」 「彼氏が面談に来たの?…中学生で、彼氏?そんな子に見えなかったけどなあ」 「そんなんじゃないよ。今日会ったけど、すっごい信頼し合ってる感じだったよ。別にいくつだって変じゃないよ」  母親は、急に大人びた言い方をし始めた真知子を不思議そうな顔で見る 「何かあったの?真知子」 「別に…。ちょっとね。あーお腹すいたー」

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「ドリア〜 ♪ 」  由利香は嬉しそうにドリアをテーブルに置く。ほかほかと美味しそうな湯気が立っている。  ドリアのセットは、ドリアにパンプキンスープ、チキンのサラダ、デザートにチョコレートムース。フランスパンのスライス。  和定食はすき焼き風の煮物と、きゅうりとわかめの酢の物、小松菜の味噌汁。デザートに和菓子。多分由利香に取られる。 「熱っ!舌火傷したー」 「ばっか。ユカさあ、ドリアとかグラタンとか食うたびに火傷してんじゃねえの?でも食うんだ」 「うん食べるよっ!この位でめげてたら、美味しいものは食べらんないっ!」  熱っとか、ぎゃとか言いながらも由利香はドリアを食べ続ける。 「面白ぇ〜」 「もうっ!あ、面接どうだった?」 「遅刻した。場所わかんなくてさ。で、面接ってあんなんでいいのか?」 「あんなって?」 「なんかユカの話、あんまりしてねーんだけど」 「やだー何の話してたのよ。あ、筍入ってる、いいなあ」  淳は黙って煮物に入っていた筍を由利香のドリアに載せてやった。 「筍って美味しいよね。で、何の話してたの?」 「一般的に最近の中学生はとか、共稼ぎは大変でとか」 「何よそれ」 「だってさ、山崎さんは授業中も真面目だし、全然問題ありませんしか言わねえんだもんな。普通はどんな事話し合うんですかって聞いたら、いやあ最近の中学生はって話になって。修学旅行で酒飲むとか、隠れてタバコ吸うとかさ。そんなん昔からでしょみたいな。だいたいガッコのセンセなんて挫折も悪いことも知らないでオトナになって、センセ同士で結婚したりしてるから世界狭すぎって言ったら、そうそう共稼ぎ多いんですよって話になってさ。保育園の送り迎えも交代だけど、男性はなかなか早退しずらいって言うからさ、そんなの覚悟して結婚したんだから、しょうがねえじゃんって言ってやった。男だからとか女だからとか考えてたら共稼ぎなんて出来っこないでしょって言ったら考え込んでた」 「淳、先生にお説教してきたの?もしかして」 「だってそうだろ。出産って部分は全部やってもらったんだから、子育ては今度は男のほうがむしろ負荷が大きくなって平等じゃねえ?子供なんて生めったって生めねえし。」 「淳の考えって、時々すごいよね。」 「そっか?」 「うん。淳の話聞いてるとさ、男だからとか女だからとか、子供だとか大人だとかたいした事じゃないんだなって。大事なのは、自分自身の気持ちなんだなって思う」 「そんな事言ったっけ?」 「言ってはないけど、そう思う。淳って結婚したら家事とか手伝うタイプだよね」 「結婚?おれがそんな事するわけねーじゃん」 「そっか。じゃ私もしない」 「…何言ってんだか」 「淳が誰かと結婚とかしちゃったら、一緒にいてくれなくなっちゃうだろうから、私も誰かみつけなきゃって思ってたけど、淳が結婚しないなら、別にいいや。きっとずっと遊んでくれるよねっ」 「へ?なっ…。ユカ、おまえ…自分が何言ってるか分かってんのか?」 「なんかヘンだった?」 「すっげーヘンだ。ぜってーヘンだ。よーく後で考えてみ。言わなきゃよかったって思うから。あーびっくりした…」  由利香は自分が今言った事を思い返してみる。 「別にヘンじゃないよ。ちゃんと筋通ってる」 「わかった…わかったから、あとで落ち着いて、考え直せ。おれは聞かなかった事にしておくから」 「変なの、淳。なんで顔赤いの?」 「うっるせーっ!!もういいから、しばらく黙って食え!」 『ったくもう…無邪気なんだか、何なんだか…』  きょとんとした表情の由利香を見ながら、淳は口の中だけでつぶやいた。

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「…ってわけでさあ、ユカが本当になに悩んでるのか、全然わかんなくなったよ」  昨夜に引き続き、真知子は早苗と電話で話込んでいる。 「ユカ、彼の事むちゃくちゃ好きだと思うんだけど、自分で良くわかってないみたい」 「なるほどねえ。で、彼のほうもなんですね」 「多分。もう、なんか視線が、私に向けるのとユカに向けるの全然ちがうんだものっ!」 「考えすぎじゃないですか?」  確かに、ちょっと妄想入ってるかもしれない。 「とにかく、反対するのはやめ。仲好いのが一目瞭然くらい会話のノリもいいし。彼の方もユカをすっごい大事にしてる感じだし。」 「そうですよねえ、普通、面談になんて来ませんよね」 「むしろ、ユカが自分の気持ちを固めるように応援するつもり。あの子天然入ってるから、ボケかまして困らせてると思う」  それは、まさに今の状態だ。真知子鋭い。  この夜2人は由利香を淳から引き離す計画を、180度転換させた。 「がんばろうねー」 「ええ」  
  
 

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