1.10.Junior High Life is a High Life. 〜part3

 
 
  
        
 話が盛り上がり、真知子の『憧れてた先輩』の話なんかも出て、ふと気が付くと、7時を回っていた。 「電話よー。山崎さーん」  下から母親が呼ぶ。階段を下りてリビングに入ると、 「お兄さんだって」  首を傾げて、受話器を受け取る。由宇也、今日優子と出掛けてたはずで、だいたい9時10時まで帰ってこないはずなんだけど。  案の定、由宇也ではなくて、淳の声。 「ユカ!おっそい!」 「ごめん」 「楽しいのはわかるけど、そんな長くいたらそっちの家にも迷惑だろ。もう夕飯の時間だから早く帰って来い」 「うん。」 「暗いから、駅まで迎えに行くから」 「ありがとう」 「…素直じゃん。よくお礼言ってこいよ」 「わかった」  真知子の一家が様子を伺っているのが分かる。受話器を戻して、頭を下げる 「ありがとうございました。長い時間、お邪魔しました。楽しかったです。」 「怒られた?」  真知子がいつの間にか由利香の荷物を持って降りてきていた。 「ううん。うちの兄、心配性なんで。」  確かに。『兄』も『兄じゃない方』も。 「じゃあ私も帰りますね。電話かしていただけますか?駅まで迎えにきてもらいます」  早苗の家は駅の反対側だ。  早苗が電話している間、由利香はそういえば、淳と電話で話すのって、もしかすると初めてだったかもしれないと考えていた。  お礼を言って二人で駅に向かう。駅に着くと、早苗はバス停で 「じゃ私はここで待ち合わせなので」 「うん」 と答えて何気なく改札口の方を見た。  …と、改札口からからの逆光を浴びて淳が立っていた。駅ってここの駅のことだったのか 「あれ?淳だ」  小声で呟くと、早苗『え?』という顔をした。 「あ、なんでもない。じゃ、また明日学校でね。」 「ええ、明日」  由利香は小走りで影に近づいていった。 「ここまで来てくれたんだ」 「ヒマだから。それにあぶねーじゃん、休みの日のこの時間。電車、酔っ払いいるだろ」 「そーなの?」  首を傾げる由利香に 「行くぞ」 と声をかけて、改札口を通る。   電車を降りると8時 「夕飯食って帰ろっか?」 「うんっ。あ、そしたらあそこがいいっ。ほらっ!温ちゃんが乗のご飯作りに行ってた時に行った、定食屋さんっ!」  定食屋って…。ちょっと力が抜ける。 「…あの…さ。いいんだけどさ。いいんだけど、別に。もうちょっとマシなとこ行こうとは思わねえの。」 「え?だってあそこの親子丼、結局食べてないし」 「…あ…そ…」  まあ別に何か期待してたわけじゃないけど、夕飯外で食べる機会なんてめったにないのに、よりによって丼モノかよ。  と言いながらも、美味しそうに親子丼を食べながら 「やっぱりおいしー」 と幸せそうにしている由利香を見ると、『ま、いいかな』と思ってしまう。 「ねー淳それ、美味しい?」 「え?ふつー。あ、おまえもしかして、これ味見したいの?」 「へへ」 「ったく、ガキだな」  言いながら、自分の食べていた豚玉丼大盛りと由利香の親子丼を取り替える。 「だって豚玉って食べたことないもん。あーちょっとしか残ってないー。食べるの早すぎ。」 「お茶お代わりどう?」  おばちゃんがお茶を注ぎに来た。 「あ、どーも」  おばちゃんは小声になって 「あんたたち、前も来たわよね。なんかワケありなの?相談に乗るよ」 「え?」  2人で顔を見合わせる 「なんで?」 「いや、最初きょうだいかと思ったけど、なんか違うし、駆け落ちでもしたのかなって」 「かっ…駆け落ちぃ」 「だって、ふつうデートでこんなとこ来ないでしょ」 「デートじゃねえしなあ」 「うん。これ美味しい」  由利香は豚玉丼が気に入ったらしく、抱え込んで食べている。 「ユカ…こぼしてる」 「あ…あははー」 「やっぱガキだな…。ってことで、おばさん、おれこんなガキと駆け落ちする気ないんで、ご心配なく」 「ひっどーい。でも面倒そうだからいいや」 「変な子たちねえ」  おばさんは呆れた口調で、でも微笑んで、 「お代わりしたかったらサービスしてあげるよ」 と言った。 「お代わり」  2人は同時に丼を差し出した。  

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夜も更けてから、早苗が真知子に電話をかけた 「それでね、たしかに『淳』っていったような気がするんですけど。イメージが…」 「え?え?迎えに来てたの?駅まで?すっごーい。見たんださなちゃん」 「逆光だったから顔までは…。でも、細身で足長かったような…。ちょっとカッコよさげな」 「えええっ。それ…全然違うじゃない」 「そういえば、別にユカは、彼のルックスとか何も言っていませんでしたよね」  勝手にいろいろ妄想していただけだ。しばらく沈黙。 「で…でも、見た目がどうでも性格が『ああ』な事は変わらないわよね」 「そうですね。でもちょっとイメージのギャップがあり過ぎて、わたしは混乱しています。今夜寝られないかもしれません」 

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「おはよー、まっち、さなちゃん、昨日ありがとうまっち」  昨夜の電話の続きをコソコソ話し合っていた真知子と早苗。由利香が声をかけるとギクッとして飛び上がる。 「お…おはよ、ユカ」 「あ…あの。昨日駅に迎えに来てたひと…カッコ良かったですよね」 「よく言われてる。すっごいモテるよ。」 「そ…そうなんだ。」 「あ、今日、まっちも面談なんでしょ?」  淳で思い出した。ほんとうに大丈夫かなあ。口悪いし、愛想は良くないし、時々常識ハズレだし、おまけに実際以上に不真面目な態度を取りがちだし。 「そうなんだーやんなっちゃう。お母さん張り切ってたよ。ユカのお母さんにも会えるかなって。授業参観も来る?」 「たぶん…来られないと…」 「お仕事してるの?」 「そんなところ」  なんとなくあいまいな言い方になってしまうのは仕方がない。  しかしそれは4時間目に起きた。

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 4時間目の数学の授業が半ばほどまで進んだ頃、突然教室がザワザワし始めた。 「ちょっと…すっごーい」 「派手ねー」 「誰のかーちゃんだよ」  小声で囁く声、声、声 「でも若いわよね」 「お姉さんじゃないの?」  なんか悪い予感。 「でもあの、一緒の人、誰?」 「ツバメ?」 「やっだー」  恐る、恐る後ろをそっと振り向く 『…げ、やっぱし。なんでっ!』  茉利衣が木実といっしょに後ろに立っていた。いつものような、ピンクを主体にしたヒラヒラの服。 『なんでナッツまでいんのよ!信じらんない。』 「やっほー、由利香ちゃーん、お母様来たわよーっ!」  由利香を見つけて嬉々として両手を振ってくる。穴を掘ってでも入りたい気分。  落ち着かないまま授業を終える。問題なんてうわの空でほとんど解けやしない。チャイムと共に猛ダッシュで、教室の外に出た二人を追う。とりあえず一言文句は言っておかなくちゃ。 「ナニしに来たのよっ!」 「きゃあっ、由利香ちゃん、お母様とお話しに来てくれたのっ!」 とまた抱きつく。 「う〜ん、相変わらず、つるんぺったんねえ。オトコできないわよ。」 「もうっ、うるさいなっ!」 「僕がいるから、いいよ。ね、ユカちゃん」 「それに、もう、やあねえ制服って。それ着てなきゃいけないのお?だっさあい」  茉利衣は由利香をじろじろ見回す。ごくごく普通の紺のセーラー服だ。 「僕は可愛いと思いますよ、茉利衣様」 「そおおお?まいいわ、ナッツあれ渡して」  木実は紙袋を由利香に渡す。  紙袋を覗き込むとレースやらリボンやらがヒラヒラしているのが見える。…多分例の如くの洋服だ。 「じゃあね、由利香ちゃん、お母様は帰るわ。ちょっとでも元気な姿が見られてよかったわあ」  もう一度由利香を抱きしめて、ちゅっと音をたてて頬にキスをする。頬にピンクの口紅の跡がべっとりついた。 「やだっ、きたないっ」  由利香は手の甲で口紅を拭った。 「しっつれいねえ」  茉利衣は口を尖らせる。ポシェットから口紅を出して、すばやくお化粧直しをし、 「じゃねえ」 と投げキッスを残し、肩で風を切るようにして廊下を去って行った。後から木実が付いていく。一度だけ振り返り、由利香にちょっと笑いかけて手を振って廊下の向こうに消えていった。 「はあああああっ」  それを見送って、大きくため息をつき、教室に戻ろうとすると…たくさんの好奇の目、目、目…に会った。  そりゃそうだよね。  みんなあわてて目をそらす。由利香も気が付かない振りをして、真知子と早苗の待つ教室に戻った。 「ユカ、…今の…お母さん?」  返事はしたくない気分だけど仕方ない。 「うん…」  お弁当は出してみたものの、包みを開く気にもならない。 「なんか、スゴイね…」 「でも、すごく若いですよね…20代…ですか?」 「30くらいにはなってるはずだよ。見た目は20代前半だけどね。」 「あの男の人は…?『淳』て人じゃありませんよね」  昨日見た淳のシルエットとは明らかに違う。背も高いし、髪の感じも違う。 「ああ、あれ、婚約者」 言ってからしまったと思ったが、もう遅い。 「ええええええ〜っ」 「こっ婚約者ってえええっ!!!」 「ああっ、違うのっ、母が勝手に決めて、本人その気になってるだけ。私は全然っ!」  その言い方もなんだか微妙だ。 「第一、彼は多分、茉利衣…母の事に気に入られたくて、私を口実にしているだけで、私の事なんてどうでもいいはず。多分ほかにちゃんと好きなヒトがいると思うしっ」 「ユカのまわりって…面白い人多いね…」 『面白い』としか表現のしようがないのかも知れない。早苗もうんうんと頷く。  食欲も出ないので、なにげなく受け取った紙袋をゴソゴソさぐって中身を取り出す。 「うあっ!」  ブルーのワンピースのエプロンドレスが出てきた。  そうそれはまさに、不思議の国のアリス服。いつものチョイスからすれば一見地味といえば地味だが、よく見るとやたらフリルやレースが付いている。ご丁寧にもドロワーズまでセットされている。  もう一着は、幾重にも微妙に違う色の透き通ったシフォンの布が重なったドレス。結構上品だが、どこにコレを着ていけと。 「はああああ〜。うちにこんなのいっぱいあるの、やんなっちゃう」 「可愛いじゃない?似合いそうだよ」 「じょーだんっ!好きならあげるよ」 「いや…それはいい。サイズ合わないし」   着たくないんだ、多分。  
  
 

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