1.11.It's All Enough. 〜part1

 
 
  
        
「でねーっ、着物着るんだよ」 文化祭まであともう少し、由利香たちのクラスの『お休み処』は、女の子は着物と決まった。  可愛い絣の着物を誰かがまとめて借りてきて、踊りを習っている子がみんなに着付けを指導した。…と言ってもそんな簡単に着られるようになるはずもなく、上手な子が手伝ってどうにか着られる程度。 「嬉しいわけ?」 「初めてだしさっ」 「部活はどうしたんだよ」 「そっちは舞台の最後で、大道具だからジャージ着て走り回ってる」 「色気ねえの」  もともと由利香に色気は期待していないが。 「お茶と、コーヒーと、紅茶と麦茶だすんだ。あとお団子と、お饅頭と、クッキー。クッキー持ち寄りなんだ」 「持ち寄り…って、全員?」 「原則的に」 「…ユカも?」 「とーぜん」 「やめとけ」 「なんでよーっ!私だってクッキーくらいっ!」 「作れんのかよ」 「多分っ!」  多分作れるって事は、逆に言うと作った事はないって事だ。  作ったこともないのに、どこから来るんだこの自信は。 「目玉焼きもまともに焼けねえのに、できるわけねえじゃん」  露骨に馬鹿にした口調に由利香がムキになる。 「ひっどおいっ!ぜったい作ってやるっ!」 「作ってみ。ユカにクッキー焼けるくらいなら、おれなんてクリスマスケーキ焼けちゃうもんね」  いつものように根拠のない、軽はずみな発言。いつもこれで墓穴掘るのに、淳の辞書に懲りるという文字はない。 「よおしっ!その言葉、忘れないでよねっ!」  由利香は人差し指をビシっと淳の目の前に突きつける。そして 「勝負だからねっ!」  という言葉を残し、朝ごはんのトレイをまた置きっぱなしにして学校に行ってしまう。 「またケンカしてんのかよ、おミズ」  仲良さげだなと思っていると、けんかしてるし、けんかしてるのかと思うと、いつの間にか仲直りしているし 「いや、なんか勝手に燃えて」 「挑発したんだろ、どうせ」  さすがに鋭い。 「おまえは、好きな女の子をいじめる小学生か?」  妙にオトナかと思うとガキだし、子供だと思ってると、変に賢しいし。  毎度淳の言動は、わけがわからない。

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「ユカ、どうしたの?なんか機嫌悪いよ」  真知子が不思議そうに由利香を見る。カバンの中身を机に移し替えていただけだったのだが、知らず知らずのうちに動作が乱暴になっていたらしい。 「淳がさー」 と言いかけて言葉を止める。どうも、この間の面談の日以来、真知子も早苗も、淳の話になると必要以上に身を乗り出してくるような気がする。呼び方も『しょうもない男』から『水木さん』に格上げされた。 「え?え?どうしたの?」  今も、興味津々だ。しまったと思ったがもう遅い。 「私に、クッキー焼くの無理だとか言うんだよね」 「ふーん」 「自分だってできないくせにさ!」 「いや、ユカ、水木さんは男なんだから出来なくても…」 「なんで?」 「普通は、料理は女の人の仕事でしょ」 「まっち、そんな風に考えるの?私は、男だからできなくていいとか、女だからできなきゃとか考えられないよ」  真剣な顔で反論する由利香を真知子はしげしげと見る。  今は、共同生活をしていると由利香は言っていた。普通の家庭で暮らしていたら、無意識に受け入れてしまいそうな事も、由利香にとっては、自分で判断し、選んでいかなくてはならない事なんだな、と思う。 「ユカって、いつから今のところにいるの?」 「う〜ん、3才くらいかな。」 「え?そしたらお母さんやお父さんと暮らした事はほとんどないんだ」 「うん」 「水木さんって、ずっといっしょなの?」 「ううん。4年前くらい」  淳が来た時の事は鮮明に覚えている。いつかいなくなってしまいそうで、不安で不安でいつもそばにいないと落ち着かなかった。最初の数日は不審がられたけれど、淳の方でもすぐ慣れてしまって、一時は本当に朝から晩までいっしょにいた。まわりは特に何も言わなかったけれど、夜はさすがにまずいと淳本人が自覚して、今に至る。 「第一印象は?」 「…手負いの山猫…かなあ」 「ええっ!?」  意外な答えに、一瞬たじろぐ。 「すっごいギラギラしたかんじで、近寄ったら噛み付くみたいに殺気立ってた。実際、端からつっかかって行ってたし。」 「怖くなかった…?」 「みんな怖がってたけど、私はなんか平気だったんだよね。猫好きだし。」  そういう問題じゃないような気もする。 「いつから、今みたいな感じになったの?」 「回りがなんとなく平気で話しかけてくるようになったのは、1年くらいたってからかな。」   そして気が付いたら、すさまじく軽い性格になり、こっちもまた今に至る。 「なんか信じられないな、水木さんそんなんだったなんて」 「え?でも、淳はいつだって淳だよ」 「ユカって…」 「なに?」 「ほんとに、好きなんだね」 「だーかーらー、最初に言ったじゃない。よくわかんないんだって」 「本当にわかんないの?ユカ、最初っから好きだったんじゃない。誰が聞いたってそうだよ。」  つくづく呆れてしまう。真知子が見るところ、淳のほうだって明らかに由利香が好きそうなのに。 「…じゃなきゃあんな顔しないよねぇ」  面談の日、帰りがいっしょになった時の、淳の由利香を見る表情を思い出して、思わず口にしてしまう。ちゃんとした恋愛経験はない真知子だけど、なんとも思っていない子にあんな顔はしないだろうと思う。 「え?顔って?」 「なんでもないよ。あ〜あ、私も先輩諦めて、誰か別の人好きになろうかな」 「?」

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 演劇部は最後の追い上げに入っていた。  大道具の係りはみんなで5人。3年2人に、2年2人に、1年1人。金槌なんか持つのはほとんど初めての由利香だったが、やってみるとなかなか楽しい。今中心になっているのは、3年の男子の先輩で、大道具を作りたいがために演劇部に入ってきたという変り種だ。よって、他の部では3年が引退しているのに、彼はまだトンカチを振るい続けている。もう一人の女の子の先輩は…もしかしたら彼と付き合っているのかもしれない。まだ短期間なので、由利香にはよくわからないが、由利香を気に入って可愛がってくれている。 「山崎さんえらいよね、何頼んでも嫌がらない」  彼はにこにこしながらそんな事を言う。 「え?だってやってみないと楽しいかどうかわかんないし、もしやらないで、それが楽しかったらもったいないから」  由利香の言葉に、先輩2人は、 「おもしろいよねえ」 「ほんと、ほんと」 と言い合う。 「そうですか?」 「そう言えばさ、山崎さんのところ、クラスでなにやるの?」 と聞かれ、思わず本音が出る。 「お休み処です。クッキー作るんだけど…いまひとつ自信なくて」 「簡単なレシピ教えてあげようか?」  女の子の先輩が言う。 「ホントですかっ!」 「ホント。明日、持って来てあげる。失敗知らずだよこれ」 「やったー。勝ったっ!」  思わずガッツポーズ 「勝ったって?」 「私には絶対クッキーなんて焼けないって人がいて、悔しくって」 「わ、ひどいねー。上手に焼いて見返してあげなね」 「はいっ!」 「それって、彼氏?」  大道具命、の先輩が聞く 「えええっ!なんで、先輩、彼氏って…」 「この前授業参観の日、男の子といっしょに帰るの見たからさ、彼氏かなって。」 「あー、そうですか…」  たしかに、部活を終えた人たちがちょうど帰る時間帯だった。あんまり考えていなかったけど。  「単なる友達ですから」 と一応言ってはおいたが、どこまで信用してくれたかは疑問だ。
  
 

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