1.11.It's All Enough. 〜part2

 
 
  
        
「おミズ!いーかげん音楽の追試受けろ!」 「えー?」 「えーじゃねえっ!おれのせいにされてんだよ!」 「しょーがねーじゃん、歌うの嫌いだもん。ミネも大変だなあ」  人事のように言う淳に、純が詰め寄る。 「嫌い?じゃ、これ何だよ」  純は、10数枚の写真を淳の前に並べる。  大会のフェアウェルパーティーで壊れちゃった時の写真だ。例のダニーが取り捲ったのを、焼き増しして送ってくれたのが今日着いた。ご丁寧にもメッセージカードまで付いている。  赤いドレスの自分を見るのはキツイ。脚、丸見えだし。 「うわわわわぁぁっ。んだよこれっ!っつうか、なんだよこの、愛しのRock‘n’Roll Queenって!?」 「そこに反応するか?」 「Queenって…くっそぉ、あんのぉ、変態やろー」 「ナンだ?」 「…ヤられる方の俗語…」 「へ?あ…ああ、ネコタチのネコの方か。タチならいいのか?おまえ」 「よくねええっ!」  写真を床に思いっきり叩きつける。 「とにかく…これだけ人前で歌いまくったんだろうが、今更歌うのやだもねえだろ。今すぐ桃果さんのとこ行け。行かねえとこれ玄関の掲示板に張り出す」 「どーせほとんどのヤツは見てんじゃん、そんなん」 「じゃなきゃ、友達の縁切る。どっちがいい?」 「そっ、そんなあ、ミネ非情すぎ…。くっそお、わかった…行きゃいいんだろ行きゃあ」 「行ってラブソングの一つも歌ってくれば、すぐ単位ぐらいくれるって」 だから、なんでラブソングなんだよ。 ぶつぶつ言いながらも、やる気が失せないうちに問題解決しておくかと、音楽室に向かった。 「こんにちわっ。」  勢いつけるため元気にあいさつして音楽室に入る。  西滝桃果は弾いていたピアノから目を上げて、淳をみるとぱああっと表情を明るくした。 「水木くんっ!来てくれたのっ!嬉しいっ!」  なんか、ずっと会いたかった『憧れの人』にやっと会えたみたいな言い方だ。桃果はこの間の大会の時、留守番で行けなかったので、淳のステージ(!?)見損なった。それがとっても悔しかったらしい。 淳が一瞬躊躇して、やっぱ帰ろうかなと思ったその時、彼女はタタタっと走ってきて、両手を掴まれてしまった。ピアノも弾くし、体操系の彼女は、見かけによらず握力と腕の力はかなり強い。その強い力で掴んだ両手をぶんぶん上下に振りながら 「テスト受けてくれる気になってくれたのっ!」 と涙を流さんばかりに喜んでいる。…逃げられない。 「いてーよ、ももちゃん」  思わず裏の呼び名で呼んでしまった。 「あら、ごめんなさい」  彼女は呼び名を気にすることもなく、ぱっと両手を離す。手首に跡がついている。まったく、Φの職員は見かけで判断するととんでもない目に合う。  淳が痺れた両手首の感覚を取り戻そうと、片方ずつ振っていると 「で?何歌ってくれるの?」 とわくわくした顔で聞いてくる 「おれ、歌うなんて言ってねーけど」 「あっらー違うの?水木くんが歌うの聞きたいなあ」  心底がっかりした表情で淳の顔をのぞき込む 「なんで?」 「いい声してそうだから」 「だからっ!なんでっ!」 「違うかなあ…水木くんコーラスとか嫌いなの、音域合わないからでしょ。声はいい声なのに。多分音域高いわよね。普通に喋ってる声がほとんど音域の一番下で、そこから高いほうが音域なんじゃないの。上はかなり出るでしょ?」  自分がどこまで声が出るかなんて考えた事もなかった。そりゃそうだ。音符読めないし。 「だから、なんでわかんの?」 「だって、水木くん、高い声の人好きじゃない。前話したの覚えてないの?」  そういえば、前、好きなバンドとかについて延々喋ったことがあった気がする。もとはと言えば、なんで音楽の授業でないの?え、嫌いだし。音楽が嫌いなの?音楽ってわけじゃなくてクラシックってやつが、どうも。じゃなんなら好きなの?ってとこから始まった気がする。 「だから、本人もそうなのかなあって。そういうことあるのよねー結構。で、私も考えてね、そうよっ、何もクラシックの音楽家を今さら育てようってわけじゃないんだから、クラシックやなんかばっかり扱わなくていいのよね。それに今でこそクラシックなんてえらそうに言ってるけど、当時は所詮流行りものなのよね、いいわよね楽しい方が、と思っていろんな曲を取り入れてる事にしたのよ。なのに、そう思わせた本人は全然出てこないし、試験は蹴るし…だもんねえ」 「しょーがねえじゃん。音楽の授業、苦手なんだから」 「言い訳になってないっ!だったら追試くらいちゃんと受けてくれないと。はい歌う。なんでもいいから。伴奏つけてあげるから」 とピアノの前に座る。 「なんでもいい?」 「いいわよ。」 「じゃ、イマジン。伴奏いらねえ」 「もう、それも授業でやったのに!ピアノ弾きたいなー」 「いらねーっつの!」  イマジンは言わずと知れたレノンの名曲。テーマは世界平和だけど、要は国や民族なんてなくなってしまえば争いなんてなくなってしまうのにね…って歌だ。  歌う声は教室の外まで響く。同じ階の理科室では何人かが落としたレポートの再実験をしていた。 「あれ、誰の声だ?」  と耳がいいと言うか、野生の勘が鋭い健範が言い出した。 それを受けて、野次馬根性の旺盛な千広がのぞきに行って、すぐに吹っ飛んでもどって来た。 「おミズだった」 「うっそ、この間と声違うじゃねえかよ!」  そこにいた全員が音楽室へ走って行く。  …が、もう歌は終わっていて、ピアノの前に座っている西滝桃果の横で、淳がしゃがみこんで困ったような顔で彼女の顔を覗き込んでいた。 「今歌ってたの…おミズか?」  健範が恐る恐る口を開く。返事は 「っせーな、どうだっていーだろ」  とても今あの歌を歌っていたのと同じ声とは思えない。 「それよりどーにかしてこのヒト」 と桃果を指す。彼女は顔をおおっている 「あー、何、桃果さん泣かしてんだよ。男子全員から集中攻撃されるぞ」 「知らねーよ」 「っていうか、その姿勢だと、口説いてるようにしか見えねえ」 「くどかねーよ、一銭の得にもならねーのに」 「あ、みんな」  桃果が顔を上げた。目が潤んでいる 「何っ!何されたの桃果さんっ!」 「なんで泣いてんの」 「え、あらやだ、私ったら」  桃果はポケットからレースのハンカチを出して、目を押さえた。さすがに彼女はハンカチを持ち歩いているようだ。 「ちょっとねーかんどーしちゃって」 「なっ何に」 「水木くんの歌」 「へっ!?」  言われた本人が一番びっくりして、固まる。 「なっナンデスカっソレッ!?」  思わずカタカナ口調になってしまう。 「おミズまたフェロモン出したろ。」 「だから、しらねーって」  口々に信じられない、うそだを繰り返すギャラリー。 「聞かなかった事にしようっと」 「おれも、見なかったことにする。なんかこえー」 「テープにとったけど聞く?」 とにこにこしながらカセットテープレコーダーを出す桃果に、みんなたじろいて一歩後ろに下がる。桃果は鼻歌交じりでテープを巻き返す。  興味はあるけれど、なぜか、認めたくないって気持ちが先に立つ。淳が歌う?…のはたしかに見たけど、えっとあれは感動とはかなり程遠い。どっちかと言うと、お笑いか? もし本当に感動しちゃったら、どうしよう。ありえないけど、こいつやりかねない。現に桃果さん泣いてるし。こいつが歌うのなんかでかんどーしたら、滅茶苦茶恥ずかしいし。 「え…えんりょします」 と、誰かが言うのと同時に 「失礼しまっす」 と口々に言いながら理科室にわれ先に走って行ってしまった。 「水木くん聞きなさいね、自分の声」 「え゛…っ」  フリーズが解けかけて立ち上がりかけて、中腰のまままた固まる 「ちょ…ちょっと、まっ…うあ…ちょ…」  そのまま、手を伸ばして、止めようとするが、桃果は構わずスイッチを入れる。流れ出る歌声 「…え?…これ、おれの声?」 「そうよ」 「???あれ???」  自分の声をテープにとって聞いたことはある。一時深夜放送ばっかり聞いていた頃、面白半分に自分で好きな曲入れて、DJの真似事をして、テープを作ったりしていた。でも、この声は…ちがう。混乱してきた。しばらく聞いて 「ね、ホントにおれの声?」  もう一度念を押す 「しつこいわねえあなたも。どこですりかえるのよ。」 「う〜ん…」 「ね、上手でしょ」 「う…ん。えっ?違くて…っ!あ…あっれー」 「ねーっ。」 桃果は嬉しそうに淳を見ている 「だから聞いて見たかったのよね。」  曲が終わって、停止ボタンを押し、桃果は大事そうにテープを出した。消去防止の爪を折りながら 「ほんとに今日は良かったわー」 と言う。そして、淳の方をチラっと見て、ちょっと首を傾げてテープを裏返してまたカセットに入れる。指を組んで 「もう一曲お願いっ!」 「うっそー。一曲って言ったじゃねーかよ」 「うん、単位は上げる。今度は私の個人的なお願い。」 「…あのねー…おれ、人前で歌うの好きじゃねーの知ってる?」 「知らないし、そんなの信じられない。歌うのが好きじゃない人があんな風に歌えるわけないもの。」  桃果はきっぱりと言い切った。  淳自身、軽音楽のクラブ活動をしていた時は歌は歌っていなかった。そういうのは、楽器があまり得意じゃなくて、それでも前に出たいやつがやるもんだと思っていたし。音楽自体は好きだけど、歌はね…とか思っていたのだけど。 「わかった。じゃもう一曲だけ…」 「ちょっと待って、どうせだったら、スタジオ行って、ちゃんとマイクで音拾ってやりましょ。うんそれがいいわ。うんうん」  桃果は勝手に決めてテープを何本か持ってさっさと歩いていく  音楽室を出たところで振り返り 「何してるの。先に行っちゃうわよ。単位あげないから」 「きったねー。今単位くれるって言ったろ」 「あっらーそうだったかしらあ。忘れちゃったぁ。やーね年取ると物覚えが激しくて」 「年取ってねーだろが」 「ありがとう、若いって言ってくれて。うふふ」  結局10曲近く歌わされて、解放されたのは2時間以上たってからだった。スタジオから出て、音楽室に向かいながら 「ねえこれ館内放送で流していい?お昼休みとかに」  なんてとんでもない事まで言い出す始末 「冗談じゃねえっ!そんなことしたらテープみんな引っ張り出してズタズタにしてやっから、覚えとけ」  さすがにそれだけは阻止したい。 「私一人で聞くのはもったいないわよねえ。匿名で流してもだめ?」 「だめっっっ!!!」 「けちー」 「ったくっ!あんたホントにせんせーかよ」 「あら、ちょっと忘れてたかも。」 「忘れてたかもじゃねーよ!」  桃果はふふふと笑って、本当は自分はバンドを組みたかったのよねと話し出した。  彼女は小さい頃からピアノを習っていた。中学からずっと体操をやっていたくらいだから、別にピアニストになろうとは思っていなかったが、音楽は何でも好きだった。大学に入った頃シンガーソングライターのブームがやってきて、自分でも曲を作ったりしたけど、何かが自分には足りないと感じていた 「楽譜どおりには歌えるんだけど、なんかダメなのよねー。楽譜なんて読めない方がいいのかもよ」 「音楽の教師の言う言葉じゃねーな。」 「これは、桃果先生じゃなくて、西滝桃果の言ったことだと思ってね。才能ってそういう事じゃないのよね。きっと水木くんはなにか持ってるのね生まれながらにして、人を引き込む何かを。それが出るのがある時はスポーツだったり、ある時は歌だったりするわけよ。スター性ってやつよね。」 「かいかぶり過ぎ」 「そっかしらねえ。わかった、水木くん、アイドルとしてデビューしなさい、顔いいし」  またも固まった。 よりによって、自分が多分一生理解できない人種であると理解している『アイドル』って… 「も…ももちゃん…一日に何回人をフリーズさせれば気が済む訳?」 「あ、だめ?」 「おれに、歌って踊れと…」  桃果は想像してみたらしく、ぷっと吹き出した 「笑える〜」 「自分で言っといて、なんだよそれ」 「まあ、アイドルはムリとしてもね、何かできるわよ、きっとそういう事が。だって、ここ出たときの身の振り方って大事でしょ?」 「出たとき?」  淳が言葉の意味を考えていると桃果は足を止め、淳に 「ちょっと、かがんで」  と声をかけた。まだ、考えながら無意識に身をかがめると、いきなり額にキスされた。 「ちょとっ!ももちゃんっ!」 「あはは〜。付き合ってくれてありがとね。それお礼ね。じゃ、また歌ってね」  スキップしながら行ってしまう。 「へっ…へんなヤツ…。キスがお礼ってすっげー自信過剰じゃん」   頭の半分で『出たとき』という言葉の意味を考えながら、淳は唖然として桃果を見送った。

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 夕飯時、ぐったり疲れた淳に対し、 「うっふっふ〜 ♪ 」  由利香はごきげんだった。 「…不気味だな、ユカ」 「なんとでも言って。」  明日、レシピもらったらさっそく作ってみようと思う。 美味しくできても、絶対淳になんてあげない…ま、1個くらいいいか?  文化祭はもう一週間後だ。 「おミズ!!てめえのせいで、また実験失敗したろが!」  健範の声が頭の上から降ってくる。 「おれのせいかよ!」  みんなで実験ほっぽり出して音楽室に走って行ってしまったため、またもや実験がおじゃんになった。再度また明日やり直しというわけだ。淳がかかわってるにしては爆発したり、火事になったりしなかっただけマシとも言える。 「なんかあったの」 「こいつが音楽の追試受けてて、それに気ぃとられて、実験失敗したんだよ」 「淳、追試受けたんだ。えっらあああいっ。なに歌ったのっ?」 「桃果さんがテープとってたから、行けば聞かせてくれるんじゃねえ?」 「ノリっ!てっめえええっ!」 「さっきのお礼」  健範はそう言って夕飯をテーブルに置く。あとから歴史がやってきて 「あ、いいな、それ。僕も聞きたい。ユカ今度いっしょに行こう。」 「うん。楽しみ〜」 「おまえらなぁ…」  さらに激しく脱力する。
  
 

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