1.11.It's All Enough. 〜part4

 
 
  
        
「レシピもらった、パウンドケーキ。なんでパウンドケーキって言うか知ってる?」 「知るか。弾むからか?」 「それは、バウンド。材料1パウンドずつ混ぜるから。小麦粉とか砂糖とかバターとか。って事はつまり同じ量ならいいってことだよなー簡単じゃん ♪ 」  実際は、量が減ったら焼く時間とかも減らしたりしなくちゃいけないから、そうは行かないと思うけど。 「1パウンド?ポンドの事か?」 「そ。453.6グラム。」  そんなに細かい量が正確に量れるんだろうか。いつもそれで実験失敗してるのに。 「おまえってそういう事するの、全然抵抗ないのな」 「そういう事って」 「料理とかさ。」 「ねえよ。うちさ、日曜と盆と正月はおやじが飯作ってたんだ。そんなもんだと思ってたけど、違うのな。じいさんは、男が厨房に入るなんてって渋い顔してたけど、おやじは構っちゃいねえって感じだった。」 「じいさん?」 「あー、うち母屋に祖父さんと祖母さんが住んでてさ、同じ敷地に2軒別棟建てて、おれ達とおやじのねーちゃんの家族が住んでたんだ。おれがいた頃は、まだ祖母さん達のとこに、結婚してねえおやじの妹みたいなのもいてさ、いわゆる小姑ってやつ?おふくろ大変だったみてえ。親戚だらけで」 「もしかして、金持ちか、おまえんち」 「わかんねえ。祖父さんちでは住み込みのお姐さんとか、通いの庭師とかいたけど、主におふくろがいろいろやってたな」 「住み込みとか庭師って…無茶苦茶金持ちじゃねえか。お坊ちゃんだったんだ…」 「見るからに育ちがいいじゃん」 「人間、落ちるのは早いってことか…」 「どーゆー意味だよっ!」  確かに育ちがいい人間の言動とは思えないことが多々あるのは、否定できない。 「おまえ…じいさんに反発して、家出たのか?」 「さあてねー。忘れちまった、昔の事だしさー。それより体育館行こうぜ。演劇部やるからさ。ユカの作った大道具見にさ」

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「ええと…?」  舞台を体育館の一番後ろから眺めながら、2人は固まっていた。 「あれ…ユカだよな」 「だよなあ」  さすがに主役ではない。主役じゃないけど、衣装を着て舞台に立っているのは、まさしく由利香。 「由宇也、なんか聞いてる?」 「自慢じゃないけど、おミズが知らないのに聞いてるはずないだろ。」 「だよな」  さっきも何も言っていなかった。 「…やっぱり可愛いよなあ…」  由宇也は舞台の上の由利香に見とれる。 「わかったって、由宇也。」 「おまえは思わないのかよ!そんなのおれの知ってる…」 「わかったっつうの」  舞台上では由利香が何か喋っている。せりふはちゃんと覚えているらしい。台本を渡されていただけの事はある。  淳は自分の胸を押さえる。 「…間違えねえかな…なんか、ドキドキする」 「ユカが間違えるはずねえだろ。あああ、あんなに立派になって…ユカ」 「マジで危ねえな、由宇也」  本気で呆れる。  小さいときに妹がいるって聞かされて、ずっと会いたかったって言っていたけど…。   それにしても、時々由宇也の言動は極端だ。 「おミズのほうこそドキドキって、初ステージ見守る母親かよ」 「ちょっとそんなかも」  こっちも危ない。  と言うより、父親じゃなくて、母親なのか?

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 そして、最後の幕。 「な…あ、おミズ、なんでユカ、主役…?」 「……だから、おれが聞きてえ」  由利香がジュリエットの扮装をして舞台に出ている。  さっきは予定通り亜里沙がやっていたはずなのだが。  今まさに、何日か仮死状態になるという秘薬を飲もうとするシーン。  淳が何かにはっと気が付く。 「由宇也っ!キ…キスシーンあるっ!」 「ああ、あるな」 「なんでそんな平気なんだよっ!公衆の面前でキスシーンだぞ!わかってんのかっ!」 「中学の文化祭でそこまでやるわけないだろ」  それもそうだ。 「でっ…でも、もしかしてなんかの弾みで…」 「ばっかか。」 と言いかけて、こっちも何かにはっと気づく。 「でも、もしかして相手がユカの可愛さについフラフラと…」 「だろっだろっ!」 「そんなことしたら…ただじゃおかねえ」  本当に相手の首くらい絞めに行きそうだ。  やがて話はクライマックスに差し掛かり、ジュリエットが死んだという報告を受けたロミオが彼女の元を訪れるシーン。  横たわるジュリエット=由利香を見て、ロミオが嘆いている。  2人の悲恋が胸を打つ場面だ。  やがて、ロミオがジュリエット=由利香の上にかがみこむ 「うあ…」  「落ち着けって、おミズ」  思わず大声を出そうとした淳の口を由宇也がふさぐ。 「だって…だってあんなに近づいて…あ…あのやろー…」 「劇だから仕方ねえだろ」 「へーきなんだ、ゆーや、へーきなんだ」 「多分おまえより。おまえとユカがくっついてんの見てて、見慣れてるから」 「なんだよ、それー。ちくしょうあのガキ、顔覚えてって刺してやる」  こっちも冗談にならない。  そして、2人とも気が付いていなかった。  ステージよりも一番後ろでバタバタ暴れる2人が、ずっと注目を浴びている事を。

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「もうっ!すっごく恥ずかしかったよ!」 「悪ぃ」 「ごめん」  Φに戻ってから、淳と由宇也は由利香に力いっぱい叱られた。  非難されても返す言葉はない。 「ただでさえ人目引くんだから、目立つ事しないでよね」 「だって、ユカ、とーとつに舞台出てんだもんな」 「次から次へと腹痛で倒れて…亜里沙さんまで倒れた時はどうなるかと思ったけど、幸い最後のほう、セリフ少ないし。」            「だからって、だからって…あんな」  淳は口の中でぶつぶつ文句を言う。 「集団食中毒だったみたい。うちのクラスでも病人出たし。3年のクラスのやきそばが原因らしいよ。しばらく学校閉鎖かもね。明日はとりあえず休みだから、その間に連絡がくると思う」 「ユカあのさ、して…ねえよな」 「何を?」 「え?だから…キス…」  由利香は淳の言葉に、え?という顔になり、一瞬遅れて真っ赤になった 「し…してるわけないじゃないのっ!それに、してたって、淳にかんけーないでしょっ!」 「ばかか、おまえ。モロに聞くなよ」 「じゃどう聞くんだよっ!」 「2人でなに騒いでるのかと思ったら、そういう事話してたわけっ!?ヒトが必死になってんのに!」 「え?いや、だから」 「淳も由宇也もキライっ!!!」 「え?おれも?」  唖然とする由宇也を尻目にまたも怒って食堂を出て行く。 「おミズ最近怒らせてばっか」   傍で見ていた純が呆れる。 「今まで抱え込んでたのが、手が離れかけて寂しいのはわかるけど。温かく見守れよ。保護者だったら」   「結構嫉妬深いよな、おミズって。今までそういう場面に出くわす機会なかったから、気が付かなかったけど」 「うそっ。」 「病深いな…自覚ないのか」 「おれほど、心が広い人間はいねえって…」 「ありえねえ!」  純と由宇也の声が揃った。

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 結局由利香の学校の休校は1週間続き、その間に由利香は決心を固めた。  もう、十分だ。  部活動も一応経験したし、友達もできた。『普通の中学生』をある意味満喫した。  そして、自分のいるべき場所は、そこじゃないとも自覚した。 「やっぱ辞めます。いろいろわがまま言って申し訳ありませんでした。」  有矢氏に決心を告げに行くと、有矢氏は心なしかほっとした表情をみせた。 「そうか。じゃ、学校が再開したら手続きとって来よう」 「お願いします」  由利香は頭を下げる。  真知子と早苗になんて言おう。きっとびっくりするだろうな。怒るかもしれないけれど仕方がない。  『住所と電話番号教えておこう。もしかしたら手紙くらいくれるかも』  部屋に帰って可愛い便箋を探し、Φの住所と電話番号を書く。『これからもよろしくね』と書き加え、ちょっと考えて便箋をもう一枚取り出した。丁寧に丁寧に、自分の今の気持ちを一語一語したためる。読み返して、ため息をつき、破いてまた新しい便箋を出す。  由利香の手紙を書く作業は、夜明け近くまで続いた。      
 

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