1.12.Merry Christmas and A Happy New Year. 〜part1
ユカ、元気?ユカが急に学校からいなくなるって聞いた時はびっくりしたよ。でもね、本当のコトいうと、すぐにいなくなっちゃうって気はしてたんだ。私たちとは違うって気がしてたから。あ、悪い意味じゃないよ、気にしたらゴメン。
だって、水木さんも、ユカのお兄さんもなんか普通とは違う感じだったし。Φのひとだって聞いてびっくりしたけど、ちょっと納得しちゃったよ。他の友達やお母さん達には言わないね。私とさなちゃんの秘密にしておく。
たった一ヶ月だったけど、楽しかったよ。部活忙しいから時間ないけど、たまにはお休みの日とか、遊びに行こうよ。あ、Φってお休みあるのかな?知らないけど、とにかくまた会おうね。住所教えてくれてありがとう、うれしかった。
短くてごめん。手紙あんまり得意じゃなくて。これでもいっしょけんめい書いたんだよ。また書くね。バイバイ 真知子
P.S.水木さんと仲良くね。あんなイイオトコ、逃したらもったいないよ…なんちゃって
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『イイオトコ…かあ。まーね』
由利香は『ナオ』のカウンター席に座って、カウンターの中でケーキ用の粉を混ぜる淳をじっと観察していた。
奈緒さん自身はまだ時間が早いので来ていない。
ちなみに今日はクリスマスイブ。予定のある人はそれなりに出掛けてしまっている。
つまり残っているのは、クリスマスなのに予定のない可哀相な人たち。
「なんで見てんだよ、そんなとこで」
「ズルしないかどうか、チェックしてんの」
「ズルすんなら、最初っからどっかで買ってくるとかするっつの」
「それもそうだね、あははー」
めずらしく、ちゃんと秤で材料を量った。慣れない事をしたのでかなりイライラしたが、粉をこねくり回すという単純作業をしているうちに、どこかに飛んで行った。今は結構機嫌良く、鼻歌なんて歌いながら作業を進めている。ただし、あたりにかなり粉が飛び散っているし、服もはっきり言って生地だらけだけど、そんなの気にする淳じゃない。
勢い良く奈緒さんから借りておいたパウンド型に材料を流し込む。適当なので当然一部外に流れ出すが、当然の如く無視。
「ホントにやるとは思わなかったよ」
「おれだってそうだよ」
あらかじめ暖めておいたオーブンに型を入れる。
「あぢっ!」
お約束どおり、手の甲をオーブンの内壁にぶつけて軽い火傷をする。
「大丈夫?」
「ぜんぜん、へーき」
片手を流水で冷やしながら、もう片手でオーブンの時間を設定する。両手がつかえるとこういうとき便利。
「クリスマスケーキって事は、それなりに飾りもあるんだよね?」
何気なく言った由利香の言葉に、そう言えば普通、クリスマスのケーキは、飾りがついているなんて事を思い出す。サンタとか、もみの木とか、メリークリスマスとか書いたチョコレートとかね。…けど、淳にそこまで期待するのは酷だ。
「バラとか飾るか?」
と冗談めかして言ってみるけれど、
「えー、食べられるのがいいなあ」
とか言われてしまう。やっぱりそこまで作っての『クリスマスケーキ』なんだろうか?
所詮無理だったのかと、敗北宣言をしかけたその時、
「あ、そうだ、私、飾り作るっ!材料集めてくるねっ!」
由利香は『ナオ』を飛び出して行った。何か思いついたらしい。
由利香が飾り作っても、ケーキは自分が作ったって事でOKなんだろうか?まあそんな細かい事いう由利香じゃないけれど。いろんな事を考えていると、思わずうとうとしてしまう。オーブンからの熱も程よく暖かいし…、もともとすぐ寝ちゃう性質だし。
「淳っ!焦げ臭いよっ!」
由利香が、粉だの何だのを持って戻ってきて、走りこんできた。
急いでオーブンのスイッチを切る。多分途中で飛び散ったりこぼれたりした分、材料が少なめだったので、その辺りが敗因だ。幸い発見が早かったので、焦げ色が強めに出た程度で大事には至らなかった。
オーブンから出してみると、ちょっと香ばしめの香りだが、まずまず美味しそう。ためしに串をさしてみるが生の材料がついてこなかったところを見ると、ちゃんと火が通っている模様。
「すっげーおれ天才」
自画自賛するのは、味を見てからのほうがいいような気もするが…
それは無視しつつ、由利香はクッキーの材料をこねる。この前のクッキー生地じゃなくて、オートミールは入らないタイプ。
「これで、熊とか猫とか可愛いもの作って乗せたら、楽しくない?」
楽しそうになにかの形を作り始めた。
丸い頭に丸い胴、少し平たくして、手足をつける、小さめの丸い耳にチョコチップで目鼻をつける。
「ほら、くまさん」
お皿に乗せて、淳に見せる。確かにテディベアに見えないこともない。
「淳も何か作んなよ」
「え゛っ?…おれ?」
一瞬たじろぐ。工作関係は、音楽よりももっと苦手だ。
…が、出来そうなものを思いついた。クッキー生地を手にとって、粘土細工の要領で細長く伸ばし始める
「それ、何?」
「ヘビ」
「…」
小さな目をつけると、それをわきにどけ、今度は平ための丸に、小さな丸が5個とちょっと細長い丸が1つ…
まんなかの大きな丸にチェックの模様。ちょっと調子が出てきたかな…と自分では思うけれど。
「え…とぉ…亀…?もしかして…」
「そ」
「淳…。幼稚園児並みだよ…」
「うるっせいっ!」
なんだかんだ言って結構楽しそう…??
由利香は今度は三角の耳に長い尻尾をつけてみる
「ほら、ねこだよー」
淳は今度は細長い生地を短めに形作っている
「ミミズ…?」
「うん」
今度はもっと細くて短い糸のような形をたくさん。
「そっ…それは?」
「イトミミズ」
「淳っ!わたしミミズとかイトミミズの載ったケーキ食べるのやだっ!」
「そう言えば、おれも嫌だ」
ついウケるほうに気をとられ、それを食べるのを忘れていた。
何やってんだか。
その後も、由利香は子犬とか、パンダとか、コアラとか可愛いキャラを作り続け、淳はちくわとか、枯木とか、手とか微妙なモノを作り続けた。2人で没頭し、ふと気が付くと夕方になっていた。西マスターがやってきて、粉まみれになっている2人を見て
「なにしてるんですか」
と呆れた声を上げる。
「え?何時?わ、5時」
「やだークッキー焼かなきゃ」
由利香はオーブンの予熱を設定する。
いつの間にか、一回では焼ききれないほど大量の飾り。
「ずっとこんな事していたんですか?」
「あはは」
「仲良いですよねえ、お2人」
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やがてクッキーも焼き上がり、淳が必死に泡立てたクリームを飾り、クッキーを載せる。
一般的なものとはかなり異なるが、まあ、クリスマスケーキと言えないこともない。
「すっごぉい、できたねー淳。食べよー食べよー」
「紅茶淹れますよ」
それを制して、淳が席を立つ。
「おれ淹れる。明子さんに教わったから」
紅茶のカップを3つ用意して、お湯を入れて温める。ポットにもお湯を入れてから、一度捨て、紅茶を人数分プラス1匙ぶんだけ入れて、湧きたてのお湯を入れ、布でくるむ。
茶葉が開いたのを見はからってカップに注ぎ、ポットに再度お湯を入れておく。こうすると、1杯目を飲み終えた頃に、2杯目が程よくなる。
「ケーキ切ったよ、食べよ」
由利香がケーキを三切れ切って皿に載せて配る。
「私にもくれるんですか?」
「当然、場所借りたんだし。ねー淳」
マスターは、皿の上のケーキの飾りを見てちょっと引く。
「これなんですか?」
「あーそれ、淳の作ったカメ」
「成る程、カメねえ」
「私のパンダと代える?」
「いや…いいですけど別に」
「あ、イトミミズ美味い」
自分の作ったイトミミズを恐る恐る口に入れた淳が、びっくりしたような声を上げる。
「うそっ、ちょうだいっ!」
淳のケーキの上に載っている『イトミミズ』にフォークを伸ばす。たしかにパリパリして香ばしくて美味しい。
「やっぱ天才だ、おれって」
マスターはにこにこと2人を見やり、
「将来いっしょにお店やったらどうですか?山崎さんクッキー焼けるし」
淳は片手をぱたぱた振りながら
「あーだめだめおれ、客商売は。愛想いいの長続きしねえから」
確かに、気紛れな淳は、コンスタントにお客に親切にできそうにない。
「わたしも、自分の事そう思ってましたけど、仕事と割り切ればどうにかなるもんですよ」
西マスターは穏やかな微笑を2人にむけながらそんなことを言う。
…って事は、本当は愛想良くないってことか?思わず『機嫌の悪い奈緒さん』を想像する。ちょっとゾッとする。
日ごろにこにこしてばかりいる人ほど、キレるとコワいのは経験済みだ。
「地じゃねえんだ、それ。こえー…」
「あなたたちと会っている時は、これが本当の私ですから」
「なんか、ますますこえーけど」
「淳っ!すごいっ、ケーキ美味しいっ!」
ケーキ本体にフォークを入れた由利香が突然叫ぶ。
目を輝かせて次から次へと口に運ぶ。
「そりゃそうだろ、なにしろ天才のおれが…」
自分もひとかけらケーキを口に入れ、食べたとたん、口をつぐむ。
…甘すぎ。吐くかと思った。思わず紅茶で流し込む。紅茶に砂糖とか入れてなくて本当に良かった。
「ほんとに美味いか、これ?」
「おいしーよ」
由利香は一気に自分の分を食べ終えて、残っている分に目を移す。
「お代わりしようっと」
ナイフを取り上げて大きく切り分けようとしたその時、
「なんだ、こんなとこにいた」
どたばたと健範と歴史が走りこんで来た。