1.12.Merry Christmas and A Happy New Year. 〜part4

 
 
  
        
ぶっ。  日本酒、あるいはビールに口をつけかけていた純と健範と武と温が同時に噴出した。 「おっおミズっ!」 「いや、そーゆーんじゃなくて…う〜ん、話しちまった方が誤解ねえか」  今度は自分でコップに日本酒を注ぐ。ここで一本目が空になった  ちなみに、宮城産『勝山』。 「鍋借りる代わりに、店で一晩働いてくるっていったじゃん。そしたら、4丁目各店のおねーさんやらおにーさんやら、休みまでとってガンガン来てくれて、やたらチップとかくれて高いもん注文してくれてさ。おまけに店ももうかったからとか言って、ただって筈だったのに、指名料とかちゃんと計算してくれて、ざっと4,50万くらい一晩でかせいだ」 「う…っわあ…」  まさにあぶく銭。 「なあ、おミズ、そういうのって、店の他のやつらに嫉妬されたりしねえのか?」 「すっげえ儲かって、ボーナス出たし。みんなおれが一晩だけだから人気あるってわかってるもんな。ずっと働く事になったらまた違うだろうけど、祭りみてえなもんだから。おれだって毎晩そんなに稼げるなんて思ってねえし。OneNightDreamってやつだよな」  そのへんは考え方がかなりシビアだ。 「淳だったらできそうだよ」 「そっかな。職に困ったら真剣に考えるか」 「うん。カラダ一つでできるからいいよね」  ほろ酔いも手伝ってのんきに話す由利香と淳に、温が 「ユカっ!いいのっ!?」 と詰め寄る。 「え?なにが?」 「自分の好きな人が、他人に愛想振りまいてていいの?」 「温ちゃん、全然意味わかんない」  由利香は首を傾げる 「だって、だってさ、私だったら耐えられないけどっ!そんな状況、我慢できるなんてただ事じゃないよ」 「確かに、乗が他人に愛想振りまく状況はただ事じゃねえな」 「おミズ、そうじゃなくてっ!」  歴史が温を抑えようと 「温ちゃん、ムダだよ。ユカにとっては、こーゆーおミズが普通なんだから。ユカが気がついた時はおミズはもう4丁目でちゃらちゃら遊んでて、意味なく愛想振りまいたりケンカ売ったりする人だったもんね」 「ひっでえ言われよう」 「んー…だって、私がとやかく言っても変わらないでしょ、ね、淳」 「そんなことないでしょっ」  激昂した温は立ち上がって、淳に指を突きつけながら 「おミズ、ユカがやめてって言えば遊びに行かないでしょ!」 「温ちゃん、酔うと熱血になるね」  武が隣で温を見上げる。たいして飲んではないと思うんだけど。 「どうかな。わかんねえや。ただ言えるのはさ、温ちゃんが考えてるほど単純じゃねえってこと。おれも、4丁目のおねーさんおにーさんたちもさ。も、いーじゃん、そんなん。食おう食おう。」 「でもっ!」 さらに温が何か言おうとしかけた時、 「なに、興奮してんだ。ほら、みやげ」 乗がやってきた。淳にワインの瓶を渡し、ごくごく自然に温の肩にポンと手を置く。温は拍子抜けしたようにその場にすとんと腰を下ろし、乗もその隣に座る。  みんな思わず無言で見守る。 「何?」  端から顔を見回す乗に、みんなあいまいな感じで 「あ、いや別に」 とか、 「なんでも…」 とか返し、無関心を装っているが、ちらちらと乗と温の様子を伺っているのがわかる。 「なんかおれここのグループ辛い…」  健範がため息交じりで鍋をつつく。 「あっち行こうかな」 「えー、ノリ、行かないでよー。僕動かないからねっ!」  温は自分を落ち着かせるように乗に話しかける。 「え…と、何か、食べる?」 「いらない。気にしなくていいよ」 「ふ〜ん」  淳は、鍋ごしに乗にコップを渡し、乗が持ってきたワインを注ぎながら温と乗を見比べながらニヤニヤする。 「なんだ?」 「結構お似合いじゃねえの、そーやってると」 「おまえらほどじゃないけどな」  乗は真顔で答えてワインをあおる。 「なんと、お答えして良いものか…」 「淳、私もワイン飲む」 「あんまり飲むなよ。ユカ飲むと、たまにとんでもねえから」  言いながらも、由利香のグラスにワインを3分の1くらい注ぐ。一口飲んで 「おいしー」 とにっこりする。 「おまえ…今、ユカのこと可愛いって思ったよな…」  純が小声で淳の耳元で呟く。 「なんか、ミネすっげー今日絡んでこねえ?」 「言いたい事、代わりに言ってやってんだよ」 「ラヴちゃん、ミネがいぢめる」 「たまにはいじめられてあげてね」 とあっさりと愛に言われると、日ごろの自分の言動を反省…なんてするはずもない。 「よー、やってるな、水木、ほら差し入れ」  有矢氏が一升瓶をかかえてやってくる。 「あ、ども」 「場所空けろ」 淳と純の間に割り込むようにして入り込む。そこに明子先生もやってくる。 「飲んでるかい、青少年達。」 「めーさん。差し入れは?有矢さんでさえ持ってきたぜ」 「さえってなんだ、さえって」 「もってきたよ、ほら。好きだろ、シャブリ」  よく冷えた辛口の白ワインが2本。 「尚。一本やるよ」  振り向いて、隣の鍋をつついている尚に渡す。 「あ?うん、誰から?」 「めーさんから。あんま飲むなよ、尚。おまえ酔うとこえーから」 「おまえに言われたかねえ」 「由宇也―、こいつ飲みすぎないように見張ってて。」  尚の隣に座っている由宇也に言うが、由宇也は 「そんなの責任持てるかよ。たまに飲ませると面白いだろこいつ、本音出て」 「じゃ、この間のあれは本音だったっつうのかよ。無責任な事いうなよなぁ」 「この間?これか?」  どこからともなく、大会の記念誌を出す。 「おまえら、なにネタに酒飲んでんだよ!尚も!」 「いや、なんか、遠い昔の出来事のようで」  尚は遠い目をして言う。 「別に表紙ネタにしてるわけじゃねえよ。みんなでがんばったよなあって思い返してただけだって。でも」  由宇也は改めて表紙をしみじみと見る 「きれいだよな、おまえ」 「あほかーっっ!!」  淳は由宇也に飛びかかって記念誌を奪おうとするが、すんでのところで逃げられる。 「おミズっ!鍋っ!鍋危ねえっ!」 「おさえろ、そいつっ」  純と尚と千広が3人がかりで淳を押さえ込む。 「しょうがねえだろ事実なんだから」 「こんな顔いらねーっ!」 「その顔だから、一晩で大金儲かったんだろうが」 「るっせーっ!顔捨ててやるーっ!」  じたばた暴れる淳に由利香がそっと近づく。ばたつく片手をそっと押さえて 「淳、私、淳の顔好きだよ」 と言う。その言葉が耳に入ったとたん淳の動きがパタっと止まる。 小声で 「顔かよ…」 とつぶやく声が聞こえる。由利香が続ける。 「えっとぉ、あと、口悪いとことか、よく食べるとことか、懲りないとことか」 「良かったなあ、おミズ」 「なんか、すっげーむなしー」  体を起こして、明子さんの手土産のシャブリを開ける。  がばがばとコップを満たし一気に喉に流し込む 「こら、水木淳。そんな飲み方するな、勿体無い」  明子先生は慌てて取り上げようとするが、コップはすでに空。 「高かったんだよ、それ」 「飲めば分かる」  お代わりを注ごうとすると、さすがに明子先生に取り上げられる。 「ほら、ユカちゃん飲みな」  彼女は由利香のコップを取り上げて、取り上げたシャブリを半分くらい注いで返す。 「めーこさん、コドモにそんなに飲ませんなよな」 「ユカちゃんは子供じゃないよ。君が思って…ちがうな、思いたがってるよりずっとさ、ねえ、ユカちゃん。はい乾杯」  自分のグラスと由利香のグラスを合わせる。 「ったくもう」  シャブリは諦めて有矢さんの持ってきた一升瓶に移行する。 「有矢さーん、飲もう、みんないじめる」 「基本的におまえが悪い感じだけどな。どうしたんだこの肉」 「買った」 「悪い事してないよな!」 「どーしてみんなそういう事いうわけ?」 「日ごろの行いよーきっと」 「げ、ももちゃん。」 「私には注いでくれないの」  桃果が差し出すコップにも日本酒を注ぎ、よく分からない3人で乾杯。 「いっやあ、水木くんと飲めるなんてねー」 「別におれはいつでも飲むよ。誘ってくれれば」 「やっああねーっ。先生が生徒誘えるわけないっしょぉ」  バンバンと淳の背中を叩く。 「アンタすでに、先生じゃねえよ」 「じゃ、誘っていいんだ。いい、ユカちゃん?」  いきなり由利香に向き直る。  とっさに返事に困る由利香をかき分けて 「桃果さん、こいつのこと気に入ってるのか?」 と明子先生が混ざってくる。 「もっちろんよ」 「モテるよねえ、君は」 「嬉しくねえ、別に」 「とか言って利用してるよなあ」  純が何気なく口を挟んでくる。 「また、ミネ絡む。」 「心配してんだよ、おれは。おまえ一歩間違うと、この前みたいになるだろうが」 「この前?なにしたんだ、水木淳。またヘタレたか?」 「もう、めーさんやめてよ」 「で、なんで鍋なんてやってんだ?」  真顔で聞かれる。 「いや、ユカが鍋したことねえって言うから」 「それで、これか?大げさだな」 「どうせだったら、人数多いほうがいいじゃん」 「そりゃそうだけどね」 と、部屋の中を見回す。全体でざっと30人くらいが3つの鍋に分かれてわいわい騒いでいる。会員制って言ってたけど、1000円ずつなんて、多分焼け石に水だ。やっぱり誰でも予算が気になる。 「ねー、めーこせんせー、鍋って楽しいねー」  由利香がワインを片手に、にこにこしながら言う。つられて笑いながら 「楽しい?ユカちゃん。こいつに感謝してやりなよ」 「うん。すっごい感謝してる。蟹買ってくれたし」 「蟹かよ。」 「蟹?食べていないけど」 「あーここの蟹は全部ユカが食っちまった」 「聞いてよ、めーこ先生、ひでーんだぜおミズ。ここの蟹は全部ユカが食っていいとか言ってさ」  健範がこぼす。 「蟹?あったのか?」  明子先生はがっくり肩を落とす。大好物だったらしい。 「先生、蟹、まだこっちにありますよー」  智が、Cクラスが集っている鍋の傍から声をかけた。彼女は顔をぱっと輝かせてさっと立ち上がり、蟹めがけて移動していった。 「あっらー、蟹あったの。いいなあ。ねえ、私の分もある?」  桃果もお椀を持って行ってしまう。 「あー平和になったあ」 と、一息つく間もなく、 「やっぱり冬は鍋だな」 という声とともに、汀氏が現れる。 「げーっ、アンタも来たんだ」 「弟だけ呼んで、私はダメという事はないだろう?」  どうぞとも言われないうちに、有矢氏の隣に座り、コップを淳につきつけて 「どうぞいっぱいくらい、言えないのか?」 と催促する。 「ドウゾイッパイ」  オウム返しに言葉を返し、淳は明子先生の持ってきたシャブリの残りを注いだ。汀氏は一口飲んで 「いい酒だな、どうした、これ」 「めーこさんのみやげ」 「なるほど。明子先生センスいいですね」  後半は少し離れたところで、蟹を食べている明子先生に呼びかける。彼女は黙って後ろ向きのまま手だけ振った。 「あ、そー言えばさ、夏波ちゃん元気?」  社交辞令のつもりで言ったのだが、汀氏は急に目じりを下げ 「もう、本当にかわいくてかわいくてねえ。いやあ目の中に入れても痛くないって言うのは、ああいう事を言うんだねえ。私もね、自分の娘が生まれるまでは、自分の価値観が変わるなんてことは絶対ないだろうって思っていたんだけどね、もう、朝昼晩、夏波が第一でねえ。自分の睡眠時間を削って夜泣きに付き合っても平気だし、食事中に中断されておしめ替えるのも楽しいし、なんていうか、世の中夏波中心に回ってるって感じでねえ」 「…禁句だったのに…、水木のバカが」  有矢氏が小声で淳に言う。 「30分は喋り続けるぞ。責任とれよ」  言いながら、少しずつ腰をずらし、いつの間にか隣の鍋に移動して行ってしまった。 「げっ、きーてねーよ」  たまに社交辞令なんて言うからこんな事になる。 「青空を見ては夏波に見せたいと思い、木を見てはこんなところに登ったら危ないと不安になり、道の石を見てはつまづいたら大変とそっとどけ…全て何を見ても夏波の事を思い出すんだ。将来嫁に行くことを考えると涙が…」 「待ってよ、汀さん、まだ赤ん坊だろ、夏波ちゃん」 「何言ってるんだ。今からあの愛らしさ、きっと年頃になると巷の男どもが放っておくはずがない。とんでもない虫がついたらどうしようと心配になるのは当たり前だろう。お前だってそうだろう」 「お…おれっ!?おれが誰を心配すんの?」  淳の困惑は全く無視して、汀氏は言葉を続ける 「ボーイフレンドを家に連れてきたらどう対処すべきなのか。愛想よくしたほうがいいのか、それともとりあえず厳格にいくべきなのか。結婚したい相手を連れてきたときはどうすべきなのか、やはり父親たるもの今から覚悟をしておくべきだと思うんだ。そんなことを考えながら、かなりんの寝顔をみていると思わず涙が…」  かなりんって… 「乗、家でもこんな?これ」  淳は向かいの乗に、そっと聞いてみる。 「毎日。やっと最近、聞き流せるようになった」 「花よりも美しく、羽よりも軽やかで、小鳥よりも愛らしい…。この世にあんなに愛しいものがあるなんて…。無償の愛というのはまさにこれという心境だ。夏波のためならばどんな苦労も厭わない、たとえそれが死であっても…」 「……」 「聞いてるか?水木」 「なんとか…具合悪くなってきたけど。美辞麗句ってヤツがニガテで…」 「美辞麗句だとっ!おまえな、美辞麗句ってのは、実際とは違うお世辞みたいなもんを連ねることだろうがっ!まさに夏波の真の素晴らしさを讃える言葉が、何故美辞麗句になるんだっ!」 「汀さん…キャラ変わってるって…。乗、この人何型?」 「AB。オレと同じ」 「やっぱ…。急にキャラ変わるんだよな。乗もだけどさ」 「引き合いに出すな。迷惑だ」  真剣に不快そうに言う。 汀氏はその後も延々と夏波の可愛さについて一時間弱話し続け、話すだけ話すと用事があるからと帰って行った。…なんなんだ。  あとにはぐったり疲れた淳が残される。  
  
 

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