1.12.Merry Christmas and A Happy New Year. 〜part6
「え…っとお…?」
歴史がわけがわからないといった顔で、3人を見比べる。
「全然状況がわかんないんだけど」
「ちょっとね。おれの話で、こいつら落ち込ませちゃったみたいで。ま、大丈夫だろ。」
言いながら立ち上がる。
「飯炊けたか見てくるよ。おじやしよう、おじや」
純が行ってしまうと、淳はやっと顔を上げる。目の前に歴史がいるのを見ると、まだ膝をかかえて顎をのせたまま
「チルはさ、おれの事を、守りたくなるようなキャラだと思う?」
と聞く。
「えっ!?違うでしょ。むしろ逆だよ。おミズは守るほうでしょ」
「だよなー。そう信じて生きてきてたはずなのにな。」
「なにそれ?ぜっんぜん、全く、少しも話が見えないんだけど」
「やっぱ、頼ってんのかなあ、おれ…」
「だから、分かんないって。それ、ミネのこと?」
「やんなっちゃうよなあ」
「おミズ!わかるように言ってよ」
「ところで、こいつまさか寝てねえよな」
歴史の言葉をはぐらかし、片手で由利香を指す。
「寝てないよ。もう、淳は」
由利香はやっと顔を上げる。目がちょっとだけ赤くなっている。
「ミネになんか聞いたの?昔のこと?」
淳と由利香は顔を見合わせる。
「チル鋭いよな。」
「やっぱ昔に何かあったんだ。そうだよね。」
「私が…言わせちゃったんだ。私がバカな事言って、嫌な事思い出させちゃった」
「でも、ミネもさ…気が少し楽になったんじゃないかなあ。どこかで整理つけなきゃいけないわけだし。少なくともおミズとユカには話せるようになったわけでしょ。時々話を聞いてあげるようにすればいいいんじゃない?」
「チル…おまえ、オトナだな。」
「聞いて辛かったんなら、話したほうはもっと辛かったでしょ。でもそれを抱えてるのはもっともっと辛かったと思うよ。そしたら、辛さを少しずつ共用したって思えばいいじゃない。良かったんだよ」
淳はまじまじと歴史の顔を見る。みかけも、口調も、しぐさもどちらかと言えば子供っぽい歴史なんだけど、時々ドキッと核心をつく発言をする。他人を良く見ていることに関しては、ピカ一だ。歴史は2人を見比べながら、言葉を続ける。
「おミズもそうでしょ。ミネとユカと尚はおミズの昔の事、なんか知ってるんだよね。で、ちょっと楽になったんでしょ。ミネはさ、おミズが過去の事話したのに自分が話さないの、気にしてたんじゃないの。話す機会待ってたかも」
過去を隠していることで負い目を感じなくちゃいけないとしたら、それは自分自身のほうだ。危うく淳がまた暗い気持ちになりかけた時、やたら明るい声がした
「よっ、かわいこちゃん達3人で、なに落ち込んでんの。おミズ、インタビューさせろ」
千広がメモ用紙を持って前にどかっと腰を下ろした。
「ヒロっ!人を女の子みたいに言わないでよっ!」
歴史の抗議に、千広は真顔で返す。
「いや、おまえは、なまじな女の子より、ずーっと、可愛いぞ、チル。自信持っていいって」
「そんな自信持つのやだ」
「悪あがきすんな。おミズは自覚あるよな」
「自覚ってなんだよ。で、インタビューって?」
「この間のおミズのファンクラブの会合でさ、機関紙出そうってことになって、第一号のネタを」
「ヒマだなあ、お前ら。なんか他に楽しい事ねえの?彼女でも作れよ」
『みんなのおもちゃ』を自認して、自分をネタに遊ばれるのには慣れている淳だけど、つくづく千広の入れ込みようには呆れてしまう。機関紙ってなんだろう。行動なんてみんな筒抜けなのに。そんな淳の思惑には気が付かないふりをして、
「おれは今は、これが一番楽しい。なんか充実感があるんんだよなあ」
と千広はうそぶく。
「ねえ、ヒロ、淳のファンクラブって何人くらいいるの?」
由利香が興味深そうに聞く。
「う〜ん、100人ちょっとかなあ」
「ちょっと待て。どこをどうしたら100人越えるんだ。仮にAからDクラス全員だってそんなにいねえじゃん」
「いや、EとかFも入ってるし。おまけにほら、外部から通ってるEとかFクラスなんかがさあ。写真とか自分の学校に持って行って、ファンが増えたり。あと、ひよこ組のお母さん達とか。これでなかなか名誉会長も大変でさあ。」
「ヒトの写真、勝手に配るなよ」
「配ってないよ。ちゃんと売って、活動費用に当ててる」
「マージンよこせ。肖像権侵害だぞ、てめえ」
「この後も、いっしょにランチとか、いっしょにイチゴ狩りとか企画は目白押しなんだけど、あとは本人の協力次第」
淳とイチゴ狩りって本気だろうか?
「淳の写真だけ見てファンになった人は、淳に会わない方が良くない?」
「確かにそういう問題もあるんだよねえ。おれなんか、そのギャップがナイスだと思うんだけど、ショック受ける女の子もいるからなあ。その後の人格形成にも繋がって、人間不信になったりしたら、おミズのせいだよなあ。」
「なんでだよっ!虚像を作り上げた、お前らのせいだろうがっ!」
「ちゃんと性格に難があるって言うんだけど、信じてもらえなくて。でも大体顔のいいヤツは、性格悪いってのは鉄則なんだけどな。ある意味王道か、おミズ」
「おミズが王道ってことは、世の中におミズみたいな人がいっぱいいるって事?」
歴史は性格が『悪い』ことは特に否定せず言葉を続ける。
「やだな、そんな世界。おミズ、一人で十分だよ」
「だよなあ。おれもこんなのたくさんいたら、忙しくてたまんねえよ。」
全員のファンクラブ作る気なんだろうか。
「でさ、インタビューなんだけど、今年一年はどんな年でしたか?」
「今年一年…?そうだな、なんか疲れた。」
「疲れた?一番疲れた事は?」
千広は淳のコップを満たしながらメモを取る。
「大会。もうああいうの嫌だ。競技以外の部分ですっげー疲れた。」
「いろいろあったもんなあ…」
感慨深げに千広は思い出す。
「もっとも、おれはおミズのドレス姿しか覚えてねえけどな」
「あのな…。」
「淳きれいだったよねえ」
由利香は、心なしかうっとりした表情になる。酔いで頭がちょっとぼーっとしている。
「女と生まれたら、あのくらいきれいになりたいよね」
「おまえ、それ、ものすごく違ってるぞ。少なくともおれは女と生まれてねえ。」
「なるほど、そう言えば。」
「ユカ、面白いなあ。」
千広が噴出す。
「ユカは嫌じゃないの?おミズが女装とかしても」
「なんで嫌なの?きれーなのに」
「ふ〜ん。」
千広はにやにやと淳と由利香を見比べる。
「なんだよ。」
「いや、別に。じゃさ、良かった事は?」
「自転車乗れるようになった事かなあ」
「いやそれは、出すべきかどうか、ちょっと迷うな…。なんか、ネタとして情けねえ…。じゃ面白かった事は」
「ユカがガッコ行ったこととか。結果的に面白かったよな」
「腹が立った事は?」
「本部。盗聴器やら、大会のきったねえやり方とか。あと、汀のバカがおれのことバカにした態度とるのも腹立つし、ダニーがおれをカワイ子ちゃん呼ばわりするのも腹立つし、ももちゃんがやたら歌わせたがるのも頭くるし、あああと、尚がステージで…」
「要は、おミズの動力源は怒りのエネルギーって事か。あと来年の抱負は」
「抱負?そんなもんねえよ」
「タイム伸ばすとか、体重増やすとか、ユカとラブラブになるとか」
「最後の何?」
じろっと上目づかいで千広をにらむ。
「いや、つい勢いで。」
「身長…」
「は?」
「身長が180センチ欲しい…」
「え?おミズはいいよ、そのくらいで。あんまりでかくなると、可愛さ半減」
「だっからー、おれは可愛いキャラじゃねえっつうのっ!」
「ドレスも似合わなくなるし、お姫様だっことか、しずらい」
「何考えてんだよっ!」
「あはは。ま、ご協力ありがとうございました。機関紙できたら、一部やるから、楽しみにな。」
淳の頭をポンと叩いて、席に戻っていく。
「なんだぁ、あれ」
呆れて見送っていると、純が戻ってきた。電気釜をそのまま抱え、卵のパックを1パックその上に乗せている。
「手伝え、おミズ」
淳は立ち上がり、電気釜に危なっかしく乗っていた、卵のパックを手にする。
「おれの事守るとか言っておいて、人使い荒いの。第一さぁ、おれのがケンカつえーじゃん。なにから守んだよ」
***********************
「由宇也、行ってきたぜ」
千広は、由宇也の隣に腰を下ろす。
「多少持ち直したかな。さっきは死にそうな顔してたけど。でも、なんで自分で行かねえかなあ。おミズの事になると消極的すぎ」
「ヘンな言い回しすんな。おれは憎まれ役でいいんだよ。誰かあいつに文句言えるヤツが残ってないとマズイだろ。あいつが暗いと、みんな暗くなるから、それに気を使うのはおれの役だろ。でも慰めるのはおれの役じゃない。」
「そんなもんかね。おれにはわかんねえや。ま、おれにはおミズを慰めるのっておいしいけど。」
「ヒロ、本気であいつ好きなのか?」
「好きだよ。おもしれーじゃん。顔きれいなのに、すっげーじゃじゃ馬。見てると面白ぇよな。コロコロ変わって飽きねえ」
「それって、ペットっぽくないか?あいつ飼うのなんか無理だぞ」
「そんなの分かってるよ。隣んちのペットでさ、おれは時々ちょっかい出したり、頭撫でたりして遊んでるだけ。」
「…で、飼ってるのは」
2人の声がダブる。
「ミネだな」
****************
「なんか、悪口言われてる気がする…」
純があたりを見回す。
「あの辺が怪しい」
千広と由宇也が話している方を睨むと、千広が気が付いてにやっと笑った。
「しょうもねえ事言われてるぞ、きっと」
炊き上がったご飯を、電気釜から3分の1くらいざばざばとあける。おいしそうな炊き立てのご飯の匂いが湯気といっしょに立ちこめて、匂いにつられてみんなが集ってきた。
「マメだねえ、峰岡は…」
明子先生が感心したように、鍋をかき回す純の手元をのぞく。
「君と結婚できる女の子は幸せだなあ」
「ミネは結婚できねえんだよな、おれの面倒見るから。なーミネ」
言いながら、淳は卵のパックを放り出していつものように横から純に抱きつく。
「抱きつくなっ!飯ひっくり返すだろが」
「いつの間にそうなったんだ。どうすんだ、ラヴちゃんと、ユカちゃんは」
明子先生は今度は呆れ顔になる。
「まったく…言うんじゃなかった」
純は淳の手を振りほどきながら、まだも抱きついてこようとする淳に、卵を拾って渡す。幸い中身は割れていない。
「遊んでねえで。卵割れ」
淳はパックを開けて卵を一個取り出す。じーっと見つめてから、鍋にそのまま割り入れる。殻をどうしようと迷ったあげく、純が使っていた器に入れる。
「あーバカ、ちゃんとどこかで溶いてから入れろ!ぜったいわざとだろ!」
「なんの事かなー」
とぼけながら、もう一つそのまま割ろうとする。純は卵を取り上げて、空いていた器に卵を溶いて、ブツブツ言いながら鍋の中に回し入れた。あっという間に卵はふわふわの半熟状になる。それをかき回して器に取り分けててきぱきと配る。
「なんで、おミズが真っ先に食ってんだよ。ユカにやれよ。ほら、ユカ」
由利香はそれを両手で大切そうに受け取る。
「ありがとー」
「ああ、いいよなあ、ユカは、素直で。せめてその10分の1の素直さをおミズに」
また文句を言いかけるが、
「ミネちゃん、すっごくおいしー。ありがとう。お鍋って幸せだよね」
という由利香の言葉に、まあ、いいかと思いなおす。淳の方に向き直り、小声で
「おまえ、また、可愛いって思ったろ」
「んーまあね」
意外な返事に、思わずちりれんげを取り落としそうになる。目を丸くして淳を見ると、不満そうな返事。
「なんだよ、素直になれっていうから、なっただけじゃねえか」
「へ〜え。どういう風の吹き回しだよ」
淳はもう返事はせずに、せっせと器を空にし、お代わりをよそっている。純はそれを横目で見ながら
「でも、ま、素直だと、おまえも可愛いよな」
と笑う。淳はじろっと純を睨む。
「みんなして、人の事可愛いとかなんとか。泣くぞ…」
「泣くと、よけい可愛いってやつがいるぞ、きっと」
「う゛〜」
****************
「食い終わった〜。初詣行くぞ〜」
鍋がすっかり空になった頃、淳が急に言い出す。もう0時近くになっている。
「おまえ、無神論者じゃねえのか」
「うん。でも用事あるんだ。ミネも行こう。おれ途中で通行人にケンカとか売るかもよ。止めてくんないと」
「しょうがねえな」
外は真冬の冷たい空気が張り詰めている。酔いが一気にさっと醒めていく。
「用事ってなんだ?」
「ちょっとね。今年の垢、早いとこ流しとこうと思って、誰か時計持ってる?カウントダウンして。20秒くらい前から」
「なんだか、おミズ今年盛り上がってる。」
「日本の行事を大事にしようと」
淳のいかにも口先だけの言葉に、何人かが笑う。
唯一時計を持っていた武のカウントダウンで、真夜中ちょうどにみんなで『おめでとう』と言い合い、大騒ぎしながら近所の神社に着いたころには、0時30分頃になっていた。神社はそこそこの参拝客で賑わいを見せていた。
淳は賽銭箱につかつかと近づくと、ポケットの中身をつかみ出し、ざらざらっと、全部賽銭箱に落とし込んだ。1万円札が少なくとも10枚はヒラヒラと落ちていく。まわりがぎょっとして淳の手元を見る。10円を入れようとしていた健範が叫ぶ。
「げーっ!おまえいくら入れてんだよ」
「知らねえ。あぶく銭の残り全部。あーっ、すっとした。これがやりたかったんだ」
それだけ言うと、すっきりした表情で、鈴も鳴らさずくるっと踵を返してしまう。
「なんも願い事しねえのかよ」
「神様なんか信じてねえもん」
ニヤッと笑って、離れたところでみんなの様子を面白そうに見ている。まるで、そんな事したってムダなのにと言いたげだ。
「おミズらしいよな」
純は苦笑する。思い切りがいいというか、基準が自分というか。
「見てー、淳、雪降って来た」
お参りを済ませた由利香が駆け寄って来る。
「あーホントだ。すっげーいいタイミング」
空を見上げると、真っ暗な夜空から放射状に雪が舞い降りてくるように見える。天に向かって両手を伸ばしながら、目を閉じると、睫毛に雪が積もる感触。口の中で何かを呟くと、由利香が怪訝そうな顔で聞いてきた。
「何、お願いしてんの?」
「秘密。」
それを聞いて、神様にはお願いしないのに、空には何か祈る事もあるのか、と純は可笑しくなった。まあそれも淳らしいといえば、淳らしい。神様もいいけど、空に祈るのもいいかも知れない。淳の隣に立って、いっしょに空を見上げてから目を閉じる。。
『今年も、みんな一緒に無事に過ごせますように』
平和な一年を願って。でも……