1.2. Two Years Ago. 〜part5

 
 
  
     
   一週間考え込んでいたものの、どうしたらいいかは分からない。そしていろいろ考えているうちに、なんだか面倒くさくなってしまった。だいたい、考えてて行動に起こさないのは自分らしくない。  とりあえず名前までは把握した。女の子が桜優子。男の方が麻月由宇也。練習(何の?)兼ねて、それぞれの同じクラスの女の子達から聞き出した。ここまでは結構楽勝だった。 『おっしゃ、行くか』  ある日の放課後、決心を固めた淳は、いつも二人が待ち合わせしている校門の近くの桜の木の下に向かった。優子は2年なので、3年の由宇也より授業が早く終わる事が多く、ここで由宇也を待っている。今日も優子が先に来ていた。同じクラスの女の子達が笑いながら優子に手を振って下校していくのに、無表情に手を振り返している。遠くからでも時々ため息をついているのがわかる。そう言えば同じクラスの女の子に話を聞いた時も 「暗いのよね、美人なのに」 「そうそう。優しい子なんだけどね」  と言っていたっけ。  自分に気合を入れて、優子に近寄り 「桜さん、だよね」  と声をかけた。下を向いていた優子は驚いて顔を上げる。たしかに美人だ。中学生にして、このまま化粧品のモデルにでもなれそうな整った顔立ちだ。 「あ、ごめん、おどろかせた?おれ3組の水木っていうんだ」 「あ、はい。はじめまして…」  ほとんど聞き取れるか聞き取れないかくらいの小さな声で優子は答えた。 「ああ、君は始めてかも知れないけど、おれは君のことよく知ってるから」 「え?」 「いつも見てたんだ」  優子の目をじっとのぞき込む 「あ、君がさ、麻月ってやつと付き合ってるのは知ってるよ。でも、全然幸せそうじゃないじゃない」  優子がぴくっと体を震わせるのが分かった。 『なんかすげー罪悪感』  やっぱ、向いてないよなこーゆーのと思いながら、淳は言葉を続ける。 「よかったら、おれと付き合ってみない?多分彼と付き合うより楽しいよ」 「……ません…」  優子はさっきよりもますます小さい声になった。 「え?」 「できません」  少し大きい声になった。 「え?なんで?彼氏が怖いの?だったらおれが話してやるよ」 「そ…そうじゃなくて…」 「それからさ…」  淳は優子の左手の小指に目を向けた。 「その指、彼氏とおそろいみたいだけど、君には似合わないよ。やめた方がいいんじゃない?」  優子はさっと左手を隠した。頬が赤く染まっている。 『あ…ビンゴ』 「せっかく美人なのに、そんなに暗い顔してたら台無しじゃない?もっと楽しむこと考えたほうがいいよ」 「できないんです」  今度は、淳が驚くほど大きな声だった。 「どうして?」  淳はまた優子の顔をじっと見た。  優子はまっすぐ、淳の顔を見返してきた。目に強い意思が宿っていた。 「私達はいっしょにいなくちゃならないんです!」 『なんだ、ただのおとなしいお嬢ちゃんじゃねーじゃん』  淳が話してしまおうかと一瞬思ったその瞬間、背後に人の気配を感じた。振り向きかけたところに 「何してんだ!」  という声と共に拳が顔めがけて飛んできた。とっさによけはしたものの瞬時に反撃はできない。 「いきなりかよ、あっぶねーな」 「おまえ、優子になにしてんだ!」  という怒鳴り声と同時に今度はむなぐらを掴まれた。  由宇也だった。淳よりも明らかに15cmは身長が高い。 『あー早く身長伸びてー』  と思つくづく思う。人生設計では中2では170cmいってるはずだったのに、なんで163cmなんだ。 「別になんもしてねーよ!」  といいながら、力が一瞬緩んだのを見計らって体をかがめ、相手のむこうずねを思い切り払い蹴りする。相手がひるんで手を離した隙に、後ろに一歩跳んで体勢を立て直す。 「話してただけじゃん」 「うそつけ!」  また、拳が飛んでくるのを、今度は手首を掴んでとめる。  由宇也は驚いた顔で淳を見た。 「止めるか…ふつう…」 「握るところに、コツがあって…でも長くはもたねえ」  すぐに手を離し、また一歩飛びのく。 「ねえ、なんで爪黒いの?」  由宇也の顔色が変わった。 「おまえなんで…」  由宇也が言いかけた時、遠くのほうから 「おーいおまえたち何してるんだー」  と声がして、教師が数人ばらばら走ってくるのが見えた。 「にげるぞ」  言うが早いか由宇也は優子の手を引いて走り出した。数歩走ってから 「何やってんだ、おまえも来るんだよ」  と淳の方を振り向いた。 「え?一緒に逃げんの?」 「優子のカバン持って来いよ」 「なんで!?」 「いくぞっ!」  ここまで来て話を聞かないわけのも行かない。淳は仕方なく優子のカバンを持って由宇也の後ろから走り出した 『これは、うまく行ったっていうのか?まずったって言うのか?』  と自問自答しながら。

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 学校を出て500メートルほど走ったところで、由宇也は止まった。 「大丈夫か優子」 「ええ」  優子はちょっと息が上がった程度だった。 「おれにはきいてくんねーの?」 「平気そうだからな」 「ちぇ。はい桜さんカバン」 「気安く呼ぶなよ」  由宇也は淳からカバンをもぎとるように取り上げた。 「ひっでー。なんかおまえむかつくな」 「こっちのセリフだ」  二人はにらみ合った。相性が悪いってこういう事をいうんだな、と二人ともが思った瞬間だった。 「こんなところでけんかしないでよ」  優子が困ったように言った。 「おまえ、ほんとうにさっき優子になに言ってたんだ」 「へーんだ、言わねーよ」 「こ…の…っ!」 「由宇也お願いだから、やめて。彼は私が淋しそうに由宇也のこと待ってたから、声かけてくれただけよ」  そういう言い方もある。由宇也も優子に言われると弱いらしい。 「わかったよ」  と言ってとりあえずその話はやめて。 「おまえさっき黒い爪がどうのこうの言ってたよな」  と話題を変えた。 「なんでそんな事知ってるんだ?」 「ねえ、由宇也ここで話さない方がいいんじゃない?」  優子が回りの目を気にしながら言った。 「そうか…」 「あ。じゃあうち来る?」 「うちって…?」 「うちっつうか、なんつうか。ま、いいや。近いし。10分位」 「安全か?」 「安全て?」 「話とか外部にもれないか?」 「それは多分完璧。ほら行こうぜ」  淳は先に立って歩き出した。幸い逃げてきた方向は帰り道の方向だった。  由宇也と優子は納得がいかない顔をしながらもついてきた。時々声が聞こえる 「集団に紛れていればやり過ごせると思ったのに」  とか、 「だから目立つ事はしたくなかったんだ」  とか。それを聞きながら淳は、二人でいたら十分目立つよなと思っていた。青春映画の主人公とヒロインみたいだし、顔とかあまりいいのも考え物だよな、なんて人事みたいに考えていた。 「おい」  門の入り口で由宇也が淳を呼び止めた 「ここ…」 「Φだけど?」 「由宇也ここまできたら仕方ないじゃない。入ろう。私達にはもう関係ないことだし」  優子の言葉に由宇也はしぶしぶ従う。 「ごめんなさい、水木くん…だっけ。彼ちょっと神経質になってて」 「水木?おまえ水木淳か?」 「え?知ってんだ。おれって有名じゃん」  守衛さんに、有矢さんにお客さんだから、許可してもらってと頼んでから、許可が下りるのを待つ。 「去年入ったんだよな。Aクラス」 「そうだけど、なんで…」 「狽ノはΦの情報が入ってくるんだ。ABクラスのメンバーの名前やデータは知っている」  由宇也の口から初めて狽ニいう言葉が出た。 「げっ、きったねー。こっちは知らねーのに」 「知ってるはずだ。幹部だけは」 「じゃ、きったねーの、うちの方じゃん。あいっつら」 「ここに…おれの妹がいるんだ」 「妹ぉ。おまえに似たやつなんていねーぞ」 「母親は違うからあまり似ていない。会った事もないし」 「妹の方は知ってるのか?」 「いや、由利香は多分知らない」  由利香だって。よりによって由利香か。うーんそれは… 「…由利香かよ。そりゃにてねーや」 「可愛いか?」 「へっ?だれが?」 「由利香」  由利香の名前を口にする、由宇也の目は優しくなっている。さっきまでと別人のようだ。 「え…えーと…」 「水木さん許可でたよ。まっすぐ資料室に来いって」 「あ、ども」  なんだか急に様子の変わった由宇也に戸惑いながら淳は 「ま…まあ可愛い…かな?ええと、多分、可愛い…よな」 「どっちだよ!」 「由宇也、自分で見て確認すればいいから」  優子がなだめた 「あ…ああそうだな。おい、虫とかついてないよな」 「虫ぃ?付いてねー、んなもん。コドモだもんあいつ」 「なんか、会いたいような会うのがこわいような…」  由宇也はぶつぶつ言っている。 「あんたもけっこう大変そうだね」  淳は優子にこっそり言った。優子は 「大丈夫。愛してますから」  と言った。 「あ…そ…」  建物に入るといきなりその由利香が走り出してきた。 「淳おっかえりー。うまく行った?」 「うまくっつうか、なんつうか…。あ、そういえば、由利香こいつ、おまえの」 「うわー!!ちょ…ちょっと待て」  由宇也は淳の口をふさいだ。そのままずるずる引きずっていく。 「どうしたのー?」  由利香は不思議そうに見送っている。 「何でも…。あ、私、桜優子。こんにちは、由利香ちゃん」 「こんにちは。なんで私の名前?」 「今彼が言ってたでしょ」 「あ、そうかあ」  由利香はにっこりした。人を疑わない目。確かに由宇也とは違うわねと優子は思った。由利香は上から下まで優子をじろじろみている。…が、不思議に嫌な感じはしない。それにいつも由宇也から、由利香についての話を聞いていたので初めて会ったような気はしなかった。もっとも話は時々妄想が入ってたが。 「どうかした?」 「あ、ごめんなさい。優子さんきれいだなーと思って」 「ありがとう。由利香ちゃんも可愛いわよ」 「いいなあ。私もおおきくなったら優子さんみたいにきれいになりたいなあ」 「あら、二つしか違わないのよ」 「ええーっ。そうなのお」  その時由宇也が廊下の向こうのほうから優子をよんだ。  優子は 「じゃね」  と言って、由宇也と淳が待つほうへ走っていってしまった。  優子がいってしまってから由利香は 「あれ?でもなんで私の年知ってたのかな」  と不思議になった。

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「何なんだよ。一体」 「いや、心の準備が…それより、おまえはバカか、水木」 「何がだよっ!あーくるしー」  いきなり口を塞がれて拉致された淳は、咳き込みながら由宇也をにらんだ。 「何が、『まあまあ可愛い』だ。めっちゃくちゃカワイーじゃないかよ!」 「…人格さっきと明らかに、ちげーし」 「どうしよう…もうなんか一度見たら、離れて暮らすのが辛くなった」  追いついてきた優子はにこにこしている。 「こいつっていつもこう?」 「由利香ちゃんの話するときは」 「ねーやめたほうがいいんじゃない、こいつと付き合うの」 「愛してますから」 「あんたも、わけわかんねー」  淳は資料室のドアを開けた。 「入りまーす」 「水木か…。鍵閉めて来い」  淳が鍵を閉める隙に、由宇也はずかずかと有矢氏に歩み寄る。 「責任者の方ですよね」 「そうだが、君が麻月由宇也くんか?」 「そうです。ここに入るのにはどうしたらいいんですか?」  突然の思ってもみなかった質問に有矢氏は、ぽかんとして淳に 「水木、そういう話してたのか」  と聞いた。鳩が豆鉄砲食らったような表情になっている。有矢氏のところには数ヶ月前に由宇也と優子が狽抜けだし、逃げているらしいという情報ははいっていた。しかし理由は不明だし、本当にやめたのか、おとりなのかもからない。情報も入らないしまさかこんなに近くにいるとは思わなかった。なにかちょっとでも関わりがもてればと思っていたが、まさかここにはいりたがるなんて。 「してねーよ。だいたい理由はわかってるけど」  きっと自分はこいつは一生理解できねーなと思った。 「テストを受けて、とかそういう知識はあります。ただご存知のとおり、ぼく達は狽ノいました。そのことが影響するとすればそれをどう取り除けばメンバーとして迎え入れてもらえるのか。それが知りたいのです」 理論整然と説明しているが、理由は多分由利香だ。 「そう言えば君は、由利香のお兄さんだったよね」  有矢氏に指摘されて、とたんに由宇也はどぎまぎした口調になる 「い…いや、べつに妹が心配とかそういうことじゃなくて…いやそれもなくは…いえだから…」  有矢氏は不思議そうに由宇也を見ている。 「もう会ったのか?」 「さっき会ったけど、こいつがさー。ぐえっ!」  また口を塞がれた。有矢氏は呆れ顔でそれを見ている 「おまえたちもう仲良くなったのか…」 「じょーだんじゃねえっ!!」 「だれがこんなやつとっ!」  淳と由宇也は同時に叫んだ。

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「うそー」  由宇也が兄だと知らされた時の由利香の第一声がそれだった。無理もない。いるなんて全然知らなかったんだから。それから由宇也に抱きついて泣き出した。由宇也は照れくさそうな顔をして、 「黙っててごめん」  とだけ言った。

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 歴史は、淳の気になっていた事をとうとう教えてもらえないうちに、解決してしまったので、ちょっと怒っていたが、健範の説得に成功したので機嫌もまあ直った。健範が夏の大会まではサッカー部にいたいと言うので、それまでは自分も学校に通おうかなと思っている。  愛も兼治と話すことに成功した。こっちは純と二人で説明し、お姉さんがいるからという事ではなく、兼治自身の能力を見込んでっという事で、納得してもらった。  工藤千広の説得ももう少しでどうにかなりそうだが、みんな文化祭実行委員会に入ってしまったので、2学期始まってすぐのの文化祭が終わるまでは駄目かもしれない。 「ねー有矢さんおれはもうガッコやめていいんだよね」 「何言ってんだ。もうちょっと社会勉強して来い」 あそこでケンカになりかかっていた事は、誰だったかは教師側にはバレず、由宇也も優子も学校を辞めてしまったので、何事もなかったかのように学校生活はすぎている。慣れたといえば慣れたが、相変わらずそう楽しくはない。 「だってさーおれがガッコ行く意味なんてねーじゃん」  純と朝のランニングをしながら淳はボヤく。 「もー仕事ねーし」 「有矢さんさ、由宇也と由利香が一緒にいる時間作ってやってんじゃねえの」  と純 「おまえがここにいると、ユカ、おまえの方に来ちゃうだろ」 「おれは美しき兄弟愛を邪魔するお邪魔虫ってわけ?」 「そんなとこだろうなあ」 「なんか陰で由宇也のやろーおれの事、『あの虫』って呼んでるって、歴史が言ってた。それかな?」 「それは、可愛い妹につく悪い虫のほうじゃねえの?」  純は笑いながら言う。 「ひっでー。おれがいつ、くっついたよ」 「由宇也はそう見てないって事。おまえマークされてるよ。完全」 「マークっつわれてもな」  と淳は天をあおぐ。まだ7時前だが、6月末の空はもう明るい。 「なんもしてねーのに」 「ユカが二言目にはおまえの事ばっか言ってるからだろ」 「そーなの?」 「うん」 「ふーん」  と空を見上たまま淳は走る。だんだん上がるスピードに純が音を上げる。 「一緒に走ろうって言ったのおまえだろ。合わせろよ」 「あ、わりぃ、つい」  とにかく走ることに関しては、距離もスピードも淳には全然かなわない。去年入って来たばかりの頃から、淳は高等部の杉浦達といっしょにガンガン走っていた。まるで何かに追いかけられているみたいだと杉浦は思っていた。よく際限なく走っては吐いたり昏倒したりして、医務室に担ぎ込まれたりもしていた。最近はさすがに意識がなくなるほどは走らないが、疲れてグラウンドの隅に倒れこんだりしていることはよくある。レースとして走るならそこそこ計算もして走れるようになったが、日頃の練習ではつい最初から全力で飛ばして、有矢氏に注意を受ける。注意はしているが 「ま、水木にとって走るのは精神安定剤みたいなもんだから、仕方ないか」  と杉浦には言っていた。イライラする事があると夜中でも走りに行ってしまい、限界まで走るので危ない。仕方なく杉浦は、淳が倒れていないか何度も見張るハメになった。見ている方が疲れてやめさせた事も何度かある。  一度杉浦は淳に 「おまえ何キロ走ったら限界なんだ」  と聞いた事がある。淳の答えは 「さあ、測ったことねーから、知らねー」 だった。確かにグラウンドを延々と回っているので、何周か数えていても分からなくなりそうだ。 「多分100キロは走れんじゃない、ちゃんとペース配分すれば」 「おまえは江戸時代の飛脚か」 「何それ?」 「気にならないのか?何キロ走れるとかタイムとか」 「日によって違うし、タイムは大体、体でわかる」  そんな会話をした後杉浦は有矢氏に 「確かに水木が走るのって『仕方ない』事のような気がします」  と言った。  そんなこんなで淳は毎日飽きもせずに走り続け、自分を発散させる術を身につけて行ったのかも知れない。  10キロほど走ったところで、登校しなければいけない時間になってしまい、二人は走るのをやめた。 「やっぱおミズと朝一で走るのきついわ」 「合わせてやったのに。っつーか、歴史の言い方うつってる、ミネ」 「おまえもな」  淳は足取り軽く、純はちょっと疲れて、玄関をはいると、すっかり登校のしたくを済ませた愛が立っていた。 「あの…水木くん…」 「え?おれ?こいつじゃなくて?」 「おれ、先行くわ。仕度してくる。学校遠いから」  純は構わず自分の部屋に上がっていってしまった。 「あの…相談が…」 「おれ?え?親津さんおれの事怖がってんじゃねえの?」 「そ…そんなこと……あ…あるかも」 「正直〜。ま、いっけど」  最初みんなが引いていたのは知っているし、特に愛なんて目が合っただけで泣きそうになってた事もあった。大体愛は高等部の男の子達も苦手でいつも温の影に隠れているように見えていた。 「で?何?」  愛は真っ赤に頬を染めて 「あ…あの実は…」  と言いかけて止まってしまった。次の言葉がうまくみつからないようだ。  淳はしばらくじっと愛を見ていたが、やがてちょっと笑いながら 「ごめん、わかってるって、何の話だか。峰岡のことだろ」 と言った。愛はますます真っ赤になって、小さくうなづいた。 「か…かれが、私の事どう思っているかは、私が聞きます。私の気持ちがわかってるかどうかだけ知りたいんです」  やっとの事で一息にそう言うと、肩で大きく息をついた。 「ふ〜ん。ねえ、あいつのどこが好きなの?」 「…」  ちょっと赤みが治まった頬がまた赤くなる。 「教えてくんないんだ、ふ〜ん」 「優しいし、正直だし、努力家だし…。それに周りに色々気を使ってるし…」 「あーそれ、どれも、おれは持ってねーや」 「そ…そんなこと。あと、私…今回の事で、彼と一緒だったら、何でも頑張れる気がして、ますます…」 「すっげー誉め言葉。そーゆーの言われてみてーな、おれもさ」 「え?だって水木くんだったら…」 「だーめだめ、おれは。おれへの誉め言葉なんてワンパターンだもん。いー加減いらねーっつーの。みんな見た目で入って中身見て去ってくからさ。ま、おれもそーゆーやつはもともと払い下げだからいいけど」 「でも…」  愛は下を向いていた顔を上げて淳を見た 「Φの皆は、ちゃんと水木くんの事みてるから」 「だといいけどね。でもま、サンキュ。とりあえず愛ちゃんは見ててくれてるらしいし。じゃ、こうしよう」  淳は愛にある計画を耳打ちした。 「一人で来いよ。紫樫連れてくんな」  愛は今度は大きくはっきりとうなづいた。

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 そして、その日の夜8時。地下の軽食喫茶ナオの奥の密談の小部屋(?)。淳が純を誘っていっしょに夕飯をとっている。と言うか二人とも食堂で定食を食べて来たばかりで、目の前のサンドイッチはおやつかデザートみたいなものだけど。 「珍しいな、おミズがなんかおごってくれるの」 「いやーほら、朝走るの付き合ってもらって疲れさせちまったし。…だから、その呼び方やめろって。水商売のねーちゃんみてー」 「似合ってんじゃん、水商売。チルに言えよ」 「…もっと妙な呼び方される」 「でもさ」  純はハムサンドをつまみながら 「おまえもここ数ヶ月で変わってきたよな。学校行ってよかったんじゃねえの。気晴らしになったんだよ、きっと。多分あんまり一ヶ所に止まってちゃだめなタイプなんだよ、おミズ」 「そっかあ?…って、おれの話はいいって。あのさ、こないだ言ったろ、誰かがミネのこと見てるよって」 「おまえだって言ってるぞ、おミズ」 「しつっけーな。誰か見当ついた?」 「あーそれね」  純はまたハムサンドを取り上げた。 「それは、何となくわかったんだけど」 「分かってんだ!」 「でも、なんでかなあ。おれさ、一回振られてんだよな」 「うそっ!」  話が違う。愛の感じだと、しばらく気持ちを温めていたって感じなのに。 「ホントに振られたのかよ」 「知ってんじゃん。ほら、冬くらいに」 「冬ぅ?ああ…そーいやあ…」  去年の秋から冬くらいにかけて、純は突然女の子達に声を掛け始めた。悪気はなく、純粋に女の子とのお付き合いをしてみたかっただけだったと彼は言う。事実2ヶ月くらい付き合いが続いた相手もいたが、しょせんそんな気持ちで付き合いが長く続くわけもなかった。 「あの時声かけたけど、その場で断られた。一番早くてすっごいショックだったんだ」  愛の性格からして、そんな軽い気持ちで声かけられたら、たとえその時純のことが好きでも断るのは目に見えている。 「アホか、おまえ」 「何がだよっ!」  純は3つ目のハムサンドにとりかかる。 「おれはほんっとショックでさ、あれでやめたんだ。やっぱこの方針は間違ってるって」 「おっせーよ、気づくの」 「今だにちょっと引きずってんだよ。かなり負い目がある」 「負い目?」 「って言うか、傷つけたかな…ってずっと気になってて」 「へええ」  淳はにやにやして聞いている。なんだ、これって、もしかして… 「今回いっしょの学校に配属になったろ。機会みつけて謝ろうと思ってたんだけど、なかなか機会ってないもんだよな。だから彼女がもしおれの事見てても、それはどういう意味で見てるか疑問なんだ。この人危ないって思ってるかも」  奈緒さんのいるカウンターの中でガタンという小さな音がした。淳は振り向いて、口に指を当て、小部屋の入り口のガラス越しに『静かに』と合図した。  純は音には気づかず喋り続けている。 「彼女おとなしいから、あんなんで人間不信になったらどうしようって思ってさ。なるべく今回のことでも彼女が自信持てるように、おれはサポートに徹しようと思ったんだ。でも、すごく頑張ったよな。驚いたよ。おれのサポートなんていらなかったよな、きっと。そう思ったらまた、どうやって謝ろうかと」 「おまえのせいで、頑張れたっていってたよ、彼女」 「え?」  純はその言葉で淳の顔を見、淳がにやにやしているのに気がついた。 「ちょっと待てよ、なんでおまえが知ってんだよ、そんな事」 「聞いた」 「いつっ!?どこでっ!?何時何分何曜日っ!?」  純はムキになって淳に詰め寄る。 「あ〜あ、ばっからし」 「何がっっっ!!!」 「おまえさ〜好きなんじゃん、彼女のこと」  淳の言葉に純はきょとんとした顔をした。 「え?あ?そう…なのか??」 「つまんねーの、両思いじゃん」 「つ…つまんねーってなんだよ」  淳が立ち上がって入り口のドアを開け、カウンターの中にむかって 「出てきていいよ愛ちゃん」  と声を、かけるとカウンターの中に隠れていた愛が顔を出した 「え?え?」  純は状況が飲み込めず、淳と愛の顔を見比べている。 「ごめん、なんか自分で聞くって言ってた事まで、聞いちまったみてーだ」 「おまえ、なんで、愛ちゃんとか呼んでんだよ」  わけが分からない純は怒りを別のところに向ける。  淳はばかばかしいといったように小さく肩をすくめて、 「愛ちゃんそんなとこ立ってないで、こっち来なよ」  と愛を手招きした。そして、サンドイッチの皿を取り上げて、 「これ、もらってく。あ、それからさ、愛ちゃん。男の子といっしょの時は部屋のドア開けときな。危険だからねー」  といいながら部屋を出た。愛は入れ代わりに部屋に入りながら、淳に言った。 「ありがとう、おミズ」 「……愛ちゃんまで、おミズかよ…。あーもうどうでもいいや。奈緒さんこれ部屋に持ってっていい?包んでくれる?」  言いながら淳は小部屋の方を振り返った。二人はまるでお見合いの席のように、テーブルを見つめながらポツポツと喋っている。「水木さん恋のキューピット役ですね。天使の羽根がみえますよ」 「はあ…?あ、ハムサンド一個もねーじゃん。あのやろー全部食いやがった」 「まあまあ、照れなくても」  奈緒さんは淳を見てにこにこしている。  淳は黙って奈緒を出た。  サンドイッチ由利香と食べようかなとか思いながら。
  
 

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