1.2. Two Years Ago. 〜part4

 
 
  
    
  「水木、部活決めた?」  次の日の朝、登校した淳に隣の席の男子生徒が話し掛けてきた。淳が名前を思い出そうとしていると 「あ、おれ、南出。よろしく」  と人なつこい笑顔を見せた。  一瞬そんなもん入る気ねーよと本音を言ってしまいそうになったが、ゆうべ有矢氏に、減給を言い渡されたことを思い出した。減給はマジでヤバイ。レコード買えなくなる。えーとこういう時はどういうのが普通なんだ? 「まだだけど。南出はどこか入ってんの?」  よっしゃ多分これでオッケーだ。 「サッカー部入ってんだ。うちのサッカー部強いんだけどそのぶん練習厳しくてさ」  朝練を終えてきたところらしく、体操服の袋をポンポン蹴っている。  そう言えば歴史がサッカー強いんだって言っていた。 「強いところはどこもそうだよな」 「日曜ないし、朝は7時から朝練だし、夕方も真っ暗になるまでだしさ、正直めげそう。水木もサッカー部はやめたほうがいいぞ。よっぽど得意なら別だけど。前の学校で何入ってたの?」 「軽音」  別に入ってはいなかったけど、昔小学校でクラブ活動してたからあながちウソでもないから、いいかと思って、きかれたらこう答えようと決めていた。運動系の部活をやってたことにすると、他の部活見にいくのにいろいろ面倒かなと思ったのだ。 「あ、じゃ、楽器できるんだ。すげー。カッコいいじゃん」 「うんまあ。ギターとかなら、そこそこ。ピアノは駄目だけど。楽譜読めないし」 「えー。楽譜読めないのに、軽音やってたのかよ。変なやつー」 「耳で覚えられるから」  これも本当。どうしても楽譜が淳の頭では理解できない。ギターのドとピアノのドは全然違う音なのに、なんで楽譜では同じ記号になるんだ?耳で聞けば音の強弱なんて分かるのになんでわざわざ妙な記号をつけるんだ?そんな事ばかり聞くので、音楽の教師もクラブ活動の顧問も楽譜に関してはさじを投げた。だから全部耳で聞いて覚えて、それを楽器で弾く。だからピアノの音で聞いた音をギターでは弾けない。音が違うから。器用なのか不器用なのかよくわからない。 「運動系には入る気ないの?スポーツ得意そうじゃない?」 「え?どうして?」 「何となく。昨日体育あったじゃん?真面目にやってなかっただろ?」  ギク。昨日はバスケットだったのだけど、どこまでやっても不自然じゃないかよくわからなかったので、極力ボールには触れないようにしていた。なるべくボールと反対側に回り込み、試合の流れにかかわらないようにするのは、結構辛かった 「なんかもしかして、すごく運動神経いいのに隠してるのかなって」 「なんで、そんな事する必要あるわけ?意味なくねー?」 「だってさー水木筋肉ついてるじゃん、ちゃんと。着換えの時見たけど」  うあ、こいつアブねー、注意しとこう。 「むりしてつけた、分厚い筋肉じゃなくってさ、全体としては華奢だけど、日常的に運動してるやつに付く、薄い けど柔軟性のある柔らかい筋肉が全身にバランスよく付いてると見たけど、違う?」 「南出さ、もしかして、マニア?(なんのだ?)」 「マニア?かなあ。おれはさあ人の体ってのは美しいと思うわけ。男でも女でも。人の体を美しくしているのはやっぱ筋肉だろ。こうさ…人が体動かすと筋肉が動くだろ?あれがたまらなく好きなんだよね」  南出は遠い目をして言った 「水木の筋肉は美しかったから、運動してんじゃないかと思っただけだよ。違ったらごめん。あ、別に男の裸が好きとかそういううんじゃないから、誤解すんなよ」 ある意味やっぱり『好き』なんじゃないだろうか、それって 「…南出…おまえ変だよ」 「みんなに言われる。変かなあ。…あ、そう言えばサッカー部の一年にすごいイイ筋肉ついたやつがいたな」 「え?」 「一年なのにおれなんかよりずっと上手くてさ、あっと言う間にレギュラー入りしたんだぜ。小学校の時までサッカーやった事なかったとか言ってたのに、いきなりドリブルとか普通にできるんだ。あれは不思議だよな。天性の才能ってやつかなあ」 「へえ、そいつなんていうの?」 「天池。天池健範って言うんだ。1年C組だったかな」 「ふーん」  アマイケタケノリか、覚えておこうとは思ったものの字のイメージが浮かばない。覚えにくい名前だ。とりあえず会ってみて考えようかと思った。そんなに目立つなら、多分見ればわかるだろう。 南出は楽しそうに 「水木ってさ、ちゃんと喋るんだ」  と言った。 「なんだよそれ」 「いや、昨日一日中ぶすーっとしてっからさ。ビビってるやついっぱいいたぜ」  そっちが地というかなんと言うか、実際ぶすーっとしてた方が楽だけど。 「女の子たちがさー話しかけたがってたぜ」  またそんなんかよ、と淳はげんなりした。それが顔に出たらしい。 「水木、女嫌い?」  と言われてしまった。 「そうじゃないけど。話し掛けてーなら、話し掛けりゃいいだろ。自分のしたいことを牽制しあってできねーような女は嫌い」 「きっつー」 「あと、何人もまとまらねーと何もできねえやつも。それから、自分のこと棚に上げて何でも人のせいにするやつも」 「敵増やすよ」 「かんけーねえよ、そんなん。味方増やしにきてるわけじゃねーし」  いつの間にか口調が戻ってしまっていた。 「あ、じゃあどんな女の子が好き?」 「女の子っつーか、自分の意思でちゃんと行動するやつ。嫌なことは嫌って言えるやつ。そういうのが人間として正しいだろ」 「人間としてかあ」 「自分のいう事、はいはい聞いてくれる優しい子が好きとか、一歩さがった控えめな子が好きとか言うばかいるけど、そんなん相手をアクセサリーみたいにみてるだけだろ。おれはそんなんやだね。腹が立ったら一発二発おれの事ぶっとばすくらいの方がマシ。本音隠して何考えてんのか、わかんねーのなんて、最っ低」 「面白いな、水木。なんか、女で苦労したことあんの?」 「ねーよ」 「だよな。あはは。あ、そうだ天池に興味あるなら、サッカー部の練習見に来いよ。今日もう一人、一年が体験入部するって言ってたな。曽根とかいうやつ」 朝のうちに話をつけてきたらしい。なんだかとってもがんばっている歴史だ。 「南出は?どんな子が好み?」  一応聞いてみる。別に関心はないのだけれど。 「え?おれは筋肉のきれいな子がいいなあ」  あくまで彼の判断基準は筋肉の様だ。

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 その日のミーティング、歴史は興奮していた。 「あのさ、すごいよ、天池って。ぼく彼のディフェンス抜けなかったもん。それにさサッカー始めてまだ2ヶ月だって」  歴史は結構サッカーは得意なほうだ。 「周りの人に聞いたら、他のスポーツも得意みたいだったよ」 「曽根がもう彼と話したんなら、早いよね。しばらくサッカー部にいて、まあいろいろ調べて、様子みて誘ってみて。それでいいですよね、杉浦さん」 「そうだな。じゃそれはそれで良いとして、あとの学校は?」 「うちは候補が2,3人ってところよね」  温が答える。今日は髪を下ろしている。  朝日中学はちょっと大変そうだ。一番有力な候補なのは、工藤千広という2年の男子生徒なのだが、温は1年だし、武は3年で、なかなか接点がない。陰でデータを集める事ならできるかもしれないが、個人的に知り合いになるのは難しそうだ。 「でも、小さい時両親なくして、親戚の家で暮らしてるって聞いたから話は進めやすいかな。接点さえ持てれば」  武はいつの間にかそんなことまで調べていた。  確かに両親がいる、普通の家庭の子よりは引き込みやすいのは確かだが。 「好都合はねーだろ。おまえ時々シビアすぎ」  淳が口をはさむ 「じゃあ、運が良い」 「あのなー。人が死んでんのに、良いって事ねーだろ」 「別に死んでることに対して言ってるわけじゃないよ。今の彼の条件が整え易いから良かったって言ってるだけだろ」 「納得できねーな、おまえの言い方」 「水木」  純が後ろから肩を叩いた。淳が不機嫌そうな顔のまま振り向く。 「なんだよっ!」 「ストレスたまってる?まだ2日目だぜ、大丈夫か?」 「たまってねーよ」 「いつも、川上に噛み付いたりしないだろうが」 「おれは気に入らなきゃ、誰にでも噛み付くよ」  武は気にせず、どんどん話をまとめていく。  「で、南ヶ崎は?」 「うちもそんなところかな。ね、親津さん」  純は愛に同意を求めた。愛は黙ってうなずいた。愛の方は昨日と同じように髪を縛っている。 「あ、そう言えばさ、南ヶ崎にうちの弟行ってるわ」  亜佐美が思い出したように言った。 「亜佐美さんそういうの早く言ってよ」  純は候補者のメモを取り出す。 「あ…そうか、小宮山って、亜佐美さんの苗字だ。名前でみんな呼んでるから忘れてた」 「え?何々候補に入ってんの、うちの」  亜佐美はメモをのぞき込む。  小宮山 兼治という名前が書いてあった。亜佐美の弟だ。彼は偶然愛と同じクラスで、奈々から4月にやったスポーツテストの結果が半端じゃなくすごかったんだよと聞かされた。部活は一応バスケ部に入っている。一年なので背が低いため、レギュラーの中にはまだ入れないが身長がもう少し伸びれば多分2年になるのを待たずにスタメン入りだろうとの事だ 「でも、特にバスケが好きってわけじゃないみたいです」 「そーなのよね。あんまり楽しそうじゃないのよね」  と亜佐美 「入学した時に相談されたんだけど、やってみてつまんなかったら部活変えればいいじゃないって言ったら、怒っちゃってさ。部活はそんなもんじゃないんだ!だって。言った手前楽しくなくても、続けるわね、あの子は。ばかよねー。ま、ここに入ったら部活やめられてちょうどいいかもね、ははは」 明るく笑い飛ばす亜佐美を淳は苦々しい顔で見た。 「なんかやだな、おれ、こーゆーの」 「水木、言い方に険があるよ」 「なーんかさ、人の運命おもちゃにしてるみてーで気にいらねえ。陰でごちゃごちゃしてねえで、直接言やあいいんじゃねえの」  自分で口に出してみて、それが何となくイライラする原因なんだと気がついた。なんだか、人の陰口たたいているみたいで、いやだったんだ。本人が知らないところで、勝手に話を進めて、あいつはいいとか、能力不足とか、条件が整ってるとかそんな事言う権利ない。というかそれに加わっている自分というのがたまらなくいやだ。 「あんたらさ、こんな風にして、前もってそいつのこと調べ上げてさ、そいつがここに入ってきて上手くやってく自信ある訳?自分達だけ相手の事知ってて卑怯じゃん」  淳は立ち上がって 「おれは、そんな自信ない。このままのやり方だったら、おれは降りる。減給になってもいいよ。謹慎処分とか受けてもいい」  と言い残して、部屋を出て行ってしまった。 「また、出ていっちゃったよ、あいつ」  シーンとしてしまった部屋で、純が最初に口を開いた。杉浦は 「まあ…水木の言うことも一理あるかな」  とぽつんとつぶやいた。 「じゃどうすんだよ。何も調べないで声かけたって断られる可能性高いぜ」  部屋はとたんにざわつき始める。 「あの…最初に私が意見言ったとき…」  愛が立ち上がった 「一方的にこっちが調べるというよりも、お互いを知ってから誘うって意味だったんです」 「クラスメートととして、見るって言ってたもんね」  亜佐美が相槌を打つ。 「私も…忘れてました。最初の考え方」 「でもそれってすっげー時間かかるぜ」 「だよな、おれたちがいるうちに決まるのか?」 「しょーがないじゃない」  とまた亜佐美。 「決まらなくたってさ。ま、心配は残るけど、仕方ないわよねえ」 「そういう事だな。それに、もう残るメンバーに全部まかせた方がいいのかも知れない。最初に具体的にきちんと方法を決めておかなかったのがまずかったようだ。今後川上を中心にして、もう一度検討する必要があるかもな。」

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 淳はいつものように屋上にいた。あたりは真っ暗だ。ぼんやりとしたグラウンドからの光の中で森の方の空を見ている。 「危ないぞこんなとこ一人でいると。落っこちてても誰も気がつかないし」  話し合いを終えた純が声をかけた。 「落ちるわけねーじゃん」 「そう思ってて落ちるのが人間ってやつなんだよな」  純はとなりに座った。 「あー星見えるじゃん。すげー」  森の方角は真っ暗なので、結構星が見える。グラウンド側はライトアップされているが、裏庭側はされていないし。満天の星というわけにはいかないが、北斗七星くらいは目で追える。 「反省したよおれたち。今回は多分、水木が正しい」 「何だよ、今回はって」 「おれもさ、誰か見つけて入れなくちゃってそればっか考えてたもんな。少しでも条件のいいやつとか。考えてみればそのあとそいつと生活してくんだよなあ。やだよな、それ。フェアじゃないもんな」  淳は黙って聞いている 「そいつも、前もって色々自分の事調べられてたの分かったら、気持ち悪いよな。いっしょにやってく気にはなれないな、多分」  淳はあーあとため息をついた。 「苦手なんだよなー。陰でコソコソすんの。できねー」 「コソコソって気はなかったけどさ」 「コソコソじゃねーかよ」 「ま、そうか。でさ、おれたちにみんな任されたよ。人探し。杉浦さんたち降りるって」 「きったねー」 「だって、そうなるだろ。彼らは直接は関われないんだから。おれたちでどうにかするしかないだろ」  淳はまたため息をついた。 「墓穴掘ったかなあ。いっつもこうだよな、おれって。勢いでなんか言って自分の首締めるんだ」 「わかってんなら考えてから言えよ」 「できるんなら、とっくにしてるっつーの」 「まっ、がんばろう」  純は淳の背中をバンと叩いた。 「ついでに学校生活も楽しんでさ。かわいい子とかいないの?」 「あのさ、思うんだけど、なんでみんなそんなに女の子の事ばっか気にしてんの?」 「思春期だからだろ。って言うかおまえが変」 「どーして」 「おまえって誰が可愛いとか、あの子いいよなとかそういう話に全然乗らないじゃん。変だ14才男子として」 「変かあ?」 「女嫌いか?」 「それ、学校でも言われた。そう見えんのかな」 「っていうか、関心なく見える。例えば裸のグラマーなおねーちゃんとか見ても楽しくねーの?」 「別にー」 「おっかしい!おまえ絶対おっかしい!一度医者行け」  純は真剣な顔で、淳の目を覗き込みながら言った。淳はちょっと引きながら 「いいよ、言われる事予想つくから。それに多分治んねー」 「やばいじゃん」 「え?」 「やばいじゃん!それって女の子好きになれないって事だろ?女の子見てドキドキしたりしないって事はさ!」 「いや、だからグラマーなおねーちゃんとかには、ときめかねえって言っただけで、」 「じゃ、どーゆーのが好みなんだよ!」  あーなんか、昼間もこんな話したよなと淳は考えていた。まったくどいつもこいつも 「峰岡…」 「え?」 「おまえって、いいやつだな」  ガバっと純に抱きつく。 「おわっ、ちょ…ちょっと待てよ!」 「おまえがおれのこと心配してくれてんのは、よーく、わかったからさ」 「おいっ、放せってば」 「だけど、自分も周りちょっと見回せよ」 「え?なんだよ、それ。だから、放せって」 「おまえの事見てる女の子がいるって事」 「へっ!?だれっ!?」 「やっぱ気づいてねえ。鈍感」  純は無理やり淳を引き剥がす。肩で息をしている 「おまえなー、人に見られたらなんか言われるぞ」 「友情の抱擁のどこがまずいんだって。うつくしーじゃん。峰岡嫌なんだ、冷てー」 「暗闇ですんな、暗闇でっ!」 「じゃ、今度は明るいところで」 「ちがうだろっ!」 「とにかくさーおれの心配はいいから、自分の心配しろよ」 「だから、誰だってば」 「それ教えたらつまんねーじゃん」  と淳は舌を出す。 「くおのおおお」  怒ってはみたものの、確かにあまり人の事に関心がなさそうに見える淳ですら気がついているのなら、自分が鈍感すぎるかもしれないと純は思い、反省した。人の意見を取り入れ易く、すぐに反省するのが、彼のいいところでもあり、欠点でもある。                             

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 次の日の朝、出かけようとホールに皆が集まった時、純は眠そうにあくびばかりしていた。淳の言葉が気になってゆうべあまり眠れなかった。誰かということももちろん気になったが、それよりも気がつかなかった自分に悩んでいた。 「峰岡くん大丈夫?」  愛が心配そうに話し掛けて来た。 「具合悪いの?」 「え?ああそうじゃなくて、水木が変な事言うから気になって」 「変な事?」 「誰かがおれの事好きとかさ」  淳と歴史は顔を見合わせた。 「…ばかだ、あいつ…」 「ばかだよね」  と、言いながら歴史もあくびをする。こっちも眠そうだ。  愛がふりむいて、淳と目が合った。淳はゴメンというように手を合わせ、ウインクした。愛はちょっと顔を赤らめて下を向いた。純の方は何も気がつかず、あいかわらずあくびをしながら、玄関に向かう。愛はあわてて後を追った。 「ミネに言ったの、おミズ?」 「ちょっと、話の流れで」 「ミネ全然わかってないね」 「アホだな、ったく」 「わかんないもんだよ、自分の事って意外に」  歴史はいつもに似合わず大人びた口調で言った。 「場合によっては、自分がだれを好きかもわからなくなったりするもんね。ねっおミズ」 「おれに同意求めんなよ。わかんねーよ」 「そう?」  登校中、歴史は昨日淳が会議の時言った事をゆうべずっと考えていたと言った。だから、彼もあまり眠れなかったらしい。 「ちょっと張り切りすぎたかなあと思って」  調べたメモはみんな破り捨てて、白紙に戻って健範と友達になるところから始めるつもりだ。健範にかかるから、しばらくほかの部活は見て回らない事にしたらしい。 「おミズは?」 「おれかあ。おれは社会勉強でもしとくわ。なんか、おれって非常識らしい」 「何それ。今のままでいいじゃない」 「みんな歴史みたいに言ってくれると楽だよな。昨日一日さんざん変とか言われちまって、さすがにヘコんだ。あと気になる事もあるし」 「気になる事?」 「まだ言えねえ」

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 2週間程度が経過した時、歴史は健範とかなり親しくなり、今度日曜に雨が降ったら(グラウンド使えないから、練習が早く終わる)どこかに遊びに行こうという話にまで盛り上がっていた。その時に歴史はΦの話をするつもりだ。  愛は男の子があまり得意ではないのだが、偶然校外学習の班が兼治と同じ班になり、ちょっとは話す事ができた。お姉さんの話も出て、彼女のしている事に興味があることも分かった。彼女は『カッコいい美人のお姉さん』として、クラスの一部で人気があることも判明した。  温と武は千広が入った文化祭の実行委員会に入った。文化祭は9月なので、しばらくいっしょに行動する機会もある。  淳の言う『気になること』は未だに歴史には教えてもらえないでいた。淳としては歴史には健範の事を任せているので、こっちまで気を回させたらまずいという気があるからなのだが、歴史は不満なようだ。 「そうやってまた子ども扱いして」  などと、言っているが淳は 「何言ってんだよ、おれだって子供じゃねーか」  と受け流して取り合わない。それがまた、歴史には不満だ。  そして、ある夜淳は有矢氏の部屋のドアを叩いた 「水木かどうした?落ち着いたか学校生活?」 「すっげーストレス溜まる」 「ははは、ま、あれ以来電話もないしどうにかやってるんだろう」  そこで、有矢氏はめずらしく淳が真剣な顔をしているのに気がついた。 「どうした?」  自分の向かいのイスを勧める。 「ま、座れ」  淳は座らずに、立ったままテーブルに手をついて体を乗り出した。 「前さ、狽フやつらって、左手の小指の爪が黒いって言ってなかったっけ」 「ああ」  彼らは、誓いのために、左手の小指の爪を抜き、代わりに黒い特殊な樹脂を埋め込んでいる。多分とても痛い。その痛みがまた、忠誠に繋がるわけだ。 「…いるんだけど、二人」 「えっ!だけど彼らはコミュニティーで暮らしていて、外には出ないはずだが…。マニキュアとかじゃないのか」 「そう聞いてたから2週間観察してたけど、ずっと黒い。それに知り合いみてえ」 「観察するのは嫌なんじゃなかったのか」 「敵だし、おっけー」 「何年だ?」 「3年の男と2年の女。二人ともすげー暗いんだけど」  有矢氏はちょっと考えていたが、やがて平然と 「おまえその女の方落として、話聞き出せ」  と言った。淳はぎょっとした。思わず一歩引いて 「なっ…なんつー事言うんだよ。ちゅーがくせーに」 「できるだろ」 「できねーよ。つきあってるっぽいし」 「いや、おまえならできるから」 「どんな根拠だよ!できねーっつうの。できても、男の方とケンカになるって」 「一番てっとり早く話が聞けると思ったんだが」 「あーもう、どいつもこいつも。問題起こすなって言ったじゃねえか。ケンカんなっていーのかよ」 「いや、その状況わかったら、あと天池の方は曽根にまかせて、水木は退学になってもいいかなと」 「ひっでー」 「やるか?学校やめられるぞ」 「うっ…」  それはおいしいかもしれない。 「…考えてみる…」 「よーしがんばれ。良かったな、水木の能力活かせて」 「おれの能力って…」 「まあ深く考えるな。利用できるものは利用しろ」 「なんか…また墓穴掘った気がする…」  淳は頭を抱え込んだ。 「だけど、水木、おまえ変わったな」  部屋を出かけた淳に有矢氏は、笑いながら声をかけた。 「少し人生楽になってきたか?」 「なに言ってんすか。じゃ」  と言い残して。淳は部屋を出た。 『人生楽になってきたか…そうかもな…』
  
 

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