1.3. The Last Year. 〜part7

 
 
  
    
 淳が帰ってきたのは、またも10時を回っていた。大幅に門限を過ぎている。  純がロビーで待ち構えている 「どこ行ってたんだよ」  まさか、こんな時間まであの女の子たちと一緒のはずはない。 「Yesterday」  4丁目にある、淳が出入りしているライブハウスだ。もちろん中学生なんて出入りできるはずはなく、高校生でぎりぎりといったところだが、そんなの気にする淳じゃないし。もう数年前から16才で強引に通していて、もうちょっとで実年齢が追いつくななんて言っている。もちろん店の人は信じちゃいなかったが、本人が言い張るので諦めているようだ。店としては多分早く淳に16才になって欲しいに違いない。あと1年足らずあるけれど。 「あいつらと話してたら、わけわかんねーアイドルの話ばっか聞かされて、アタマ爆発しそーになったから、気分転換。なんでああなんだ、世の中の女子中学生ってやつぁ。顔ばっか良くて、歌もうたえねー歌手のどこがいいんだっつうの」 「まあ、おまえには多分一生理解できないかもな。話聞けたか?」 「ちょっと。2年と3年、仲わりーみてー。それで、しわ寄せが1年にきてんだな、多分。まあだいたい3年は1年可愛がって、2年が孤立するってのよくあるし。でも、1年でそんなに実力のあるやついなかったから、今までそんなに表面には出なかったけど、ユカ見てアタマきたんじゃねーの」 「おまえの怒りは治まったのか?」 「店行ったら、ちょっとは。なんか全然知らねーヤツがギター弾いてて、そいつと喋ってきた。音楽の話して、盛り上がってさー。ヘンなヤツだったけど」 「タバコ臭い。おまえ吸ってないよな」 「吸ってねーよ。そいつがチェーンスモーカーでさ、ずーっとタバコくわえてんだよ」 「ホントか?」  純は疑いの目で見る。 「ほんとだって、真面目に酒も飲まねーで帰って来たのに、そーゆー事言うんだ。そいつはずっと飲んでたのに、我慢したのに、信用のないおれってカワイソ」 「日頃の行いがわりーんだろが。でも、珍しいな。どーゆー風の吹き回しだよ」 「え?いやまだ用事あるし」  口調が明らかになにかごまかそうとしている。 「用事?」 「ちょっと…ね」 「ユカだろ」 「え!?な…なんで!?」 「おミズがそういう言い方するとき、たいていユカがらみだからな」  淳は、あーあといった顔になった。 「おれって正直者だからなー」 「それは…ちがうと思うぞ、かなり」 「あーいたいた」  花蘭がかけよって来た。 「おミズ、おそいよ」  なぜか、『い』のところにアクセントがつく。 「用事?」 「わたしじゃなくて。ユカがね、とても、落ち込んでたから」 「やっぱり…」  予感的中。だったらもっと早く帰って来いって。 「わたしじゃダメ。おミズなぐさめてあげてね」 「ええと?なんでおれ?」 「ホゴシヤでしょ」 「蘭ちゃん、ホゴシヤじゃなくて、保護者」  純が訂正する。 「あーそれ。ホゴシャ。イミ分からナイけど」 「ホゴシャは別に慰めるひとじゃなくて、あくまで保護する…」  へ理屈をこねようとしている淳に、純はイライラ。思わず 「つべこべいってねえで、早く行ってやれよ。そのために飲まないで帰って来たんだろ!」  と声を荒げる。 「ミネこえー」 「うっさいな。こっちは、おまえに今日一日振り回されたんだ。最後くらい言う事聞け」 「わーったよ。蘭、ユカどこ?」 「さっきまでロビーにいたけど、何言っても返事しなかったよ。そのうちいなくなってしまったよ」 「部屋かな?あ、蘭はなんかいやな事なかった?」  花蘭はにっこりした。 「わたし、よく日本語わからないから、何か言われてもへーき」 「うそばっか」 「ホント、ホント」 「なにかあったら、おれに言っていいよ」 「ありがとう。でも、ユカのもの取る気ないよ」 「ユカのものかよ、おれは」  花蘭に言われると、怒る気にもなれない。多分、冗談や皮肉でなく彼女の本音だからだ。 「しょーがねーな」  と小さくつぶやいて、タバコの臭いを気にしながら、とりあえず由利香の部屋に向かう。純が思い出して、 「ああ、そうだ、優勝おめでとう、蘭ちゃん」 「ありがとう。でも私より、ユカホントに頑張ったと思う」 「そうだね」 「見てた?」 「おミズと。おミズすっごい怒ってた。殴りこみに行くかと思った」 「わたしも、もう少しで殴るとこだったよ、2年生。でもユカがガマンしてたからね」 「蘭ちゃんこわいよ、それ。いつ格闘系になったの」 「わたし、ああいうイジメゆるせない。でもうまく抗議できない。くやしかったよ。ユカかわいそうだった。ちゃんとまもってあげられなくてホントに、わるいことしたよね。ユカえらかったよ」 「ちょっと強引なことしてたけどね」 「あのくらいするよ。しなきゃ勝てなかった」 「ま、そうか」

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 由利香の部屋をノックする。  返事がない。  もう一度ノックする。  やはり返事がない  ドアを押すと鍵が開いていた。 「ユカ」  と呼びながら、中に入るが人の気配はない。電気をつけると、脱ぎ散らかした服やら、本やらがその辺に散らばっていて、まるで泥棒が入った後のようだ。いつもそれほどきちんと片付いているわけではないが、ここまで散らかっていない。どうやらモノにあたりちらした様だ。 「ありゃりゃ、ひでーや、こりゃ」  片付けようかとも、ちょっとだけ思ったが、自分の部屋だってまともに片付けられないのに、人の部屋が片付けられるはずもなく、すぐにあきらめた。電気を消し、そっとドアを閉める。  とりあえず、愛の部屋をノックする 「はあい。あらおミズ」 「ユカ知らない?」 「ううん。ここには来てないけど。ユカ、元気なかったわよ」 「愛ちゃんまで…。あ、今日ごめん、ミネ取って」 「いいわよ。そんなに気にするの、らしくないわよ」  などと、愛に言われ、次にすごくいやだけど由宇也の部屋に向かう。まあ一応兄妹なんだし、もしかしたら相談してるって事も… 「てっめえ、ユカに何しやがった!?」  ドアが開いて、淳が立っているのを見た瞬間、由宇也は怒鳴った。由利香が元気がなかったらそれは淳のせいと決め付けているようだ。部屋の中から優子の 「由宇也、そんなにいきなり怒鳴らなくても」  と言う声が聞こえる。 「なんなんだよ!いきなり」 「落ちこんでたろうがっ!うちのユカちゃんが!」 「おれは、朝から会ってねえっ!!」 「じゃ誰のせいなんだよっ!!!」 「しらねーよっっ!!!!」  本当はわかってるけど。これが売り言葉に買い言葉ってやつだ。  この勢いに乗った言葉のせいで、淳は次の日、由宇也から、本当は知ってたくせにと咎められるハメになり、また言い争いに、発展していくのだが、それはまあ、どうでもいい話。 「とにかく、ユカに何かあったらおまえのせいだからな!」  バタンと目の前でドアが閉まる。  由宇也はくやしいけれど、自分が慰めても多分由利香は落ち込みから立ち直れないだろう事は分かっていた。ドアにその腹立たしさをぶつけたわけだ。迷惑なのはドア。 「何かって、何だよ!」  怒鳴っても返事は返って来ない。  それにしても、どこへ行ったんだ。食堂は今日は休みで閉まっているし、とりあえず地下に降りてナオに向かう。  ナオでは、歴史と健範と千広と兼治が、なぜかトランプをしてた。そのそばで武が見ている。 「なんで、こんなとこで…」 「夕飯食ったら、やる事なくて」  と、健範。 「休みの日って暇だよなー」  と千広も相槌をうつ。男4人でトランプやるくらいしか能がないのか、おまえらは、と突っ込みたくなる図だ。 「おミズ、ユカがさー」 「あーもうっ!どいつもこいつも、人の顔見りゃ、ユカ、ユカってうっせー!」 「おミズがキレたぞ」  健範に言われて、ちょっと気を落ち着かせる。こんな事でキレてる場合じゃなかった。  ちょっと軽く深呼吸してから 「キレてねーよ。なあ、歴史、あいつそんなに落ち込んでた?」 「んーちょっとぼくは、見たことないくらい」 「今日どうだった?とか話し掛けても全然返事なかったよな」 「そうそう、優勝したし、最多得点賞までもらってきたのに」 「あちゃあ、そんなもんまで取っちまったのかよ。そりゃ、やべーわ」  それじゃ、恨まれるのも仕方ないかもしれない。  本当は、Φの派遣選手はそんなに目立ってはいけない。できれば縁の下の力持ちに徹するのが理想だ。そうじゃないと、マークされて、顔を覚えられて2度と試合に出られなくなったりする。武や由宇也、純、歴史あたりは、その辺結構うまくやれるのだが、今、そりゃやべーなんて言ってる淳は逆上すると、スタンドプレーが多くなり目立ちまくって2度とその競技には出られない状況になったりする。とりあえず、バスケとバレーとテニスは市内の大会はちょっと無理めになっている。離れた場所なら多分大丈夫だが。隣の県とか。まあみんな一つ二つはそんなNGの競技があったりするわけだ。 「そうだよな、おまえちゃんと教えてやんないから」  と、千広。 「またおれかよっ!」 「そんな、なんでもおミズのせいにしても」 「そーだよなー兼治、おまえっていいやつ」 「まあ、みんな、ちょっと、ユカに甘いところあるからな」 「って、武っ!てめーが一番付き合い、なげーだろが。どーにかしろよ」  由利香と武は、多分由利香がここに来た時からの付き合いのはず。本当だったら武が保護者になってもいいはずなんだけど。武自身がそれをどう考えているかはわからない。  その武は自嘲を込めて 「だから、僕も含めて、どうしてもユカに甘くなっちゃうって事」  と言う。 「おミズだけだよな、ガンガン言うの」  健範の指摘に、淳は 「え?そう…か?」 「そうだよ。気がついてねえの?」 「知らなかった」  全然気がつかなかった。 「おミズ誰にでも言うからね、いいたいこと」 「そうそう。多分ヒトラーとかにでも、言うね。てめーおかしいんだよって」  千広が手持ちのカードから目を放さずに言った 「時々、おミズと同じ側にいることを呪いたくなるよな。とばっちり食いそうで」 「あ、それ言える」 「でも」  武がちょっと笑いながら言葉をはさむ 「まあ、それ以上に、敵に回すとこわいよね」 「それも言える」 「どうしろってんだ、おれに」 「おまえは好きにやってりゃいいってこと」 「…そうなのか?」  なんだかよくわからない。誉められてるのか、けなされてるのかもよくわからない…けど、…とりあえずこんな事している場合じゃなかった。はっと気がつくと、 「ま、どーでもいいや。邪魔したな」  と言い残して、ナオを走り出して行く。 「おーお、必死になって」 「どう考えても、普通のお友達って感じじゃねえよな」 「普通じゃないでしょ」  と歴史 「ユカにとっておミズはすごく大事だし、おミズにとってユカはすごく大事なのは二人ともわかってんだから。ただ男女間の、好きって感情なのかどうか、二人ともまだ考えたくないだけでしょ。先延ばしにしてるだけだよ」 「な…なんか、チル、すげー分析」  千広がちょっと引き気味で、こわいものでも見るような、目で歴史を見て言った。 「シビアだね、チル」 「でも的は得てるかもね」  武と兼治も同意する。  健範は黙って歴史を複雑な心境で見ていた。

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 建物の中を全て探し、とうとうまさかと思いながら、淳はグラウンドに出てみた。当然人っ子一人いない。グラウンドはかなり明るいので、誰かいればすぐ分かるはずだ。 『裏庭…じゃねーよな』  昔裏庭であった事件のせいで、由利香は一人で裏庭には決して行かない。行くと、雷がなった時と同じ状況になってしまうからだ。よっぽど何かの必要がある時に誰かといっしょに行くくらいだ。こんな夜に一人で行くとは思えない。  でもまあ、万が一という事もある。淳は一応裏庭を一回りしてみる事にした。  裏庭は木が所々に茂っていて、見通しはあまりよくないし、薄暗い。小さい子たちのかくれんぼの場所になったり、たまに誰かがデートしてたり。そんな感じの場所だ。 『やっぱいねーよな』  なにげなく、建物を見上げて、ドキッとした。いつも淳がサボっている屋上に誰かいる…。由利香…だよな、やっぱり 『あそこかよ』  ホッとするのと同時に、胸が締め付けられた。  あそこにいるって事は、淳の事を待っているって事だ。いつからいたんだろう。何で最初に思いつかなかったんだろう。 『あーもう、おれのばかっ!』  淳は自分を呪いながら、屋上に向かって走り出した。

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 玄関を入り、ロビーを駆け抜けて、一気に階段を駆け上る。物置の荷物に何回かぶつかりながら屋上へのドアをあける。 『お願いだから消えてんなよ』  と心の中で祈りながら、足音を忍ばせて建物の陰に回り込む。  由利香はまだそこにいて、すわってじっと真っ暗な森を見ていた。ちょうど淳がいつもしているように 「ユカ」  努めて普通の口調で呼びかけると、由利香も、努めて普通に 「なあんだ、淳か」  と、答えた。 「なあんだ…ってなんだよ。おれの事待ってんのかと思ったのに」  言いながら、由利香の隣に座る。 「まさか。ね、さっき、淳が見えたよ。裏庭に。暗くてよくわかんなかったけど」 「見えてたんだ」 「すごい勢いで走ってるのが見えたよ。ここに来るのかなあって思ってた」 「やっぱ、待ってたんじゃねーかよ」 「待ってなんかないよ。森…見てたんだ」 「森?」 「いつも、淳が見てるでしょ。一人だと何かみえるのかなあ、って思って。でもなんも見えなかった」  それだけ言って由利香は黙り込んだ。そして、しばらくの沈黙の後 「ねえ、淳、寄りかかっていい?」  と、きいた 「いいよ」  淳が答えると、身をもたせかけ、淳の肩に額をつけた。 「前さ、よくこうしてもらったよね」 「ユカがもっとガキの頃な」 「あのさ…淳」 「え?」 「人の悪意ってさ…痛いね」  それだけ言ってまた黙り込んでしまう。 「…痛かったんだ」 「うん。……胸も痛かったけど、全身が細い針でちくちく刺されたみたいにザワザワした。すごくすごく気持ちも悪かった」 「ユカはさ、みんなに可愛がられすぎてんだよ、いつも」 「そう…なんだね。きっと。気がつかなかった」 「普通、人間って恨まれたり嫌われたり、恨んだり嫌ったりして生きてんだからさ」 「うん…」 「今まで幸か不幸かそういう経験がなかったって事が奇跡だよ」 「うん…」 「これからは、まあいろいろあるだろうけど、いちいち気にしてたら身が持たな…ユカ?」  淳は、自分の肩に額を乗せている由利香を見た。肩が小さく震えている 「由利香、泣いてる?」 「泣いて…ない」 「うそつけ」 「泣いてないってば」  肩をずらし、反対側の手で由利香の顔を上げる。やっぱり目が涙で溢れている 「やっぱ、泣いてんじゃ…おわっ!」  突然由利香に両手で突き飛ばされた。危うく倒れそうになるが、どうにか手で体を支えられた。 「な…なんだよ、急に」 「び…びっくりした」  由利香は両手で顔を覆っている。 「びっくりしたの、こっちだっつうの。何だよその反応」 「キ…キスされるかと思った…」 「はあ!?」  そう言えばそんな体勢だったかも。至近距離だったし。由利香もそういう事ちょっとは意識するようになったって事だ。 「しねーよ。そんな人の弱みにつけこむような…。されたい?」  由利香は顔を隠したまま首を左右に振る。 「こっ…こころの準備が…」  淳は思わず吹き出した。 「やっぱ、ユカっておもしれー」  笑いをこらえながら、 「心の準備がって事は、準備ができたらオッケーって事だよ、わかってる?」 「ちっ、ちが……」 「おれはいつでも、ココロもカラダも準備オッケーだからねー」 「もうっ!」  由利香は淳にこぶしを振り上げる。淳はその手をつかんで、 「もっと泣いてもいいからさ、ちょっと落ち着けば」  と言いながら、由利香の肩を抱え込むようにして、頭を自分の肩に乗せる。由利香は素直に身体を預けてきた。落ち着くのを待って話し始める。 「おれもさ、最初の頃すっげートラブったよ。もう非難の嵐だった」 「淳は今もじゃない」 「まーね」 「淳は強いからいいよ」 「ちげーよ、おれは非難とか中傷とか憎まれたりとかに慣れてるだけ。人をケナすのも得意だし。孤立すんのもへーきだし」 「うそ」 「うそかなあ。でも知らねーやつにいくら言われても落ち込んだりしねー。どうせその場だけのつきあいだしさ」 「むきになっちゃったよ、失敗だよね仕事としては」 「そっか?頑張ったんじゃねーの、初仕事としては。えらいえらい」 「そっかな」 「うん。85点くらいだよな」 「めずらしー。淳が普通に優しい…」 「なんだよそれ」 「淳さぁ、…今日見てたでしょ」 「知ってたんだ」 「うん。同じチームの子が、カッコいい人がいるってキャーキャー言ってたから見たら、淳がいた」 「そーゆーノリね」 「淳が見てたのに、ちゃんとできなくって悔しかったな…」 「カワイー事いうじゃん」 「ぜったい、あとでバカにされるって思った」 「そっちかよ」 「バカにされてもいいからさ…、失敗しちゃったって言って、ばーかって言われて早く安心したかったんだ」 「え?」 「淳いなくってさ、すっごい不安だったんだ。ここに来たら落ち着くかなあって思ってきてみたの。結構落ち着くね」 「…ええと、由利香?」 「淳がさ、来てくれて良かった。ずっと来てくれなかったらどうしようって思ってた」 「待ってなかったって言ったくせに、今になって言うのかよ、そーゆー事」 「へへ」 「へへじゃねえよ。熱あんじゃねーのか、おまえ」 「そっかな」 「反則だよ、ったくもう」  やたらと素直な由利香にとまどっていると、構わずまた話し始めた。 「やっぱりさ…思ったんだけど、私、世間知らずだよね。仕方ないって言えば仕方ないけど、ホントに世間見てなかったし。あと、強くなんないといけないなと思った。あんなんでめげてたら、弱すぎだよね。今日は蘭ちゃんがいっしょだったけど、一人の時もあるじゃない。…いつも淳が見ててくれるとは…限らない…じゃない?」 「なんか、今日おまえほんとに変だぞ。大丈夫か?」 「んー…変…か…な…あ?」 「由利香?」 「な…んか…急に…ね…む…く…」 「ちょ…ちょっと待てよ!寝るなってこんなとこで」 「だい…じょ…ぶだ…よ…」  ぐらっと由利香の身体が揺れ、ずるずると淳の膝の上に崩れ落ちた。 「あーもう。由利香!起きろって」 「んー…寝て…ない…」 「寝てるだろーが、誰がどー見ても。信じらんねー。寝るかよふつーこの状況で、あーっ、もうっ!」  多分緊張が解けたのだろう。試合の間からずっと淳が来るまで緊張していたのかもしれない。それにしても… 「どーすんだよ、これ。っつーか、そんな信用すんなよな、襲うぞ」  淳は自分の膝の上で幸せそうに寝息を立てている由利香を見て、頭を抱える。  しばらく様子を見ていたが起きそうにない。このまま朝までいるかとも思ったが、下はコンクリートだし、このままだと絶対二人とも体が痛くなる。 「ったくもう。おれ非力だっつうのに」  意を決して、文句を言いながら由利香を『お姫様抱っこ』で抱き上げる。幸い居住区は4階だから階段さえクリアすればあとは部屋まですぐだ。誰にも会いませんようにと唱えながらゆっくり階段を下りる。…が世の中そうはうまく行かない。いきなり純にでくわしてしまった 「何してんだ、おミズ。おまえ、ユカになんかしたのか?」  呆れたのと驚いたのが入り混じった純の声に淳は 「なんもしてねーよ。喋ってたらいきなり寝ちまったんだって」 「ホントかよ」  信じられないと言った純の口調に、自分が一番信じられないと心の中で思う。 「うそ言ったってしょーがねーじゃん。部屋のドア開けて、電気つけてくれよ。両手塞がってんだから」  ドアが開き、電気がつき、由利香をベッドにおくと、淳はその場に座り込んだ。 「つ…疲れた」 「だっらしねえ。好きな女一人も運べないでどうすんだよ、おミズ。筋トレしろ、筋トレ」 「っせーな。いいんだよおれは、パワー系じゃねーんだから」  ぶつぶつ言いながら、立ち上がり、電気を消して、部屋を出る。純はにやにやしながら淳を見ていた 「おまえもさー、結構損な性分だよな」

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 その頃汀家では、翔一と乗が話していた 「今日Yesterday。行ってきたんだろ。どうだった?」 「うん、まあ。へんなヤツと知り合いになった」 「へんなやつ?」 「なんだか妙に軽いノリのやつ。音楽の話は合ったかな」 「珍しいな、乗が初対面の相手と喋ってくるのは、名前は?」 「きかなかったし、言わなかった」 「おまえらしい」  汀翔一は笑った。

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「おっはよ、淳!」  次の日の朝、すっかり立ち直った由利香が元気に走ってきた。 「きのうごめんねっ!あのね、実は途中で目がさめてた」  と、舌を出す。  「なっにぃぃぃ〜!お…おまえな〜っ!!」 「だからごめんねー。じゃねー」  あとには、朝からすっかり脱力した淳が取り残された。
  
 

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