1.3. The Last Year. 〜part6
次の日は日曜日でお休み…なのだが、由利香は花蘭と初仕事。昨年淳と歴史がちょっとだけ通ってた、竹原中のバスケの試合に助っ人として参加するという。土曜日、ちょっとだけ練習に参加してフォーメーションの練習をしてきたらしい。この4月のやっと中学1年相当になった由利香は仕事が来るのを今か今かと待っていた。夏休みに入ってあちこちで大会が始まり、皆結構予定が入っている。 「大丈夫かよこんなちっこいのが、試合出て、怪しすぎんじゃねーの」 と身長151cmの由利香を淳は心配しているが、由利香自身は全然気にしていない。だいたい周りが全部自分より大きいのには慣れっこだし、同じ学年の子達がいるのが新鮮だったらしい。 「何よ、自分がちょっとくらい背が伸びたと思って!」 と、口答えする。 去年はまだ淳も160cmそこそこで、由利香と10cmくらいしか差がなかったのに、いきなり淳が勝手に10cmも一夏で伸びるものだから、あっという間に20cmくらい差がついてしまった。男の子が中学2,3年ぐらいで急に大きくなるのは知っていたけれど、しばらく由利香はショックを受けていた。どうしてショックなのかはよく分からなかったけれど。 「大丈夫、私、いっしょだし。ユカとっても上手だしね」 と、花蘭。彼女は由利香より二つ上。身長は170cm近くありスラっとしている。見かけは落ち着いたお姉さんという感じだが、実は結構天然ボケだ。まあ外国生活が長かったらしいから、ちょっと感覚が違うのかもしれない。 「上手かどうかの問題じゃねーんだけどな」 二人の後姿を見ながら、独り言を言う。技術があるから上手くいくとは限らないのは、今まで先輩達の体験談を聞いていて、由利香だって知っているはずだ。男子の場合はそれでも、おまえすごいな、の一言で終わる事が多いのだが、女の子はそうは行かない。そりゃあ毎日試合に出たいがために一生けんめい練習しているのに、勝つためとは言え、突然現れた誰かさんにレギュラーの座を奪われたら黙っちゃいられない。特に由利香は一年だし、小さいし。 すっごく気にかかる。ここでイライラしているだけなのは性に合わない。 「しょーがねーな」 とつぶやいて、有矢氏の部屋に走る。 途中で(純にとって運悪く)今まさに出かけようとしている純と愛にばったり出会う。 「あー、ミネ丁度いいとこに!付き合え」 「ばっ、ばか言えよ!おれが今から何しようとしてるかわかってんだろ!」 「ぜっんぜん」 純には構わず、腕をつかんで引っ張る 「すっげー暇そう。おれとでかけよーぜ!」 「何言ってんだよ!おまえはっ!何が悲しくて男同士で出かけんだよ!」 愛が先に気がついた 「おミズ、もしかしてユカちゃんの様子見に行くんじゃない?」 「なんで、おれが付き合うんだよーっ!」 淳に引きずられながら、純は叫ぶ。 「行ってあげれば?私、部屋で本でも読んでる」 愛はくるっと向きを変え、自分の部屋に歩き始めた 「あ、あ、あ…。愛ってばー」 「ごめんね、愛ちゃんデートの邪魔して」 淳が声をかけると、愛は振り向いてにっこりして 「いってらっしゃい」 と言った。 「わかってんじゃねえか!」 「あたりまえじゃん」 と、淳は舌を出し、 「ほら、行くぞー」 とさらに純をひっぱる。純はあきらめて、有矢氏の部屋に半ば引きずられて行く。 有矢氏の部屋に外出許可を受けに行ったら、水木がちゃんと外出許可を取りにくるのは珍しいと驚かれた。確かにほとんど勝手に出て行っちゃうからね。6時までに帰れよと念を押されたが、多分念をおした方も余り当てにはしていないだろう。 会場に向かう間も、純はまだ、 「なんで、おれが付き合うんだよ」 と、ぶつぶつ言う。 「一人だと淋しーじゃん」 「そんな、キャラか?」 「っつーか、一人だと怪しまれるし」 「第一入れんのか、会場?」 「何か言われたら、妹の応援で〜す、とか言う。あとOBですとか」 「…おまえ、ホント平気だなそういうウソ」 「ぜーんぜん、へーき。誰に迷惑かかるわけじゃねーし」 それもそうだ。もっとも迷惑かかっても平気そうだけど。 「あ、そう言えば」 突然淳が思い出したように言う。 一瞬純は悪い予感がした。こういう言い方する時って、ろくなこと聞いてこない。 「ミネさぁ、愛ちゃんとどこまで行った?」 「どこまでって…この前は、渋谷…」 「あほー」 思いっきり背中を叩かれる 「お約束のボケかましてんじゃねーよ。誰がそんな事聞くんだよ。キスくらいしたのかってきーてんの」 「しっ…してるわけねえだろ、まだ」 思わず頬が赤らむのがわかる。道のど真ん中で、いきなり何切り出すんだコイツは。 「えー?」 淳は不満そうに返す。 「もう一年も付き合ってる、16才男子が、ファーストキスもまだかよ?オクテー!」 「ファーストキスって…おれのファーストキスはおまえに奪われただろうが!」 小声で言い返すと、淳はきょとんとした表情で 「え?あれ、そーだっけ」 と聞き返す。純は力が抜けた。 「やっぱ、覚えてねえ」 「え?え?いつ?」 「……去年のクリスマスパーティーでさ…」 去年のクリスマスイヴにみんなでパーティーした時、淳は酔った勢いで、純を押し倒してキスしてしまった。力自体は純の方がずっと強いはずなのだが、まさかそんなことされるとは思ってもいなかったので、不意を付かれた。もちろん冗談なのだが(当たり前だって)、やたらとウケたので、そのあとも健範とか千広とか由宇也とかつかまえて、襲いまくってたけど、当人はほとんど覚えていない。さすがに女の子は襲わなかったけど、考え方によってはどっちがマシか疑問だ。次の日二日酔いの頭で、由宇也にものすごく怒られたのだけは確かな記憶があるが、当日の記憶はおぼろげだ。純の方はとても怒る気力も出なかったのを覚えている。 「おまえ温ちゃんとか蘭にまでしてたろうが」 「あれは、してって言われたんじゃん。襲ってねえ」 そこは、かろうじて覚えているらしい。 「それにあんなの、キスの内入んねーよ」 「ばか。おまえ、おれには舌まで入れかけたくせに。ったく、3日くらい感覚残っちまって…」 「え?そこまでした?ヤベーヤツ、おれって」 「ヤバすぎだって」 純はため息をつく。こいつと付き合ってるとろくな事がない。あの時だってやたら飲みまくっている淳が心配で、隣に座ったのがまずかったんだ。わかってるのに、何でいつも付き合ってしまうのか。今日だってすごく久しぶりのデートだったのに。天気の良さが、また一段と悲しい。****************
会場の体育館は、家族や学校関係の知り合いも多く、雑然としていた。それだけに別にチェックもされず、すんなり入れた。 ちょうどもう少しで、竹原中の試合が始まるところらしく、コートでパスとシュートの練習をしている。由利香は遠目でも一目でわかるほど、周りに比べて小さい。もちろんバスケと言う競技の性質もあるのだろうが。 目だたない観客席の片隅に陣取って、じっと状況を見守る。4人一組で走りながら順に何人かパスを送って行き、何回目かで誰かがシュートする。そのボールをシュートしなかった者が拾い、ドリブルして次の次の順番にバウンドさせて、回す。その繰り返しだ。結構複雑な動きで一瞬みんながバラバラに動いているようにも見えるが、何かの法則性はあるようだ。しばらく二人はじっとコートを見ていた。淳も今まで叩いていた軽口をぴたりとやめ、真剣な顔で見据える。その横顔を見て、つい、純は 『こいつも、いつもこうしてりゃいいのにな』 なんて思ってしまう。 …と何分かたったあと、ふと、純は淳の表情が変わっているのに気がついた。身じろぎもしないままコートを見つめる目が…怒ってる。 「おミズ」 「……」 気がつかない。 「おミズ!」 「……え?あ?なに?」 と、純の方を向く。やっぱり目が怒ったままだ。 「何怒ってんだよ」 「怒って……るな、やっぱ」 と、またコートに視線を落とす。 「あいつら…ユカの事ハブりやがった……」 「やっぱりか」 純も気がついていた。由利香にパスすべきところで、たまに次の人にパスするヤツがいる。由利香は動けなくなり一瞬立ち往生してしまう。ごめんねー間違っちゃったーと言うわざとらしい謝罪の言葉に、何人かがクスクス笑っているのがわかる。 「間違ってるわけじゃ…」 「ねえよっ!」 淳の怒りをはらんだ声に、周りの数人がギョッとした顔で淳を見る。淳はお構いなしに 「あいつら覚えてろ。あとで顧問と一緒に〆てやる…」 なんて物騒な事を言って立ち上がる。純も立ち上がって、淳の肩を押さえて座らせようとする。 「分かってんだろ、こういうことが起きるのは。良くある事だろうが」 「っせーな、分かってるよ。おれならいいよ、平気だから」 淳は純をにらみつける。 「でも、ユカにそれが起こるのは許せねー」 「無茶苦茶だって、おミズ」 純はため息をつく。やっぱりいっしょに来て良かったか、と思う。一人だと本当に顧問あたり殴りに行きかねない。さすがに、チームの女の子達は殴らないだろうけど。 「わーってるよ!でもユカはさ、今まで人に悪意持たれたりとか、悪意持ったりとかほとんど経験ねーんだぞ。それを、こーゆー試合の場でいきなりぶつけられたら逆上するだろーが」 「逆上してんのおまえだろ」 「あー!こんなことなら、おれがもっと悪意ぶつけておいてやるんだった。練習に」 「おミズ…、それ愛情が歪んでる…」 「それならおまえとかフォローしてくれたろ」 「歪んでるって。おまえにそんなことされたら、それこそユカ立ち直れないって。第一おまえが自分で立ち直れねえだろうが」 「おれは、どーでもいいの!」 「よくねえよ。おまえ、おれに八つ当たりするだろ。迷惑だ。少しは考えろって」 また、ため息が出てしまう。二人は立ったままコートに目線を落とす。また由利香が抜かされた。…と、由利香は一瞬だけ躊躇した様子を見せたが、さっと前に出ると、次の人がパスする相手の前に回りこみ、ボールをうばうとそのまま2,3回ドリブルして。きれいにシュートを決めてしまった。まわりは呆気にとられてそれを見ている。 「ごめんなさい」 由利香がにっこり笑いながら、言っているのが聞こえる 「待っていても、ボール来ないから。練習できないなと思って」 純は笑った 「ほら、ユカのが上手だよ」 淳は脱力したように、イスに座った。ぶつぶつ口のなかでつぶやくように 「うん…まあ…そうかもしれないけど、でも、…あれは…マズイ、多分」 と言う。純は首を傾げる。 「そうか?、おまえ、心配しすぎじゃねえの?」 「…あいつ、あんなに強くねえよ…。ぜってー無理してる。あとで落ち込まなきゃいいけど」 そして自分を納得させるように言った。 「ま…ぁ…。無理するのも、時には必要か」****************
竹原中が決勝戦進出を決めた段階で、淳はもういいやと思った。これ以上見てもあんまり意味が無い。見てれば全員が由利香を無視しようとしているわけではなく、2年生くらいが中心のようだ。3年は学校のためと割り切る余裕があるのだろう。由利香と花蘭が入った事で2年生がレギュラー落ちしてしまったのも、原因かもしれない。彼女たちにとってみれば、今回で活躍すれば、この後につながっていける、大きなチャンスだったのかも知れない。 「どうせなら最後まで見ればいいのに」 と、純は言ったが 「いい…なんか疲れた…」 なんて言って、帰ろうとしているところに声をかけられた 「あの…水木くん…でしょ?」 女の子の二人組だった。 「そうだけど」 「きゃああっ!やっぱり!」 「私達、去年同じクラスだったの!」 「ああ…」 とは言ったものの、全く覚えていない。大体人の顔覚えるのは苦手だ。とくに学校なんて同じような年代の人間ばかりで、髪型とかもある程度規定があるから、ほとんどみんな同じ顔に見えていた。どうせ、短い間しかいないと思ったから真剣に覚えようともしなかったし。それでもはっきり言って、ちょっと運動神経が良かったりしたら、少しは覚えていたが、それも、一年たったので、全部きれいに忘れた。 「背伸びたのね、最初わかんなかった」 夏休みに入る前にやめてしまったので、背は伸びる前だった。 「よく覚えてたね。2ヶ月くらいしかいなかったのに」 「だってー」 「ねー」 二人は顔を見合わせてくすくす笑う。 「今日はどうして、いるの?」 「同じクラスの子が出てるのよ。でも全然知らない子が出ててびっくり」 「背、低いのに上手ねって言ってたの」 「ああ、彼女ね」 「水木君はどうして?」 「偶然通りかかったら、試合してて、竹原中の名前みたら懐かしくって。つい入ったら、試合面白くてズルズル見ちゃったんだ」 淳は、聞かれたらこう答えようと考えていた通りの返事を、スラスラ答えた。女の子達はなんの疑問も持たなかったようだ。 「水木くんもう帰るの?」 「うん。多分勝つし」 それは多分そうだった。Φで選手を派遣する時は、汀氏が、相手チームの戦力や癖などを把握して、まず確実に目標が達成できるようにする。たまに読みが外れる事もないではないが、十中八九予想は的中する。もっとも外れたら、料金は無しで、交通費や昼食代、その他わずかな寸志だけになってしまうので、こっちも必死だ。 今回も例外ではない 「君たちも帰るの?」 『君たち…ね』 純は呆れて聞いていた。淳の口から『君たち』なんて言葉が出るのを聞くのは初めてだ。だいたい、おまえとか、てめーとか、どうもランク的にはアンタっていうのが一番下らしいと最近わかってきた。『君』ってのは上なのか、下なのか? 『段々ネコかぶるの上手くなるよな、コイツ』 この分だと20才くらいには立派な詐欺師になれるかも知れない、その気になれば。 「そろそろ帰ろうかなって」 「ね」 「ふうん。いっしょにお茶してかない?」 二人の女の子は、え?という顔をして、顔を見合わせた。ちょっと頬を赤らめながら、どうする?えー?とか言い合っている。 純が淳の腕を引っ張る。小声で 「何ナンパしてんだよ」 「いや、なんかバスケ部の話聞けるかも知れねーから」 「聞きだせるかよ?」 「知ってる事だったら、多分な」 「すげー自信…」 「とーぜん」 そして、もう一度女の子達に 「行くよね」 と、にっこりする 「な…なんか、水木くん」 「去年と感じ違う」 確かに去年は、ピリピリしていた。学校通っている間にだんだん落ち着いてきたとは言え、多分印象は、かなり悪かったと思う 「そ?大人になったんだ」 しれっと淳は言い、純に 「ミネどうする?」 と聞くが、目が、来なくていいよと言っている。 「行かない…」 そんな目で拒否されていけるか、と思う。淳は 「そっか。残念だな。じゃまたー」 と、手をひらひら振って女の子二人とすぐに行ってしまった。 『ほんっと、勝手なヤツだなー』 遠くで 「あれ誰?」 「置いてきていいの?」 と女の子達が聞き、 「友達。いいの、いいの。彼も用事あるから」 と淳が答えているのが聞こえる。 『彼っつうのも、おミズの口からあんまり聞かねえな』 だいたい、あいつ、とか、あれ、とか、あのやろー、とか、果ては、あん畜生とか、あのバカとか…。 『使えるんだああいう言葉。どこで覚えたんだよ。正しい日本語講座でも聞いたのか?』 半ば呆れ、半ば感心しながら淳を見送る。 呆れている間に決勝戦が始まり、結局純はズルズルと表彰式までみるハメになってしまった。 なんで、おれは一人でこんな所にいるんだと自問自答しながら。