1.4. So……,Where Is the Ghost? 〜part5

 
 
  
    
 こんな生活がさらに3晩続き、4日目の晩。  やはり2時ちょっとすぎ、やっぱり嫌な気配がする 「ナイフ出すなよ」  どうしても反射的にナイフを投げたくなる淳を、尚が押しとどめる。 「ちょっと様子見よう。」  尚に掴まれた左手首を、淳が振りほどこうとしたその時、かすかにカタカタという音がした。3人は暗闇の中でじっと音のする方をうかがう 「おミズも尚も聞こえるよね」 「しっ、黙って」  続いてカチっと何かが切り替わるような音。 淳が足音を忍ばせて、音がする方に歩いて行く。壁に耳をつけて、じっと聞き耳をたてる 「ここからだ。」  またカタカタいう音。 「機械音だよな」  尚の言葉に、淳の頭の中で何かがキレた。機械だあ?機械なんかに、何晩も付き合わされたってわけか?っざけんじゃねーよ。生き物ならまだしも機械かよ。 「やっぱ、幽霊なんかじゃねーじゃん。」  淳の声に怒気が含まれているのに尚が気がつき、止めようと思ったのだが暗闇の中では素早く動けない。  淳はやおらイスを取り上げ、音の出るあたりの壁に打ち付け始めた。ガンガンといった音がしんと静まり返った建物の中に響きわたる。壁がパラパラと崩れ、ザーっという音とともに崩れおちてくる。 「おわっ!ばか!やめろ」  尚が後ろから淳の腕を押さえようとするが、それを振り切って 「うっせー!正体突き止めてやる!」 と言いながら、さらにイスを打ち付け、それだけでは足りなくなって足で蹴飛ばす。 「おミズ!また騒ぎになるよ。」 多分もう騒ぎになっている。上の階でざわざわと人の声と足音が聞こえているから。 「上等じゃねーか!」 「曽根!電気つけろ!」  言いながら尚は淳からイスをとり上げたが、今度は壁に体当たりを始める始末。  電気がついたのと、騒ぎを聞きつけて乗が飛んで来たのと、淳の足が壁を蹴破って一気に崩れた壁に大きな穴をあけるのとがほぼ同時だった。  乗はこの惨状と、崩れた壁の破片だらけになって肩ではあはあ息をしている淳を見て、一瞬さすがに絶句した。 「オマエは」  務めて平静を装いながら乗は言う 「壁とケンカでもしたのか」  淳はフンという顔をして、乗の言葉を無視し、自分が今あけた穴から壁の内部を覗き込んだ。すぐそばに洗濯物用のシューターが通っている。隣の壁との間には1mほどの隙間があって、なんのものか分からないコードがぶら下がっている。コードを上にたどって行くと何かがある。手のひらくらいの大きさだ。 「これか」   それを、コードを引きちぎって引き剥がす。ブチっという音がして、火花がバチバチと散って肩口に落ちる。それには構わずに 「乗、これなんだか分かるか?」 と乗に渡す。乗はレンズのついたそれを受け取ってじっと見た 「多分、監視カメラだな」  どおりで観察されているような気がしたわけだ。 「つまり、誰かがどこかで監視しているって訳だ。」 「狽ゥ?」 「さあね。」  乗は自分も壁の穴から中をのぞいてみた。反対側の壁の下の方に何かがある。隣で覗き込んでいる淳に 「あそこ、見えるか?何かあるの」 「見える。取ってくる」 「どこ?」  尚も覗き込んで、え?と思う。2メートルくらい下にたしかに何かあるが、あとは真っ暗な闇だ。 「危ねえって!」 「ここまで来たら取るしかねーだろ。乗と尚、足首、掴んでて」 と言いながら、淳は穴を背にして縁に立つ。 「やめろってば、乗、止めろよ。」 「言ったってやめないだろ、コイツ。」 「大丈夫だって3階だから落ちたって死なねーよ」  淳は高さに対する恐怖心が欠落していて、50cmの高さでできることは、10mでも同じようにできる。それにしても… 「バカ、地下もあるだろうが!」 「尚、ちゃんと掴めよ。乗だけだと信用できねーんだけど。」 「ったく…」  渋々片足の足首を掴む。 「チルさあ、おれがあれ取ったら投げるから受け取って。」 「ど…どうやって取る気?」 「こーやって」 と言うのと同時に、チラッと後ろを向いて、肩越しに位置を確認し、『何か』に向かって穴の中に後ろ向きに身を投げ出す。 「うあっ!」 歴史が声にならない声を上げた。尚と乗の腕に淳の重み以上の不可がかかり、尚は思わず穴に引きずり込まれそうになった。 「大丈夫か、尚?」  乗が声をかける 「大…丈…夫…って言うか…。びっくり…した」  乗は日頃、オレは非力だとか体が弱いとか言っているくせに、こういう時は全然平気そうな顔をしている。 「取れたか?淳」 「取った。受け取れチル」  さかさまにぶら下がったままの姿勢で淳が答える。左手で『何か』を掴み、右手は、壁に体がぶつからないように支えている。2,3度体を揺らし、 「よ…っと」 と掛け声をかけて、上体を起こし、その勢いで『何か』を歴史に投げる。そのまま、自分の足首を掴んでいる尚と乗の手首を掴み、同時に二人の手から自分の足を振りほどく。今度は両手で二人にぶら下がる形になった。 「あぶねえな…おまえ、大胆すぎ…」  呆れる尚と乗に引き上げられながら 「腹筋と腕立てやっておいてよかったかもな」 と呑気に言う。 「で、それ、なんだ?」 「多分、発信機みたいなものだろうな。」  乗はその機械をあちこちひっくり返してながめ 「おそらく電話線かなにか利用してデータをとどけていたんだと思う。」 「毎日この時間くらいに上の部屋で音がきこえてたっつうんだけど」 「ここでデータまとめて転送していたか、何かの切り替えをしていたか、そのあたりだろうな。それが、このシューター通じて上の部屋に伝わったんだろう。機械の事はよくはわからないが、とにかく調べてみるか。」  ふと気づくと、尚と歴史が床にへたり込んでいる。淳が 「あれ?どーした?」 と聞くと、 「どうした、じゃねえよ!」 という尚の返事 「おまえなあ、寿命が縮むから、ああいう事するなよな。」 「そうだよ!すっごいびっくりしたんだから」  歴史は涙目になっている。 「泣く事ねーじゃん。カワイー奴。」 「淳っ!」 「おミズっ!」  またも同時に二人に抗議される。 「な…なんか、おまえらここ数日でやたら気が合うようになってねぇ?」  思わずたじろぐ淳に 「落ちたら死んじゃうとこだったんだからねっ!おミズ死んだら泣く人いっぱいいるでしょ!もう少し自分のこと考えて慎重に行動しなよっ!ロープとか使って命綱つけてゆっくり降りるとかなんとか方法あったでしょ!ばかだよっ、ばかばかばかっ!」 と歴史が矢つぎばやに言葉を投げかける。 「命綱!?なーるほど、その手もあったな。」 と淳が手をたたく。 「感心してる場合じゃないでしょっ!乗も乗だよ!なんで止めないのさ!乗もばかだよっ!」 「だから、止めても無駄だからって言ったろ。チルだってわかってるだろ、コイツの性格。」 「分かってるよ!でも言わなきゃ気がすまない!」 「だいたいおまえはなあ…」  尚が言葉を続ける 「自分の事、構わな過ぎなんだよ。もう少し考えろよ。自分がしたことに対する周りの気持ちとか、まわりがおまえの事考えてる気持ちとか。余りにも無視しすぎだ。そのくせ周りを振り回すくせに。」  返す言葉がない。 「お願いだからさ…もうちょっと、自分と、自分の事考えてくれる回りの人間を大事にしてくれよ。」 「自分なんか、大事じゃねえ」  思わず呟くと、尚の平手打ちが飛んで来た。 「勝手にしろ」  そう吐き捨てるように言って、いつの間にかあつまった見物人(そりゃあんな大きな音真夜中に出しちゃあね)を乱暴にかき分けて部屋を出て行ってしまった。歴史もあとを追うように走っていってしまう  淳は尚に叩かれた頬を手の平で押さえて、乗に 「おれ、なんで殴られたんだ?」 と聞いた。 「まあ、オレも時々淳はもう少し慎重になるべきだとは思うよ。何かやろうとすると、それしか見えなくなるところがあるからな。でも慎重になったらオマエじゃなくなる気もするし、難しいところだよな。それにしても、ちょっと妙だなあの二人。あんなに怒らなくても。」 「だよなー。おれが自分の身を犠牲にして、頑張ったっつーのにな。」 「その、反省心のなさが腹が立つんじゃないのか?」 「結果オーライなんだからいーじゃんか。な?」 「ちょっと、賛成しかねるな、それは、さすがに。」

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 つまりは、コードを伝わって動き回っていた監視カメラが一日一回、この場所でどこかにデータを送っていたということらしい。なぜこの場所かというと、多分真夜中に一番人が来ない場所だから。ただそれが上の階に響いてしまう事までは計算しなかったらしい。そしてその音がシューターの中で反響しあって、とても機械音とは思えない、不気味な響きになってしまうことも。 「多分館内のあちこちを動き回っていたはずだ。どこで何を見られていたものか」 と言う乗の言葉に、危うく淳は壁という壁全てを壊しそうになったが、さすがにそれは乗が押しとどめた。そんなことしたら、建物全体が崩落する。  もちろん、他にもまだこんな物が残っている可能性がないとは言えない。 「なので、みんな十分注意して生活するように。」  次の日の朝、有矢氏は乗からの報告を受けて、このことを皆に説明した後こう締めくくった。 「注意するとかいうレベルの問題じゃねーんじゃねーの」  眠そうな声で淳が反論する。ゆうべ結局朝まで、多分今ごろは自宅で爆睡中の乗とああでもないこうでもないと機械について議論していて、一睡もしていない。ここ数日あまり寝ていないので、神経が逆に研ぎ澄まされている。ちょっとした事でいらついたり、妙にテンション上がったり、アブない。そして、その精神状態での乗との議論の中で、淳は一つの結論に達していた。 「第一誰だと思ってんだよ、あんな事したの。」 「狽セろう」  当然のように有矢氏は言うが、気に食わない。 「そーゆーんじゃねえよ。誰がどうやって取り付けたかって事。スパイがいるって事かよ」 「おれに言ってんのか、それは」  由宇也が声を荒げて立ち上がる。  淳はちらっとそっちを見て、ワンテンポ置いてから 「そんなこと言ってねーよ。おれだって、てめえがそういう事するかどうかぐらいわかるっつーの。もちろん優子もさ。もしおまえらのうちどっちかがやったっつーんなら、おれはその演技力に免じて監視されてた事ぐらい、許してやるよ。」 と言った。由宇也は毒気を抜かれたように、ストンと腰を下ろした。 「おれ達は日常生活も一緒で、ある意味お互い監視しあってるようなもんだろ。その中でこっそりあんな配線めぐらせる工事するなんて無理っぽい。みんながいなくなる長期の休みなんてねえし、最初っから壁の中にあったとしか考えられねえじゃん。」  みんなシーンとして淳の言葉を聞いている。 「どういう意味だそれ、水木」 「だから、監視してたのは、Φの中の人間だろうって事。本部とかさ」 「水木!言葉慎め!」 「なんで?おれは別にそれが悪いなんて言ってねーよ。むしろしょ−がねーのかなって思う。見つけた時はすっげー腹立ってぶっちぎっちまったけど。どうせ本部に管理されてんだから、管理が行き届いてるか監視したくなるのはしょーがねーなと。」 「おまえ、やけに冷静だな」  純がしみじみ言った。とてもさっき壁ぶっこわしてた人間の言う事には聞こえない。 「でも頭来る事は頭来る。今でもむちゃくちゃムカついてっけど、おれの気持ちと本部の論理なんてどーせかみ合うわけもねーし。いわば雇われてるわけだからおれ達は。」 「それで…仮に本部がやった事だとして、それを壊した責任はどう取るつもりだ?」 「なんも。わざわざ、はい監視してましたとは認めねーだろ、あっちも。なかった事にしときゃあいいんじゃねーの」  それもそうだ。常に監視下に置くなんて、契約事項にはないし。 「一応報告はするからな」 「ご自由に。っつーかもう知ってるっしょ」  多分そのはずだ。ナイフ投げた時気配が消えたと言う事は、オンタイムで誰かが操作しているという事なのだから。 「ああ、それと」  思い出したように有矢氏は言う。 「あの機械はともかく、壁の修理代は給料から差っ引くぞ。」 「な…!!ひっでー!!なんでだよっ!」  急に目が覚めた。くすくす笑い声が起きる 「あと掃除もしとけよ。心有るやつは手伝ってやれ。じゃあな」  世の中はなかなか厳しい。

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「ゆうべよく見えなかったけど…」 『心有る』由利香は掃除を手伝いながら穴を覗き込んだ 「すごいねこの穴。中真っ暗」 「でっしょー。ここに飛び込んじゃうんだから信じらんないよね、おミズ。」 『心有る』歴史が床に飛び散った壁のかけらをホウキで集めながら返した。 「それに、よく、壊したよな、壁。ほんと無茶するよな、あいつ」 『心無い』が、歴史につきあって手伝いに来た健範が壁の壊れた様子を見て呆れる。 「ふつう壊れねえだろ、これ。」 「ふつうじゃないから、あいつ。」 『心有る』のか『心無い』のかよくわからないが、とりあえず手伝わないわけにも行かず来た純が言う。歴史が集めたかけらを、袋に詰めている。 「あーあ、イス壊れてるよ」  淳がかべにブチ当てたイスは、座面が曲がってしまって座れる状態ではなくなっている。 「これも給料から引かれるんだろうな。」 「でさー」 と由利香。 「そのふつーじゃナイ人、どこ行っちゃったのよ」 「保健室。」  純が答える 「眠くてフラフラして危ねえから、ちょっと休んで来いって言ったんだ。」 「夜中に暴れて、さっき頭もつかってたもんね。」 「そうそう」

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  「眠れないのか?水木淳」  淳が寝ているベッドのカーテンを開けて明子先生が顔を出した 「せっかく特別に寝るの許可してやったのに」 「なんか…神経高ぶって…」  と上体を起こす。眠くて頭痛もするが、眠れない。 「睡眠薬やろうか。何日もまともに寝てないんだろう。」 「そこまでは。…酒とか飲んだら寝られるかも」 「しょうがないやつだな、まだ午前中だぞ、未成年」 「冗談だって…って、何出してんの」  明子先生は、冷蔵庫を開けて、白ワインをグラスに注いで淳に渡した。 「ほら」 「ほら…って、いーのかよ」 「睡眠薬より体に優しいからな」 「なんでこんなもん保健室にあんだよ」  と言いながら一気に飲み干す。辛口でよく冷えていて美味しい。 「もう一杯」 「調子に乗るな。これでも私も飲みたくなる事もあるんだよ。いろんな相談もあるからな」  明子先生にグラスを渡し、また横になる。体をアルコールが回っていくのが分かる。 「ふーん。めーこさんでも悩むのか」 「あたりまえだろ」 「あ、そうだ」  とまた起き上がる 「めーこさん、おれの事、ハメたっしょ」 「なんの事だ?」 「とぼけたって、わかってんだけど。わざわざ保健室の手伝いさせて、幽霊のうわさ聞かせたろーが」、 「君はただ、こういう事件があるから調べてくれと言っても動きそうにないからね」 「きったねーの」 「そうか?」 「ま、けっこう面白かったけど」 「そりゃ良かったな。そう言ってくれると君をハメた甲斐があるよ」 「また何かあったら、言えよな。べつに小細工しなくていいから。」 「そりゃありがたいな」  明子先生はグラスを洗いながら、ちょっと笑って答える 「あとさ悩んでたら相談のるよ」 「10年早いわ」 「えー、おれ結構人生経験積んでるよ」 「無意味にな」 「ひでー」  同時に小さくパタンと音がして、静かになった。のぞくと淳はもう寝息を立てている。今喋っていたのに。  明子先生は静かにカーテンを閉め、冷蔵庫を開けて、自分のために少しだけワインをついだ 「相談のるよ…か。おもしろいヤツだな君は」  独り言を言い、小さく笑って、ワインを飲み干した  そして、淳は結局夜までそのまま眠りつづけていた。
  
 

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