1.4. So……,Where Is the Ghost? 〜part4

 
 
  
    
 午前2時。尚の部屋のドアを淳が叩く。尚は眠そうな顔で出てきた。 「寝てたろ」  寝ていて普通だと思う。 「寝てねえ」  尚も意地を張る。 「うっそつけよ。」 「付き合うんだから文句言うな。」 「飯代払うんだから、文句言うな。」  言い合っていると、声を聞きつけて歴史が部屋を出てきた。 「行くの?」   「草木も眠る丑三つ時ってやつだから。」  一番幽霊の出やすい時間帯ではある。そのくせ 「あーなんでこんな事やるハメになったのかなー」  他の二人を引っ張り込んでおいて、今さらながらに淳はぼやく。実はかなり眠い。そうだ、そう言えば、昨日はかろうじて寝たけれど、その前は徹夜してたんだった。今夜もこの時刻まで寝てればいいのに、結局起きてたし。でもって、左腕はかなりよくなったものの、右腕はまだかなりダルい。  建物の中はシンとして、人の気配も、物の怪の気配もない。3人の足音だけがやけに響く。 やがて着いた家庭科室も静まり返っていた。 「チルなんか感じる?」 「ううん」  歴史は首を横に振った。 「別になんも。」 「だよなー。」 「幽霊だって毎日出るわけじゃないんだろ。」 「そりゃーな。」  「今夜はお休みかなあ」 「ま、とにかく待ってみよーぜ」  淳は机に上げてあったイスを3つ下ろし、1つに腰を下ろした。尚と歴史もそれぞれ手探りで腰を下ろす。廊下の非常燈だけなので部屋の中は薄ぼんやりとした光がさしているだけで、お互いのいる位置もはっきりしないくらいだ。 「おミズも尚も、幽霊信じてないから平気かもしれないけどさあ。」  歴史の声は心細げだ。 「僕なんて、何度も見てるから、やっぱ、こーゆー雰囲気やなんだけど。」 「怖いわけ?」 「怖いってのとも、少し違うけど。やなんだ」 「ふうん。手でも握っててやろうか?」 「えっ!?」 「おまえは…」  尚が呆れた声を出す 「どうしてそう、きわどい冗談ばっか言ってんだよ。人格疑われるぞ。」 「え…と…。握っててくれるんなら…」 「はあ?何言ってんの」  尚は今度は歴史に呆れる。 「オッケー」 なんて淳は軽いノリで歴史の手を握ってやったりしてるけど、いいのか?ま、淳なんていつもこんなもんだけど、今夜の歴史はちょっとヘンだ。尚は闇の中、目をこらして歴史の様子を探ろうとするが、表情はとても分からない。自分が何を気にしているのかもよくわからなくなってきた。楽しそうに淳が言う。 「尚も握っててやろっか?」 「いいよ、おれは。」 「ざーんねん。両手に花になると思ったのに」 「おまえさ…喋る前に、考えてる?」 「たまには」 「たまにかよ」  そんなどうでもいいことをポツポツ喋りながら、30分もたっただろうか。尚は突然、ゾクっとした寒気を感じた。同時に誰かがどこかから見ている強い視線を感じる。何だ…これ…?額に冷や汗が流れるのが分かる。  淳に言おうと口を開きかけた瞬間、歴史の 「おミズ…どうしたの?」 と言う声が聞こえた。 「え?別に」  平静を装う淳の声。 「うそだ。今ビクってしたよ。」  手を伝わって、気配を感じたらしい。まだだるい右手で握っているので、押さえが利かなかった。 「淳?」 「あ…うん。尚感じた?」 「誰か見てる」 「うん。すっげー嫌な感じ。観察されてるみてーな」   「ええ?僕は感じないんだけど。」  驚いた歴史の声。淳も尚もそういうの感じないって言ってたくせに。 「視線感じる…」  淳は身をかがめて、素早い動作で、いつも持ち歩いているナイフを取り出した。ジーンズの裾に仕込んである。(実は結構危ないかも)振り向きもしないで 「あっちから」 と言うのと同時に、左斜め後ろくらいに投げつける。  2,3分そのまま様子を見る。 「止まった」  尚が額の汗を拭きながら、淳がナイフを投げた方を見る。暗闇で見えない 「幽霊だったら、ナイフなんて投げてもきかないよね」 「そりゃま、刺さるこた、ねーだろけど、威嚇くらいには…」  淳は歴史の手を放してほとんど真っ暗な中ナイフを取りに行く。そのあまりにも自然な動きに、尚は 「淳…見えてんの?」 「正確には見えちゃねーけど、気配でわかるっしょ、こんなもん」  そういえばここについた時も、あたり前のようにテーブルからイス下ろしてたっけ。  今も壁の高いところにささったナイフを、ごくふつーにイスをふたつ重ねた上に乗って抜いている。イスをまたテーブルに乗せ、戻ってきながら 「考えてみれば威嚇はまずかったか」 と言う。 「でも出て来なくなりゃいいんだよな。」 「田口さんが聞いてたのと、同じ物かなあ」  歴史は首を傾げている。  「それより、おれはおまえが不思議だ。超音波でも出してんのか」 「モノがあるとこって、微妙に温度とか空気の流れとか違うから、なんとなくわかるじゃん」 「わかんねえよ!」 「わかんないよ!」  尚と歴史は同時に突っ込む。みんながそんなことできたら灯りはいらない。とりあえず懐中電灯はいらなくなる。 「尚だって後ろに誰が立ってるとか、すげー当てるじゃん。おんなじだって。」  誰か当てられるのは、かすかな息遣いとか足音、動き方の癖とかが一人一人異なるからで、日頃の観察と訓練のたまものだ。淳の場合は、そんなに訓練積んだとは思えない。やっぱりある種の超音波を出しているのかもしれない。 「おミズはやっぱ、どっか人間離れしてるよね。」 歴史の口調は何故か嬉しそうだ。 さらに一時間ほど待つと、東の空が薄ぼんやりと明るくなってくる。初夏のこの時期は夜明けが早い。 「出ね―じゃん。」  淳は大きく伸びをしながら言った。一時襲ってきていた眠気はピークを越え、今は眠くはないが、こういう時ってへんにテンション高くなるので、気をつけないと危ない。 「出なかったね。さっきので終わりかなあ」  うつらうつらしていた歴史が顔を上げる。 「あれ、多分幽霊じゃないと思うけど。」 「だよな。おれとか尚とか感じるわけねーもんな。」  もう一度伸びをしながら立ち上がる。 「走りに行くかー」 「止めときなよ、徹夜明けで走るの。倒れるよ。」  歴史が止めても聞く訳もない。へーきへーきと笑いながら尚の手を引っ張って 「さー行くぞ!」 と、イスから立たせようとする。尚は手を振り払って、それでも立ち上がって薄明かりの中でイスを片付ける。 「おれもかよ」 「チルも行く?」 「ぼくはいい、もう一眠りするよ。」  淳はさっさと部屋を出て行き、歴史はノロノロした動作でイスをテーブルに上げる。尚も部屋を出かけたが、ふと足を止め、少し迷ってから歴史に後ろから声をかける。 「あの…さあ、曽根。」 「何?」 「おまえさ…もしかして…」  歴史が振り向いた。尚と目が合う。歴史の目に少しだけ驚いたような、少しだけ怯えたような色が一瞬浮かんだ。それを打ち消すように、にっこり笑って、もう一度歴史は 「何?」 と、尚に返した。笑った顔に見えはするが、目は尚をにらみつけている。歴史がこんな目で誰かを見るのは珍しい。数秒の沈黙の後、尚は諦めた。 「いいや。ごめん、おれの勘違い。」  歴史の肩をポンと叩いて。通り過ぎようとすると 「尚…」  今度は歴史が声をかけた。目は合わせないように、そっぽを向きながら 「きっと、それ、勘違いじゃないよ。」 と小さな声でつぶやく。 「え?」 「尚、鋭いね。人のこと見てないようで見てるんだ。あ、でも尚が見てる人って限られてるよね。だから?ね、案外尚もぼくといっしょなんじゃない?」 「おれは違う」 「ホントに?」 「と、思う」  歴史はぷっと吹き出した。今度は尚の方を見て 「尚ってけっこうウソつけないんだ。と、思うって事は可能性もあるって事だよね」 と言う。 「あんまりそういう状況は考えたくねえ。おれの場合曽根より悲惨になるだろ。」 「だよね。可哀相だね尚。」 「まだ可哀相にはなってない。」 「あ、そっか。まだわかんないんだもんね。」 「曽根…おまえ時々嫌なヤツになるよな。無邪気そうな顔してる癖に」 「尚が言い出したんだよ。」  歴史は、さっき尚を睨んでいた時とはうって変わって楽しそうな顔になっている。  尚は歴史に声かけないで、あのまま通りすぎてしまえば良かったと後悔した。歴史に弱みを握られたような気がする。日頃あまり自分の事は話さないのに、たまに話すとこれだ。 「何やってんだ、尚!」  淳が廊下から尚を呼んでいる。あいつは気楽でいいよと思う。 「尚、誰にも言わないよね。」 「言わねーよ」 「ぼくも言わないからね」 「だから、おれは違うって。」 「『違うって思ってる』でしょ?いいよ、はいはい行こうね行こうね」  と満面の笑みで尚の背中を押して部屋から出る。  淳は廊下で尚を待っていた。 「何話してたんだ、楽しそうに」 「幽霊今夜は出るといいねって。」 「え?また今夜もか?」  尚が聞き返す。淳と歴史は当然といった目で尚を見る。尚は天井を仰ぎ、小さくあ〜あと呟いた。
  
 

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