1.5. Don't Ask Him the Past. 〜part6
やっと少しうとうとしかけた朝方、淳の様子が変なのに気がついた 「おミズ?」 呼びかけても返事はしないので多分眠っているのだろうが…肩が震えてよく見ると、閉じた目から涙が流れている 「ちょ…おミズ!どっか具合…」 肩を揺すると、ゆっくりと目を開ける。純をしばらくじっと見つめて 「あ…あ、ミネ…か」 「おどかすなよ」 ほっと胸を撫で下ろす。 「夢…見ちまった」 涙がまだ流れて頬をつたっている。 「昔の…すげー腹が立って、世の中信じられなくて…」 「泣いてるぞおまえ」 「え?」 自分の目尻を指で触って、信じられないといった顔になる。 「ホントだ…何で…?」 涙は止まらない。 「腹が立ったんじゃなくて、悲しかったんじゃないのか?」 「え?」 「だから泣いてんだろ。」 「そ…か。ずっと、怒ったとばっか思ってた。」 「自分の感情ごちゃごちゃになるくらい辛かったんだろきっと。」 「多分…。悲しくて…恐かったんだ。ごまかしてたのか…」 「泣きたいんなら、泣けばいいよ」 「それ、昔言われた。」 「ずっと、泣くの封印してたのか。ばかだな、おミズ」 「ばかだよ」 「おまえ女の子だったら、胸で泣かせてやりたいとこだけど、ま、やめとくわ。またユカに誤解されてもやだしな」 「ユカ?」 「さっき、おまえを移動させようとしてるとこ見られて、ちょっと誤解された。」 「覚えてねえ」 「おきて、なんか言ってたぞ」 「知らねえって。おれもミネの胸で泣くのは諦めとく。クセになるとヤバイから。」 涙は止まったようだ。 「んっとにしょうもないセリフ良く思いつくな。ほら、熱測れ。」 体温計を渡すとまたうとうとし出した。それにしてもよく寝る。 半分寝ているので、自分はよく覚えていないかもしれないが、喋る内容にぽろぽろと本音らしきものが混じるので、聞いている純としてはかなりハードな感じだ。一晩で一年分くらい会話をした気がするくらい。 「なんかおれって、熱出ると、ヘタれるよな。」 なんてまた急に言い出すし。ちゃんと返さないと、きっと機嫌悪くなるし。 「病人なんだから、いいだろ。しょうがねえって。気が弱くなるんだよ」 「ホントの自分がヘタれって言われてる気がする。」 9度5分。ほとんど下がってない。本人は熱に慣れてきたのか、当初よりもかなり楽そうではあるけれど 「おミズ、今夜誰かと代わっていいか?」 「ミネが一番安心できんのになー」 「嬉しいけど、悲しい」 と言いながら、シーツを見るとまた血がついている。とろとろし出した淳に 「ほら、また移動」 と言うと、今度は眠そうにしながらも自力で隣に移動してベッドにもぐりこむ 「なんか、看護士になった気分だ」 呟きながら再度シーツがえをしていると、歴史がやってきた。 「おはよ。どお?」 「熱は下がんねえけど、よく喋るようにはなった。うるせえけど」 「良かったあ。喋んない、おミズ不気味だもんね。」 「ミネっ!」 いきなり淳がベッドから上体を乗り出し、純の首根っこを腕で巻くように押さえ込んだ。そして歴史に聞こえないように 「言うなよ、さっきの…」 と小声でささやく 「く…苦しいって、おミズ。熱あるくせになんだよ、そのバカ力。何言うなって…?」 「さっき…」 「ああ…。言わねえよ。言わねぇから放せ。死ぬ」 泣いていた事らしい。 結構気にしてたんだと純はおかしくなった 「何笑ってんだよ、てめー」 「わかったから、寝てろって。眠いんだろ。」 淳の腕を振りほどいてベッドに押し込む。 「どうしたの?」 唖然とする歴史に、 「何でもないよ」 と言って、シーツを剥ぎ取り始める。さっきよりは汚れていない。歴史も手伝いながら 「ミネ、目赤いよ、もしかして寝てない?」 と聞く。 「寝たよ。少しは」 「目の下も隈があるよ」 「大丈夫だって」 それ以上言うなと歴史に目配せする。あまり言うと淳が気にする。歴史も気が付いて口を閉ざす やがて淳が寝た気配がすると 「ずっとこんな感じ?」 と小声で聞く。黙って頷く。 「うあ、今夜はぼくか尚が代わるよ。」 「そうだな。一人じゃない方がいいかも知れないぞ。一人だと結構疲れる」 そう言って欠伸をする。 ****************** 7時になって、淳に化膿止めを飲ませていると、明子先生がやってきた 「どう、調子は?」 「熱まだありますね。寝てばっかり」 淳の額に手を当てて明子先生は頷く。 「ま、しばらく寝てればいいさ。」 あと、傷口が擦れて血が滲み出してくるから、シーツ二回替えたという事を報告して、純は朝食をとりに食堂に向かった。 「お疲れ〜」 と言うみんなの声に迎えられてテーブルに着く。緊張が解けたのか、やたら欠伸が出る。 淳がいない食堂はやたら静かな感じがする。由利香もあまり喋らないし。 そう言えば淳は昨日の朝から何も食べていない。いくらなんでもそろそろおなかがすく頃なんじゃないだろうか。 朝のミーティングも邪魔が入らなくてスムーズと言えばスムーズなのだが、やっぱりなんだか物足りない。 早く復活しろよと、みんなが心の中で呟いていた****************
そして、淳はいきなり復活した。 3日目の夜、淳はかなり良く熟睡しているようで、夜中に妙な事を口走ったりもしなかった。だから、つい安心した。次の朝、付き添っていた尚と由利香(へんな組み合わせ)が、油断して睡魔におそわれた隙に、淳はいなくなった。 「尚っ!淳がいない!」 ちょっと先に気がついた由利香が、イスに座ったままうとうとしていた尚を起こす。 「え!?」 尚は飛び起きて、ベッドの布団をはぐ。もぬけのカラだ。 二人は一瞬顔を見合わせ、同時に医務室を飛び出した。 「ユカ部屋行ってみて。おれ、まさかとは思うけどグラウンド行く」 「わかった」 尚のまさか、という予感は的中した。淳がグラウンドを走っている。 「ばっかやろー、何やってんだよ!」 尚は近道をして、淳の走路をふさいだ。淳は足を止め 「何って、ランニング」 「熱はっ!熱どーしたんがよ」 「熱って?そんなもんねーよ」 「測ったのかよ。」 「測んなくても自分が熱あるかどうかくれーわかるよ」 最初気がつかなかったくせに、と心の中で思う。でも今はそこでひっかかってる場合じゃあない。 「とにかく、やめとけ、もう。って言うかお願いだから、止めてくれ。」 と言いながら、淳の腕を掴む 「えーもうちょっと走りてーな」 反論しながらも、淳はとりあえず走るのをやめた。 「何キロ走ったんだよ?」 「20周くれーかなー。」 8`だ。多分いい加減に数えているから10`くらいは走ってる 「あーもうっ!二人付いてたのに!」 「すっげー良く寝てたぞ。ってゆーか」 淳はわけがわからないといった顔で尚を見る 「なんでおれ達、保健室なんかで寝てたんだ?」 「え?」 尚の足が止まる。まさかこいつ… 「なんか、ケガ治りかけてるし、確か、脇腹とかゆうべはもっと痛かった気がするんだけど」 「淳…まさかとは思うけど、なんも覚えてない?」 「何を?」 「今日、何日だ?」 「7月23日」 がっくりと力が抜け、思わず尚はその場にしゃがみこんだ。 「淳…。今日、26日」 「うっそだろぉ。なんで…」 「こっちがうっそだろうって言いてえよ。おまえ40度熱出して、ずっと寝てたんだぜ、医務室で」 「は?」 今度は淳が呆然とする番だった 「ぜんっぜん覚えてねえ」 と言って、すぐに真っ青になる。記憶がないってことは… 「もしかして、おれ、何か変な事とか言ったり、したりしなかったか!?」 「した…っつうか、言った…っつうか、それは多分ミネに聞くのがいいと…」 「ミネだなっ!」 淳はいきなり走り出すと、途中で淳をさがしていたはずの由利香に会って、びっくりさせ、純の部屋に向かった 「ミネっ!ミネ、開けろ!」 「なんだよ…って、おミズ!何いきなり元気になってんだ、おまえ」 「おれ、なんか、やべー事言ったり、したりした?」 純の頭に付き添っていた時の、淳のいろいろな言動が浮かんだ。 「そりゃあ、もういろいろ」 ちょっといじめてやりたい気もする。何しろ疲れる夜だったし 「うっあああああっ!覚えてねえええっ!」 記憶がないって事は、その時いつもとは違う状態にあったという事だ。多分理性がぶっ飛んでいる。 「大体はおれと二人の時だったから、へーきだ。あ、めーさんにもなんか言ったらしいけど。全般的に甘えッ子モードだったぞ」 「甘え…って。あうー」 と頭を抱える。 「あ、でも一つ…みんな聞いてたのが」 そう言えば、アレはみんな聞いてた 「なっ!何っ!?」 「言わない方が…」 「何何?気になる!言ってくれよ!」 純はニヤっとして言う。 「おまえさ、朝食のみんながいる席で、ユカの事じーっと見て、由利香って可愛いって言ったんだよ」 フリーズ。言葉が出ない。口をパクパクさせているだけの淳に純が追い討ちをかける 「ああいう時って本音出るからな」 「なんの騒ぎだよ。あれーおミズ」 騒ぎで起こされたみんなが、ドアを次々と開ける中 「ぅううううっわぁぁぁぁっっっ!!!」 という淳の絶叫が響きわたった。