1.6. And She Loves Him. 〜part1

 
 
  
        
「おミズ、相談乗って」  ある日の夕食後、淳は温に声をかけられた。 「いいけど、何?」  深く考えずに答えを返す。まあ練習の事とかかな、なんて軽く考えて。 「ここじゃちょっと。ナオにいるから、来て」 と言い残して、温はスタスタ歩いて行ってしまう。  ここじゃまずいって事は練習とか勉強とかそういう類ではないという事か。なんだか嫌〜ぁな予感がした。

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 こっちこっちと手招きされて、奥の小部屋に入る。温がカチャと鍵を閉める 「温ちゃん、若い男女が一つの部屋にいる時は鍵なんてかけたら、どうぞ襲って下さいって言ってんのと同じだよ」 「おミズは、私なんか襲わないもの」 「妙な自信だねそれ」 「そんなのどうでもいいの。相談乗ってよ」 「それなんだけど…おれ、さっきから、いやーな予感が」 「あのね、私、好きなヒトができて」  淳は両手で耳をふさぎ、 「じゃっ!そーゆー事で」 と言いながら、部屋から逃げようとした。温が前に両手を広げて立ちふさがる。 「温ちゃん、勘弁してよ」 「聞いちゃったからだめ!」 「聞いてね―よ」 「聞いたじゃない!」 「じゃ忘れるっ!忘れるからっ!第一なんでおれに相談すんの!?」 「水木さん、水木さん」  奈緒さんが外から声をかける 「声、丸聞こえですよ」  それはまずい。せっかくの相談部屋の意味がない。声を落として 「そーゆーのは、大体女の子同士でさぁ、私、好きなヒトができちゃったのぉ。きゃ、私も。誰?やだー、あなたから言ってよ。じゃ1、2の、3で、やああああんっとか、そうやって盛り上がるもんだろーが。おれを巻き込むんじゃねえ」 「だって、ラヴちゃんもう彼氏いるしい」   確かに温は愛と一番仲が良いけど。でもそれは、あまり理由になってない気がする。 「おミズ、恋愛関係詳しいかと思って」 「あ…あのなー」   脱力。  詳しくはない。断じて詳しくないっ!  少なくともちゃんとした恋愛の実践が伴っていない。  淳は力なくソファに腰を下ろした。…と言うより崩れこんだ 「何を根拠に言ってるのかわかんねーけど、おれが詳しいのは、アソビの擬似恋愛だけ。マトモに誰かと付き合ったこと一遍もねえし、誰かを好きになって深く悩んでそれを解決した事もなければ、それ以前に誰かを好きになってもいねえ」  いいのか、16才で擬似恋愛には詳しいとか言い切って… 「うっそだあああ。」 「んだよ、その目」 「ま、それは置いといて…と」 と、荷物を横に置くしぐさをする 「置くなっ!」 「でも告白はされてるでしょ」 「う…それは、まあ…。でもそんなに多くねーぞ。7,8回だし。あーもっとかなあ。わっかんねえ」 「多いよっ。それどうしたの?」 「断るに決まってんじゃねーか。好きでもねーのに」 「どーやって」 「スキじゃないから、付き合えねえって。」 「ストレートねえ。ま、どうせ断るんならはっきりした方がいいか」 「だっろー。それをまた、その友達とかが、あんな断り方はひどいとか、傷ついてるとかさ。だったら始めっから、おれなんか好きになるなっつうの。性格くらい調べてから言って欲しいよな。おれにそーゆー期待したって無駄なんだよ第一」 「う〜ん。私はおミズのそーゆーとこは、なかなか好きだけど、そういう子ばっかじゃないもんねえ。顔につられるからいけないのよね、顔に。あ、顔って言えば傷治ってよかったね」  顔にできた擦り傷はほぼ完治した。腕の傷もだいたい治ったが、かさぶたがはがれて、もとの皮膚と新しい皮膚がちょっとジグソーパズルのようになっている。本人は面白がっているが、はっきり言ってちょっと気持ち悪い。 「温ちゃん、おれの顔も好きだっていってたじゃねーか。まさか、おれじゃねーよな、温ちゃんが好きなのって?」 「まさか、今さら惚れるわけないじゃないの。おミズが誰好きかもわかってるのに」 「おれが知らねーのにかよ」 「もう、それは」 「置いといて…ね」 「あのね、ホントは女の子達に言ってもちょっと分かってもらえないかなあって思っちゃって。」 「どーゆーやつなんだよ」 「うそーとか言われちゃいそうで、おミズが一番彼の事知ってそうだし。」 『彼』と言った時、温の頬がぽっと染まるのが見えた。そんな温の表情は初めてだった。気分がますます引き気味になる。  って言うか、誰だおれが一番知ってそうなのって。考えていると温が口を開いた 「汀さん…なんだけど」  思わずソファから転げ落ちそうになり、 「うそっ」  と言いかけて、口を押さえる。 「おミズ、今うそ…って」 「言ってねえって。た…ただちょっとびっくりしたっ。」 「おミズもそう思うんだ」 「え…ええと。み…汀さんて…乗だよな?」 「翔一さんのわけないでしょ。奥さんいて、もうすぐ子供も産まれるのに」  乗はみんなと年もちょっと離れていて、コーチのようなことをしているので、付き合い方も一線を引いているところがある。確かに背も高く、少し冷たそうな所を除けば整った顔立ちだし、モテる要素はあると言えばあるのだが、いかんせん口を開けば辛辣で、皮肉っぽく、整然と論理立てた言葉ばかりが出てくるので、女の子からは敬遠されがちだ。恐がられるといっても過言じゃないくらい。それに比べると、とりあえずものごしは柔らかい、兄の翔一の方を好きになるほうがまだわかる。確かに妻帯者で、年はさらに上だけど。 「う〜ん。温ちゃんおもしれー趣味だ」 「聞いたからには協力してね」  淳は、むりやり聞かせたくせにと思いながら 「だから、どうしておれなんだよ」  と嘆く。 「だって、おミズって回りくどい言い方しないで、駄目なら駄目って、はっきり言ってくれるでしょ。相手の気持ちとかもスパッと分析してくれそうだし、私の言うこともきっとヘンに曲解しないでそのまま聞いてくれるから、相談し易いじゃない。」 「それってさあ、誉めてんのかよ」 「それに一番よく話してるでしょ、『彼』と」  また、頬がポッと染まる。 「もうっ!わーったよ!」  諦めた。何言っても無駄っぽい。 「やたら頬染めないでくれって。こっちがハズい。んで?おれに何期待してんの?」 「とりあえず、知りたいの、彼のこと。」  乗は自分の事は話さないので、みんなほとんど何も知らない。ただ、東大すぐに中退しちゃったんだって、とか、その後しばらくフラフラしてたんだってとか噂が立っている程度だ。 「ねー何か知らない?誕生日とか血液型とか…」 「知らねーよ。あ、血液型はABとか言ってたかな。だから朝弱いとか言い訳してた」  淳の言葉に思わず温は気色ばむ。立ち上がって声を荒げて 「言い訳じゃないわよっ!ABはホントに睡眠不足に弱いんだから!だからAB型の交通事故の原因の第一位は居眠り運転なのよ!あぁ、かわいそうにっ!私が優しく起こしてあげたいっ!」 「もしもーし、紫樫温さん?」 「ABなのね!やぁん、B型の私と相性ピッタリ!やっぱり、二人は出会うべくして出会ったのねっ!」 「だーかーらーっ!そーゆーの、他の女の子友達とかとやってくんない?」 「おミズにはわかんないのっ!」 と淳を睨みつける。 「なんで、おれが怒られんだよ」 「おミズは好きな人いないんでしょ!だから分かんないのよ!女の子は少しでも相手の事知りたくて、知ったらそれをいい情報って解釈したいのっ!ちょっとでも希望を持ちたいの。夢見ちゃいけないのっ!?」 さらにきっとした目つきで淳を見据えて 「おミズ何型?」 「O」 「ユカは?」 「多分O」 「うっわー相性悪っ!お互い意地張って、先に進まないタイプよねっ!」 「ヴ…っ悪かったな」 「どっちかが、ちょっと引いて相手を立てればいいんだけどねえ。どっちも相手より有利に立ちたい性格だもんね」 「温ちゃん、おれ、降りるよ、そーゆー意地悪ばっか言うと」 「あっらー、ユカと相性悪いって言うのが、どうして意地悪になるのぉ?」 「降りるっ!ぜってー降りるっ!」  立ち上がって部屋を出かけると、怒り出した淳に、温はころっと態度を変え 「ごっめーん、そんなに気にすると思わなかったんだ。許してー。おミズしか頼れる人いないんだから(←根拠はない)」  と手を合わせた 「拝むな!」 と言いながらもドアを開けようとしていた手をひっこめて、ソファに座りなおした。 「ったくもう。温ちゃん恋する乙女の癖にノリ良すぎ。もっと悩みな。」 「結構悩んだんだよ、これでもさ。やっぱり好きになるの変かな、とか、きっと断られるよね、とか。でも、しょうがないよねー好きになっちゃったんだし。」 「どこが好きなんだよ、あいつの」 「えぇぇーっ」  温は、真っ赤になって、頬を冷やすように両手ではさみこんだ 「恥ずかしくて、言えなぁぁいっ!」 「あ…そ」  もともと大した興味があったわけではないので、すぐ引くと。 「えーっもっと聞いてよ!」  …言いたいらしい。 「だーっっっ!!もうっ!おれにそーゆー会話期待すんなよっ!」 「あのねー、いつも冷静に物事を判断して、的確に対処するところでしょ。やっぱ、頭もいいし、それから時々みせるあの淋しげなまなざし…」 「?は?…あ???」  それから温は呆れて聞いている淳を尻目に、延々と一時間近くいかに乗が素晴らしいかについて話し続けた。  そして、淳は身に染みて感じた。『恋する乙女』って、コワイ…

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 次の日の朝、朝食をとっていると、またも温がやってきた。満面に笑みを浮かべている 「ねーおミズ聞いてー」 「んだよ。飯食わせろよ。」 「ちょっとだけ聞いてってば」 と言いながら、淳の手を引っ張って、隅の方に連れて行く 「あのねーデートする夢見ちゃった」 「あ…そ。」 「良かったねとか、言ってくれないの?」 「だ、か、ら、おれにそういうの期待するなって何度も言ってんだろ。」 「でね、遊園地に行って、二人で手をつないで観覧車に乗るの。そこはもう二人だけの空間。きゃああっ、ろまんちっくぅ」 「はいはい」 「でねっ、彼が、キレイな景色だねって言って…」 「ぜーってー言わねーな」 「言ったの!それでね、でもきみの方がキレイだよって言って、そして二人の唇は…」 「ストーップ!!」 「なんで?」 「なんでじゃねえだろが!朝っぱらから何言ってんだよ、ったく。頼むからそういうの聞いてくれるの誰か見つけて。」 「つまんなーい」 「つまんなくないのっ!」  不満そうな温を残して席に戻ると、今度は由利香が不審そうなまなざしをむけてくる 「何っ!」 「温ちゃんとなんの話?」 「何だっていいだろ」 「何怒ってんの?」 「怒ってねえ。」 「怒ってる!」 「ユカには関係ねーよ。温ちゃん個人の問題だから」 「でも淳は関係してるじゃない。」 「相談されただけだって」 「何を?」 「何をって、それは…」  思わず言いそうになって、口をつぐむ。 そりゃ、口止めは特にされていないけれど、この手の話は勝手にヒトに話してはいけないのは常識だ。 「言えねえ」 「ふーん、いいけど」  由利香は全然良くなさそうな口調で返す。  今度は淳が 「おまえ、怒ってんだろ」  と、言う番だった 「怒ってなんかないよーっだ!」 「怒ってるじゃねーか」  と、危うく押し問答が延々と続きそうになりそうになったところで、また温が 「ねーちょっとユカ聞いて、おミズひどいんだよ」  と割って入って来た。 「わたしの話ちゃんと聞いてくれないんだよ。」 「ほら、淳。ちゃんときいてあげれば、私行くから。」  由利香は席を立ち上がる。 「あ、おミズ借りるねー」 「ご自由に。私イラナイから。」 「い…いらないって、なんだよっ!」  由利香は淳に、思いっきりべーっと舌を出して、フンっと言う感じで行ってしまう 「あ、あ、あ、ユカ…」 「あれ?けんかしてたの、もしかして」 「誰のせいだと思ってんだよ、誰のっ!?」 「やーだ、いっつもけんかしてるじゃない。そんな気にしなくても」 「こーゆー行き違いみたいなのって、すっげーやなんだよ!くっそー、いらねーって言われた」 「おミズやっぱ、ユカの事好きなんじゃん。そんなショック受けちゃって」 「誰にいらねえって言われたってショックだろうが!」 「そっかなー」 「先行き不安だ…」 「それよりさ」 「それよりじゃねえだろっ!」 「じゃあとりあえずさあ、誕生日と身長、体重と、好きな食べ物と、色と、できれば、好みの女の子のタイプとか、きいてね」  全くヒトの話を聞いていない。  それにしても、乗の好きな女の子のタイプなんて…まったく想像できない。それ以前に、好きな食べ物すら思いつかない。 なにしろ、なにか食べているの見た事ないし。 「ちなみに、おミズは?」 「何がっ!?」 「好みのタイプ」 「あんたみたいにごーいんじゃねえヤツ」 「ひっどーい。」  淳はちょっと考え、一拍置いてから 「…ユカに言っていい?」 「何を。」 「温ちゃんが好きなやつがいて、おれが相談に乗ってるって。」 「え〜」 「えーじゃねーだろ。おれの身にもなってみろよ」 「そっかあ、大事な彼女に誤解されちゃってんだもんねえ。それにしてもこのくらいで怒っちゃうんだ、ユカ。カワイー。ユカもおミズの事好きなんだねー。ラブラブじゃん、よかったねー。だからその幸せをわたしにも分けてよ」  淳は必死に、自分に、落ち着け、落ち着くんだ自分と言い聞かせていた。こんなんでキレてたら、多分この先何度爆発するハメになるか分からない。それにしても温が調子に乗りやすいことは分かっていたが、まさかここまで暴走するとは思わなかったし、自分が巻き込まれるなんて思ってもみなかった。 「とにかく、言うからな、ユカにだけは。そしたら、ユカに話せよ、そーゆー夢物語は。」 「そっか、そういう手もあるね。じゃ、私から言っておく。」  思いの他あっさりと温は納得して、由利香を追って行った。  ぐったりしてテーブルの上に倒れこんでいると誰かに頭をつつかれる。 「朝からなに疲れてんだよ。」  純だった。今朝も愛といっしょに朝食のトレーを持っている 「ユカは?」 「聞くな」 「また、ケンカしたのかよ」 「ほっとけ」  二人は並んで、淳の目の前に腰を下ろす。  ちなみに今朝のメニューは、洋定食が、ベーコンエッグ、ポテトサラダ、トーストブルーベリージャム、バター、いつものコー ヒーorティーorミルク。和定食が温泉卵、青菜とあさりの小鉢、海苔、ご飯と豆腐の味噌汁は、お替わり可という組み合わせだ。 「いーよなーおまえ等、安定してて」  テーブルに顎をのせ、上目遣いに二人を見ながら淳は言う。 「おミズが安定しようとしないだけだろ。」 「それは、まー、そうか」 「でも、おれは、おミズはもうちょっと、彼女作んなくていいかとも思ってるよ。」 「へ〜え」 「おまえ、きっと、誰か好きになったら、って言うか意識したら、今日は彼女がどうしたとか、彼女のどこが可愛いとか、きっと 一日中うるせえ気がする。それ聞かされんの多分おれだからな。」  それは、まさに今の淳自身の状況だ。 「うそ!おれってそんな?」 「こないだの、おまえの『由利香って可愛い』発言聞いて確信したね。多分おまえ周りが見えなくなる。付き合いでも始めたら、 絶対ずーっとベタベタしてると思う。自分でも分かってるから、嫌でガードかけてんじゃないのか?」 「そ…そうかも」 「うっとーしいから、一人でいてくれ」 「言い過ぎよ。ねーおミズ」 「ありがとうラヴちゃん。暖かい言葉はすっげーうれしーけど、否定しきれねえ自分がここにいるのが悲しー。」 「あ…あら、そうなんだ」
  
 

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