1.6. And She Loves Him. 〜part2
温は由利香にも話をし、由利香はなーんだそんな事と納得した。
「いいなあ、誰かの恋の相談に乗るなんて、中学生っぽい…」
んだそうだ。結構乗り気で、淳はだったら最初っから自分は通り越して由利香に話して欲しかったとつくづく思う。機嫌もすぐに直って、お昼には
「淳、お昼いっしょに食べよう」
とやってきた。そう言えばお昼って最近いっしょに食べていない。なかなか時間があわないのだ。
大会の日程が決まってから、淳はずっとトライアスロンのための基礎体力作りに明け暮れている。泳ぎこみ、走りこみのおかげで、体型が変わってきたのを自分ではすごく気にしている。特に肩に筋肉が付き、肩幅が広くなった。純のことをがっちりした体型でいいじゃんとか言っていたにのに、自分がそうなるのはいやなのか。多分やめたらすぐもとに戻るんだと思うけど。
自転車は熱出してまで練習した甲斐もあり、普通に乗れるようになった。普通に…?というか、ものすごくというか。もともと高さやスピードに対する恐怖心が欠落しているので、どんな坂でもコーナーでもスピード落とさずつっこんでいくので見ている方が怖い。当然生傷は絶えないが、最初のようにひどいことになる事はなくなった。1週間前くらいから路上で(ひとの居ない早朝に)尚と二人で練習するようになったが、遠くまで行きすぎて朝のミーティングまでに戻ってこられなかったりしている。そのくらいだから、多分調子は悪くない。でもこっちでも、今度は腿に筋肉ついて、ジーンズのサイズがあああとか騒いでいる。
「ごめんねー、ちょっと考えすぎた」
「妬いた?」
「妬いて欲しいわけ?んなわけないじゃん。ただ、知らないこと話しててやだなーって…。あーまたケガしてる。消毒した?」
「した」
さすがにこの間の一件で懲りて、擦り傷はすぐ消毒に行くようになった。いつまで続くかわからないが。
「ユカその髪型つまんねー」
「えぇ?そんなこと言ったって邪魔だもん」
由利香は長い髪を後ろで一つの三つ編みにしている。
アニメとかでは長い髪を美しくたなびかせて、テニスやらバレーボールやらしているシーンがよく登場するが、実際問題としては不可能に近い。いや、実戦になると逆に威嚇の意味でこんなに余裕があるのよといわんばかりに、髪を下ろして試合に臨む場合もあるが、練習ではまずしない。つまりはとっても邪魔だ。
「切ろうかなー。水泳の時大変なんだよね」
「だめ!そのくらいなら水泳なんか出るな!」
「淳の髪の毛じゃないじゃない」
「半分くらいおれのだ。」
「じゃ残り半分切っていい?」
「そうすると、ユカの分はなくなるんだよ。いいの?」
う〜ん。と考え込む。自分の分の髪の毛がなくなるって…何?別に困らない気もするけど、イメージ的に嫌だ。由利香は、その、自分の分の髪の毛がなくなるという、強烈なわけのわからないフレーズにとらわれて、『半分はおれの』というあきらかにありえない前提のことをきれいさっぱり忘れてしまった。
「そっかあ、なんかやだからやめる」
「そーそー。ユカはその方が絶対カワイイって。」
カワイイと言われて、この間の事を思い出してドキっとする。あの時はこんな言い方じゃなかった。時々思い出してはどんなつもりだったのか聞きたくなるけど、淳は全然覚えていないみたいだし、でも真剣に言うとも思いにくいしでも真面目だったしでもいう訳ないしでもでも、と思考はグルグル回りだす。で、結局聞かなかった事にしておこうと逃げてしまう。
「あー午後からおれ,乗から情報引き出さなきゃ」
「誕生日なら知ってるよ。10月17日てんびん座だよ」
「なんで知ってんの。」
「聞いたもん。初めて会ったときに聞かない?ふつう。星座きいたけど知らなかったから誕生日聞いたの」
「ふつー男はしらねーよ、自分の星座なんて。おれもしらねー(おうし座だよ。似合わないけど)」
「身長と体重なんて、めーこせんせーに聞けばわかるんじゃない」
なんだか由利香がノリノリだ。
「医務室なるべく行きたくねえ。なーんかあそこに行くとロクでもねー事が起こる気がする。それに、なんて聞くんだよ」
「私聞いてこよっか?本人に」
「なんて」
「え?ふつーに。ねー乗って背高いけど何センチって」
「…アイツ自分で知らねーんじゃねーの」
「そしたら、医務室で聞いていい?ってきいてみる」
確かに淳がいきなりきくより、不自然じゃないかもしれない。あまり他人の事に興味がない淳に対し、由利香はいろいろ首をつっこみたがる方だから。
「好きな食べ物とかどーすんだ?」
「えーじゃあご飯の時もしいたら、いつもいっしょに食べないけど何食べてんのって聞いてみる」
「おーナイスじゃん」
さすが女の子。こういう事には頭が働く。
「おれ、どうやって切り出すかずっと悩んでた、朝から」
実は、架空の新聞みたいなものを作るからその取材だと言ってインタビューしようかとまで考えていた。で、やっぱボツったという事にする。由利香に言うと笑われる。
「やっだーそこまで考えてたの?」
「問題は、めんどくさがりやのおれが、何故新聞なんて作る気になったかって点なんだよな」
「70点くらいか、その冗談」
と由利香は笑う。
「いや、マジだったんだけど」
「ますます変」
「あっそ。ユカ最近点数からいよな。昔は100点とかよくくれたじゃねーかよ」
「あの頃はコドモだったんだよねー。今は色々人生を知っちゃったからさー」
「今だってコドモじゃねーか。…あーでも問題は好みのタイプってやつね」
「それ、私も聞きにくい。ちょびっと興味あるけど」
「おれなんて、まーったく興味ねーし、聞きたくもねー。第一聞いたら返って来る返事が予想つく」
「え?何?」
「オマエはどうなんだ?」
「それもそっか。」
「シラフじゃきけねーよな。飲むかぁ」
「わーい、飲もう飲もうっ!」
と由利香がはしゃぐ。ちゅーがくせーのクセに…。誰だ教えたの
「ユカはだめ!」
「なんでよー」
「ナオでは15才以下は飲酒禁止なの知らねーの」
また、適当な状況設定を作ると、
「淳去年飲んでたよ」
と返される。
「去年は14才以下だったの!」
「その前も」
「13才以下だったんだって」
「その前」
「12才以下」
「ありえなーい」
「設定に無理があったか。ちっ」
「と、に、か、く、私も行くね。飲んでも飲まなくても。だって淳時々記憶飛んじゃうでしょ、飲むと。私がついてないとさー。」
「はいはい。じゃ今度の土曜な」
「うっわーい、たーのしみー♪」
「だからーっ!おまえは飲むなっつてんだろ!」
****************
その夜、温の部屋。由利香に無理やりつれて来られた淳は、なるべく話を振られないように、目立たないように部屋の隅の床の上に座り込んでいる。由利香と温は並んでベッドに座って、由利香はメモを出して、調べてきた情報を披露する。
「調べたよ温ちゃん。身長186cm体重は変動あるけど今は65`くらいだって」
「きゃああん、スマート。」
「好きな食べ物は、別にないって。朝食兼昼食は夏帆さんが作ってくれてるみたいで、本人は何食べてるか意識しないで食べてるみたい。」
「ご飯作ってあげたいっ!で、温は料理が上手だね、やだ、あなたのためよとか。きゃぁぁぁぁっ」
淳はとっても珍しいものでも見ているような顔で、目を見開いて温を『観察』している。女の子って…すげー
「えっとーそれから誕生日は10月17日」
由利香が言いかけると
「あー、やっぱりてんびん座っ!そうだと思ったのよ!」
と温
「なんで?」
由利香が不思議そうに聞き返すと
「てんびん座はねっ美形の星座なのっ。やっぱりあの美しさはタダモノじゃないと思っていたわっ。全ては生まれながらの星の運命だったのね」
と一人で盛りあがっている。
「そんなきれいかなあ」
と由利香が思わず口にすると
「ユカはっ!おミズといつもいっしょにいるから、キレイの基準がずれちゃってるのよ!違う美しさがあるでしょ!なんて言うの…大人の色気…」
「悪かったよ、ガキで」
淳が思わず口をはさむと
「いいのよ、おミズはおミズで、少年っぽい、男も女も迷わす色香があるとは思うけど。彼の場合はなんて言うか、こうもっと深い深遠な美しさというか…」
「どうせおれは底が浅いよ」
「ユカ、おミズなんか拗ねてるよ。ま、いっかあ。」
淳は口を出した事を後悔し、もう黙っていようと心に決めた。
温はさらに続ける
「彼の場合はあの、全てを悟ったような深い瞳の色、あれよね、あれ。何もかも包み込むような暖かい慈愛に満ちた…」
「温ちゃん、別の人の事言ってない?乗のこと…だよねえ」
由利香はますます不思議そうに言うと
「ユカ!どうしてそんなに気安く汀さんの事、名前で呼べるのっ!前から思ってたんだけど」
と関係ない問いが返って来る。もう完全に自分のペースでしか物事考えてない。
「え?でも私、基本は『名前呼び』だし。ニックネームある場合は別だけど」
「じゃ、どうしておミズは『淳』なの?」
「え?えと、その二人を同列に並べられても…いや淳は、愛称付く前に淳で呼び慣れちゃったから」
「だって、武のことは、タケちゃんとか呼んでるじゃない」
「あれ、そう言えば…。」
自分で意識して呼び分けているわけじゃないから、聞かれてもよく分からない
「だって、淳は淳だもん」
と言うのが精一杯だ
「おミズはどう思ってんの!?」
といきなりフられる。黙っていようと思ってたのに。
「え?おれ?何が?」
「ユカだけ呼び方違うって事に関して」
「乗も淳って呼ぶけど。あと尚」
「おとこは何でもいいのっ!」
「いや別に、なんでも呼びたいように呼べばいいんじゃねーの?」
「おミズっ!」
「はいっ!」
「いい加減すぎ!ポリシーないのっ!?」
「ねえよ」
「あのね、名前の呼び方って大事だと思わない?最初は苗字でさん付けで呼び合っていた二人が、親しさを増していくうちに、呼び捨てになったり、名前呼びになったり」、
「おれ、最初から呼び捨てだな」
「私、名前呼び」
「もうっ!あなたたち二人は例外!そのうち二人だけにしか分からない愛称でよびあったりするようになるのよね。あ、もしかしてあなたたち、もうやってんじゃないの!ゆーりん、じゅんじゅんっとか」
それを聞いて、一瞬で淳の全身に寒気が走った、
「…鳥肌立った」
本当に腕全体にぶつぶつと鳥肌が立っている。
「あーっもうっ。しょーもねー事言うなよっ!」
言いながら、必死で両腕をこする。
「温ちゃん、私と淳は、そーゆーんじゃないから」
「そおおお?ま、いっかあ」
言うこと言ったら気が済んだらしい。
「あーいつになったら、私のこと名前で呼んでくれるのかなあ。『温』とか…。きゃあああああっ!恥ずかしいぃぃぃっ!」
と言いながら両手で顔を覆う。淳はまだ両腕をこすりながら、また珍獣を見る目つきになった。女の子って…おもしれー…
「あとねー好きな色は、黒とシルバーね。あ、でも本当に好きかはわかんない。持ち物がその系統の色が多いからそうかなって。それから趣味はギターで、4丁目のYesterdayってライブハウスで時々弾いてるらしいけど、最近大会準備にかかりっきりで行けないからストレスたまり気味…と」
「あああ…可哀相に、私たちのせいなのね」
温は両手の指が真っ白になるほど強く力を込めて組み、つぶやく。目が涙ぐんでいる
「私が、癒してあげたいわ…。君を見てるだけで心が安らぐよ…いいの、私はあなたのためならなんでもできるわ…ありがとう、温…あいしてるよ…わたしもよ…とかっ!とかっ!!とかっ!!!」
淳の口がポカンとした形で開く。う〜ん…女の子って……やっぱわかんねーや
「ユカ、女の子って、みんなこーなんの?恋とかすると。おれの周りにはいなかった」
「多分、違うとは思うけど。少なくとも私はなんないと思う」
「頼むから、なるなよ」
「うん気をつける。」
****************
「なんか、ある意味カンドーしたよ、おれ、」
温の部屋を出てから、淳は妙にしみじみ言う。由利香も
「うーん、ちょっとうらやましいかもな、温ちゃん。あんなに乗の事好きなんだ」
「だよなー」
「しあわせだよね」
「あのさ、ユカ、さっきおれ、あーゆー風にはなるなって言ったけど、もしなったら、おれ聞いてやるからさ。温ちゃんでかなり慣れたから、多分。とことん付き合ってやれるよ」
「あはは。あそこまでは、なれない気がするけどなあ。でも覚えとく。淳ってば、ほんとにたまーに優しいよね」
「十分優しいじゃねえか。なんでこんな遅くまで、温ちゃんのノロケ話聞いてんだよな、二人して。」
「ははは、ほんとだね。」