1.7. when She Changes into the Swimwear. 〜part1
9月に入ると、今年度の大会参加者、及び参加種目を本部に申し込むのと同時に一覧が入り口の掲示板に張り出された。もうここまで来ると、逃げも隠れもできない。腹をくくって頑張るしかない
麻月 由宇也 高飛び込み、フェンシング、ライフル、ラクロス
川上 武 水泳(個人メドレー、バタフライ)、アメフト、陸上(砲丸投げ)、ラクロス
山崎 由利香 テニス(シングル)、高飛び込み、陸上(10000m)、ラクロス
水木 淳 トライアスロン、ラクロス
水木 尚 トライアスロン、ラクロス
峰岡 純 水泳(個人メドレー、自由形)、ライフル、アメフト、ラクロス
曽根 歴史 板飛び込み、トランポリン、水泳(自由形)、ラクロス
天池 健範 レスリング(フリ―スタイル)、フェンシング、アメフト、ラクロス
桜 優子 板飛び込み、水泳(背泳ぎ)、ライフル、ラクロス
紫樫 温 トランポリン、水泳(自由形)、陸上(10000m)、ラクロス
親津 愛 トランポリン、水泳(個人メドレー)、陸上(ハイジャンプ)、ラクロス
工藤 千広 レスリング(フリースタイル)、アメフト、陸上(槍投げ)、ラクロス
小宮山 兼治 高飛び込み、トランポリン、水泳(平泳ぎ)、ラクロス
鳥海 花蘭 テニス(ダブルス)、高飛び込み、水泳(個人メドレー)、ラクロス
甲子 馨 テニス(ダブルス)、水泳(自由形)、陸上(走り幅跳び)、ラクロス
とりあえず、アメフトはほぼ投げた。Cクラス中心で、そこにBクラスとDクラスから数人が入る。
陸上系もとても少なく、リレーすらない。今年の大会はかなり変則的だ。参加種目が少なくてラクといえばラクなのだがラクロスがみんなの重くのしかかっている。
「ノリ、格闘系ばっかだね」
「ほっとけ」
「なんか、ぼく飛んでばっか」
表を見て、そんな会話を交わしたり
「あーほんとにやるんだトライアスロン」
「だな」
と涙ぐんだり(?)、まあ感想はそれぞれだ。
****************
次の日の朝のミーティングに、淳と尚はいなかった。そう言えばゆうべから二人とも姿が見えない。
「峰岡、知らないか?」
と、有矢氏に振られて、純は一瞬躊躇した。実は昨日の夕方淳から話は聞いている。ちょっと実際どんなもんだか試してくると言って、二人で房総半島に行ってしまった。みんなに言うと多分反対されるから。あらかじめコースを設定し、海岸で夜を明かして、夜明け前にスタートするつもりのはずだ。順調に行っていれば今ごろバイクに入っているはず?
純には言っていったが、あとは多分外出許可も取っていない。
実はと、説明すると、案の定
「ばかかあいつらは。サポートもつけないで無茶して。」
一週間くらい前に、ハーフのコースで車でサポートしながら練習した時はまあまあだった。相変わらず淳は泳ぐのは速くはないが、バイクはそこそこスピードもついてきた。ただしあの時は泳ぐのはプールだったし、その他も平坦な道だった。
今回のコースは外房泳いで、房総半島ぐるっとバイクで回って、千葉と東京の境目あたりのどこかの駅で自転車預けて、山手線の真ん中突っ切って走って戻ってくると言う、なんとも体力使いそうなコースだ。第一海はもうクラゲが出そうだ。
「何で止めなかったんだ、峰岡」
と言われても。何度も言ってるように、言って、はいと素直にいう事聞く相手じゃないし、まあ尚も一緒だったら、淳が一人よりはましかなとか思ってしまった。一応止めはしたんだけどね、一応。
「他のやつらも無茶はするなよ。慣れない競技が多いんだから気をつけないと怪我するぞ。今腕でも折ったら元も子もないんだからな。人数だってぎりぎりなんだから、みんな自分の代わりはいないって事十分自覚するように。それから、今日の夕方のミーティングでラクロスのポジション決めると汀が言ってたから、そのつもりで。そう言えば今日から各種目の勉強会するんだったな、今日誰だ発表」
「はい」
馨が手を挙げる。
せっかく新しい競技に触れるからという事で、今回の種目について各自調べて夕方のミーティング時に順番に発表する事になった。種目は重なっても構わないし、自分の出る種目でなくても構わないが、とにかく一点でも今まで出なかった新しい項目を付け加える事、と言うのが条件だ。という事は後になるほど大変になる。
「甲子は何についてだ?」
「ラクロスのポジショニングついて調べました。」
「そうか、最初で大変だけど頑張れよ。夏休み期間も終わって今日から通常の授業もあって大変だが、あと一ヶ月ちょっとだから気を抜かないように。」
****************
昼食時間ももう終わろうかという頃、二人はぼろぼろになって帰って来た。食堂にはもうほとんど人は残っていなくて、由利香が温の妄想話に付き合っているくらい。
「つっかれたぁぁぁ」
と言いながら、二人で同時に食堂のいすに倒れこむ。淳は肘と膝に怪我していて、尚は手の甲に切り傷を作っている。長時間日に当っていたので、剥き出しになった首から肩、背中にかけてが真っ赤に日に焼けてしまい、おまけに頬があきらかにげっそりこけている。過酷だ…。体重測ったら多分5kgは減っている。急いでダイエットしたいあなたにアイアンマンレースをどうぞ…って死んじゃうって。
「泳ぐのに2時間もかけんなよな」
「尚だって、タラタラ4時間もかかって走りやがって」
二人で足の引っ張り合いをしている。それぞれ遅い方のペースに合わせて来たらしいが、それにしても8時間近くかかっている。遅すぎる…。ちょっとコースがきつすぎたか?大体アイアンマンレースの優勝タイムは5,6時間といったところだ。
淳はそれでも疲労よりも食べる事への情熱が勝ったらしく、のろのろした足取りながらも配膳口に行くが、尚はぐったりテーブルに突っ伏したまま動けない。
「尚、大丈夫?」
由利香が心配して覗き込むと
「じゃない」
と言う返事。淳の方を横目で見て
「くっそー」
と毒づいている。自分が動けないのに、淳が動いているのが口惜しいらしい。しばらくして戻ってきた淳はさすがに定食はムリらしく、夏期限定そうめんなんかをお盆に載せている。
「尚も食う?」
と言う言葉に尚は弱弱しく首を横に振る。、
「化けもんだろてめえ」
と言われた淳は
「口惜しかったら食ってみろよ」
と返す。
期限定素麺は基本的には素麺と薬味とつゆだけで、オプションでてんぶらや揚げ玉、玉子がつけられる。淳が今食べているのは一番シンプルな基本型。多分いつもの彼なら2、3分で食べ終わるが、今日は箸がなかなか進まない。いや、不器用だから箸から素麺が逃げるだけじゃなくて。数本ずつ箸ですくってつゆにつけ、大して美味しくもなさそうに口に運んでいる。
それを目だけ上げて見て
「おまえだって大して食いたくなさそうじゃねえか」
と尚が負け惜しみを言う。
「あったりめーだろが。疲れてても食う練習してんだよ。おまえみてーに何回か吐いたからって食えなくなってたら、体もたねえ」「化けもん」
尚は繰り返して、ため息をついて顔を伏せる。
「ま、おれも最初フルマラソン走った時しばらくなんも食えなかったけどさ」
「くっそぉ」
尚は肩で息をしながら、勢いをつけて立ち上がった。ゆら〜っと揺れながら配膳口に行き、やはり素麺を取ってくる。淳の向かいに座り、淳を睨みつけながらやはりゆっくりと素麺を口に運ぶ。時々、うっとか口を押さえながら顔を歪めて必死に飲み込む。ほとんど拷問みたいだ。淳も表面は平気そうに見えるが、実は額に冷汗をかいている。そんな淳に由利香はつい
「ね、素麺おいしい?」
なんて馬鹿な事を聞いてしまう。聞いてから後悔した。どう考えても美味しそうには食べていない。でも淳は
「うん…結構。腹減ってるし」
なんて意地で答えてくる。
「な、尚」
「う…」
尚にそこまで余裕はなさそうだ。目が涙目になっているし。いつもから考えると気が遠くなりそうなほど時間をかけて食事を終える。どうやら胃に収まってくれたようだ。食べれば少しは体力も気力も回復する。放心したように天井を仰いでいる尚に
「吐くなよ、尚」
「…言うな」
自分も辛いはずなのだが、淳はけっこう楽しそうだ。
、天井を仰ぐ尚の視界が、いきなり乗の顔でふさがれる
「オマエら、勝手になにしてんだ。聞いたぞミネに」
「あ、怒ってる」
「当たり前だろうが。何のためにオレがメニュー作ってると思ってるんだ?あと一週間くらいしたら、きちんと強弱考えて設定したコースを車で伴走してテストしてみようと思ってたのに、全部予定狂わせやがって。この不良双生児」
尚の頭をゴンと拳で一発叩いて、隣に座る。
「で?どうだった、と言いたいところだが、見ればわかるな。悲惨そうだな。」
「最初だからこんなもんじゃねーの」
と淳が苦し紛れの言い訳をする
「どのくらいかかった?」
「8時間。2,2,4って感じ」
乗はじっと考え込む。このまえハーフでやってみたときの状況。コースのアップダウンの事。伴走もなく試走もしていないので、多分、道を確認しながら来ているから、その分のタイムロス。遠くまで言っているから手ぶらというわけにも行かないだろうから少しは持っていたであろう荷物の負担。それと多分遅い方にあわせているはずだし
「そんなもんか」
乗の言葉に、尚は体を起こし、淳と顔を見合わせる
「えっ…そうなんだ?」
「本番だと多分1割方タイム上がるし、そんなもんだろう。あとは淳が最初のスイムで大きく差をつけられないことだな。ビリでいいから、せめて見える範囲に前の奴がいればどうにかなるだろう」
水泳がビリと決め付けられても反論できない。
「そーなんだ。そーだってさ尚。やっぱおれたちってすげーじゃん。て〜んさい〜」
「調子に乗るな。このままちゃんとトレーニングすれば、そこそこモノになるかって言ってるだけだ。今のままじゃとんでもない。だいたいそんなにぼろぼろになったら、ビジュアル的に見苦しい」
「見掛けなんて、いーじゃん」
「ばかかオマエは。例えばなにかのトラブルでどっちかが失格みたいな話になった時、かわいいいたいけな女の子と、むさいおっさんのどっちの味方する、普通?見映えは大事なんだ。特に性格や物言いの可愛さで売れないオマエ等は、持って生まれたある意味の才能である見映えを生かすべきだ」
「…これって才能だったのか。っつーか、おれ達っていたいけな女の子か?」
それは多分違う。えーっと、主に『いたいけ』のところに問題が…。
「才能以外なんだ?努力して得たとでも言いたいか?違うだろう。」
はっきり言って全くもって努力はしていない。淳なんてどちらかといえば邪魔にしている部分もあるし。かといって別の顔に変えてやるといわれても多分断るんだろうけど。
それでも、乗にまあまあと言われてちょっとは気力も回復した感じだ。
それだけ言って、乗はさっさと行ってしまう。昼食時に掴まらなかったほかの連中をつかまえて、午後からのメニュー調整をするんだろう。本当に今回とっても熱心だ
「汀さん…」
その後姿を見送る温の目がハートになっている。
「いっやああああんっ!やっぱステキっ!」
「はいはい」
と受け流す由利香。
「……?…」
事情を知らない尚の頭に?マークが浮かぶ。淳に
「…なのか?」
と控えめに聞く。
「うん」
と頷くと
「へえええええっ!」
と珍しく大声で驚いた声を挙げる。挙げてから温をチラッと見て
「あ、ごめん」
ととりあえず謝る
「あーもういいよ、驚かれるの慣れたし」
温が乗の事を好きだと分かると大体の人が驚く。驚かなかったのは、今のところ由利香くらいだ。一番驚いていたのは多分、乗本人だと思うが。
温はまだ直接乗に好きだと告白はしていない。なんとなく時々ご飯作りに行ったりして、いっしょに車で戻って来たりしている。乗も知ってるのにポーカーフェイスでそれをこなしている。そして、多分夏帆さんは気がついていて、何気なく乗の好きな…違った『食べられる』ものを教えてくれたりしている。
なんだか、妙な関係だ。
****************
昼食はどうにか食べたものの、シャワーを浴びて着替えても、尚の体はどうにもちゃんと動こうとしない。諦めて、午後からは保健室へ直行。自分の部屋で寝ているとサボりだが、保健室で寝ていれば病欠だ。
「どうした、弟、珍しいな、サボり」
明子先生がふらふらと医務室に入って来た尚を見て笑って言う。
『弟』って尚としてはすごく嫌なはずなんだけど、なんだかこの人に言われると仕方がないという気がしてしまう。事実、弟なんだし、みたいな。
「ちょっと寝かせて下さい」
「どうした?」
「ぼろぼろで…」
「食事はしたか?」
「意地で…」
ベッドにもぐりこんだ尚に明子先生は、
「ちょっと寝るの待って欲しいな。私はこれから食事に行くんだけど、その間誰か来たら…」
と留守番を頼もうとしたが、ふと見るともう眠っている
「寝つきのいい兄弟だな、君たち」
ひとり言を言って仕方なく、食事中の札をかけて出かけることにした。
****************
夕方のミーティング馨が前でラクロスについて説明している
「女子のラクロスは、プレーヤーが横110m×縦60mのフィールドを駆け回りクロスを使ってボールをゴールまで運んで点を競い合います。試合時間は前半25分後半25分、ハーフタイム10分です。ポジションはゴールを守るゴーリー、ゴールに一番近いところで相手のシュートを妨げるポイント、ディフェンスに指示を出すカヴァーポイント、ボールをアタックにパスするつなぎの役目のサードマン、ディフェンスとアタックをつなぐ役目のセンター、主にアタックで時にはディフェンスの役目も果たすアタックウイング、ボールの流れをコントロールするサードホーム、アタックの要となるポイントゲッターのセコンド、ディフェンス中心で時にシュートもするディフェンスウィングがあり、各ポジションの配置はこの図のとおりです。」
とOHPの図を指す。
「これだけ人数がいると言う事はつまり、広いグラウンドを、いかに心を通じ合わせてパスをつなげるかにかかっています。パスが勝利への鍵となると思います。各ポジションの性格からして、アタックウィングは足も速く持久力のある人が望ましく、カヴァーポイントとセコンドはそれぞれディフェンスとアタックの中心となるので、冷静に的確な判断ができる人が望ましいと思われます」
馨はそこまで言ってOHPを変えた
「次に男子ラクロスについて説明しますフィールドの大きさは女子とだいたい一緒ですが、防具を付け、完全武装で望むところと、試合時間が20分×4なところ、人数が10人な事も異なります。動きも激しいので、メンバーチェンジをしょっちゅう行ないます。ポジションはオフェンスの専門アタックが3人、攻防に活躍するゲームメーカーであるミッドフィルダーが3人、防御の専門ディフェンスが3人、そしてゴーリーが1人で、ポジションはこの図の通りです」
と図を指す
「女子と比べるとかなりすっきりした感じになっていますが、それだけ各自の役割が広いと言う事で、特にミッドフィルダーは体力的負担が大きいので、持久力が重要となります。それとディフェンスは体を使って相手の攻撃を阻止するわけですからそれなりのパワーが必要と思われます。さらに男子ラクロスの場合シュートは時速160キロを超える場合もあり、その意味で最速のスポーツとも言われています。以上です」
馨は席に座った。有矢氏がすわったまま補足する。
「つまり、女子ラクロスは、スピード感あふれるちょっとおしゃれな感じのスポーツだが、男子ラクロスはほとんど格闘系のかなり危険なスポーツということだ。本番で何人か怪我人が出るのは、覚悟しているが、せめてそこまで無傷で行ってくれ。…ということを踏まえて、汀にポジション考えてもらっておいた。じゃ汀あとは頼んだ」
乗がOHPを取替える。表が映し出されると、えええっとか、げっとか、ラッキーとか言う声があがる。いったいどこのポジションがげげで、どこがラッキーなのかは各自の判断による。
「女子の方は、まあ問題ないと思う。ゴーリーが鳥海なのは、体も大きいし、全体をみまわして的確な指示ができると判断したためだ。やれるな」
「がんばるけど、わからないね。やったことないしね」
「それはみんな条件が同じだ。セコンドは親津、カヴァーポイントは桜、どちらもそれぞれディフェンスウィングの紫樫と、ポイントの甲子と上手く連携とって、頑張るように。で、ユカはアタックウィングだけど大丈夫だよな。スピードはとりあえずあるし、あとは体力だけど、まあ女子の場合男子よりは時間短いからどうにかなるだろう」
「あ、うん。だいじょうぶかな?わかんないや」
「問題は男子だよな。まあ淳のミッドフィルダーはいいとして、だな」
なんで、『いいとして』だよ、と突っ込みそうになったが、まあ一番勝手に動けそうだからいいかとも思う。体力はすごく使いそうだけど。
「ミネと尚、いっしょにミッドフィルダーやって、フォローしてやれ。まあ、ポジションはこの表通りでいいんだが、問題は交代要員だな。いくら体力あるって言ってもずっと出るのは不可能だから、うまくメンバー分けてコンスタントに力を分散させなくちゃいけない、これが面倒だな。」
人数20人は最低いるなとか、いっそゴーリーとミッドフィルダーだけABクラスで固めて、あとをCクラスでフォローする手もあるとか、色々意見が出る中、由利香は、アタックウィングってなんだっけと考えていた。やっぱり一度きいたくらいじゃなかなか頭には入らない。