1.7. when She Changes into the Swimwear. 〜part2
「だから、アタックウィングっつーのは、主に攻撃だけど、時に防御にも回るわけ。それだけ機動力ととっさの判断が必要って事だよな。動線も長いし多分女子で一番しんどいポジションだよ」 夕飯を食べながら、今一つポジションの役割がわかっていない由利香に淳が説明する。 「あーそっか。私でいいのかな、それより?」 「乗の判断だからいいんじゃねーの?」 「おミズ珍しくよく覚えてるよな」 前の席に相変わらず歴史とならんで座っている健範が口をはさむ。 「尚と二人で練習しばらくやらせてもらえなくて、本読んどけ状態で放っておかれたから、ルールブック熟読しちまった。」 「そう言えば尚は?さっきいた?」 「あれ?」 夕方のミーティングにいなかった。多分まだ寝てるんじゃないか、とか噂をしていると夕飯のお盆を持って現れた。やっと復活したらしい。歴史の隣に座るもののまだなんとなくぼーっとはしていて、その分いつもの様にキツイ感じは薄い 「まだ。眠い…」 なんて言いながら、夕食の肉じゃがをつつき始める。 「淳平気なのかよ?」 「へーきじゃねえけど、午後の練習は出た。ぐらぐらだったけど」 「やっぱ、化けもんだてめえ」 今日3回目の化け物発言。なんとなく『負けた』気がしているのがよっぽど口惜しいらしい。 「尚、ごはん食べられるようになったの?」 由利香が聞くと 「まあ。腹は減ってんだけど、なんか…収まりが…」 と返事が返ってくる。それを聞いて健範が 「へー尚、ユカにはちゃんと返事すんだ。おれになんてマトモに喋ったことねーじゃん」 と言うと、さすがにカンにさわったらしく、ジロっと睨む。 「あ、そだ、尚、ミッドフィルダーだとさ」 「何の話だよ」 「ラクロスのポジション。おれと一緒、うれしい?」 「嬉しくねえよ。またおまえのカバーさせられんのかよ」 あ、図星。 「しょうがないよね、おミズは周り固めて好きに動けないと実力発揮できないんだもんね」 歴史が鋭く指摘する。 尚はそれ以上言い返す気力もなく、慎重に夕飯を口に運ぶ。淳はそれをじっと見ていたが、しばらくして 「そんなキツかった?」 と言った。自分はガンガンご飯をかっこんで二杯目に入っている 「当たり前だろ」 「ふうん」 と言って考え込む。 ちなみに今日の夕飯。豆腐ステーキと肉じゃが、ほうれん草のお浸しに、千六本の大根と油揚げの味噌汁、もうワンセットは、ポークソテーグリーンサラダ添え、牡蠣のチャウダー、ミモザライスにフルーツ。 それに加えて、今日から大会まで、ダイエットメニューが加わる。脂を極力控え、白身の魚か鶏肉をメインとした料理に、塩分を控えた野菜たっぷりのスープか味噌汁、ご飯の量も調節できる。いつもはほとんどみんな食べたいだけ食べているが、体の線をキレイに出すために飛び込みや体操系に出る場合は、時にダイエットが必要になる。逆に淳や尚みたいにやたらエネルギー使うトレーニングをしている場合食べる量は増やさなくてはいけないが、これがまた結構大変。 「食わねーともたねーぞ」 「わーってるよ、だから食ってんだろ」 淳はしばらく尚が食べるのを見ていたがやがて何か思いついたらしく、ふいと立ち上がって配膳口の方に行ってしまった 「ねー尚、大変トライアスロン?」 淳といっしょに、頬杖ついて尚の食事を見守っていた由利香が、とってもシンプルな質問をする。 「大変じゃないって言ったらうそになるよな」 「でもきっとすっごーく体力つくよね」 「ま、ね。」 「う〜ん大変そう」 尚はもくもくと同じペースでほとんど義務のように食事を進める。これから大会がおわるまで、ずっとこんなかな、なんて暗い気分になりながら。それともちゃんと、食べられるようになるんだろうか。 4,5時間も過酷なレースを続けなくてはならないアイアンマンレースは途中で食べ物を補給しなくては、とてももたない。今日ぼろぼろになったのは、多分それが原因で、つまりはエネルギー切れだ。吐いてでも食わないともたないと淳が言うのは本当だ。多分淳はレースになったらそうする。こんな時、後先考えない淳のある意味タフさがうらやましい 小さく溜息をつく尚の目の前にいきなり小ぶりのおにぎりが山盛りになった皿が現れた。 「なんだ?これ?」 顔を上げると淳が立っている 「おまえさ、まだ食えねーだろ。これもってけよ。おばちゃんに作ってもらった」 「え?」 「今食えねーんだろ。尚午後から寝てたじゃん。体の機能が回復してねえんだよ。ちゃんと補給しねえと多分明日起きられねえから、持ってって夜中に腹減ったら食え」 尚は、淳とおにぎりの皿を見比べる。 「何?親切?」 そんな言葉が口から出てしまった。本当はありがとうと言うべき所なのは自分でも分かっている。でもそうそう素直な言葉は口から出てこない。 「悪ィかよ。」 ドンっと音を立てて淳は椅子に座る。こっちも素直に、はいそうですとは言わない。 「めーわくだったらいいよ。おれが食う」 「おまえ食いすぎ」 健範が呆れる。 「体重増やせとは言われてんだよな、有矢さんから。最低5`できれば10`。でもキツイ。食っても増えねーし」 「増えたの?」 「2`」 「尚は?」 「おれも3`増やせって言われてる」 「増えたの?」 「減った」 「うっわー」 長距離泳ぐから少し体重はあった方がいいのは理屈ではわかる。競技中に体重減るし。それに、筋肉ばっかりだと浮力もつかないから、一流の体操選手はかなづちだとも言う。そりゃ体操だけやってればいい人はそんな体になっても構わないだろうが、何種も競技をこなさなければいけないのがΦのつらいところだ。あまり特殊な体型になるのはまずい。 「でも多分今日で3`は減ってるよな。」 と淳は続ける。だめじゃん、1`減ってるし。 「どうやって当日まで痩せないかが鍵だよな。油断してるとどんどん体重減ってく」 …なんてうらやましい。 「ユカは、体重管理なんか言われてる?」 「べっつに〜。今回はメインはテニスって言われてるから。あとできれば10000mかなー。飛び込みは期待されてないんだ。蘭ちゃんのが期待の星だから」 「だから、もう少し痩せろっていわれたよ」 花蘭がダイエットメニューを持って現れた。 「蘭ちゃん十分スラっとしてるじゃない!」 「だーめだめ。お尻大きいっていわれたからね」 こういう事をさらっと言うのがこの人だ。で 「でかくねーじゃん」 と平気で言うのが淳だ。 「飛び込みの選手としてはだめみたいね。小枝のように細いのが理想ってことよ。」 「大変そおー」 身長も結構あり、手足も細い花蘭はモデル体型なのだが、確かに出るべきところは出ている。女の子としては理想かもしれないがそれはまた別の話だ。 「チルは?」 「ぼくは板飛び込みだからさー、また別。」 「トランポリン面白そうだよねー」 「見てる分には良いけど、やるとねー。方向感覚ぐちゃぐちゃになって、どっちが正面かわかんなくなる…」 「ノリのフェンシングっつーのも笑えるよなー」 「もう、すっげー大変。剣道ならずっとやってたけど。」 健範はフェンシングに苦労している。これも今回初めてだし、じゃあちょっとやってみようか?って感じのスポーツでもないから経験もないし。 「でもおミズと尚見てると、文句言ってられないって思うよねー」 「そーそー」 「え?そんなにおれたちって大変そう?」 うんうんとみんなうなづく。 基本は体力だけなのだが、準備まで一年とかあるならともかく、数ヶ月で完走できるようになるのはかなり大変そう。その上優勝しろとかプレッシャーかけられてるし。今日でとりあえず完走できそうな目安はついたが、しのぎを削るレースとなるとまた別で、駆け引きをする余裕がもてるかどうかも疑問だ。 「トライアスロンだけは絶対やりたくないなーって思ってた」 またみんな、うんうんと頷く。 「おれもやりたかねーよ別に」 尚は小声でそんな事を呟き 「でも、こいつ」 と、淳を指す 「楽しみ始めやがった」 指摘されて、淳はちょっとギクっとした顔になる。 「えっ?やっだなー尚くんたらー。おれだってやだよー」 「いーや、違う。おまえは楽しんでる」 「そーよねー。私もそう思う。」 由利香にまで言われた。実は走っていた時、かなりランナーズハイ状態になっていた事は事実だ。実際はそれ以上の高揚感で、あと20`くらいイケる…みたいな気分だった。走ってたら多分倒れていただろうけど。あれは、レース時の精神状態としてはどうなんだろう。体には明らかに負担がかかっているのに、それを無視していることにならないか? 「おミズがなんか考え込んでるぞ」 「尚…おれ、ヤバイかも、トライアスロンって」 「だよな」 「え?え?どーゆー事?」 歴史は二人を見比べる。 「すっごく向いてそうだけどな」 「向きすぎてんだよ」 「え、なにそれ?」 尚の言葉に歴史は首を傾げる。向き過ぎってどういうことだろう。楽しみすぎちゃうってこと? 「あまり、考えない方がいいよ。悩んだらきりなくなるよ」 花蘭が肩をすくめる。 その言葉にみんななんとなく頷く。本当だ。悩み出したらキリがない。なんでトライアスロンなんてあるんだ。なんでラクロスだ。なんでテニスは女子だけなんだ、なんでハワイなんかで… 「あああっ!!」 突然思い出したように花蘭が叫ぶ 「ハワイなのよねっ!!」 そう、今度の大会はハワイで行なわれる。常夏の島ハワイ。新婚旅行のメッカハワイ。一度は行きたいハワイ 「そーだけど」 怪訝そうに歴史は花蘭を見る。ハワイだから何なんだろう。 「水着っ!水着買わなきゃっ!」 「はあああ?」 男4人は唖然とする。 「あのねー、蘭ちゃん…」 淳は信じられないと言った口調になっている 「遊びに行くんじゃねーんだぞ、海で泳ぐ暇なんか…」 「水着かぁ」 由利香もそれを聞いて、たまには水着買うのもいいかもとその気になってきた。水着姿に自信はないけど。 花蘭はすっかり盛り上がっている。 「せっかくダイエットするのねっ!磨きあげたカラダ見せなきゃっ!」 だから、へーきでそういう事を言うなって。 「見せんなら、痩せる前の方がいいんじゃねーの、肉惑的で」 おまえも言うなっ、淳。 「好みの問題だろ」 ぼそっと呟くなっ、尚。 「新しい水着かあ、ね、蘭ちゃんいっしょに買いに行こ!」 さすがに水着は淳にいっしょに行ってとは頼まないらしい。言われたら、いいよとか言いそうだけどね。 「行こ行こ。みんな誘うよ。私声かけて来る」 盛り上がる女の子二人 「どーでもいいけどさ、早く買いにいかねーと店から消えるぜ。もう9月だし」 淳の言葉に、二人は顔を見合わせる。 「やだ、ほんとだよ、気が付かなかったね」 「明日行こう明日っ!」 「じゃ手分けして、皆に声かけようか」 「オッケー」 二人はタタタと食堂から走り出して行ってしまった。そりゃあまあ、明日は日曜だけど、ショッピングなんてしてる場合か? 「ユカ、蘭ちゃん、片付け」 「お願あああああいっ!」 メゾソプラノの花蘭とアルトの由利香の声がきれいにハモって返ってきた。 「ったく、しょーがねーな」 「ジャンケンしようジャンケン。負けた人片づけね」 「え?ジャンケン?ちょっと待て、おれはジャンケンは」 健範が慌てるが 「はーいジャンケン」 という歴史の声につられてついチョキを出してしまう。歴史と、淳と、尚はグー 「ぎえーっ、またチョキ出しちまったあああ」 チョキを出した自分の右手首を左手で握って口惜しがる。実は健範、急にジャンケンと言われると、とっさにチョキを出してしまう確率、97%。みんなそれを知っている。逆にジャンケンする中に健範がいると反射的にグーを出すみたいな。自分でもわかってはいるのだけどげに恐ろしきは、習慣ってやつだ。 「はーいノリ片づけねっ」 歴史は片付け易いように茶碗を重ね始めた。ご飯茶碗はご飯茶碗と、お椀はお椀と。お椀よりも大きいスープ皿を下に重ねて、皿は大きい順に重ねて。 「すげー、チル、主婦みてー」 淳は歴史のあまりの手際のよさに感心(か?)した声を出す。多分自分にはできない。重ねる手間をかけるくらいだったら、何度も往復して片付けるに違いない。 お盆一つにきれいに使った食器が重なり、思わず淳と健範が拍手する。 「じゃ、片付けるか」 諦めてお盆を持ち上げる。結構重い。 「ノリが一番力あるから、ちょうどいいよね」 「そーそー。ひ弱なおれじゃ持ち上げられねー」 「誰がひ弱だよ」 文句を言いながら下膳口にお盆を持って行くと、こっちは3人分の食器を片付けている純に会う 「…誰の?」 「愛と温ちゃん。ユカが来て水着の話したら盛り上がっていっしょに消えた」 女の子って…