1.7. when She Changes into the Swimwear. 〜part5

 
 
  
        
 結局洋服は10着近くあり、とっかえひっかえさせられたおかげで、解放されたのはもうすっかり夕方になってからだった。その間着換えの度に木実は部屋から出され、着換えが終わったと言っては部屋に入って一緒に写真を撮り、の繰り返し。よく文句を言わないものだと思う。 Φに戻る車の中で由利香がそんな事を言うと 「茉利衣様のわがままは今に始まったことじゃないからね。それに、彼女がいつも抱えているストレスを、あれで発散させてると思えば、可愛いものだよ。」 「ナッツって大人なんだ。でも、私はストレス解消のネタにされるのはいい迷惑」 「まあ、そう怒んないで。その服買うのに付き合わされた、僕の身にもなってみてくれない?」 「…ちょっとカワイソ。」 「ははは、だろ?」  笑う木実の横顔を見る。彼はどうも色々な国の血が混じっているらしく、国籍不明の容姿をしている。自分でも正確にはどんな血が入っているのか分からないらしい。濃い睫毛に縁取られた目の色も、軽くカールしている髪の色も、茶色といえば茶色なのだが、角度によって青みを帯びたり、緑っぽかったり、紫だったり、赤だったり。 「ナッツもさあ、私のことなんて構ってないで、かわいい女の子みつければ?けっこうもてるんでしょ」 「だって、僕は君の婚約者だからさ」 と言ってまた笑う。時々由利香は、付き合うよって言ったら、どんな顔するのかなと思う事がある。  それから、気になっていることはもう一つ。 「あのさ、ずっと思ってた事があるんだけど、聞いていい?」 「いいよ。僕で答えられることだったら」 「今は、Φと狽チて、冷戦状態じゃない?お互い相手の出方を見てるところだから、こんな事してるけど…」 「もし、冷戦じゃなくて実戦になったらって事?」 「うん、ナッツはどうするの?」 「それは、多分加わるよ。で、戦うよ、多分相手がユカでも」  木実は珍しくきっぱりとした口調で言った。 「そうなんだ…」 「ユカとは戦えないって言うと思った?悪いねそれほど甘く育てられてるわけじゃないからさ」 「私は…多分、攻撃できないよ、ナッツの事。知ってる人だから」 「嬉しいけど、それは、ユカたちがそういう訓練していないから。僕たちとは違う、でも」 「でも?」 「彼はきっとできるよ。彼はきっと必要だったら人も殺せる。何か守るためだったら、ためらわないで相手の心臓にナイフ突き立てられるよね」 「それって…淳のこと?」 「そう。だから、茉利衣様も彼が欲しいんだろうなあ」 「ふうん」   由利香は考え込んだ。  本当に淳にそんな事ができるんだろうか?それになんで木実はそういうふうに思うんだろう。  Φに着いて、門の前で 「僕は入れないから」 と言いながら、茉利衣が買ってくれた洋服と、由利香を残して木実は茉利衣のところに戻って行った。 「すごいですね、なんですか、それ?」  門番は服の箱の山を見て呆れた声を出す 「それに…」 と由利香を頭のてっぺんから足のつま先までじろじろ見回す。いつもはもっと控えめな人なんだけど、よっぽど… 「珍しい格好してますね」  由利香は最後に着せられた、白のワンピースのまま帰って来た。もとの服に着替えようかとも思ったけど、一刻も早くあの場を離れたかったのだ。  凝った模様の高級そうな綿レースのワンピースは、袖なしで、全体的にストンとしたシルエット。ほぼ膝がかくれるくらいの長さで、ミニが多い由利香にとってはこれだけでも珍しい。前身ごろは細かいタックが入っていて、一つ一つに細いレースが挟み込んである。胸元とウエスト部分には大きなリボン、裾も5段くらいタックが入ってもちろんレースが付いている。幸い最初に履いていったサンダルによく似合う。そこまではまだ由利香としてもぎりぎり許容範囲だが、髪をツインテールにさせられて、共布のレースの大きなリボンをつけられたのには参った。どうも茉利衣の趣味は、髪飾りまででワンセットらしい。             「運べますか?誰か呼びます?」 「ううん、いい。運べるから」  というか、あんまり今の格好で誰かに会いたくないし。  服の山を見て溜息が出る。ほとんどの服は多分2度と着ないし。できればこの場に置きっぱなしにしておきたいくらいだが、それもできないのが、由利香の貧乏性というか、なんと言うか。しかたなく、箱を大きい順に重ねて慎重に玄関に向かう。玄関までの距離がやたらと長い。  玄関入ってから階段上るのがまた大変。必死に居住区の4階まで上ると 「ユカぁぁっ、お帰り。まってたね」 と花蘭が抱きついてきた。がらがらと箱が崩れ落ちる。 「あーもう、蘭ちゃん、今日テンションヘンっ…って、マジでやってんの?」  花蘭は本当に買ってきたビキニで歩き回っていた。え〜っと、ここは家の中だから、違法じゃないよね?大丈夫だよね? 「ユカ〜お帰りっ!」  あっちの方から手を振っている温もビキニだ。あと、恥ずかしそうな馨と、けっこう平気そうな愛…。みんな何やってんだか 「お披露目してたの〜。やっぱ最初に同僚に見せなきゃとか思って」  なるべく人に会いくないと思っていたのに、全員ロビーに揃ってるし…。まあ花蘭のインパクト強すぎて、目立たないのはいいけど。花蘭は淳の目の前でポーズを付けながら 「ね、私色っぽいでしょ、おミズ」 「ま、蘭ちゃんだと思わなきゃ、そこそこかな」 「ねーおミズも、ビキニパンツ買ってさ、二人でナンパして歩こよ。」  それは多分すごく目立つとは思うけど。暑い日ざしの中で倒れる輩が、ガンガン出そう。 「おミズのビキニパンツ…って、それ、すごくねぇか」 「鼻血出そ…」 「千広っ!てっめえ何そーぞーしてんだよっ!ぶっ殺すぞ!」 「冗談、冗談」  ちょっとコワイ冗談だったりする。 「ったくもう、どいつも、こいつも人の事オモチャに…」 と言いかけて、こっそり部屋に入ろうとしている由利香に気づく 「ユカ、どーしたその服」 「え?え、あーもらった」 「もらったあ?」  立ち上がって、由利香の前に立ち、じろじろ見回す 「なっ何よっ」 「おれさぁ、服のことってよくわかんねーけど、これ、すごく高くねえ?」 …なんだ、値段のことか。ちょっとがっかり 「でさ、服はともかく」  手を伸ばして、髪のリボンを解く。 「これはない方がいいと思う」 また、みんなぎょっとして、見守るハメになる。 「おミズ、そういうのよせって言われたばっかだろ」 と純が言うのも無視して、もう片方も解きながら 「ほら、こっちのがいいじゃん」 「あ、ほんと、髪下ろした方がかわいいよ、ユカ」  温が顔をのぞき込む 「そ…そう?」 「うん、かわいいかわいい」  温はぐりぐりと由利香の頭をなでる 「水木っ!」 「あ、出た」  言わずと知れた由宇也にーちゃん。 「出たじゃねえだろっ!てめえ、いくら言ったらわかんだよっ!人前でべたべたすんじゃねえっ!」 「べたべたなんて、してねーじゃん。言われたとおり髪とか触ってねえし」 「同じだろうがぁっ!」 「じゃ今度から、人前じゃないところで」 「それは前聞いたぁぁぁぁっ!!」、   やれやれ、また始まったよと言った顔でみんな顔を見合わせる。淳もいいかげん止めりゃあいいのに。挑発しているのか無意識なのか(多分後者だ)。  言い合いを続ける二人を尻目に花蘭はいつの間にか由利香の荷物の箱を積み上げて 「あとはユカだけだねー」 といいながら、由利香の部屋に入りかける。 「温ちゃんユカ連れてきてね」 「え?何わたしだけって?」  温は由利香の手をひっぱって 「ユカも水着着なきゃ」 「えええっ?私いいよー」 「何言ってんのー」  3人が部屋に入りぱたんとドアが閉まり、がちゃと鍵のかかる音がする  部屋の中からは由利香の「やめてー」とか「きゃー」だか「ぎゃー」だかの悲鳴に混じって 「おとなしくしなね」 とか 「蘭ちゃん、そこ押さえて」 とかの声が聞こえて来る。 「何やってんだろーね」 歴史が呆れた声でドアの方を見る。 「ねーおミズ」 「だいたい、てめーシスコンなんじゃねーの」 「うるせぇ、妹大事にして何が悪ぃんだよ。」 「あ…まだやってたんだね…」 こっちにも呆れた顔を向ける。やがて部屋の中が静かになったと思ったら、ドアが空いた。 「おおっ!」 とどよめきが上がる。 「ねーっ可愛いでしょ」  温が由利香を前に押し出す。 「ユカ、かわいいじゃん」 「へー似合う、似合う」 というざわめきに、まだ言い争いをしていた、淳と由宇也が由利香の方を向く。  同時に二人の目が点になり、同時に二人の口から。 「うっわああっ!」 と叫びが上がった。由宇也はとっさに自分のシャツを脱いで、由利香に着せ掛け、淳は由利香の前に立ちはだかってみんなの視線から由利香を守ろうとしながら 「見るなっ!」 と、叫ぶ 「ゆーやはともかく…」  健範がとなりの歴史に小声で 「おミズ…わっかり易いやつ…」 「他の女の子の水着、無反応だったくせにねー」  と歴史も返す。 「おミズ失礼ね、私のビキニには、そこそことか言ってたくせに」 「そうよねー」  花蘭と温の抗議にも、逆上している淳は 「うっるせえ、うるせー。うっっるっせぇぇっ!!」 としか返せない。 肩で息をしながら、チラと由利香のほうを見、由宇也が上着を着せ掛けたのを見ると、大きく溜息をついて 「…由宇也…おまえと知り合って、2年と数ヶ月…。初めておまえに心から、ありがとうって言う気になった」 と言った。 「おれも、初めておまえの気持ちがちょっとだけわかった気がしたよ」  なんて由宇也もいいながら、二人で肩を叩き合う。なんか、ものすごく珍しい景色なんですけど… 「バカホゴ―ズだなおまえ等」  純が呆れる。 「なっによーもうっ!」  今度は由利香が切れた。 「ったくもうっ、ごちゃごちゃとっ!あたしが何着たっていいでしょっ!もう、みんなして、人の事着せ替え人形みたいにっ!そんなくらいなら、裸で歩いてやるっ!」  どうも、茉利衣にあれこれ着せられたストレスも一緒に発散させているらしい。言いながら由宇也が着せ掛けたシャツをバサッと脱いで、由宇也に投げつける。みんなが呆然と見守る中、更に宣言どおり、水着の肩ひもに自分で手をかけるのを 「うあ、落ち着けユカっ!」  淳が叫んで、部屋に引っ張り込む。  ばたんとドアが閉まり、あとはシーンと静寂が…  はっと気が付いたのは由宇也だった 「こら、水木っ!てめー!」  ドアを叩くが、応答はない 「ちっくしょうっっ!!!ぶっ殺してやるぅぅっ!」  ドアを叩きながらわめく由宇也に、歴史が一言 「短い友情だったねえ」 と呟き、うんうんとみんなが頷いた

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「あああー、びっくりした。心臓止まるかと思った」 「…ごめん」  由利香の部屋の中で、床に大の字になって寝転ぶ淳と。そばで膝をかかえて座る由利香。 「おまえ、やりすぎだよ。脱ぐなよ」 「いや…誰か止めてくれるかなあって」 「おれが止めなかったらどうする気だったんだよ」 「ねーっ」 「ねーっじゃねえよ…ったく。……ん?」 仰向けになった淳の視界の隅っこに、何かが引っかかった。起き上がってそれを確認する。色とりどりの箱の山。 「そーいや、あれ何?」 「洋服。茉利衣が買ってあった。」 「げ、全部?みんなさっきの感じ?」 由利香は淳の言葉に首を振る。 「あれは一番マトモ」 立ち上がって箱の中から服を出す。ペパーミントグリーンのサマーニットの上下。複雑な形の色とりどりの花のモチーフがついている。これにはつばの広い麦ワラ帽子がセットになっている。もちろんお花つき。 「こんなのとか、こんなの」 さっきの茉利衣と色違いのワンピースを出す。 「それ…なに?」  淳は気持ち悪いものでも見たような顔になる。 「だから、ワンピース」  由利香は自分の体にそのびらびらした布の固まりを当ててみせる。 「りっ理解できねー」 「うん、私にもどーゆー時着るのかわかんない」 「デートとかか?」 「淳はもし、デートの相手がこーゆーの着てきたらどうする?」 「とりあえず、物陰にかくれて様子見る」 「茉利衣はふつーに着てたよ。これのピンク」 「……、ま、個人の趣味だし、いーけどさ…ユカ、着たのか?それ…」 「着せられた」 「……想像できねー。夢に出そう…」 「ひどーい!」  由利香は服を淳に投げつけた。淳は服を受け止めてしげしげと見る。ワンピースってとこまでは理解できたけど、このひらひらはいったいどういう風にくっついてて、着たらどういう風になるのか全く想像がつかない。由利香は、こんなのもあるんだよーと一つ一つ箱から出して淳に披露するが、何がなにやらさっぱりわからない。特にピンクのふわふわドレスに至っては、もう笑うしかない状態だ。由利香も 「信じらんないよねー」 とか言いながら笑ってるし。 そんな事をしながら、ふと、気が付く 「何か着ろよユカ」 「え?あ?やだーっ!」  そこで、由利香もまだ自分が水着のままだったのに気が付いた。さすがにちょっと恥ずかしいかも…。いそいでクロゼットを開けて何か着る物をさがす。デニムの袖なしのワンピースが出てきて、いそいで羽織る。それを呆れた顔で見ながら 「やだとか言うならそんなカッコすんなよな」 と言う淳に 「ちょっと、見ないでよ!」 という言葉と一緒に、服の空き箱が飛んで来た。 「なんだよっ!見たっていいだろ、服着てるとこなんだから!脱いでんならともかく」 「着てるとこ見られるのも恥ずかしいの!」 「え?…そーなんだ」  反射的に由利香に背を向け、へえええ、着るとこも恥ずかしいのかと反芻する。そんなもんかあ?とりあえずインプット 「着たよー」  振り向くと、いつものよくある由利香の服装に、思わずほっとする  「やっぱ、ユカはそんなんでいいって」 「うん、そうだね。でさー、水着は?」 「水着ぃ?さっきの?」 「うん。買っちゃったから、着るよっ!」 「まあ、おれがとやかく、いう事じゃねーよな」 「とやかく、言ったらどうなるの?」 「腹出すな、色派手すぎ、光りすぎ、とか、まあいろいろ。でも、ま、似合ってたからしょーがねーか」 「え?え?似合ってた?」 「ま…あ、ね」 「ホント?ホントっ?」  由利香は身を乗り出して、満面の笑みを浮かべる。 「そんな、嬉しいかぁ?」 「うんっ!なんか、心配だったから。良かったぁ」 「おれが気に入らなくたって着るんだろ。いっしょじゃねえか」  首を傾げる淳に、由利香は笑って言う。 「いいよー分かんなくたって」 

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「…なんかばかばかしくなってきた」  コップをドアに当てて、中の様子を実況中継していた千広が、コップを投げ捨てた。半分くらいは聞こえていたみたいだ。 「あいつら、自分たちで自覚してねえだけで、すっげーラブラブじゃん」  みんな何となく顔を見合わせ、あ〜あ、なんて言いながらそれぞれの部屋に戻って行く。  後には、目を血走らせて中の様子を覗う由宇也とそれをにこにこ見守る優子が残された。 頑張れ由宇也。 ご愁傷様。
  
 

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