1.7. when She Changes into the Swimwear. 〜part4
「たっだいまー」
それから約30分後、由利香をのぞいた4人が帰って来た。
「楽しかった〜」
「あれ、ユカは?」
ロビーにいた歴史が不思議そうに聞く
「拉致された」
「拉致ぃ!?大変じゃない」
「ナッツに」
「なあんだ」
どうやら日常茶飯事らしい。
「飽きないねー敵さんも」
「一応おミズに言っておこうかな。後で怖いから」
と言っているところにランニング終えた淳が通りかかる
「買えたのかよ、着られるかどーかわかんねー水着」
「うっふふー楽しみ?ユカ可愛いわよー」
「あほか…え?ユカは?」
由利香がいないのに気が付く。
「連れてかれちゃった、ママのとこに」
「またかぁ?え…っと、半年ぶりか」
「おミズ心配じゃないの?ナッツと二人きりだよ車の中」
温がにやにやする。
「全然。ユカのが立場が圧倒的につえーもん」
確かにそんな感じだ。
****************
そしてその車の中。ふわふわの毛足の長いシートが落ち着かない。
「で、そろそろ決心してくれた?」
「何が」
「僕と付き合うの」
「ばか」
「ば…ばかはないでしょう、ばかは」
「5年以上も聞いてる気がする、それ。5年前って言ったら、私8才だよ。あ、ばかって言うよりロリか」
「ロリって…そんな言葉誰に教わったの」
「淳」
「あいつか。まったく…」
木実は苦虫をかみつぶした様な顔になる。
「だいたいさあ、ナッツってば、今何歳よ。23?24?私より、茉利衣(まりい)のが年近いじゃない」
「また自分のお母様を呼び捨てにする。僕は君と婚約してるんだよ、茉利衣様じゃなくて」
「婚約ねえ…」
そう、実は由利香の母親茉利衣は、5年前勝手に彼と由利香を婚約者に設定し、その時から木実は律儀に、付き合おうと言ってきている。何考えてんだといいたいところだが、案外本気なのかもしれない。やっぱりロリじゃん。
「とにかくねえ、僕は君とお付き合いしたいんだよ。そりゃね5年前は君も子供だったけど、今はお付き合いの意味くらいわかるでしょ。ちょっと真剣に考えてくれてもいいんじゃないかなあ」
意味がわかるからますます嫌なのかも。
「やだ」
「そんな身もフタもない言い方。誰か好きな人でもいるの?僕は君が誰かを好きでもいいよ。僕とつきあってくれれば」
「何それ。ね、自分が敵キャラなの知ってる?」
「君が狽ノきてくれれば敵じゃなくなるじゃない」
「却下」
「一人で来るのが嫌なら、君のお気に入りの水木とか連れてきてもいいよ。茉利衣様も彼の事気に入ってるし」
「じゃああと、ラヴちゃんと、ミネちゃんと、チルチルと、ノリと、尚と、タケちゃんと、温ちゃんと、蘭ちゃんと、かおちゃんと、ヒロと、兼ちゃんと、あと、ゆーやとゆっこと乗も行って良くて、拠点を今のΦの場所にして、茉利衣のいう事きかなくていいなら、ちょっと考える」
由利香に言われて、木実は頭の中でシュミレートしてみた。
「それじゃ、今と変わらないじゃない」
「うん」
実は茉利衣は狽ナ日本の『雇われボス』をしている。会うたびに狽ノいらっしゃいよと由利香に言い、だったら最初っからΦになんか預けなきゃよかったじゃん、だってあの時はわたしまだ狽フ人じゃなかったも〜ん、なんて会話をしている。
雇われと言う事は、つまりは、どこかに大ボスみたいなのがいると言う事だ。彼女はその指示を受け動いている。その代わりと言ってはなんだが、かなり贅沢三昧しているとの噂。指示にだけ従えばあとはかなり自由がきくので、たまに出てきて由利香に会いに来るというわけだ。それはいつでも自分の気の向いた時で、母親としての愛情がどうのこうのと言うより、単なる興味のように見える。
「第一、ナッツが私の事好きなんて思えないもん。婚約者にされたから、付き合おうなんて、動機不純すぎ。そーやって茉利衣に気に入られようとしてるのかも知れないけど。ほんとは茉利衣の事好きなんでしょ。」
「きっついなあ」
木実は苦笑した。
「でも、それは違ってる。僕が好きなのは、君だよ、由利香」
「由利香って呼ばないでっ!」
「え?」
木実は怪訝そうな顔になる。
「なんで?前は平気だったじゃない」
「え?あれ、なんでだろ」
「ま、いいや。とにかく僕の好きなのは君だから。間違えないでね。ユカちゃん」
車はあるホテルに着いた。由利香に会うとき彼女はいつも大手のホテルのスウィートをとる。今日もいつものように最上階のだだっぴろい部屋に、彼女はまるで恋人とのデートの待ち合わせのようにウキウキ待っていた。
「きゃあっ由利香ちゃん、相変わらずカワイイわねっ」
と、いきなり抱きついて来る。今年やっと30才になる彼女は見た目は20台前半にしか見えない。どう見ても由利香とはちょっと年の離れた姉妹だ。
「でも、相変わらず胸無いわね。誰に似たの?父親似かしら」
と、体を離して、しみじみと由利香を見る。茉利衣はいわゆるボンキュッボンのグラマータイプだ。
「ほっといてよっ!」
「それに、なぁにその地味なお洋服。信じらんなぁい」
由利香はデニムのミニスカートに白のフレンチスリーブのTシャツというシンプルな服装だ。襟元と袖口は細かい水玉のチロリアンテープでくるんであって、同じ柄の小さなリボンが裾に何箇所か付いている。細くてスラッとした足には白い革のサンダルを素足にはいている。
対して茉利衣はフリルとレースとリボンをふんだんに使った濃いピンク地にバラがたくさん描かれた派手なワンピース。髪はふわふわにカールさせて、同じ生地のリボンをつけている。
「お洋服買う余裕がないと思ってね、ほら」
彼女はそばに置いてあった箱から、自分と色違いのクリーム色地のワンピースを取り出した。
「用意しておいたのよ。きっと似合うから着てみて!」
「あっ…あたしがぁぁあっ!?ありえないー」
「何言ってんの、着替える着替える」
「じょーだんっ!なんでこんなリカちゃん人形みたいな服っ!?」
「由利香ちゃんは、お母様がせっかくめったに会えない可愛い娘のために買っておいたお洋服が着られないって言うのっ!?」
茉利衣は洋服を抱きしめて、泣き崩れる…真似をする。
「あああっ、そんな風に育てた覚えは…」
「育ててないじゃん、全然」
冷たく答える由利香。確かにそうだ。
「3才までは育てたわよっ!い…いっちばん大変な時なんだから」
「ホント〜?」
由利香は疑いの眼差しを向ける。この人が子育てをしたとはどうしても思えない。子育ては多かれ少なかれ、自分のやりたい事が犠牲になる。茉利衣を見ていると、誰かのために自分のやりたい事を少しでもガマンするとはどうしても思えないのだ。
「そ…育てたってばっ!寒い夜中に起きて、ミルクを替えて、おしめを与えて…」
「逆だよっ。それに私3月生まれだから、寒い夜中の時期には、そこそこ夜中にミルクは飲まなくなってると思う。」
「え?あ…あら…やあねえ。別にこれは、単なる言い間違いで、やってなかったって訳じゃ…」
明らかに狼狽している。
由利香は溜息をつく。5年前にいきなり会いたいと言われた時は戸惑った。そりゃ母親には会いたかった。と言うか会ってみたかった。その時は亜佐美が一緒に行ってくれた。やはり大手のホテルのスウィートだった。どう見ても20才そこそこにしか見えない母親にも戸惑ったが、狽ノいらっしゃいと勧められるのにも困った。そして、ついて来ていた木実を示されて、
「そうだわ、あなた達婚約しちゃいなさい。ね、16になったら結婚しちゃえばいいのよ。そうしたら、由利香ちゃんも来る気になるでしょう」
と無茶苦茶な事を言われた時は、ほとんど失神しそうだった。だいたい結婚の概念すらしっかりしていなかったのに。8才の女の子がどうしたら20才近い男を好きになれるっていうんだ。まあ、特殊なケースはあるだろうけど。
木実も戸惑っていたようだが、なんだかすんなりと
「わかりました」
と受け取っていて、この人、不気味と思ったものだった。だって、そう言われるまで、茉利衣の傍にいる木実のことは、年下の恋人かなとか思っていたのだ。
「もう、めんどくさいなあ、わかったよ着ればいいんでしょ」
「きゃあああん、ありがと」
茉利衣は由利香にもう一度抱きつくと、きっとした顔で木実を見て
「着替えるから、部屋出て」
と言った。木実は素直に従って廊下に出る。
日頃見た事もないようなデザインのワンピースは、あまりにもびらびらしていて、どこから手や頭を出せばいいのか見当もつかない。なんだか何枚もペチコートも付いているし。
「もう、あいかわらず不器用ねえ。」
茉利衣はやたらと嬉しそうに、由利香の着換えを手伝い始める
「あーやっぱり女の子っていいわねえ」
るんっとハートマークが付きそうな口調で茉利衣は、ワンピースの後ろのファスナーを閉める。
「リボンもつけましょ」
「げげ」
「もうっ、女の子が、げげじゃないでしょ。やあねえ口悪くなっちゃって。付き合ってるお友達がわるいんじゃないの?」
多分そうです。
そんな事を言いながらも楽しそうに由利香の頭にリボンを巻いて、髪をとかす。
「でっきあっがりぃぃぃっ!」
ドアを開けて、外で待っている木実を呼び込む
「見ってぇ、かわいいでしょ」
「そうですね」
「みんなでお写真撮りましょ、お写真」
由利香を真ん中に3人で並び、セルフタイマーで写真をとる
「いやぁぁぁ、由利香ちゃん、にっこりしてくれないと」
この状況でどうやってにっこりしょろっちゅーのよ、と心の中で毒づきながら、由利香は引きつった笑いを浮かべる
「ねねね、こっちも着てみない?」
今度は、ふわふわのベビーピンクのドレスと金色に光るティアラをどこからともなく出してくる
ふんわりとしたパフスリーブ、後ろに定番のおっきなリボンが付いている。裾にはお花がたくさん……。
由利香はドレスを見て絶句する。
間違っても自分じゃ選ばない、っつーか目にもとめない。多分結婚式のお色直しにさえも着ない。それ以前に、人の着る服として、認識できない。
「こ…これっ?これ着るの?」
「お母様がせっかくめったに会えない可愛い娘のために…」
「あーもうわかった、わかったあああっ!」
由利香はあと数時間彼女の着せ替え人形になる決心をした。だって…もしかして、あっちの方に積んである箱の山って…たぶんみんな洋服だよね…
コノ人ヘソ曲げられるとあとで面倒なのだ。この前は一週間くらい延々と無言電話がかかってきた。その前は毎日不幸の手紙が100通くらい届けられ、一ヶ月続いた。どちらもΦ日本支部の機能が完全に、麻痺してしまった。恐るべし煤Bなんかちょっと違うけど。実は木実がやらされていたのは、後で知った。少しだけ同情した。
「うふふ、やっぱりいいわあ女の子」
茉利衣は艶然と微笑むと、ふわふわピンクを取り上げた