1.8.The Days of the Meets. 〜part1

 
 
  
        
 ハワイはバカみたいに天気がよかった。青い空にぎらぎら光る太陽。行きかう人はみんなタンクトップか袖なし。あるいは、上半身裸か、ビキニのトップスといった具合。 まあ、たいてい天気が良くて青空なのがハワイだが、やっと涼しくなりかけた日本から来ると、また夏に戻されたみたいでげんなりする。 「我々の、前途を祝福するようだな」 と、気分を盛り上げようとする有矢氏を、淳が、ジロとにらんで 「天気は誰にだって共通だっての」 と返す。いつもより声のトーンが下がっている。シリアス顔で、少しも表情崩さずに睨まれると、モトがキレイなだけに、ある種、壮絶な凄みが出る。半径1m以内に近寄りたくない感じだ。先頭に立って歩いていた有矢氏も思わず足を止める。それを一瞥し、淳が大またで通り過ぎる。 「なあ、あいつなんで暗いんだ?」 「さあ」  確か飛行機に乗った時は普通だったけど、だんだん無口になって言った気もする。  健範と歴史が首をかしげていると 「あ、なんか、淳張り切ってる」  ぎょっとして二人は声のした方を見る。由利香が楽しそうにスキップしている。 「なんで、ユカ。おミズすっごく暗いよ」 「淳て、試合前テンション下がってる方が、試合に集中するし」  確かに試合前に一度落ちるところまで落ちると、試合中にどんどんテンションが上がり、実力以上の力が出たりする…けど 「でもさ、ユカ、おミズ明後日だよ1個目。2日間このまま?」 「きっつー」  明日はとりあえず開会式があり、その後いくつか試合はあるが、トライアスロンは明後日の早朝がスタートだ。  まる2日この調子でいられたら、周りが大変だ。  じゃなくたって、時差ボケと飛行機でよく眠れなかったため、当然のように乗も機嫌が悪い。  爆弾2つ抱え込んでいるみたいな状況で、どうやって自分の試合にむけて、ウォームアップしていく?  今も、二人で並んで一番前を黙々と歩いているが、背中から明らかに『てめーら、今話し掛けんじゃねえ』光線が出ている。 「気にしなきゃいいんだよー」 とか由利香は気楽に言ってるけどね。  宿舎に着いて部屋割り発表。基本的に、出場する競技を念頭においての二人部屋。淳は競技が同じなので尚と相部屋になる。尚は淳がいつもと違っていてもあまり気にしていないので、それも好都合。 部屋に着くと、淳は荷物を解きもしないでベッドの上に放り投げ、そのまま部屋を出ようとする。 「どこ行くんだ?同室にはちゃんと断れよ」  尚の言葉に 「サービスセンター」 とだけ言って手ぶらで部屋から出かける。返事が短い。いつもなら聞かないことまで喋るのに。 「何しに?」 「ちょっと」 「ミーティングまでには戻れよ」  サービスセンターは、全体をまとめるインフォメーションのコーナーで、大会運営やスケジュールなど分からない事はここで聞けば確認できる。各人の出場種目やデータがコンピュータ(まだパソコンにあらず。大型なので扱いはちょっと勉強が必要)で管理されていて、オペレーターに依頼すれば極秘事項以外は24時間体制で引き出してくれる。  サービスセンターはごった返していた。順番待ちの人たちが列をなしている。はっきり言って並ぶのは、すごく 苦手だ。淳はちょっと舌打ちして、とりあえずそこに積んであった分厚いパンフレットを手にとり、隅のソファに腰をおろした。  各種目の会場と時間、参加選手が一覧表になっていて、巻末には全員の名前が顔写真入りで乗っている。  パラパラとめくり、トライアスロンのところで止める。見知った名前が並んでいる。マラソンで何度もお会いした顔なじみのメンバーだ。多分向こうもそう思っているに違いない。 自分が出ないほかの競技も気になるが、雑念を振り払うように頭を一回振り、トライアスロンに集中する 『こいつ…前半飛ばす型だったよな。じゃ多分マラソンに入るまでには、ばててるか?こいつはどっちかと言うと水泳だよな。マラソンで抜かすの可能か?もしかしたらバイクで行けるか?』  それにしても、データが足りない。多分依頼すれば自分以外の選手のタイムとかも入手できるはず。ただしそれもどこまで信憑性があるかは、疑問だ。現に淳と尚が登録しているのも一ヶ月位前のデータだし。 『どう…するか…だよな』  マラソンだけの時はデータなんて気にしない。自分のタイムさえまともに測らない。毎日20`、30`と走っている体には大体のレース運びが染み付いている。だけど、4時間、5時間と走りつづけなくてはならないトライアスロンにとって、やはりある程度計算は必要だ。…と言っても多分本番になったら、無我夢中で突っ走るだけなんだろうけど。 「あっらーミッキー1号ひとりぃ?めっずらしい」  やたら陽気な声が淳に声をかける。目を上げるとアメリカカリフォルニア支部のキャロライン、通称キャリーが満面に笑みを浮かべている。金髪碧眼の彼女は、いかにも陽気なカリフォルニア娘と言った感じだ。どうも、Mizuki、のzuの部分が発音しにくいらしく、つまって短くなって、いつの間にかミッキーになってしまった。 彼女の出現で淳の頭の中は自然に英語モードに切り替わるが、ちょっと目だけ上げて、故意に日本語のまま 「うっせー」 とだけ言って、またパンフレットに目を落とす。  キャリーは隣に勢い良く腰かけて、淳の右腕を両手で抱え込む。 「あ、怒んないんだあっ、ミッキーって呼んでも。いつも、人を耳でか手袋ねずみみたいに呼ぶなとか、おれに赤いベストと燕尾服で踊れって言うのかとか怒るじゃなぁい?あれ、楽しみなのに」 「ばかか」 「もしかして、もうテンション調整中?ほーんとキャラ変わるよねー。まわりの人大変でしょお。ウチには逆にテンション上がっちゃって大変なヒトがいるけどさあ。」 と言いながらパンフレットをのぞき込む。 「トライアスロン出るんでしょ?ウチでも話題になってたよぉ。大丈夫?その細身の体で。あ、でも筋肉ついた、もしかして?さわり心地が違うわね」 と言いながら、肩のあたりをさすさす。淳もいい加減平気で人を触ったり、抱きついたりする方だが、会って2回目の時に、いきなり抱きつかれた時はちょっとビビった。ちなみに、決してカリフォルニアの人がみんなこうってわけではありません。あと、彼女も誰にでもすると言うわけでもなく、一応相手は選ぶらしい。  「ねえ、データ収集に来たんでしょ、ここにいる人みんなそうだろうけど。でもさ、情報として入ってるデータなんてあてになんないよね、きっと。みんな適当に申請してるに決まってるしさあ。もちろん本人に調子どう?って言ってもみんな絶好調だぜって答えるし。調子悪いなんて口にしたら、それだけで自分を追い込んじゃうものね」 「何が言いてえんだよ」  パンフレットから目を離して、自分の右腕に張り付いているキャリーを横目で睨む。キャリーは腕を放すどころか、ますます胸にぎゅっと抱え込みながら 「チームメートから聞き出すのが一番確実よね」 と言った。  そんな事できたら苦労しない、と言いかけた淳の言葉をさえぎって 「ちなみに、私は教えてあげる。ちょっと頭来ちゃってるのよね、今回の種目。ウチのチームも何人かは本部擁護派もいるけど、ほとんどは反本部派だからさぁ。今回完全に日本潰しでしょぉ。ウチはねもう今回勝負は投げた。本部が負ければいいのよ。トライアスロン、ミッキーズが一番勝てそうだから協力する。同じ考えの人たくさんいると思うよ」 「…ふぅん…」 「ただし、今晩デートしてね。」  なんとなく予想はしていた。会うたびにそんな事言ってるし。ちゃんと彼女にはステディなボーイフレンドがいるんだけどね ちなみに、さっき言ってたテンション上がりすぎちゃって迷惑なのが、彼女のボーイフレンド、レイことレイモンド。たしか彼もトライアスロンの選手としてエントリーされていたはず。 「いっしょにディナー食べてぇ、夜の公園散歩してぇ、お休みのキスしてくれたらね?」  公園なんてあるのか、この辺に。トレーニングのためのトラックやコートはあるけれど。 「飯くらいなら」 「えええ?キスは?」  キャリーは大げさに驚いてみせる。 「ま、その時の雰囲気で行けたら行こうっと。約束しておくのもヘンだものね。じゃ7時にここの前ね」  時間まで勝手の指定してから、ソファから立ち上がり軽く手を振って踊るような足取りで行ってしまう。  その後姿を見送りながら、 『デートと情報で取引か…』 ふとあることを思いついた 『試してみるか…』 と呟いて、出口に向かう。あまり気は進まないんだけど

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 ミーティングは5時から、有矢氏の部屋で行なわれた。ミーティングに使用するという事でスイート並みの広さがあるのだが、それでもA、B、Cクラス全員集るとかなりせまっ苦しい。  淳は疲れ果てて、ベッドの上で突っ伏している。 「水木、勝手に人のベッドで寝込むな。靴くらい脱げ」 と言う有矢氏の声も全く無視。 「大丈夫かよ」  純が靴を脱がせながら顔を覗き込むと、目だけ上げた 「これ、尚に」  また突っ伏して、手だけ純の方に差し出す。手には字を書きなぐったメモの束。 「なんだ、これ?」  もともと丁寧とは言い難い字が、急いで書いたらしくますます汚い。おまけに 「…英語じゃねえか」 返事がない。無意識だったらしいし。 「尚、ほら。なんだかくれるってさ」 「?」  尚は黙って受け取る。純も横からのぞき込む。人の名前がざっと20名程度書いてあって、その下に、スイム、バイク、ランのうち得意な種目。大体のベストタイム、ここ一週間ばかりの調子、人によってはクセや途中の休憩所に置く飲み物や食べ物まで書いてある。こんなの、絶対管理されているデータじゃない。純は唖然としながら 「どこで聞いてきたんだよ」  ベッドに寝転がったまま淳が平然と答える。 「チームメートに色仕掛け」 「げっ!おっまえなあっ!!」 「んだよ」  純を睨みながら、体を起こし、ベッドの上に座りなおす。いきなり、堰を切ったように喋りだす 「今回、おれは利用できるものは、なんでも利用するって決めた。ギブアンドテイクで、こっちの状況も教えてるし、平等だろ。みんな練習でぎりぎりの精神状態だから、ちょっと優しい言葉かけるとすぐ喋っちまう。こんなの除の口じゃねえか。」 「優しい言葉…ってっ!おまえの優しい言葉ってどんなんだよっ!」  誰かの突込みにも 「企業秘密」  と言いながら、今度はニヤっと笑う。 「…こえー…おミズの色仕掛けって…」  何人か顔色変わってる。 「なんか、骨の髄まで吸い取られる感じが…」 「必要なら」 「げげっ」  思わずほとんど全員が一歩引く。 「あーっもうっ!なんでおまえ今回そんなにイっちゃてんだよ!」 「なんか…だんだん本部に腹立ってきて。ぜってーぶっ潰す」  左手の拳を握りしめながら、どこか遠くを睨みつけている。  「…峰岡…」  有矢氏が純の肩をポンポンと叩く 「おまえ、止めろよ、水木が暴走しかけたら」  既に暴走気味のような感じだけれどね 「ぜっんぜん、これっぽっちも自信持てないですって。もう、こいつ試合出さなくていいから、どっかに監禁しておきません?」  気持ちはわかる 「絶対何かやりそうだな」  由宇也までも一歩引きながらため息をついている。淳は 「こっち、ユカ」  そんな周りの状況は全く無視して、何枚かの紙の束を、由利香に渡す。  彼女はすぐそばで、いつもと様子の違う淳を楽しそうにじーっと観察していた。 「テニスに出るってヤツが何人かいたから、聞いといた」 「わ、ありがとう。」 「ユカは、サービスのコントロールが悪いって言ったから。」   「ひっどーい。あーでもホントだから、仕方ないや。どうせすぐバレルもんね」 「すごいユカ、ふつーに会話してる」  歴史が感心して言った。 「さっすがー」

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 ミーティング後、再度出かけた淳が、部屋にもどって来たのは明け方になってからだった。 薄明かりの中でごそごそ寝る支度をしていると、尚が目を覚ました 「朝帰りかよ」 「サービスセンター行ってた」  さすがに夜中から夜明けにかけては空いていた。良い子のみんなは寝ている時間だ。  服を脱いでベッドにもぐりこむ。 「今から寝るつもりか?開会式どうすんだ」 「出ねえ」 「そんなにデータ集めてどうすんだ?らしくねえな」 「うっせー」 「ま、いいけど。」  尚は手を伸ばして、枕もとの時計を手に取る。4時半を差している。ゆうべ、ミーティングがあってから8時間以上、本当にずっと情報収集していたんだろうか?だとしたらクタクタの筈。  淳が体の向きを変えて、尚の方を向く気配がする。いきなり真剣な声で 「…尚…がんばろうな」  なんて言う。 「は?何言ってんのさ、当たり前だろ、ここまで来たら」 「途中で諦めんなよ、おれが追いつくまで待ってろよ。計算上ランの30`くらいでトップに追いつくはずだから。とにかくいい位置キープしとけよ」  急にいつもの淳の口調に戻った事に戸惑いながらも 「…オッケー…」 と答える。  「意地でもリタイアなんかすんな。おれが行くから。ぜってー追いつくから。」 「わかってるよ。急に熱いキャラになるなって。混乱する」 「すっげーしんどい、集中してんの…。息つまりそ」 いきなりの弱音に、表情を読もうとするが、見えない。  こいつはなんて答えて欲しがっているんだろうと一瞬考える。 同意して欲しいのか、無理するなって慰められたいのか、それとも… 「…自分で始めたんだろ。おれは、淳が愚痴こぼすの聞きたくねえからな」  淳の表情が緩む気配がした。 「尚って、ほんと、冷てぇ」  言葉ではそう言っているものの、口調は嬉しそうな感じだ。 この答えで良かったのか、と尚もほっとする。ここで中途半端に淳がめげ始めたら、多分自分も引きずられる。そして第一戦のトライアスロンでコケたら、そのあとに響く。 「いいから、寝ろよ。午後からコース回るぞ」 と言った尚の言葉にはもう返事がない。どうも、瞬時に眠りに入ったらしい。  ベッドから出て、そっと足音を忍ばせて、淳の眠っているベッドの傍に膝をつき、顔をのぞき込む。  誰かも言っていたけれど、眠っている時は本当に天使だ。睡眠時間が短い彼は、その分眠りが深いこともあり、何も不安のなさそうな、無防備な寝顔。自分も同じ顔なんだけど、こんな風には見えないだろうと思う。 『絶対追いつくからリタイアするな…か』  さっきの淳の言葉を反芻する。それはつまりは、尚がトップの集団に残っているのが前提の言葉だ。 『信頼されちまったよなぁ』  尚はそっとため息をついた
  
 

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