1.8.The Days of the Meets. 〜part2
「あれ、尚一人?おミズは?」
カフェテリア形式の食堂で尚が朝食をとっていると、歴史が声をかけてきた。いつものように健範がいっしょなのだが、いつもやっているように、サンプルの前でしゃがみこんで検討する事ができないので、ちょっと欲求不満気味
「寝てる」
「えええ〜?だっておミズ6時には目覚ますじゃない、どんな遅く寝ても」
「開会式出たくないんだろ、どうせ。あいつ苦手だもんなああいうの」
健範が口をはさむ。まあ所詮開会式は開会式。エライさんの話だとか、諸注意だとかそんなのがメインになる。
まあ、確かに出ていてあまり面白いものではないかもしれない。別に入場行進とかもないし。
「おれだって、出たかねえけどさ。めんどうくさいもんな」
「ぼくは出たいな。競技違う人とはなかなか会えないしさ、他の国の人たちに会ういい機会じゃない」
前向きな意見だ。
確かに『ほぼ』全員がそろうのは、開会式だけだ。人によっては自分の出番終わると帰ってしまったりするわけだし。
「始まったなって感じで、気が引き締まるよねー」
「そっかぁ?」
朝食の場には同じ部屋どうしいっしょに現れるので、いつもと違う組み合わせになってたりする。由宇也と純という日頃あんまり見ない組み合わせも現れて、いきなり。
「おれ、部屋代わって欲しい…」
と純がボヤく
「由宇也といっしょだと、作戦会議してて眠れねえ」
「ミネが始めたんだろ」
確かにゆうべ、ラクロスの事が気になってポジションあれでいいのかな、と言い出したのは純だった。ミッドフィルダーと言われても、実戦になったら、淳と尚のスピードに付いていく自信が全然ない。それだったら、スピードだけは純よりある、歴史の方がいいんじゃないかと持ちかけた。由宇也は歴史じゃ体力足りないし、淳が暴挙に出ようとしたとき(出るのが前提か?)止められないから無理だと返し、そこから話が始まってしまった。
「おれは、軽い気持ちで、言っただけなのに、こいつ紙まで出してきて、おれがベッド入っても、ずーーーーーっとブツブツ言ってんだぜ。普通起きるだろ」
でもって由宇也はO型の例に漏れず、寝つきが良い。喋るだけ喋るとさっさと眠ってしまうい、純が残される…というわけだ。
「眠い…」
テーブルに突っ伏すが、簡単には寝られない。どこでも瞬時に熟睡できる淳がうらやましい…ってあれ?とそこで淳がいないのに気が付く
「尚、おミズは?」
「寝てる」
尚は、歴史に聞かれた時と同じ答えを返す
「ずりぃ…おれが眠いのに…」
「そういう問題か?」
「おミズだったら由宇也と同じ部屋でも大丈夫だよな。むちゃくちゃ寝つきいいし」
「それ以前に、おミズは由宇也の作戦会議に付き合わないで、さっさと寝ちゃうと思うけど」
「だな」
「あいつと同部屋なんて冗談じゃねえ。おれはミネと一緒で全然困ってないから」
「おれがやだって言ってんだけど。」
「ミネ、誰といっしょならいいのさ?ラヴちゃん?」
「あーそうだなー…ってチルっ!」
「そういう組み合わせしないよね、日本支部。他の国、けっこうへーきでカップルで同じ部屋だよ」
「いや…チル、おれら余るぞ。空しくないのかよ」
なんて健範は情けない声を出すけど、余る人の方が多いよね、どう考えても。
「ぼく、ノリといっしょでいいもん」
「いや…そーじゃなくて」
「ま、別におれはいいけどさ優子といっしょでも」
由宇也の言葉に健範が大げさに反応する
「おおっ、爆弾発言」
「なんでだよ、部屋がいっしょなだけだろ?前同じ部屋で暮らしてたし」
「げ」
「前ってっ!?」
「あのね、言っとくけど、おれ達の付き合いって、おまえ等が考えてるのと多分違うぜ。幼馴染みだし、狽ノいた時からずっといっしょで、ほとんどきょうだいみたいに育ってるから」
「でも、由宇也、ゆっこの事好きでしょ?」
「…う…」
歴史のストレートな発言に思わず言葉に詰まる。
「始まりなんてどうでもいいじゃない。今はすっごいラブラブだよねえ…。ゆっこもさ、由宇也の事好きって言ってはばからないじゃない」
「違う、チル『愛してる』だろ」
「ああ、ゆっこはそうだねえ。とりあえずここの2カップルは確定だよね」
「うんうん」
そんな会話の中、尚は自分とは関係ないといった様子で黙々と食事を続ける。
そんな尚に、健範がいきなり会話を振る
「尚は?」
「え?」
「誰かいねえの、好きな子」
「ユカ」
「またそんな事言ってるー。冗談なんだろそれ」
「本気」
「怒んないの、由宇也、尚には」
「いや…なんか、こいつの方がマシな気も…」
気持ちはちょっとわかる
「それはいいとしてさ、尚、おまえらむちゃくちゃマークされてるから気をつけろ」
「?」
尚は一瞬だけ怪訝そうな目を由宇也に向けた。
「昨日代表者会議あっただろ。ほぼ全員に聞かれたぜ、調子どうだって。」
毎日試合終了後に、各チームの代表者が集って30分から一時間程度の打ち合わせが行われる。大した内容ではなく、まあ懇親を兼ねたものだ。夕べは初日だったので、ディナーを兼ねて結構長い時間行われていた。これで代表ってのも楽じゃない。
由宇也の言葉に、尚は食事の手を止めず
「淳だけだろ」
「違う違う。おまえら二人。尚のがスイムは強いだろ。ほぼ互角」
「互角じゃねえよ」
「たとえ今までそうだったとしても、試合はわからない。ここまで来たらあとは精神的な問題だろ。おミズが水泳苦手なのはみんな知ってるし、自転車乗れなかったのも有名だったけど、それでも優勝候補なんだよな。それはあいつが走るので負けるのが大っ嫌いで、なんとか喰らいついてくるはずだからだって」
「だよなー。あいつ、前に誰か走ってるの許せねえってよく言うもんな」
健範の言葉にみんなうなづく。
「30キロだって」
尚がつぶやく
「何が?」
「ランの30キロでトップに追い付くって言ってた。それまで待ってろって。」
「今回すげえ計算づくだな。」
由宇也はため息をつく。
「なんか取りつかれてるみたいで、怖いよなあ。ミネ、ちゃんと見張ってろよ」
「だから、なんでおれだよ。」
純はテーブルに突っ伏して、テーブルを拳でたたく。
「簡単に言うけど、あいつが何か決心して、それ止められると思って言ってんのか。おれは絶対自信ないからな。言っておくけど、おれは止められないぞ。」
「じゃ、せめて、見ててやれよ。おれが怖いのはさ、あいつ、なんか突っ走ったあとで落ち込んだりするだろ。それが怖いんだよ。おれは、おミズが落ち込んでんの見てるの堪えられない。あいつはクソ生意気で憎たらしい方が安心するんだよ」
「はあああ。荷が重い…」
純は一度上げかけた頭をまた倒す。今回の主な任務は淳のお守りか…楽しくなさそう…純だって出なくちゃならない試合は人一倍あるのに。『淳のお守り』を。種目の一つに数えてほしいくらいだ。そうしたら一位になれるかななどとボーっと考えてしまう。
「おっはよ〜、ボーイズ。よく寝られたああ?」
現れた花蘭の姿に一同絶句する。
現地のファッションにすっかり同化して、ビキニのトップスに白い綿のショートパンツを合わせている。
「…蘭ちゃん、やりすぎ」
「そおお?」
「私もさすがにやめろって言ったんだけどさ」
温が笑いながらやってくる。こっちはごく普通にブルー系のサンドレス。ただし肩ヒモが結んだリボンになっている。
「女の子ってさあ、なんでそういう不安定な服着るわけ?」
健範が不思議そうに肩のリボンを見て首を傾げる。
「それ、ほどくと脱げんだろ」
「やああだああ、ノリのエッチ!」
温は思いっきり健範の背中を叩く。健範は勢いでテーブルに勢いよく突っ伏して、ガンと額をぶつけた
「そんなあ、脱がされるの期待して着てるなんてええ」
「…言ってねえって」
健範はぶつけた額を撫でながら、顔を赤らめる。
「誰に脱がされんだよ」
呆れ顔になった由宇也に尚が平然と
「乗だろ」
と返す。
「お前もなあ…平気で言うよな」
「そっちが振ったんだろ」
「朝だよね。ねえ今、まだ朝だよね。時差ボケじゃないよねえ」
歴史が健範の腕をつかんで揺らす。訴えるような目で
「みんなちょっと変だってば」
「あー変だよなあ…おミズもいないのに、なんで話がこういう方向に行くんだ」
純が遠い眼をして言う。多分、『淳のお守り』で頭がいっぱいだ。
っていうか淳がいたら、変じゃないって事か、それは
「おっはよーみんななんで集ってるのー」
由利香と愛がいっしょにやってきた。
「セーフ」
と由宇也が小声でつぶやく。ああいう話、可愛い妹には聞かせたくないらしい。由利香は平気なんだけど。
「あ、でも淳いないや」
「寝てる」
「え、うっそ。あーでも今ふつーじゃないもんね、淳。」
「みんななんか変だけどね」
歴史が繰り返す。
「えーみんな淳みたいなのっ!?」
由利香の言葉にいっせいに
「まさかっ!」
と突っ込みが入る。あんなの何人もいたら大変だ。
****************
開会式は一応ほとんどが出席する。久しぶりに会う他国の友人たちに話も盛り上がる。
確かに、トライアスロンへの関心は高く、尚は淳のことも含めやたらと、調子を訊かれ、辟易気味だ。もともと淳のように誰とでも気楽に話せるタイプではない彼は、あまり良く知らない相手と話さなくてはいけないだけでも、かなりのプレッシャー。
その上
「ハーイ、ミッキー2号っ!」
とキャリーに抱きつかれるし
「キャリー、尚は、兄貴の方とは違ったタイプだから」
純が、固まった尚からキャリーを引き剥がそうとしながら言うと
「あっらーそうっ?ほんとーに?」
キャリーは、まだ首に両手を巻きつけながら、じっと尚の顔をのぞきこむ
「けっこう、似たとこあると思うんだけどな」
「そりゃ、一応双子だからね。はいはい、離れる離れる」
両手を掴んで引き剥がすと、今度は純に抱きついてくる。本当に相手を選んでいるのか?
「ねー、1号は?」
「って、おミズ?寝てる」
「あっらー。ゆうべ遅くまでがんばってたんだああっ」
キャリーはなんだか意味深な言葉を残し、ひらひらと自分たちのグループにもどって行った
「…あいつ…おミズ…いったい、何やってんだ」
由宇也がキャリーの後姿を見送りながらつぶやいた。声に不安感が色濃く出ている。
「ヤバイ事してねえよな、ミネ」
「おれに求めんなよ、同意を」
純は、また遠い眼になった。
****************
「心配してたぞ峰岡と麻月」
午後から、軽く走ってコースの下見をしながら、尚が言った。
「何を?」
と淳はとぼける。
心配されているのは分かっている。純には正直言って悪いとは思っている。いつもいつも淳が何かやると、何故かツケが回っていってしまうし。面白がっている時もあるけれど、今度ばかりは本気で迷惑かけるハメになるかもと、頭の片隅で考えてはいる。でも口には出さない、出せない。
「ま、峰岡はあきらめてるみたいだったけど」
「おれは、なんもしねーよ」
「どうだかな」
コースは起伏が多く、結構ハードそうだ。ランニングに関しては、もともと淳は普通の平坦なコースを走るよりも、クロスカントリーのような野山を走り回るようなコースの方が好きなので、あまり苦にはならない。コーナーも多ければ多いほど楽しいと考えるタイプだ。対してノーマルなタイプの尚は、平坦でまっすぐなコースの方が得意なタイプだけど、このところ淳とずっと練習をつんできたせいで、かなり変化のあるコースにも慣れてきた。
問題は多分バイク。ランニングのコースが起伏があるということは、バイクのコースだっておんなじだ。うまく行けばそれはそれで構わないけれど、慎重さにかける淳にはかなり危険かも知れない。怖いのはケガだ。レースの途中のケガのダメージは大きい。
「なあ、あれ、レースに出るやつだよな」
尚がやはり二人組みの大柄な選手をあごで示した。二人とも身長190センチははるかに超えていて、体つきもがっちりしている。175センチ足らずの淳や尚に比べると、大人と子供みたいだ。
「ドイツのやつらだ。あの金髪のほうのやつはスイムが得意で、タイムは全選手中3位、でもランが苦手でタイムは下から5位。もう一人はバイクが得意だけど慎重すぎてダウンには弱い。ランはそうでもねえ。二人とも暑さに弱い。どっちもたいしてマークする必要ねえな」
よどみなく答える淳を、尚は感心を通り越して呆れた顔で見つめる。こいつ人の顔覚えるの苦手とか日ごろ言ってるくせに、なんだこの記憶力。ちゃんとその気になれば覚えられるじゃないか。全部で50人はいるはずなのに
尚の視線に、まるで考えていることがわかるように淳は
「短期間なら、おれ記憶力はかなりいいみたいなんだよな。集中するとかなり頭に入る。全員覚えた。」
と続ける。
「名前は覚えてねえけど。」
つまりは完全にライバルたちを個人としてではなく、モノとして見ているってことだ。
いつもはこんな見方はしない。
「淳は時々努力家だからな」
「努力家か」
淳は苦笑する。
さらにもう一組、バイクに乗った男二人が追い越していく
「あいつらは、オーストラリアの二人。一人は身長193センチ体重98キロ。得意はバイク。スイムが苦手。重いけど結構身軽で多分ラクロスにも出て、ミッドフィルダー。もう一人は187センチ、75キロ。得意はラン。前マラソンに出てたらしい。覚えてねえけど、入賞したって。でもバイクが苦手で特にカーブに弱い。好きなものはパスタ。」
「へえ…」
さらに追い越して行った車を見送りながら
「あれは、イギリス。一人は身長は2メートル超えてて、奴としては3つの中ではスイムが得意だけど、全体としてのタイムはそうでもねえ。ただし3つともそこそこ上位にランクされてるから、逆に要注意かもしれねえな。もう一人も得意なのはスイム。タイムは一位だけど、バイクもランもそれほどのタイムじゃない。ただ、彼がペースを作りながらあのデカイヤツがついていったりできたら、ちょっと怖いかもしれねえ。でも目立つからマークはしやすい」
「…で?」
さらにもう一台追い越して行った車の乗客について、解説を始めようとしかけた淳を遮って
「おれたちは、どう見られてるんだ?」
と聞いてみる。
「おれは、得意はランだから、それまでに他のやつらがどれだけ引き離せるかって事。ただ、おれのバイクでの強引なレースの運び方が問題で、それがうまく行くか行かないかで、大きくコケるか優勝するかって思われてるらしい。尚は比較的オールラウンドだからそこそこのところに入ると思われてるけど、おれが追いつくか追いつかねえかで違うだろうって。」
「なるほど」
「当たらずと言えずも遠からず」
「…ってところだよな。お前はどう思ってる?」
「30キロで追いついて、35キロまでにはスパートかけて、ぜってー振り切る。体力残しとけ。で、1,2位」
「どっちが1位でどっちが2位だよ」
「今回に限り、どっちでも。」
いつもは、絶対誰かが自分より先にゴールするのは許さないといった態度なのだが、今回は要は日本支部として、1,2位をとれればかまわないという事らしい。
「ハーイ、ミッキーズ」
真っ赤な派手なスポーツカーが止まり、助手席からキャリーが顔を出した
「下見?乗ってかない?」
「よう」
運転席からは陽気な表情のレイが顔を出す
「乗ってけよ」
言いながら、後ろのドアを開ける。彼も明日レースに出るはずなのだが、自分で運転してコースを下見しているようだ。
「まさか、バイクの100キロ以上も全部走ってみるつもりじゃないだろう」
と言ってウインクする。淳と尚はちょっと顔を見合わせ、言葉に甘えることにした
車の中はクーラーで冷えていて、外の暑さからすると天国のよう…だけど
「クーラー消せよ」
窓を開けながら、淳が言う。
「体冷える」
確かに強い冷気は体に悪い。そういえば昨夜もクーラーは消して寝た。まあ二人とも寝付きはいいので寝られたけれど、普通だったら蒸し暑くて、とても寝られたものではない
「ああ、失礼」
レイはクーラーを切って窓を開ける。
「だから言ったでしょ。レース直前にクーラーつけると筋肉に良くないって。人の言うこと聞かないんだから。ちょっと言ってやってよ、ミッキーズ。ゆうべだって、あんなガンガン冷やしちゃってさ。」
「だって暑いじゃないか、クーラーかけなくちゃキスもできない」
「そんなもの何日かしなくたって、死にゃあしないわよ、ねえ」
ねえと言われても…
「なんて事言うんだよ、キャリー。君とキスもできない人生なんて、ぼくにとってはなんの意味もない。そのくらいなら、ぼくはトライアスロンなんて出ないよ。」
「ばかじゃねえの」
冷たく淳が言い放つ。キャリーも頷いて
「ばかよねえ。せっかく半年も、トライアスロンのためにトレーニング積んできたのに、キスの一つや二つでフイにするなんて大馬鹿ものよ、まったく」
「ちょっと待てよ、半年?」
キャリーの言葉を淳が聞きとがめる。尚も、え?という顔になる
「そうよ、大会の詳細が発表になったのがたしか4月の始めでしょ、それから半年」
「あの…クソヤロー」
淳が唇を噛み、押し殺した声でつぶやいた。尚が横目で淳を見る。握った両手の拳が震えている。
「どうしたの?」
キャリーがたずねるが、もう淳からの返事はない。
仕方なく尚が答える
「日本に連絡来たの、7月の末だった」
「え?」
「うそだろう!?」
キャリーとレイが同時に叫ぶ。
「って事は、2ヶ月くらい?たった2ヶ月でここまで…?」
「かなわねえな、おまえらには。バイク乗れなかったんだろ。よく優勝候補筆頭になってるよ。どんな練習してきたんだ」
ここ数週間は毎日朝3時起きで、フルでトライアスロンをこなしてきた。多いときは2倍3倍の距離。休みなしで12時間くらい泳いだり、夜明けから深夜まで走ったり。何度、二人まとめてぶっ倒れたか分からない。その合間を縫ってラクロスの練習もこなしてきた。9月に入ってからはもちろん休みなんてないし、食事の時間の他はほとんど自由な時間もなかった。
「まあ、疲れたけど、明日で終わりだから」
まだ口を聞こうとしない淳の代わりに尚が答える。
「まあなあ、やっとこれでキャリーとゆっくりデートできるよ。ね、キャリー」
「何言ってるの、まだ1種目でしょ。私はこれからだし。デートどころじゃないわよ。ねえっ」
「ゆうべミッキーとデートしてたじゃないか」
「やっだあ、ごはん食べただけよ。ね。」
キャリーは助手席から淳の方を振り向くが、淳は相変わらず返事はしない。
尚はつられて何気なく淳のほうを向き、ぎょっとした
「淳!ばか!」
あわてて淳の両手首を掴む。握った拳の指の爪が手のひらに食い込んで血がにじみ、噛んだ唇からも血が流れている。
「…いてえ…」
淳は我に返って自分の手の平を見る
「当たり前だよ。ったく、加減しろよ」
「あらら、きれいな顔が台無しよ、ミッキー」
キャリーはバッグからハンカチを取り出した。淳はそれを払いのけ、手の甲で唇をぬぐって、それをまたじっと見る。
キャリーが前に向き直ってレイに淳の様子を説明すると、レイは片方だけ肩をすくめ、
「手、怪我すると、バイクに響くぞ」
とだけ言った。キャリーはまた後ろを向き、視線を窓の外に移した淳を見ながら
「激しいわよねえ、やることが。大丈夫?あなたのお兄さん。」
と尚におおげさなため息をついてみせる。
「こっちが聞きたい」
尚はつぶやいた。