1.8.The Days of the Meets. 〜part12

 
 
   
 午後4時、表彰式兼、閉会式兼、フェアウェルパーティーが始まった。  きっちりメイクをすませた淳は、『隠し玉』なので、『コンテスト』までは欠席。いわゆる儀式が嫌いな本人にとってはある意味ラッキー。一人で置いておくと逃亡の恐れがあるので、ちゃんとこちらも正装した千広が付いている。  会長からのねぎらいの言葉の後、まだ決定していなかったトライアスロンの順位決定についての説明がなされる。 「ルール違反があったという事で、保留になっていましたが、審判団の討議の結果、やっと結論が出ました。選手の要望もあり、順位は、実際の順位をそのまま有効とします。」  おおーっと歓声が上がる。もっとも、1位でゴールした肝心の淳はいないけど 「ただし!」 という声にしーんと静まり返る。 「あくまでルール重視という事で、総合得点には加算しないこととします。つまりあくまで名誉としての順位であり、記録も参考記録として残す事とします」 「そう来やがったか」  乗が苦虫を噛み潰したような顔になる。 「2位だな」 「そうなのか?」  由宇也が頭の中で計算する。所詮、彼もO型。前もって色々なケースを予測していなかった。 「…ああ、本当だ。僅差だな」  「私が…優勝してれば…」  由利香が落ち込んで下を向く。 「いや、ユカだけじゃダメだ。女子のラクロス優勝してれば1位だったかもしれないけどな。あと、アメフトとかもう少し上の順位だったか、全体的に飛び込みがもう少し成績が良かったか、そうだな、ミネがメドレーで両方とも優勝できてたら、ボーナス点がついて1位になってたかな」 「悪かったな、おれのせいかよ」 「ミネとしては、800メドレーで優勝しただけでも十分だから、仕方ないだろ。これはあくまでたとえ話。団体競技は点が高いから、ラクロスも全試合で圧勝してたらどうなったかわからない。一番問題なのは、トライアスロンが点に入らなかったって事だ。つまり本部の陰謀のせいだ。誰のせいでもない」  前で会長が話し続けている。 「その結果、1位は本部、2位が日本支部…」  尚がムッとした表情で、列から外れようとした。 「どこ行くんだ?」  純が声をかける。 「淳と工藤に知らせてくる」 「あ、そうだな。おれも行くか?」 「いい」  尚は一人で淳と千広が待機している部屋に向かう。  ノックをすると千広が出る。 「どうした?」 「順位が出た。2位。トライアスロン、ノーカウント」 「なっにいいっ!」  淳が走り寄りかけて、ドレスの裾に足を絡め取られてすっ転んだ。まだ靴履いていないのに大丈夫か。 「いっでぇぇっ」 「あーあ、3回目」 「オンナってよくこんなもん着られるよな。」  日常的にロングドレスは着ていないと思う。女の子だってロングドレスにハイヒールはかなりきつい。  尚は部屋に入り、ドアを閉めた。 「トライアスロンの結果は、参考記録。一応順位としては残る。」 「ふうん」 「おミズ、床にあぐらかいて座るな…いや…横座りもなんか…」 「どーすりゃいいんだよっ!」 「いすに座っとけよ」  千広が腕を貸して、ソファに座らせる。尚がしげしげと淳を見る。 「しっかし…キレイだなおまえ」 「ばっかやろう、同じ顔だぞ、てめーと」 「…やっぱ、喋るな、淳」
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 尚は、そのまま会場には戻らず、純がイベントが始まると知らせにくるまでふてくされていた。 「尚がエスコートしても面白かったかもな」 「やなこった」 「靴大丈夫か、おミズ?」 「すっげー痛ぇ。足先潰れそう。これぜってー現代の纏足だって。オトコ社会がオンナの動きを制限するために…」 「だから、あんまり喋んなって」 「喋ってねえと、よけい痛ぇんだよっ!」  観客がいないところでは、冷や汗かきながら半ばびっこを引いて歩いていた淳だったが、会場に近づくと、とたんに背筋が伸び、足さばきがキレイになる。プロかっ!?  結局ネックレスの代わりに、黒のサテンのリボンを後ろで蝶結びにし、首のわきにバラの花をつけた。手首も同じリボンにバラの蕾を3つ。ブロンドのかつらをかぶせようという話もあったが、誰かが 「せっかくの首筋が(?)」 と言い出して却下。ビューラーも本人の強硬な反対に合い、メイクはマスカラとリップだけ。なのになぜ色っぽい。 「ヒトって着るもので変わるよなあ」  純が感嘆する。 「ほんっと、色っぽいよなおミズ…」 「えっ!えっ!ムラムラするっ?」 「ばか、しねえよ。殴るぞ」 「ちっ…つまんねーの。女装した甲斐があったかと思ったのに」  薄暗い舞台裏には出場者が続々と集りだした。看護婦あり、警察官あり、半分くらいはお笑いよりだ。  それをかき分けて、『実行委員長』ダニーがやってきた 「おー、やっぱ似合うぜ、可愛こちゃん。おれの見立てはさすがだな」  本人は錨がたくさん打ってある黒のレザーのショートパンツにベスト。ハードゲイ御用達の服装だ。少なくとも昨日のスコートよりはかなりマシ。平然と 「いやあ、おまえのドレス姿見たさに企画した甲斐があったよ」  なんてセリフを吐く。 「げっ!てめえどーかしてんじゃねーか。ナニ根拠に、おれが出てくるって決め付けやがんだよ」 「いいねえ、その気が強い感じ。ゾクゾクするよ。」 「…返事になってねえっつの」 「まあまあ。あとでいっしょに写真くらい撮ってくれよ」  笑いながら、出場者に声をかけつつ去って行く。 「おミズ、キョーレツなのに惚れられたな」 「熱出そう…」  それでも、髭がなくなったので、言い返せるようになっただけかなりマシだ。  悪いヤツじゃないし、イギリスに変な友達がいると思えば、面白いかも知れない。  会場はすでに立食パーティーが始まっていて、未成年者が半分以上という状況にも関わらず、ビールだのワインだのシャンパンだの、各種カクテルだの、いわゆるアルコール類が溢れ返っている。 「早く終わんねーかなー。酒飲みてえ。シャンパンー、ソルティドッグー、シャブリー」 「まあまあ、もう少しだから」  千広がなだめるが、淳は舞台袖から会場をのぞき、乗に飲ませてももったいねえだけだとか、尚は飲ませると危ねえのになどとチェックを入れている。多分自分が飲みたいだけだ。  いつもこいつの相手をしている純は大変だなとしみじみ思う。  出場者は次々とステージ上に並び、その度にわーっという歓声とか、きゃーっという悲鳴とか、うわっはっはーという笑い声とか、ばかやろーという怒声が上がる。恥をしのんで女装して、みんなの前で怒号を浴びせられては適わない。  最後、淳がステージに出ると、客席がシーンと静まり返った。 『え゛?なんだこの反応』  ヤバイかな?と思いながらも、ポーズを作って艶然と微笑む。 微笑んだまま、マイクに向かって一言。 「何か言えよてめーら」  ぷっとダニーが吹き出すのが分かった。  一瞬の後、悲鳴にも似た歓声が上がる。会場が割れんばかりの拍手に包まれる。 「…受けた…」 「どうして、おミズはウケを狙うかなあ…」  淳をエスコートしていた千広は呆れて会場を見回す。 「いや、つい」  ダニーがつかつかと歩みよって、跪く。淳の手をとって 「おめでとう、満場一致で優勝です」 「いや、誰にも聞いてねえだろ、それ」  いいのかよ、と抗議をしかけるが、会場からの歓声でかき消されてしまう。後ろに並んだ他の出場者もにこにこ拍手をしているところを見ると、いいのか?それで。 「賞品は、ダイヤの指輪と」 と、指にはめられる。さすがに左手薬指ではなく、右手の中指。かなり大きい石だが… 「いらねーよ、こんなん」 と、瞬時にはずし、 「好きなやつにやるよ」 と言って、会場の観客に向かって投げる。 きゃーっという歓声と共に、女の子達が群がる。 後で花蘭や温たちに、いらないなら、くれれば良かったのにと責められた。 とっておいて、売り払えば良かったと気がついたのも次の日だった。  ダニーは言葉を続ける。 「もう一つ、もっとも美しい女性には、もっとも強い男性をって事で、第一回トライアスロンの優勝者にキスの権利を…って、あれ…?」  「…おれじゃん」  どうやって、自分に自分でキスをする? 「ああ、しまった、忘れてた。可愛こちゃん、優勝者だったんだっけな。いや、まさかこんな華奢で可愛いのにそんなことしちまったなんて」 「るせー、悪かったな、いちいち可愛い言うな。」 「仕方ない、じゃあ2位になった…」 「いや、尚そーゆーキャラじゃねえし。…って、尚っ、いつの間にステージ上がってきてんだよ!」 「こういう展開になりそうな気がしたからな」 「尚っ!待てっ!おまえ酔ってるっ!目、据わってるぞ!誰だこいつに飲ませたのっ!」 「うるせえ。ぎゃあぎゃあ騒ぐんじゃねえ」 「うわ、待てっ!マジやばいって、尚。おふくろ泣くぞ」 「そんなもん、持ち出すんじゃねえよ」  尚は有無を言わさず、淳をグイっと抱き寄せると、唇を軽く合わせた。 その瞬間カメラのフラッシュが一斉に焚かれた。どこにそんなにたくさんのカメラが… 尚は自分の唇についた口紅を手の甲でぬぐうと、何事もなかったかの様にステージを降りて行く。  多分明日には今の写真が出回りまくる。 「…やっぱ…血が繋がってんだなあいつら」  健範が感じ入ったように言った。 「そういう問題じゃ…ないと思うよ、僕は…」  歴史は半ば怒ったような表情になっている。 「なんか、絵的にきれいだよねー」 思わず見とれる由利香。 「ユカっいいのっ、それでっ!?ミネちゃんもだめじゃない、尚に負けちゃ」  興奮する温に 「いや、もう、何がなんだか…」 と呆れる純。  淳は茫然自失状態から立ち直り、 「もう終わりだよな」 とダニーに確認してから、ハイヒールを脱いで、その場に投げ捨てたまま、ステージを降りてきた。  平然とグラスを傾けている尚を掴まえて 「てっめえなに考えてんだよ」 と詰め寄る。 「場、盛り上げただけだろ。淳いつもへーきでやってるじゃねえか」 「おまえとおれはマズイだろが。」 「変なトコ、良識人だよなー。あはは」 「笑い事じゃねえっ!」   ステージの上はいつの間にか今のセットは片付けられ、バンドが入って、ダンスタイムになった。  すかさずダニーが淳に近寄って来る 「踊っていただけますか?」 「ちょ…っ、おど…っって!、そんなもんできるかよ」 「チークタイムだから、ステップ踏めなくても平気だよ、可愛こちゃん。抱き合って揺れてりゃいいんだ」 「うわ、ぎゃ、やめろ、ばか。ミネー!助けてー」 「おれに振られてもなあ…」  結局最後の夜まで、純の悩みは尽きない。
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 そして迎えた最後の朝。  淳は目を覚ましたが、まだ頭に霞がかかったようだ。 それに何だか背中が痛い。床に直接寝ているような感触。  朝日が顔に当たって眩しい。もう一度目を閉じて、今の状況を把握しようとする。 『あれ…』  真横に伸ばした右手の手首あたりが重くて動かない。…何か乗ってる?  薄く目を開けて、右側を見る。手首の上に何か黒いものが…。黒くて温かくてサラサラした…髪? 『ええと?なんで髪の毛…?』  それがころんとひっくり返って、180度こっち向きに回転した。 『げっ!ユカ。な…なんでっ!』  目の前10センチくらいにある、それはまさに由利香の幸せそうな寝顔。 『ち…ちょっと待て…ま…まさか、おれ、なんもしてねえよな。覚えてねえっ!あああっもったいねえっ!…じゃなくってっ!落ち着けおれ。え…と…服は…着てるよな。くっそぉ!マジなんも記憶がねえっ!』  ひとつ深呼吸してもう一度目を閉じる。  …左側にも何か気配がする。恐る恐る目だけ左に向けると 『うえっ…チル…』  歴史がこれまた幸せそうに眠っている。 『3P?…ありえねええっ!』  コワイ考えを頭から振り払う。  右側に目を戻すと、ちょうど目を開けた由利香の視線とばったり合った。 あせっていろんな言い訳を頭に浮かべる。部屋のあっちとこっちにいたんだけど、寝てるうちに近づいたとか、いやあ縫いぐるみかと思ってとか、おれ昨夜オンナだったし…とか。どれも切れ味が今一つ。 …が、由利香はにっこり笑って 「おはよ、淳」 と言ってごくごく自然に起き上がる。 「あ…ああ、おは…」 『げ、声枯れてる』  声が出にくい。酒飲んで騒ぎすぎるとたまに…いや、よく、なる。 「あーやっぱり、声枯れちゃったんだ。だよねー」 「おれ、何した?ゆうべ」  出ずらい声で必死に聞く。喉が痛い。 「覚えてないんだー」  よく見ると、歴史の向こう側には健範がいるし、足元のほうには尚が転がっている。由利香のすぐ後ろにはベッドがあって、そこから垂れ下がっている手は…多分あの指の長さは花蘭だ。  どうやら単なるザコ寝らしい。 「ゆうべ、パーティー終わってから、みんなで飲もうって事になってここに来て、一人づつ撃沈してったんだよ。女の子達はみんなベッドに寝ちゃって、ベッドいっぱいになっちゃってさ。私、部屋に帰ろうかなって思ってたら、淳が、腕枕してやるから、ここで寝ちゃえって言ったから、そうしたの。淳の腕枕すっごい久しぶりだったよね。」  久しぶりって言うと、誤解を呼びそうだが、淳がΦに来たばっかりの、まだ由利香が本当に子供だったときの事だ。  多分、すごく酔っていたな、と自分で思う。 「もしかして、パーティーでやった事も忘れてる?やっぱり酔ってたんだ。ヘンだと思った」 「なんかやべえこと?」 「え?みんな面白がってたからいいんじゃないの?でも淳、思い出したら嫌かもよ。」 「そ…そうなのか?」 「だって、なんでそんなに声枯れてると思う?」  いつもの声が枯れるのとは、なんだか違う感じがする。とっても嫌ぁな予感がする。 「んー、うっるさいなー」  歴史が起き上がった。 「チル、おれゆうべ…」 「え?ああ。おミズあーゆー事もできるんだね。ほんと芸の幅が広いよね」 「ゲイ?」  それからも一人、また一人と目を覚まし、そのたびに淳は自分が何をしたのか聞こうとするのだが、にやにやするばかりで、はっきりとは答えてくれない。別に怒ったりはしていないところを見ると、暴れたり、誰かに迷惑かけたりしたのではないらしい。皆、なにか面白がっているように話をはぐらかす。  ただ純だけが 「まあ…おれ達には迷惑かかんなかったけど、ちょっと強引だったよなあ」 と言った。そして、 「ま、とにかく、二日酔いじゃないやつだけでも。朝食くいに行こうぜ」 と部屋のドアを開ける。  尚は明らかに潰れている。酔い始めたのも早かったし。  あと数人を残して、部屋を後にすると、またも淳はやたらと声をかけられる 「どうして、おまえはそうやっていちいち目立つ事するんだろうなあ」  何度目かの純の言葉を聞きながら、そんな事言っても覚えてないのにと思う。  謎は、キャリーの言葉で解けた。 「きゃあああっ、ミッキーかっこ良かったわよぉぉぉっ!っていうよりセクシー?」 とまたも抱きついてくる。 「キャリー、おれ何した?」 「えええっ覚えてないのお、そんな声枯れるまで歌っておいて」 「ウタ…??や…やっべえ…」 「ドレスのまま歌いまくるの、色っぽかったわよおお。どこで覚えたの?ああいう歌い方?ま、そんなのどうでもいいわっ!ミッキーったらほんっと芸達者ねーっ」  微かに思い出した。ステージでやっているバンドに 「へったくそ」 と暴言をはいたところまでは覚えている。  まわりから聞き出した事によると、そのままステージに上がりこみ、マイク奪って歌いまくったらしい。全然覚えてないけれど、観客のリクエストにまで答えて、2,30曲。そりゃ声も枯れる。 「ストッキング脱いで、客席に投げたりもしてたわよ。」 「わぎゃっ!」  酔うとどこまでもハメをはずす、自分の体質が恨めしい。  おまけにそれを誰が拾って行ったか…考えるのも恐ろしい。 「楽器も奪って弾いてたけど…」 「あああ…。世の中全てに、すみませんって謝りたい…」 「あっらーどうして?みんな楽しんでたからいいじゃない。レパートリー広いよね」 「3回聞くと歌詞まで覚えるから…ってそんな事どうでもいい」 「あははー。じゃねー。今度会うときまでにはもっと上手になっててね」  淳は真剣に、禁酒しようかと悩んだ。
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「へー乗は知ってたんだ、ずっるーい」  帰りの空港で、飛行機の待ち時間の間、由利香が乗の言葉に口をとがらした。 「だって、こいつYesterdayで時々歌ってたから」 「乗っ!てっめえ」 「歌うこと自体は好きなんだよな。ただそれを認めるのが嫌いなだけで」 「ふんっ」  淳はそっぽを向く。そこへ5人くらいの集団が通りかかり、淳に声をかける。 「よお、声枯れなかったか?」 「へっ?」  誰だっけ?覚えてるわけもない。 「先行ってて。すぐ行く」  しばらくたって、淳が追いかけてくる。なんだか複雑な表情をしている。  ちょっと振り返ってさっきの集団に手を振る。むこうも笑いながら手を振り返してくる。 「誰だった?」 「昨日のバンドの…。ご迷惑おかけしましたって謝った。そしたら、ヴォーカルは上手いし、ドラムスとベースもまあまあだけど、ギターは才能ないって言われた。ねーおれ、そんな、なんもかんも手、出してたの?」  みんなでうんうんと頷く。確かに端から楽器奪ってた。 「きっと練習すればもっと上手くなるから頑張れってはげまされた。おれ…なにしてんだか…自己嫌悪…」  みんななんとなく顔を見合わせて、くすくすと笑う。
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 こうして、約半月の大会は無事(?)幕を下ろした。  本部との確執を残したまま。  そしてそれは、この後もどんどん大きくなって行く。
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 後日、今回の大会の記念誌が送られてきた。表紙は淳と尚のキスシーンだった。  おまけに、『男を惑わす魔性のオトコ水木淳』という注釈付き…。  もちろん、全く記憶のない尚は数日口をきかなかった…。
  
 

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