1.9.She Starts Her Junior High Life. 〜part1

 
 
  
        
「初めまして、山崎由利香と言います。わからない事ばかりですが、よろしくお願いします」  さすがに、もの怖じしない由利香も転校初日はドキドキする。 ましてや、彼女にとっては初めての、本格的な学校生活。緊張しない方がおかしい。 『すごい、すごい、すっごおおおい。これみんな同じ年なのよねー。わあああ、同い年の人ってこんなにいるんだ』  いや、これどころじゃないくらい、とってもたくさんいると思うけど、世界には。  興味深げな、目、目、目。皆が由利香の一挙一動を見ている気がする。こそこそ隣と話している人、肘でつつき合ってくすくす笑う人、けっといった感じで斜めに構えて見ている人、にこにこ微笑みかけてくる人。 当たり前なんだけど、みんな制服で同じ服なのが不思議だ 「えっと、じゃあ山崎は、あそこの窓際の、空いてる席にとりあえず座って。」  担任の社会科担当の酒井先生は、由利香に真ん中辺の窓際の席を示した。 「隣の席の大田、山崎に教科書見せてやれ。」  大田真知子は由利香ににっこり笑いかけてきた。ちょっとぷっくりした、ごくごく平均的な女子中学生と言った感じだ。 「よろしく、私、大田真知子。」 「よろしく」  由利香は軽く頭を下げた。この子とは、うまくやっていけそう、そんな予感がした。

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 淳はものすごく不機嫌だった。  自分の知らない間に、由利香は中学への転入手続を済ませてしまっていた。淳が知ったのは前の晩、つまり昨夜の事。いきなり制服のセーラー服の襟をひらひらさせながら部屋にやってきて 「私、明日っから朝日中学通うね。」 と言った時は、絶対何かの冗談かと思った。  よりによって、いきなりのセーラー服はけっこうインパクトが強い。  純とか歴史とか、何人かが知っていたのも腹が立つ。思わず、やっぱり知らなかった由宇也をナオに誘って、延々二人で愚痴をこぼしていたら、余計気分が盛り下がるし。  大会終わったばっかりで、気分的にも一山超えた感じでとりあえずやる事がなくて、ちょっとテンションも下がっている。かと言って、落としてるレポート書く気にもなれない。 「ああ、もう。くそっ!」 食堂のイスを思いっきり蹴っても、当たり前だけど気分はよくならない。かわいそうなイスは、足が一本とれて、斜めに傾いてしまった。それをもう一度蹴って、それでも食器を片付けるため、下膳口に向かう。 …とりあえず、走ろう。走ったら少しは気分も良くなるかも知れない…と考えながら 「うっわー、むっちゃくちゃ、機嫌ワル」  千広が、イスを蹴りつける淳を見ながら、こっそり肩をすくめる。 「それにしても、なんで、ユカ今さら中学行く気になったんだろな?」 「おれが勧めたんだよ」  純が平然と言い放つ。そう言えばそうだった。 「ミネかよ。知らねぇぞ。おミズにバレたら」 「ま、しょうがねえか」  諦めたように言う純に 「相談させりゃ良かったのに。」 「それじゃ、意味ねぇんだよ」  純は、淳が下膳口に向かったのを見計らって、立ち上がった。放置したままで行ってしまったイスを片付けてやるつもりだ。そんな事つっこんだところで、またヘソ曲げるだけだし。 それに、ま、淳の気持ちも分かる。 「親離れの儀式なのよね」  愛がにこにこ口を出す。 「親離れ?」  千広は首を傾げて、淳の方を見る。イライラした様子で皿を片付けている。皿をへし折るか、叩き付けんばかりの勢いだ。どうにか皿は割れたりはしていないようだけど。 「ふぅん…親離れね…」  由宇也は由宇也で優子に向かって、ぶつぶつ文句を言っている 「兄貴のおれに、なんで相談がないんだ」 「それは…」  優子は優しく微笑んで、由宇也を見る 「あなたが反対するからでしょ」 「するとは、限らないだろ」 「するわ」  きっぱりと言い切る優子に、由宇也はがっくりと首をうなだれる。 「だよな」 「由宇也も、おミズも反対するに決まってるもの。ユカは一人でやってみたくなったんでしょ。あなたたち過保護だから」 「いっしょにするなよ」 「過保護って点ではいっしょよ。」 「…」  返す言葉がない。  由宇也は溜息をつき、由利香は今ごろなにをしてるんだろうと思いをめぐらした

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「山崎さん、いっしょにご飯食べよ」  真知子が声をかけてきた。もう一人、女の子がいっしょにいて、ちょっと営業用っぽいスマイルを浮かべている。 「ありがとう、え〜と、大田さん?」 「まっちでいいよ」  真知子は、机と椅子を動かして由利香の机とくっつけた。由利香が憧れていた、「机くっつけてお弁当」の図だ。出るか、隣のクラスのカッコいい男の子の話!?  もう一人の女の子は、三橋早苗、通称さなちゃんと言った。色が白くてにこにこしている。男の子が「女の子」と聞いて思い浮かべる女の子像の雰囲気がある。お弁当箱も小さくてかわいい。中身もカラフルだ。対して真知子のお弁当は体育会系らしく豪快だ。ご飯の上に一面に焼肉が乗っている。ちなみに由利香は初日なので購買の注文弁当。 「さなちゃんは、男子バレーのマネージャーしてるんだよ」 「そうなんだ」 と言ったものの、マネージャーがどんな仕事をするのか今一つわからない。 「で、私は女子バレー部なんだ。山崎さん部活どうするの?」 「う〜ん、どうしようかな。」  運動部はやめておいた方がいいかなと自己防衛本能が働く。 「山崎さん、美人で手足も体も細くて、か弱そうだもんね。運動部なんて無理だよね」  実はその細い体には、なかなか強靭なバネが隠れてるし、か細い足も腕も、力入れるとけっこう筋肉浮き出たりするけど。  その前に、ちょっと待った今美人って言ったよねっ!美人って。かわいいと言われた事はあっても、およそ、『美人』とか言われたことはない。もっとも、ずっとまわりが年上ばっかりだったから、しかたないか。でも…美人じゃないよな、と自分でツッこむ。 「文系だったら、ブラスバンドとか?あ、美術部とかかなあ。文芸部とかも似合いそう。あ、あと演劇部」 『うっわー』と由利香は心の中で叫んだ。『私ったらおとなしく見えてる!この線で行けるかっ!?でも、ブラスバンドってなんだろう…。あとブンゲイブって???文ゲイ部?』美術部と演劇部はかろうじてわかるケド。 「何か得意なものある?前、部活何やってたの?」 と聞かれて、困った。部活、部活どうしよう。準備不足だったな。 「あ、もしかして、体弱くて、部活できなかったとか…。」 「え?え〜と?」  あまりに突飛な話に、言葉が返せないでいると 「ええ、たしかにそういう事ってありますよね」 と早苗も口を揃える。言葉遣いがやたらと丁寧だ 「わたしのイトコも、中学の時体弱くて、帰宅部だったんです。でも高校入って絵に目覚めて美術部入ったら、これがすごくて芸大に合格したんですよ。それで今、絵を描きながら世界中飛び回っているんです」 「わあ、すごいね」 ゲイダイ?ゲイの行く大学かな?いや、それ自慢にならないし。っつうか、ゲイから離れろ。淳の教育のたまもの(?)で、ゲイなら知ってても、日本の芸術系の大学では最高峰の東京芸術大学を知らない由利香は、二人の会話が理解できない。 「だから、山崎さんも大丈夫ですよ。きっといつか丈夫になれます」 「うんうん」 「あ…ありがとう」  見かけとはうらはらに、Φの中で一番丈夫かもしれない由利香は、とりあえず話を合わせる。熱出した事もほとんどないし、お腹が痛くなった事すらあまりない。医務室に行くのは、ケガか遊びに行く時だけで、Φの女の子でトップの運動神経を誇る由利香は、いつのまにか、病弱で運動の苦手なおとなしい美少女という事になってしまった。 『淳が聞いたら、笑いすぎて、ひきつけそ』  なかなか中学生ライフってのも、一筋縄じゃいかないな、と、由利香は二人に気づかれないように、そっと小さく溜息をついた。

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 で、相変わらず不機嫌な淳だ。  全身から『おれは今すっげー気分悪ィんだよ』オーラを出しまくりながら、グラウンドを延々走っている。昼食直後から、もうかれこれ5時間は経つと思うのだが、誰も近づかない。グラウンドにすら誰も出てこない。  由利香が中学校行きたがるのは、わかる。ただ、自分が知らないうちに話が進んでいた事が気に食わない。それはつまり、頭から、反対すると思われているってことだ。いくら大会に集中してたとは言え、全然気がつかなかった自分にも腹が立つ。 「別に反対しねえっつの」 と呟いてみるが、本当かどうか自分でも確信は持てない。やっぱ、反対…したかも知れない、と思うとなんかますます怒りがこみ上げてくる。みんなで(?)ハメやがって… 「くっそーっ!」 と叫んで、その場に仰向けに大の字に倒れる。もうすぐ11月になるという季節の地面はひんやりと冷たい。ずっと走っていて、上がってしまった体温をどんどん奪って行く。空も青いし、口惜しいけど、気持ちいい。 気持ちいいなんて感じたくないのに。

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 放課後、由利香は早苗に付き合ってもらって、演劇部の部活を見に行った。演劇部では11月末の文化祭に向けて猛練習中だ。文化祭といえば、2年生が中心となって行なう最初の大きな行事なだけに、気合が入っている。今回はロミオとジュリエットをやるそうだ。みんなもうセリフは頭に入っているらしく、立ち稽古に入っている。 「ここだけの話なんですが」  早苗が小声で由利香に教えてくれた 「演劇部って大変だってウワサですよ、女の子の足の引っ張り合いで」  そういうのも経験した事がないので、ちょっと興味がある。知らないって恐ろしい。 「ほんっとにコワイそうですよ」 と言われても、へええと思うだけだ。バレエマンガでは靴に画鋲を入れられたりしてたけど、まさかねえ、あれはマンガだし。 「見学者?」  入り口近くに腕組して立っていた女の子が由利香に声をかけてきた。多分彼女が演出をしているのだろう。なかなか気の強そうな顔をしている。丸めた台本を神経質そうにぱたぱたと上下振りながら、じろりと由利香を見る。 「うちのクラスの、転校生なんです」 「ふうん」  彼女は今度は上から下まで、由利香をじろじろ眺め回す 『なによ感じわるーい』とは思ったものの、とりあえず 「こんにちは、見学させてくださいね」 と愛想よく頭を下げる。『知らない人にはとりあえず愛想良く』が由利香のモットー。誰に教わったわけでもないけど、今までこれで人生乗り切ってきた。 「いいけど、邪魔しないでよね」  彼女はプイっと由利香から目をそらし、 「そこっ!もっとゆっくり動いてっ!」 と演技に注文をつけ始めた。言われた女の子は 「え?でもさっきはもっと早くって」 と言い返すが 「さっきはさっき、今は今。」 と言われて、渋々やり直す。 「こわいね」  由利香はこっそりと早苗に言った 「そうでしょう。山崎さんみたいにおとなしい人には無理なんじゃないですか」 「裏方とかならできるかなぁ」 「裏方ですか?あまり楽しくなさそうですよね?」  こそこそ喋っていると 「ちょっと!うるさいわよっ!うるさくするなら出ていってよっ!」 と、演出の彼女に怒られる。二人は 「ごめんなさーい、ありがとうございましたー」 と言って、逃げるように演劇部の部屋を後にした。後ろで彼女がぶつぶつ言っているのが聞きえる。 「じゃあ次はブラスバンド部に行ってみます?」  ブラスバンド部は音楽室でごくごく普通に活動していた。 部長が親切に練習を説明してくれ、パートごとに上手な人が教えてくれるから安心よ、と優しく言われた。  美術部はあまり熱心に活動していなく、部員も全部で5人くらいで、それぞれが自由に来たい時に来てやっている感じだ。兼部している人も多いらしい。  文芸部は全体での活動らしき活動はなく、書いたものを持ち寄るだけ。文化祭に向けて作品集を作るので、印刷する時は集まるのだろうが。  科学部とか、茶道部とかも回ったけれど、どれも今一つ。  運動部もいちおう回った。でも当たり前だけどΦに比べると見劣りしてしまう。第一いまさらやりたいスポーツなんてないし。 「すぐ決めなくてもいいと思います。ただ、文化祭に参加したいんでしたら、早くした方がいいかも知れませんね」  早苗は親切にアドバイスしてくれる。 「そうね、ありがとう」 「うん、じゃ私はマネージャーの仕事あるので、行きますね。また明日、山崎さん」 「さよなら、また明日」

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「たっだいまあ、ね、淳、相談乗って!」 「…」 「あのさー部活なんだけど、どこに入ったらいいと思う?」 「…」 「やっぱ、運動系の方が無難かなあ。」  淳の片方の眉がぴくりと動いた。…がまだ、何も言わない。  由利香は気づかずに 「演劇部にコワイ人がいるんだけど、ちょっと興味あるんだよね。」  「…」  「ね、演劇部ってどうかな」 「あの…さ、ユカ」  やっと淳が口を開いた。食堂のテーブルに頬杖をついて、由利香を上目遣いでにらみつけている 「おれに、いう事ないの?」 「え?…あ」  淳に黙って中学行きを決めたのなんて、すっかり忘れていた。当然それで、淳がむくれているなんて、想像もついていない。答えがないのも気がつかなかったくらいだし。 「え…っとお…。ゴメンね」 「はあぁぁぁぁ〜あ」  淳はちょっと目を伏せて盛大に溜息をつき、再度由利香をにらみつけて 「ゴメンね?ゴメンねで済ますんだ、てめーは。」 と毒づく。 「いいよな。ゴメンですめば警察いらねえよな」 「警察呼ぶような事じゃないじゃない」 「……へえ。じゃ、警察沙汰にしてやろうか」 「淳てば、もー。そんな怒んなくても…」 「今怒んねえで、いつ怒りゃいいんだよ。」  腹ただしげに、自分の髪をかきむしる。あ〜あ、と言いながら頭をかかえ込んで、呟く、 「おまえ、ぜっんぜん分かってねえ」 「淳…そんなに怒ってんの?」 「そんなに、怒ってんだよ。…っていうか、怒ってる自分にも腹が立つ。人がすっげー心配すんのわかってて、こんな事しやがる、おまえなんかに、イラつく自分がヤなんだよ!わかんなきゃいいよ!」  久しぶりに、自分に向けられた激しい怒りに、思わずビクッと体が震えるのと同時に、どこか頭の一部が覚めていて『ああ、そういえば、淳ってこんな風に怒るんだっけ』と思ってしまう。心がどこかに浮遊しているみたいな気持ちになる。気がついたら、髪をかき上げている淳の顔と手元をじーっと見ていた。 「なんだよ」 「心配してくれたんだ、と思って」 「したよっ!」  じーっ。 「でも、もうしねえ。おまえみたいに勝手なやつ」    じーっ。 「ちゅーがくでも何でも好きにしろ」  じーっ。つ…と由利香は立ち上がる。いつの間にか、ほとんど無意識で淳の後ろに立っていた 「だから、おれも好きに…おわっ!」  ふわっと、うしろから由利香が抱きついてきた。 「な、な、なんだよっ!」 「ごめん。なんか…淳がどっか行っちゃう気がしてさ」 「ばかか、おまえは」 「だって、淳いなくなると困るし」 「あーもうっ!いーから、離れろっ」  由利香は抱きついた時と同じようにふわっと離れ、またもとの席に戻って、淳の顔を再度じーっと見る。 「参るよなぁ…」 とまたため息をつく。こいつ、自分がやってることわかってんのか? 「もしかして、よけい怒った?」 「…いや、…何か…もう……急激に怒りが…萎えて……どーでも良くなった…」 「良かったぁ」 「おれは良かねえよ…全然」  今日一日、いや正確に言うと、昨夜から、いらいらしてたのは一体何だったんだ。  こんなに簡単に怒りがおさまる自分に、自己嫌悪。やっぱ由利香にはヨワイよな、と再認識。 「あれも色仕掛けって言うのかなあ」  離れたところからそれを見ていた歴史が、首を傾げて健範に言う 「された方はね」 「してる方は無意識だよね」 「おミズ、海千山千のくせに、ユカには時々まるで初々しい少年だよな。いーのか、あいつがあんなんで」 「しょーがないじゃない、恋ってそういうもんだから」
  
 

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