2.2. the Valentine Day,a Terrible Day 〜part1

 
  
    
     2月14日は、ドキドキのバレンタインデー。  と、言ってもΦでは新しいカップルが生まれる可能性はかなり薄い。つまんないやつらだ。  とは言え、男の子だったらそこそこ期待はしているはずだよね?数だったり質だったり、それは人によって違うだろうけど。  …ね?

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「そんなもん、何も期待してねえ、おれは」  今年は由利香からもらえるといいねと話しかけてきた歴史に、淳はそんな風に答える。 「ユカ、そんな気ねーもん」  確かにバレンタインデーっていうのは、由利香にとっては淳がもらったチョコレートを回してもらう日だ。淳は中身も見ずに由利香に渡してしまうから、カードやらなんやらもそのままだけど、さすがにそれは読まない。 「おミズは欲しいの?」 「今更」  その今更はどういう意味なのか?  傍から見ていると、どう見たって付き合ってるじゃん、としか見えない彼らは、本人たちの視点で見ると今のところ、『一番仲の良い友達』でしかないらしい。周りの雰囲気は、もういい加減どうにかしてくれみたいになっている。  それなのに、『今更』って?  もう一生このままの状態でいいってこと?それとも、もう認めたってこと? 「っつうかさ、めんどくせえ、こういうの。別にいつでもいいじゃん、告白なんて」 「きっかけないと、言い出し難いじゃない」 「そういうヤツは一生告白なんてできねえな」  ひどい事を言っている。  自分の事はどうなんだ、なんて突っ込みは歴史はしない。 「チルは?欲しいと思う?」 「好きな人からだったら、もらいたいんじゃないの、普通」  歴史はごくごく真っ当な意見を述べる。 「チルってマトモだよな、その辺の感覚」 「おミズが変だと思う。」 「でも、チルはきっと本命以外から貰ったら突っ返すタイプだよな」 「突っ返すっていうか、受け取らないな。礼儀でしょ」  だから歴史は未だにチョコレートを受け取った事はない。毎年何人かくれる人はいるのだけど、いつも返してしまう。 「潔癖症だな」 「おミズが構わな過ぎ」  でも、そんな風に行動できる淳を、歴史はうらやましいと思う。細かい事にこだわって、殻が割れない自分がとってもつまらない人間に思えてしまう。健範に言わせれば、「おミズ軽すぎ」って事になるんだろうけど。 「チル、貰いたいヤツ、いんの?」 「いない。むしろあげたいかも」  普通だったら、ぎょっとされるようなそんな言葉にも、淳は平気で 「へえ。チルに貰えたら、きっと嬉しいんじゃねえの」 と返してくれる。動じないのは嬉しいけど、やっぱり自分が淳に憧れているのは全然わかってないな、とため息が出てしまう。もっとも分かったら分かったで、とても平気な顔で淳と話していることはできないだろうけど。

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 温は、『ナオ』のオーブンを借りて、チョコレートケーキを焼いていた。乗が食べるか食べないかは分からない。でも少なくとも、普通のチョコレートは食べそうもないので、食べる可能性がちょっとでも高い、ビターなケーキを焼いてみることにしたのだ。基本的に『食べる』事に興味のない乗の事だ。大きな期待はしていない。 「ケナゲよねえ、温ちゃん」  花蘭はそれを眺めている。 「私はできないね」 「ヒロに作ってあげないの?」 「ヒロとはそんなじゃないからね」 「最近よくいっしょにいるじゃない?」 「おミズの話ばっかして盛り上がってるだけ。名誉会長、副会長だからね」 「変よそれ」 「そうかな。ま、人生色々ね」   オーブンからはチョコレートとバターの混じったいい香りが漂ってきた。  つい半年くらい前までは、目玉焼きを黄身まで焦がすほど料理オンチの温だったのだが、乗が食べられそうなものを夏帆と相談して色々工夫しているうちに、すっかり腕が上がった。肝心の乗が、食べるようになったかと言うと…疑問だ。多分前と変わらない。一日ほぼ一食、ブランチのみ。あとは、煙草とコーヒーと酒。  それでも食べる量は同じでも、内容が変われば体にはいいはずと信じて、温は毎週のように汀家に通い、夏帆と相談を重ねている。どちらかというと内気な上に、遠くから嫁いできてあまり知り合いがいなかった夏帆にとっても、年は離れているとは言え、温と話すのは楽しみになっているようだ。 「汀さんはどう考えてんのかしらねえ、温ちゃんのこと」 「ど…どうって?」  顔が赤くなるのが分かる。最近、たまに乗は温をドライブに誘ったりしてくれる。ゆっくりと景色を見たりして、お茶飲んだりする程度だが、温にとっては至福のひと時だ。でも、それはブランチを作りに行っている温へのあくまでも『感謝』だと思っている。『愛情』と受け取るのはあまりにずうずうしい。自分をそういう対象に考えてくれるかどうか、それ以前に、乗が誰かと付き合う気があるかどうか自体が疑問。 「私はいいんだ、別に…。もともとムリめなんだし。たまに傍にいられればいいの」 「乙女ねえ。でも今は良くても、だんだん変わってくるね、ヒトの気持ちって。大体2人っきりでドライブしてなにもして来ないなんて、失礼ね、汀さんもね」 「え?え、だって、そ…そんな、何かされても、わっ…私…」  「何かって言っても、キスくらいよ。温ちゃん前、おミズとしてた」 「あっ、あれは、酔った勢いで、きょ…興味あったから…。でも」 「ファーストキスがおミズっていうのもねえ…それも冗談だし。もっとも、私もか。はは」 「すっごく後悔してるの、言わないで。やっぱり興味本位でするべきじゃなかったよね」  温はがっくりうなだれる。キスって言っても、軽く触れる程度のごくごく軽いものだったけど、今となっては悪夢のようだとまで思う。淳が聞いたら「失礼だなー」と怒りそうだ。もっとも後悔自体は次の日の朝、すぐしたけれど。 「ユカにも悪かったしさ」 「ユカ?ユカは気にする事ないね。そういうものだと思ってる、たぶん」 「それが不思議だよね。ユカの中では、どうやって整理がついてるんだろう。私だったら耐えられないけど」 「おミズが、はっきりしないからいけないね。襲っちゃえばいいのに」  花蘭は過激な事を言う。 「襲う…って、蘭ちゃんファンクラブでしょ」 「ユカとおミズは、ファンクラブの公認だから。みんなで抜け駆けナシで応援してるからね。もう今更おミズがユカ以外の誰か好きになるとは思えないから、ファンとしてはおミズの幸せを祈るだけ」  何がなにやら。  オーブンが止まり、ケーキが焼きあがった。大切そうにケーキを取り出す。表面はつやつやといい仕上がりで、ちょっと押すとふわふわと弾力がある。香りもいい香りでいかにもおいしそう。 「間に合った…、良かった」  時計を見ると11時。今から冷ましても、乗がいつも朝食を取る12時過ぎには間に合う。丸のまま渡しても困るだろうから、一切れ切って、ブランチに添えさせてもらうつもり。 「残り味見させてね」 「うん。みんなで食べよう。あとでもう一本焼くし」 ******************* いつもの様に様に保健室に「遊びに」…じゃなくて傷の手当に行った淳に、明子先生が何気なく声をかける。  「君あてに、警備室に荷物が届いてたぞ、水木淳。」 「荷物?」  なんとなく、悪い予感がする。この背筋を走る冷たい悪寒はなんだろう。 「それから君のファンがさっき探してたぞ」 「しらねー」 「今年は何個貰った?」 「今のとこ13個。めーさん誰かにやんないの?」 「え?」  明子先生は、一瞬言葉につまった。 「え?」  今度は淳がとまどった声を上げる。いつものほんの軽口のつもりだったのに。 「う…うそっ!めーさん、好きな人いんのっ!?」 「そ…そんなことは言ってないじゃないか。大人をからかうんじゃない」 「…顔、赤いけど」  明子先生は、両手で顔を覆う。 「う…うわあ…乙女…」  思わず2、3歩後ろに下がる。このまま逃げたほうがいいだろうか。それとも、ちゃんと聞くべきだろうか。 「ね、相手、男?」  手近にあったホウキで殴られる。 「いってえなあ。」 「どうせそうやって恋する女の子をからかったりばっかりしてるんだろう。みんなの分だ」  図星だ。  しかしそこはまともに反省する淳じゃない。 「え?今の、女の子って、めーさん入ってねえよな」 と言って、また殴られる。 「ねー誰にやるの、チョコ」 「君になんて言うわけないだろう。」 「けちー。じゃさ、もう渡したかだけ教えてよ」 「ま…まだだよ。うるさいな、消毒終わったんなら帰れ」 「ひでーなあ。」

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「おはようございます」  温はケーキを持って汀家を訪れた。 「あら温ちゃん、日曜日じゃないのにどうしたの?」 「あの、バレンタインなんで、これ」  お皿に載せたケーキを差し出す。 「温ちゃん焼いたの?すごいわ。おいしそう」 「これ、あとお2人で。」  別の皿に載った2切れを出そうとして、はっと気が付く。 「あ、でも、夏帆さん、作りますよね。ごめんなさい」  引っ込めようとすると 「あ、いいのよ、いただくわ。今、夏波が小さいでしょ。なかなかオーブン使えなくて、どうしようって思ってたの。ありがとう」  夏帆はにっこり笑って皿を受け取った。 「今日は来ないと思ったから、私が用意しちゃったわ。もう少しで起きて来ると思うんだけど。」  時計は12時ちょっと前を指している。  ダイニングのテーブルには、もう食事の用意ができていた。  ハムとフルーツのサラダに、ソーセージパイ、ミニオープンサンド、落とし卵にベーコンポテト添え、コーンスープ。  汀家のダイニングは、全体的にテーブルもイスも低めで、ゆったりしている。イスは背もたれだけでなく、背もたれとUの字型に一体となった肘掛もついていて、くつろげる。カーテンや調度も夏帆の趣味で、落ち着いたカントリー調にまとめられている。初めてこの部屋に入った時から、温はこの雰囲気が大好きになった。 「デザート無かったからちょうどいいわ。生クリーム添える?サワークリームにする?」 「あ、じゃあ、サワークリームにします。」  夏帆が出してくれたサワークリームをケーキに添え、テーブルにセットする。 「食べてくれるかなあ…甘さは控えめにしたんだけど」 「そうねえ。温ちゃん一生懸命作ったんでしょ?だったら大丈夫よ」  言う人によっては無責任さに腹が立つ言い方だけど、夏帆が言うと、そうかも知れないと思えてくる。 「起きて来るまで、お茶でも飲んでる?」 「あ、おかまいなく。飲みたかったら自分で入れるから大丈夫です。ここで待たせてもらいます。」  温は部屋の隅のイスに腰をおろす。端っこだけど、実はここからは階段が良く見えて、乗が2階から降りてくるのが一番初めに見える。この場所で、乗が起きて来るのを待つのが温は好きだった。 「乗くん幸せねえ。こんな可愛い彼女に手作りのケーキもらえて。」 「そんな。私彼女じゃないし、彼女になれるかわからない」 「そうなの?でも、乗くんが、女の子と出かけた事なんて見たことなかったし。少なくともここに来てからは、温ちゃんが初めてよ。特に手紙とかも女の子から来ないし、電話もかかって来てる様子ないし。とにかく温ちゃんが一番近くにいることは確かなんだから」 「でも、私なんか、子供だし、きっと相手にされてないと思います。近所の子供を遊びに連れて行ってあげてる感じなんだと思います、きっと」 「そういうこと、する人だと思う?」 「…」  乗が、義務感で近所の子供の子守をするとは、とても思えない。 「仕方ないかな。女の子って好きな人ができると、臆病で、心配性になっちゃうわよね。好きな人の一挙一動が気になって、意味の無い行動までなにか意味があるように考えちゃったり。肯定したり否定したり。私もそうだったな、懐かしい。学校の帰りに陰で待ってて、後から歩いていって、いっしょに帰っている気分味わったり、ちょっとしたクセを真似してみたり」  夏帆はコーヒーを淹れながら、昔を懐かしむような目をした。 「でも男の子は、女の子が思うほど、考えて行動してないのよね」 「あはは」  思わず笑う。確かに、こっちが悩んでいるほど、相手が考えていないのは良くあることだ。  その時、2階でドアの開く音がした。…閉まる音がする前に、ゆっくりとした足音が階段を下りてきた。多分ドアは半分開いたままだろう。階段の途中で一度足音が止まり、しばらく後、またぱたっぱたっとだるそうな音が下りてくる。  ダイニングの入り口から乗が現れた。いつもにも増して眠そうな様子。それでも12時をちょっと回ったところで、自力で起きたのは、かなりえらい。 「おはよう、乗くん」 目だけで挨拶を返して、ダイニングのイスに崩れ落ちるように座る。そのまま仰向いて天井を仰ぎ、額に片手をあてたまま目を閉じる。夏帆はしばらく黙ってそれを見ていたが、 「食べられる?」 と声をかける。乗は黙って体を起こす。コーヒーに手を伸ばして 「今日、日曜だっけ?」 「どうして」 「紫樫がいる」  その言葉に、温はどきっとし、頬が熱くなるのを感じた。『気がついてたんだ…』。こっちを見たのなんて気が付かなかった。 「違うわよ。今日は特別」 「昼、食った?」  温のほうは見ずに、でも明らかに温に聞く。  「え?あ?まだ」 「じゃ、いっしょに食おう。夏帆さんこれ2つに分けて。」  「え?でも、え…と」 「量多いよ、これ。夏帆さん張り切りすぎだ。」  夏帆は微笑んで、既に盛り付けてあるのとそっくり同じ皿を取り出し、ひとつひとつを半分ずつに分け始めた。 「そんなとこにいないで、テーブルに座れば」   乗に促されて、ちょっと迷ってから斜め向かいに座る。正面は恥ずかしいし、隣なんてとんでもない。 「スープあっためるから、ちょっと待ってね」 「す…すみません」  乗はもの珍しいものでも見るように、温をじっと見る。 「で?」 「え?で?って?」 「わざわざ来たんだから、何か訳あるだろ。」 「え?え?ええ…と…」  今度は耳まで真っ赤になり、救いを求めるように夏帆の方を見る。   「乗くん、今日なんの日か知らないの?」 「今日?紫樫、誕生日だっけ?」 「ちっ違…」 「乗くん。」  夏帆は心底呆れたという声になる。 「ダメでしょ、バレンタインデー忘れちゃ。女の子がかわいそうよ」 「え?ああ、なんだ」  それか、といった顔になる。 「なんだじゃないわよ。女の子にとってはとっても大事な日なのよ。それなのに忘れちゃうなんて!」 「関係ないし」  関係ない?温の胸に言葉が突き刺さる。うなだれてしまうのを止められない。  やっぱり、そんな風に思ってたんだ。そうだよね、しょうがないよね。 「関係ないって?」  夏帆がいつもに似合わず、言葉を荒げる。 「どういう事、それ。乗くん。温ちゃんは…」 「それ、告白する日だよね。」 「そうよ、だから温ちゃん、わざわざケーキ作って…」 「あ、これ?」  乗はチョコレートケーキに目を向ける。フォークを持って一口、口に入れる。 「大丈夫、食える」 「だから、乗くん!関係ないってどういう事!?理由によっては、私、許さないわよ」 「だって、つき合ってるんじゃないの?オレたちって。告白って言っても」  乗の言葉に温は、目を見開いて、顔を上げる。乗が笑っている。 「違った?」  乗の言葉が遠くから聞こえる。頭の中が真っ白でよく理解できない。温は何度も何度も乗の言葉を反芻してみた。
  
 

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