2.2. the Valentine Day,a Terrible Day 〜part2
「うっわああああん、蘭ちゃ〜ん!!」
汀家から戻ってきた温は、食堂でまだうだうだしていたみんなの中から花蘭を見つけ出して、いきなり抱きついた。
「どうしたの。まさか」
「フラれた?」
淳が傍から口を出す。
温は、きっと淳を睨み、平手打ちをくらわせ、また花蘭にすがりつく。
「おミズ!」
花蘭もたしなめるような口調になり淳をにらむ。無理もない。
「…ゴメン…」
「ったく口軽いよな」
純がため息をつきながら、こぶしで淳の頭をコツンと叩く。
「だから、おまえ、悩まないとか思われるんだぞ。石でも詰めとけ」
「へーい」
「で…?どうしたの、温ちゃん」
花蘭は温の肩に両手を置いて、体を離し、顔を覗き込む。
「ケーキ食べてくれた?」
温はこくんとうなづく。
「よかったじゃない」
「バレンタインデー忘れてた、汀さん…」
「あら。」
「関係ない…って言われた」
みんな一瞬え?という顔になる。
温をじーっと見つめていると、淳がまた口をひらく。
「あー、確かにかんけーねえかもな」
「おミズっ!お前はまたっ!」
純がもう一度殴ろうとするが、淳はそれをよけて純の手首を掴み
「だって、温ちゃんと乗ってデートとかしてんだろ。今更バレンタインとかで告白する必要ねえじゃん。」
今度はみんな淳の顔を見る。
「でも、おミズ、女の子にとっては、たとえ付き合ってるって思ってても、気持ちを確かめ合う大事な機会ね」
花蘭が抗議するが、淳はさらに続ける。
「だからー、そんな必要ないってくらい、安定してるって思ってたら、そんなこと考えねーじゃん。乗がさ、それじゃ相手が不安だとか細かい気配りできるわけねえし、したら気持ち悪ぃし。言葉が欲しいんだったら、温ちゃんから言わなきゃぜってー無理だって。多分、必要ないってそういう意味だろ」
「そ…そう言われた」
頬を赤らめながら言う温は、いつもよりずっと女の子らしく見える。
「なんだ…」
花蘭は気抜けしたように
「嬉しくて泣いてたのね。のろけじゃないの」
「ご…ごめん」
「言ったんだ!?」
淳はびっくりした顔になる。
「へー、おっどろいた。なんて言ったの、あいつ?」
「もう、おミズは!」
花蘭が止めようとするが、温は伏し目がちに小声で、
「付き合ってんだから、必要ないって」
おーという歓声が上がる。
「すっげー、それ実質的に告白ったのといっしょじゃん」
「おまえはまたそういう軽い言い方を…」
「だって、そうだろ。乗だぜ。あいつがそういう事言うの想像できるか?すっげー」
すっげーを連発しながら
「良かったじゃん、温ちゃん。おめでと」
「あ…ありがと」
「あ、でもまだ、好きとか言われたわけじゃねえか」
「おミズっ!!」
全員がいっせいに非難する。
「一言余計だ、バカ」
「ごっめーん。てへ 」
「てへとかつけても、遅いわっ!」
そこへタイミング良く(?)、乗がやって来る。
「みんな、揃ってるか?試合の依頼たまってるから、まとめて振り分けたい。忙しいから、これだけ済ませて帰りたいんだ。」
淳は、頬杖をついたまま、向かいに座った乗を見てニヤニヤする。
「なんだよ。」
「ふっふっふ〜」
淳ほど露骨ではないが、他の連中もなんとなくにやついているように見える。
「なんかいい事でもあったか?」
「いーことがあったのは、乗だろ」
「別にないけどな、特に。」
「あーそうか、乗には状況同じか」
「どういう意味だ?」
「べっつに〜」
「気持ち悪いヤツだな。ああ、淳、駅伝の選手依頼がきているぞ、行くか?」
「何キロ?」
「10キロ」
「短いからやだ。トラックで1万メートルならいいけど、ロードで10キロだとスピードに乗り切れねえ」
「そのくらいでちょうどいい。オマエが全速力で走ったら目立ちすぎる。淳ともう一人、尚行くか?」
「10キロ?」
「7キロ。」
「7キロ?ハンパで走りにくい。」
「練習しろ。今度の日曜だからまだ間がある」
「日曜〜っ!?」
淳が嫌そうな声を出す。
「休日手当て出る?」
「多分な。どうせ毎日走ってるんだから同じだろ」
「朝のランニングと試合は別」
「朝のランニング程度の力の入れ具合で十分だ」
「ひで…」
「あとは、サッカー2校と、バスケ3校。女子バレー2校」
乗はてきぱきとメンバーを振り分けて行く。
各人の得意な分野、苦手な分野はともかく、クセや相性なども細かく把握している乗は、最近では派遣関係の振り分けは全て任されている。
「バスケも行けるぞ、淳、ここだったら。遠くだからな。ミネと行くか?」
「なんで、おれっ!?」
「あと、誰に行けと。尚か?場所は、新潟だな」
「あー、新潟に別荘ある」
「別荘っ!このお坊ちゃんがっ!」
「別荘ったって、昔、じいさんとばあさんが住んでた家だから、すっげー不便なんだぜ。ボロいし。文化に汚れてねえ生活したかったらいいかもな。暖房だって、暖炉だから薪だしさあ、風呂だけはプロパンで沸いた気がするけどシャワーねえしさ、飯作んのもかまどだぜえ。水も井戸でポンプだし、ランプだし」
「電気ねえのか?」
「自家発電あるけど、溜めるまでが大変。おやじが、たまに昔の生活を味わったほうがいいとかいって、わざとそのままにしてあんだよな。街中から離れてるから今の時期、無茶苦茶雪深いし。でも逆に言うと冷蔵庫はいらねえな」
「おれは、あんなとこ、絶対行きたくないね」
「尚、ダメなんだよな、ああいう生活。いつもぐったりして寝込んだよな、帰ったあと」
淳はそれでもそれなりに適応できたが、いつもとあまりにも違う生活に尚は順応できなかった。この辺が、淳と尚の生活力の違いというやつだろう。あるいは神経の細かさの違いか…
「じゃ、淳、行って来い。宿泊費浮くな」
「えええっ!あそこ泊まんの!?そのくらいなら帰ってくる」
「無理だ。試合午後だからな」
平然と言い放つ。
「オマエは、拒否する権利ないの知ってるよな。給料も一番高いんだし、条件が合えば必ず出かけなくちゃいけない立場である自覚はあるはずだ」
「う゛」
「というわけで新潟は淳とミネ。サッカー一人ずつだから、ノリとチル場所はどっちも近場。高校だけど、大丈夫だよな。年齢詐称しろ。バスケあと由宇也と尚、ヒロと兼治の組み合わせでこっちも近場で。」
「なんでおれたちだけ遠くっ!?」
「淳はこの辺荒らしまくっただろうが。もうしばらくして、代が変わるまでは無理だ」
「げー」
「げーじゃない。旅行だと思えばいいだろう。嬉しいだろ、ミネといっしょで」
「おれは全っ然うれしくねえ」
不機嫌な純は無視して、
「じゃ、泊まりはそこ使うとして、家に許可とっとけよ」
と話は進んで行く。
「おれ勘当されてんだぜ。」
「じゃ、尚電話しろ」
尚はすぐに立ち上がり、電話をかけに行く。面倒は早く済ませた方がいいとでも言いたげだ。
「淳いいな、旅行。おみやげ買って来てね、笹かまぼこ」
「それは、仙台。新潟は笹だんご」
「じゃ、それでいい」
『笹』しか合ってないし、実態はかなり違うと思うんだけど。
「パンダは、ないよね」
「それは上野動物園」
だから、なんで『笹』にこだわる?
そんなこんなしているうちに、尚が戻ってきた。
「正月に使ったから、蒔も食料も残ってるって。缶詰だけだけど。管理人の家知ってる?」
淳は首を振る。
「だと、思った」
電話番号と住所を書いたメモを見せる。純に渡して
「ここで鍵預かってもらってるから、貰って行って」
「なんでミネに渡すんだよっ!」
「無くすだろ、おまえ」
子ども扱いされて淳はむくれるが、確かに淳は物をよく無くしたり、落としたりする。だからあまり物を持ち歩かないようにするというのが、淳の弁。
いつも泊りがけの「出張」でも、荷物が極端に少ないが、施設が完備しているホテルに行くのならともかく、ほとんどキャンプ程度の設備しかない家ではそうもいかないだろう。
「ミネ、こいつ多分荷造りとかできないだろうから、必要なものピックアップして、ちゃんと持たせろ。ユニフォームはいつも通りあっちで用意してくれるけど、こいつすぐ靴とかタオルとか忘れるからな。」
「乗、やめようよ、こいつ遠出させるの。めんどくさいよ。」
「何言ってるんだ、自分が持っていくのと同じもの持たせりゃいいだろ。手間は一回ですむ」
「素直に荷物持つと思えねえ。」
頭の中で、そんなのいらないとか言われた荷物は、きっと自分が持つハメになるんだろうな、と思う。
「ミネ、じゃ買い物行こ、買い物。旅行用品」
「いやだ、おまえと買い物行くの」
「なーんでっ!?」
「やだ、特に服買うのは嫌だ。聞いてくれよ、乗。こいつさ、前いっしょにジーンズ買いに行った時、じーっと壁の張り紙見てるから、何見てんだっていったら、『裾上げってナニ』とか聞くんだぜ。マジで殴り倒そうかと思った」
「だって、しょーがねーじゃん、知らねーもんは」
「あーいいよな、ジーンズの裾上げ必要ないやつはっ!おまえはどうせ輸入品でも裾上げいらねえんだよな」
「ミネ…」
健範がポンポンと純の肩を叩く。
「いっしょに慰め合おう。いーじゃねえか、その代わり変な奴に好かれたりしねえ」
ダニーの事か?
「なんだよ、それ。脚のせいじゃねえだろがっ!いいよっ一人で行くから」
「何買うか分かるのかよ」
「…わかんねえ」
「もう、いいっ!おれがまとめて買い物してくるから、おミズはおとなしくしてろ」
「ちえーっ」