2.2. the Valentine Day,a Terrible Day 〜part4
2時間ほどで淳はぐったりして帰って来た。 袋はチョコレートでパンパン。 「どこ行ってきたんですか?」 「4丁目、あ。」 思わず答えてしまい、慌てて口を押さえる。 「さっき神社って言いましたよね。」 警備員さんが白い目で見るのを 「え?あ、ほら、おじさんチョコあげるよ。これなんか高そう。ね、ね」 と誤魔化しながら、門に滑り込む。チョコレートを5、6個無造作にポンポンとテーブルに置いて、 「じゃあねー」 と手を振って、建物に向かう。 それにしても、木実のあの態度…。Σの中で、もしかすると一番狂気をはらんでいるのかもしれない。 食堂に行って、薔薇が飾ってあるのを確認し、由利香の部屋の前にチョコレートの詰まった袋を置いて、体育館に向かう。純や尚たちがバスケットボールの練習をしているはずだ。 途中でまた放送に足止めされる 「Aクラスの、水木淳さん、お電話です。お近くの受話器をお取り下さい」 Φの電話は、有矢氏直通と汀氏直通、その他に全館のあちこちに置いてある受話器に共通の番号がある。最初にとった受話器につながり、あとは自動的に切れるようになっている。盗聴されるといやだしね。あとは公衆電話が何箇所か。 受話器を取ると、英語のオペレーターの声。とっさに頭を切り替える。日本を離れる時は、徐々に飛行機の中で切り替えていくのだが、電話はいつもいきなりだから、たまに戸惑う。 続いて聞こえたのは 「よーっ、元気か可愛こちゃん、おれのプレゼント受け取ってくれたかい」 「切るぞ」 本当に切りかける。 「待てよ。つれねえなあ。高かったんだぜ特注フィギュア。大事にしてくれよな」 「ばっかかてめえ。あんなもん、くれてやっちまったわっ!」 「うっわあ、ひっどおおい。」 「喜んでたぜ、貰ったヤツ。」 4丁目のその手の趣味のおにーさんにあげてきた。 「おれは、おまえに可愛がってもらいたかったのになあ。ま、いいかあ」 その時、恐ろしい考えが頭に浮かんだ。まさか…まさかと打ち消しながら、それでも聞かずにはいられない。 「えっとお…ダニー…まさかとは思うんだけど、あんたも、まさか…」 「もっちろん、おれのところには、おまえのフィギュアがあるぜ。着せ替えつき」 「着せ替…っ!!」 「例の赤いドレスと、メイド服と、チャイナと、ベビードール。あと、わざわざ日本文化に詳しいやつ見つけて振袖とセーラー服も作ってもらったぜ。いやあ毎日着せ替えるのが楽しくって…」 「地獄に落ちやがれっ!!!」 思いっきり受話器を叩きつける。受話器はコードがぶち切れて廊下の端まですっ飛んで行った。 「あんのおおおお、変態やろーぉぉぉっ!」 額に怒りマークをつけたまま、体育館に入る。 「どうした?」 明らかに怒りのおさまらない様子の淳に、純はちょっと嬉しそうに声をかける。 たまには淳もいらついて欲しい。 「ダニーが…フィギュアで…着替えが…」 文にならない言葉を口から吐き出し、いきなり走り出し、ショートしようとしていた由宇也のボールを奪い取り、逆のゴールに走りこんでシュートを決める。 「なんだよっ、おミズ」 「うるせー暴れてやるっ!くっそお、あのバカ!どいつもこいつもっ!」 そして5人は、淳のストレス解消に振り回された。****************
「なんかおまえ、午後から変だけど、どうしたんだ?」 純が何か調子が変な淳に声をかける。 何が変って、夕飯時ぼーっとして、何回か食器落としてたし、なにより、残した。ありえない。 「『ナオ』に付き合ってやろうか?」 純が自分から言い出すのは珍しい。 「いいよ、バレンタインデーなのに。ラヴちゃんに叱られる」 「その、ラヴちゃん達は、女の子みんなで集って、今日の成果報告会とか言って、蘭ちゃんの部屋に集っちまってる。」 「なんだ、ミネ、ヒマなだけじゃん。正直に、付き合ってとか言えばいいのに」 ちょっといつもの調子が戻った淳にほっとしながら、2人で『ナオ』のドアを開ける。 「男2人ですか?」 「うん、そう。フラレたんだ、2人とも」 首を傾げるマスターにコーヒーを注文して、奥の部屋に入る。 コーヒーが来るのを待って話し始める。 「ねーミネ、おれってさ…なに?」 「何って、おミズはおミズだろ。」 「今日さぁ、ナッツに死ねって言われた」 「はああ?」 「正確に言うと、小雪に刺されて、だったけど」 「なんだあ、そりゃあ」 そこで、はっとする。 「まさか、おっけーとか言ってねえよなっ!」 「言うわけねーじゃん」 「良かった…」 胸を撫で下ろすが、その後の 「ちょっと言いそうになったけど」 という言葉に気色ばむ。 「おまえはぁっ!冗談でも言うなそういうこと」 「…だってさ、なんか、それで、小雪が自分を確立していけるんなら、それも役に立つってことだよな、とか考えちまって」 「おまえなあ…。そんな事言われたのか?」 「うん。」 「それで、傷ついてんのか?」 「いや…さあ、言われた事じゃなくって、思わずその気になりかけた自分っていうのが、怖くて。おれってこういう形で、軽いノリでいつか自滅するかもとか思ったら、自分がなんだか可哀そうで。なんでこんなにフワフワしてんだろ、おれって」 「しっかりすりゃいいだろ。」 「そう簡単に言われても。なんのために生きてるのか、今一つ実感がわかねえしな。そうやってぼーっと考えながら帰って来たら、ダニーのヤツは、おれのフィギュアで遊んでるっつうし。結局おれってダミーでも同じなのかなとか思ったら、段々暗―い気分に」 「ばかか。ダニーだって、おまえっていう実体があるから、フィギュアで遊んでたって楽しいんだろ。本体がなくなったらただの人形でしかねえ。それより、おまえ、今すっごい腹立つこと言ったぞ」 「え?」 「何のために生きてるか、実感わかねえって何だよ。」 「本音だけど」 「殴るぞ。」 「ミネは、いーじゃん。ラヴちゃんいるし。ちゃんと守るべきものがはっきりしてて。おれなんていつまでたっても中途半端」 「ユカどうすんだよ」 「ナッツが、任せてとか言うし」 「…マジで殴りたくなって来た。ユカの気持ちどうするんだ」 「あいつ、順応性高いから、すぐ慣れるって」 「…ったく」 どうしようもないやつ、とか思いながら、どよんと沈み込む淳を見て、あることに思い当たる。 「あのさ、おミズ。ユカに貰えた?」 「…え゛?…う゛…」 言いよどむ淳に、ニヤっと笑う。 「やっぱ。おまえさあ、ユカにチョコもらえなくて、拗ねてるだけじゃねえの?」 「ち…違…っ!」 多分図星だな、とため息をつく。 ある部分はものすごく自分勝手で、言いたい事言うし、いわゆる『お付き合い』関係も無茶苦茶軽いノリなのに… 「なんで、おまえは、ユカの事になると、そう、オクテになるかなあ…」 「違うって言ってんだろっ!」 「自分でそう思ってるだけだって。よぉおおおく、考えてみ。」 そういう純にぽつんと言葉を漏らす。 「…義理くらいさ…」 「え?」 「義理くらいくれたっていいよな。あいつさ、他のヤツには配りまくるじゃん。おれだけスルーしやがんの」 「いや、だって。おまえは『義理』じゃねえだろ。っていうか、義理でもいいのかよ」 「…」 淳は黙り込む。 「カワイイ奴。欲しいなら欲しいって言えよ」 「言えるわけねーだろっ!そんな、今更…。去年となんも状況変わってねえのに、急に言えるかよそんなもん」 その時ノックの音がした。口をつぐんでドアの外を見ると由利香が立っていた。淳はにやにや笑う純に促されて席を立つ。 「はい、これ」 由利香は小ぶりの箱を渡す。 「…珍しいじゃん」 「うん。今年は、なんかいろいろあったから、上げよっかなって。やだ?いやだったら持って帰る」 実は女の子達で集っているときに、渡してないと言ったらすごく怒られて、余分に買ってあったのを分けてもらったのは内緒。 「いや…え…っとお。ありがとう」 聞いていた純は、『初めて本命チョコもらったちゅーがくせーかよ』とおかしくなる。海千山千のくせに。 由利香は、時間が遅いからとすぐに帰って行く。席に戻ってきた淳に 「ユカのほうは、なんか状況変わってたみたいだな」 「知らねえよ、知らねえけど…どうしよう、ミネ、すっげー嬉しい」 と、また純に抱きつく。 それを誰かが見ていたらしい。 『バレンタインデーの夜に、純と淳がナオの奥部屋で抱き合ってた』という噂はあっという間に広がった。ま、いつもの事だ。