2.2. the Valentine Day,a Terrible Day 〜part3

 
  
    
「おじさーん、なんかおれに荷物、届いてるって?」 「ああ、水木さん」  警備員のおじさんは門の掃除をしながら、テーブルを指差した。 大きな四角い箱がおいてある。真っ赤なリボンが毒々しく見えるのは気のせいだろうか。 「なんか、すっげー開けたくない気がすんだけど。置いていっちゃダメ?」 「困りますよ、そんな。バレンタインデーのプレゼントでしょ。持って行ってくださいよ」 「とりあえず、ここで開けるか」 「ば…爆発とかしないですよね」  警備員さんは今にも逃げ出しそうな格好になる。 「さあ…。わかんねーや」 「そのまま持って行ってくださいよ」  今にも泣き出しそうなおじさんに、仕方なく箱を持って歩き出す。  グラウンドの真ん中辺で、サッカーの準備を始めかけていた健範と歴史に会う。箱を見ると、怪訝そうな顔になる。 「なんだそれ」 「謎の箱」 「爆発しねえか?」  健範は警備員のおじさんと同じ事を言う。 「ここで開けた方がよくねえ?」  確かに建物の中で爆発させるよりはずっと安全。 「んじゃ、そうすっか?」  いきなりリボンを引き剥がそうとするのを健範が止める。 「やっやめろ、おれ達まで巻き込むな」  爆発は前提なのか?  歴史の手を引いて急いで10メートルくらい離れる。 「ノリ…ぼくは別に…」 「おまえだって、おミズと心中したくねえだろ。」 「う〜ん…どうかなあ」 「どうかなあじゃねえっ!」  淳は『ひでえなあ』とぶつぶつ言いながら、グラウンドの真ん中でひとりぽつんと箱を開ける。  ちょっとドキドキしながら箱の蓋をあけると…。  爆発はしなかったものの、ある意味ダイナマイトが入っていた。言葉も出せずに箱の中身を凝視している淳に、健範と歴史は恐る恐る近寄ってくる。淳の肩越しに箱を覗き込むと… 「うっわあ、きっつう…」  真っ赤な薔薇の花が100本程度。それはまあいいとして、その真ん中に横たわるのは、『あの』ダニーのフィギュア、精密な10分の1サイズ。さすがにヌードではないが真っ赤な下着に、やはり真っ赤なリボンがかわいらしく蝶結びになっている。ピンクに赤い薔薇のイラスト入りのカードが添えられていて、『Don’t Trifle Me That Way 』と書いてある。最後にはハートとキスマーク。どうやら、ダニーの淳に対するイメージカラーは赤らしい。 「こわい…」  歴史が思わず、健範の肩にしがみつく。 「こわくて目が離せないー」 「てめーら、見てるだけだろが。コレを送られた身になってみやがれっ!」 「ちょ…ちょっと想像できねえ」  健範が、必死に視線を引き剥がそうとしながら返事をする。…が、コワイ物見たさ、というのだろうか、視線がどうしても移動してくれない。無意識に細かく観察してしまう。 「すっげー。爪まで一個一個。うわ胸毛まで…」 「言うなーっ!いろいろ考えちまうだろうがっ!」 「下着の中…とか?」  健範が恐る恐る言うと、淳が頭を抱え天を仰いで絶叫する。 「うっっっわあああああっ!おれがナニしたっつうんだよおおおっ!」  3人で動けないでいると、そこに乗がやってくる。そう言えば早く帰ると言っていた。  黙って箱の中を覗き込み、ダニーのフィギュアを掴みあげる。 「変わった趣味だな、淳。」 「趣味なもんかいっ!よく素手でつかめるな」 「なに言ってんだ、こんなもん、ただの人形じゃねえか」 「おれだって、自分に来たんじゃなきゃそう思えるよっ!」 「せっかく送ってきてくれたんだから、大切にしてやったらどうだ?一緒に寝てやったりして」 「冗談じゃねえっ!うなされるわっ!」 「で、どうすんだ、これ?」  足をつかんで上下にブンブン降る。その手をすぽっと抜けて、地面に頭から突き刺さる。 「な…なんかすごい風景」  健範の顔色が心なしか青ざめる。 「このままにしとこっかな」 「それも一つだな。呪われなきゃいいが」 「拾って行きます…。乗、拾って。」 「自分で拾ってけ」  それだけ言い残して言ってしまう。  乗の後姿を呆然と見送っていた淳は、乗の姿門の外に消えてから思い出して叫ぶ。 「あああっ!乗、からかうの忘れたっ!」 「それどころじゃねえだろ。どうにかしろよ」 「よし!じゃんけんで決めよう。はい、じゃんけーん」 歴史と健範はついつられて手を出してしまう。 当然のように健範が負ける。 「はい、じゃよろしくっ!」  言い捨てて素早く、箱まで置いて逃げて行ってしまう。 「きったねえぞ、おミズ」 「今に始まった事じゃないでしょ。僕、箱のほう持ってあげるから、そっちどうにかしなよ」 「どこに持って行くんだよ」 「食堂にでも飾れば?」 「食欲なくなるだろうが」 「じゃ、ノリの部屋に持って行けば」 「やだよっ。どうしろってんだよ、こんなもん」  そこへ淳が袋を持って戻ってくる。 「ここ入れろ」  健範は恐る恐る、親指と人差し指で、なるべく接触面を少なくなるようにつまみあげ、袋の中に落とす。  それをぐるぐる丸めて、外からは見えないようにする。健範はホッとして 「どうすんだ?」 「こーゆーの好きなやつらがいそうなとこ思い出した。あ、薔薇は食堂にでも飾っといて」  そういい残して出口に向かう。  警備員に 「ちょっとだけ出かけてくる」 「え?だめですよ。許可ないと。」 「いーじゃん」 「水木さんいつもそうやって、振り切って出て行っちゃうでしょう。私が怒られるんですよ」 「実はね…」 と声をひそめる。 「さっきの荷物の中に、呪いがかけられてる物があってさ、早く神社で呪いを解いて来ないと、この建物全体が呪いの炎に包まれるんだ」 「ほんとですか?」 「そりゃ、100パーセントそうとは言えねえけど、起こってちまってからじゃおせーよな」  警備員はちょっと考え込んで、ため息をつき 「仕方ないですね」 と門を開けてくれた。 「さんきゅ。おじさんはみんなの命の恩人だよ」 「ほんっと調子いいんですから」  門を出てしばらく行ったところで、舌を出す。 『ごめん、おっさん。でも、そんなに嘘でもねえんだって』
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 町に出て、4丁目に行く前に、ちょっとその辺歩こうかなと思ったのが間違いだった。  誰かの気配を感じて振り向くと、木実が立っている。 「やあ、こんにちは、水木淳くん」 といつもと変わらない微笑を向ける。  淳はげんなりした表情で 「なんで、あんたに会うわけ?っつうか、なんで一人?茉利衣は?」 「なんだか、バーゲンとかで。一時間ほどその辺にいるように言われて」 「…あんたも大変だな」 「ま、仕事ですからね」  平然と答える。時間を潰すのも、仕事の内というわけか。 「それで、どうしようかなと思っていたら、君を見つけたんで」 「おれは、ヒマ潰しかよ。いいけど。殴り合いでもする?」 「まさか」  にっこりと笑って 「お茶でもいかが?たまにはお話しない?」 「はあ?なにが悲しくて、バレンタインデーに、ヤロー2人でお茶してなきゃならねえんだよ」  お互いモテないわけでもないのに。 「まあそうおっしゃらず。あ、ユカちゃんに、もらえたのかな?チョコ」 「っせーな。かんけーねえだろ」 「ふうん、もらってないんだね。君たち本当にお互い好きなの?というより、彼女は君の事好きなのかなあ?」 「だから、かんけーねえっつの」  煽られてるとわかっていても、つい言い返してしまう。由利香のことになると、押さえが利かないのが自分でも情けない。 「なんか、すごく注目浴びてるね、僕たち」  木実が穏やかな表情であたりを見回しながら言う。  そういえば視線が集っている。 「…店、入るか」 「嬉しいな。やっとその気になってくれて」 「変な言い方すんなよ。うっとーしいだけだって」  木実を促して、一番近くの喫茶店に入る。一番奥の席に座ると 「ブレンドでいいでかな?」 と木実に聞かれる。そのままなのは悔しいので 「アメリカン」 と答える。別にどっちだっていいんだけど。  コーヒーが来ると、早く飲んで早く帰ろうとする淳に対し、木実は両手の肘をつき、指を組んだまま、コーヒーに手をつけずにじーっと淳を見ている。 「なんだよ」 「きれいな顔立ちだなと思って」 「あんたに言われたかねーよ」 「お褒めの言葉と受け取っておくけれど。」 「どーぞ」  しばらく無言でにらみ合う。  木実が先に、ちらっと目をそらし 「視線、強いね。そんなに睨まれると、蛇に睨まれた蛙みたいな気持ちになるよ」 とまた笑う。淳は、お前の視線は凶器だと由宇也に言われたことを思い出す。 「心にやましい事のねえやつは、そんな事感じねえよ」 「やましいこと…ね。僕にはあるのかな」 「おれは、いつも笑ってるやつは信用しねえんだ」 「ひどいな、それは」  またしばらく沈黙が続く。 「あのさー」  今度は淳が口を開く。 「何?」 「腹減ったんだけど、なんか食っていい?」 「こんな時間に食事?」  木実はちょっと呆れたような口調になる。時計は3時くらいだ。昼には遅いし、夜には早い。 「おやつ。」 「元気だよねえ、君は」 「誰と比べてんの?」  言いながら、手を挙げて、トマトのパスタを頼む。  こんな時間に食事をする人はそうそういるものではないので、パスタはすぐ仕上がってくる。 「いただきます」 と一応口にすると、木実は 「君は、本当に普通の家庭に育ったんだね、きちんとした」 と意外なことを言い出す。 「そういう、挨拶みたいなことって、自然と身についているものなんだな。日ごろ、いくら口や態度が悪くても」 「あんたこそ、ひでぇ言い草じゃねえか」  木実はそれに答えず、口いっぱいにパスタを頬張る淳を見ながら、今度は 「君は生命力旺盛でいいよね」 と言い出す。 「だから、誰と比べてんだよ。」 「比べているわけじゃ、ないけど」  やっとここで冷めたコーヒーを一口、口にする。 「実は、お願いがあるんだけど」   ゆっくりとそんな事を言い、また指を組む。 「お願いし合う立場じゃねえぞ」  聞き流そうとしていると、ささやくように 「小雪に殺されてくれない?」 「は?」  淳の手からぽろっとフォークが落ちる。さすがに聞き流せない。  いきなりの『お願い』。聞き間違いかと思って、聞き返す。 「なんて、言った?」 「小雪に刺し殺されて欲しい」  小さな、しかしはっきりした声で、繰り返す。顔には微笑みを浮かべたままで。 「そりゃ…」  淳は気を取り直して、フォークを拾い、パスタを巻きつけながら 「物騒な『お願い』だよな」 「だめかな」 「即答は避けてえな」 「君なら、なんだか言ってくれそうな気がしたんだけど」 「第一、あんたに言われることねえだろ。本人に言われるならともかく」 「ゆきちゃんは、そんなこと絶対言わない」  小声で言って首を振る。  淳は『刺す』というイメージに引きずられ、目の前のトマトのパスタへの食欲が急激に減退していくのを感じた。  あきらめてフォークを投げ出すように置いて言う。 「だってさ、あいつ、何度もおれの事殺しに来てるのに、その度刺さねえで帰って行くんだぜ。殺す気ねえんじゃねえの」 「そのことが…ゆきちゃん…小雪にはトラウマになっている。君を刺せない事がとっても気になっているんだ。たまに、本当にたまにだけど、仕事に行く前に、また君の時と同じ事がおきたらどうしようって顔をしている。」 「そんな事言ったって、おれは避けもなんもしてねえ。むしろ、あいつに初めて会った時、ああ、こいつに刺されるんならしょうがねえかって覚悟決めたくらいでさ。おれにはどうしようもねえ」 「じゃあ、自分で死んでもらっても、いいよ。」  木実はさらっとそんな事を口にする。 「じゃなかったら、Σに来て、茉利衣様の犬になる?」  言葉が返せずに、木実の顔をじっと見る。  木実は微笑みを絶やさずに、冷静な、澄んだまなざしで、淳の目を真っ直ぐに見ながら続ける。 「大丈夫、ユカちゃんの面倒はちゃんと僕が見てあげる。君は安心していなくなっていいよ。そうすれば、ゆきちゃんは、完璧に自分に自信が持てる。たまに感じる不安な気持ちからも開放されるんだ」
  
 

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