2.6. childish 〜part1

 
  
    
     4月はクラス替えの季節。  まあ、Φは能力別クラスなので、基本的には全体でのクラス替えはありえない…ハズなんだけど…? 「まあ、ABクラス自体は出入りはないが、他のクラスは結構出入りがあったんだ。そこで、各クラスに散らばって一週間程度、新しく入った人たちが慣れるまで手伝って欲しいんだけど。」  4月始めの打ち合わせ時、有矢氏がそんなことを言い出した。春休み中は原則として毎日練習がある。春休みが終わるまでの約一週間が手伝いの期間だ。 「たまには人助けもいいだろう。特に、気心の知れたABクラスの中でいつも我儘言っているやつにはいい勉強になる」 「なんで、みんなおれを見るかなー」  みんなの視線を浴びて淳は不満そうに文句を言う。 「おれみてーに、いつもみんなの事を考えてるやつっていねぇのに」  淳のいつもの軽口は受け流し、有矢氏は言葉を続ける。 「どのクラスに行くかは、くじ引きで決める。CDEFひよこの5クラスだ。3人ずつになるな。まあCDクラスは大して用事なないだろうから、模範演技でも見せるつもりで、2人でいいか。かわりに、Fとひよこが4人だな」 「やだなあ。おれくじ運ねえんだよな」  健範は渋い顔になる。確かにジャンケンも含め、まともに勝てた試しがない。  有矢氏の作ったあみだくじを順番に引く。  全員引き終わって、あみだをひろげた有矢氏が、淳の方を見て、にやっとする。 「な…なに、その笑い」 「水木、ひよこ組だ」  ひよこ組は就学前の、まだデータが取れない子達のための、いわば『体操教室』のようなものだ。内容も色々で、場合によってはお遊戯したり、鬼ごっこしたりという事もある。淳に似合わない事この上ない。 「うげっ!うっそっ!」  慌てて有矢氏からあみだくじを奪い取り、自分で確認する。 「うぎゃ、マジだ。やだよ、おれ。ガキ苦手。」 「いい修行になるよ、おミズ」  健範が笑いをこらえながら言うが 「天池、おまえもだ」 という言葉に、やはり慌てて紙を奪い取る。 「うっわああ、ホントだ。」  「いいなー、淳とノリ。可愛いじゃないちっちゃい子」  由利香は羨ましそう。ちなみに由利香はEクラス。 「可愛いのも可愛くねえのもいる」 「そうかなあ、どこかいいとこあるよ。猫だってどんな猫も可愛いじゃない?」 「猫とガキは違うっ!」 「…猫は否定しないんだ…」 「ま、やる事は各クラスのコーチの手伝いだから、邪魔にならないように、よく協力するように。じゃ、解散。ひよこ組担当は始まりが遅いから、それまでCクラスにでも混じってトレーニングしてるように。解散」

「あっらあ、水木くんが手伝ってくれるのおっ。うっれしいっ!」 「そーいえば、ももちゃんだっけ、ひよこ組…」  抱きつかんばかりの桃果に、淳はげんなりした顔で答えた。 「あのー、おれ達もいるんだけど」 「や…やあねえ、天池くんも、曽根くんも、甲子さんも、ちゃんと分かってるわよっ。みんなよろしくねっ」 「おれさー、ガキの頃から、幼稚園のせんせーと警察官だけにはならないって決めてたのに。なんで若い身空でこんな…」 「確かにどっちも向いてそうもねえな」  健範も同意する。 「はーい皆さん、集まってくださぁい」  桃果は、散らばってそれぞれきゃあきゃあ走り回っていた子供たちに声を掛けた。  子供たちは大騒ぎしながら集まって来る。 「今日からしばらく、このお姉さんとお兄さんが手伝ってくれまぁす。良くいう事聞いて下さいねえ」 「はぁい!」  元気な返事に、歴史と馨は 「可愛いよねえ」 「ほんとね」 とにこにこしているが、淳と健範は 「あの返事がなあ」 「アテになんねえんだよな」 と嘆く。それはつまり、自分の身に照らしての事だろう。自分の幼少時代の経験が、そのまま投影されているわけだ。 「はあい、じゃ自己紹介してねえ」 「へっ!?」 「へ!じゃないでしょ。名前わかんないでしょ」 「いいって」 「良くないです」  …と、一人の男の子が、淳を指差して 「あー水木淳だあ」 と言った。 「うちんちのママ、ファンなんだよな」 「あー、うちのママも写真持ってるー」 「あたしのママファンクラブ入ってるー」 「あは、ははは…。あっそ…」 「水木くん、人気あるわねー。それで今日見学者多いんだ。道理でみんな帰らないと思ったわ」 「おミズ、守備範囲広いな」 「守備してねえよ」 「はーい、ごちゃごちゃ言わないっ!じゃ、今日は跳び箱をしまーす。君たちは補助に入って。子供なんだから丁寧にね。無茶しちゃだめよ。特に、水木くん。」 「補助―?わかんねー」 「わかんねー、じゃありません。みんなー、今日中に今より一段多く跳ぶのが目標だよ。がんばれー」

「つ…疲れた…」  昼休み、げっそりした顔で淳は食堂のテーブルに突っ伏していた。今日の昼食は、和風と中華の幕の内弁当風盛り合わせ。  春休み中で、いつもは食べない他のクラスも食堂にいるので、かなり混み合っている。 「大丈夫か?」 「ミネー。おれやっぱガキってやだー」 「おまえ自体が、ガキだからな」 「んだよ、それ。」 「代わってやろうか?おれ、子供平気だから」 「ミネっ!」 「また、甘やかしてる!」  一斉に周りの非難を浴びる。 「冗談だって」 「ガキもだけど、かーちゃん達がまたうるせえ」 「それは…」 「また…」 「別の問題では」  確かに。 「由宇也と蘭ちゃんいいよなー。Cクラスだろ。楽そー」 「冗談じゃねえよ。模範演技とかばっかでへとへと」 「そうよね。由宇也はともかく私なんて大して実力変わらないのに、大変ね」 「そんな事ねえだろ。BとCの実力の差は歴然だろうが。」 「でも、とにかく疲れる事はたしか。一週間もつかどうか」 「自信ないよな」 「へー、じゃ、おれと代わる?」 「器械体操だぞ」 「…やっぱ、やだ。Eクラスくらい一番楽かなあ。ユカどう?」 「うん。楽しいよ。ねー、ミネちゃん」  由利香と純と兼治がEクラスに行っている。 「ユカ、可愛がられてるよね。うわあユカちゃんだ、みたいな感じでさ。年上のお兄さんお姉さんに。」  純の言葉に淳が一瞬固まる。 「え゛…」  可愛がられてるって…。  Eクラスは普通からちょっと運動が得意な程度のレベルで、色々な運動を楽しみたいといった人達のクラスだ。毎日一つの部活を続けるのも負担が大きいといった感じの高校生くらいと、なにが自分に向いているかわからないから色々試してみたいという小学生くらいが多い。 「かわいーよね小学生。私も妹とか弟か欲しいなー」 「弟なんかいてもいい事ねえぞ」 「悪かったな」  尚がその言葉を聞きとがめる。こっちはFクラス=運動が得意じゃない人たちのためのクラスに回され、いつもと違う状況にやはりとまどって機嫌が悪い。 「尚は弟って言っても、年同じじゃない。尚のが落ち着いてるしさ。ちっちゃい可愛い弟いいなあ」 「おれだって、可愛い弟ならいいよ。」 「うるせえな。おれだって頼りになる兄貴が欲しかったよ」  お互い様と言った感じだ。  昼食を終え、また各クラスに戻る足取りはほとんどが重い。キツくても、自分が動いた方がずっと楽だ。  淳はこっそり純に近づいて、小声で 「あの…さ、ミネ。頼みが…」 「ユカにヘンな虫がつかねえか見張っててくれ…だろ」 「…なんでわかんの?」 「おまえの考えなんてそんなとこだろ。でも、なんでそんなに自信ねえかな。それがなあ」 「おれもよくわかんねえ」 「まあ、恋するオトコ心ってやつか?」 「…う゛…」  言葉に詰まっていると、純は大笑いしながら行ってしまった。

 淳は一番下のランクの補助に付かされた。まだ、跳び箱が跳べない子達だ。跳び箱が跳べないのは、主に恐怖心が大きい。特に一度手痛い失敗をして、怖くなる子は根が深い。 「う〜ん、なんで跳べねえかな」  しゃがんで目線を合わせて聞いてみる。 「なにが怖いわけ?」 「あのさー、跳び箱が崩れて、ドカーンってなってガコーンてなんの」 「ドカーンでガコーンねぇ。わ…わっかんねえっ!」 「そいでもって、ぐしゃってなんだよね」 「そうそう、でさードッコーンってなるんだよね」 「痛いよねー」 「痛いよねー」  口々に、淳を囲んで喋り始める。 「ええと…、痛ぇのがやなんだな」 「あと、ぐらぐらすんの」 「するするー」 「べしゃってなりそうだよね」 「べしゃは痛いよね」 「あー、要は痛えわけね」 「おまえ、痛いのイヤじゃないのか、水木淳」  淳は、態度のえらそうな子供の名札を見て言い返す。 「人を呼び捨てにすんなよ、大河原翼。あと、おまえはよせ」 「じゃ、なんてよびゃいいんだよ」 「かわいくねーガキだな。むかつくー。」 「こどもにむかってマジでむかつくなよ。コドモだな、おまえ」 「この、クソガキっ。ももちゃーん、腹立ったら殴っていい?」 「なっ…何言ってんのっ」  桃果が慌てて飛んで来る。 「ああ、翼くんね。元気ありすぎるのよね」 「元気っつうのか、これ。」 「翼くん、他の事は得意なんだけど、跳び箱だけだめなのよね。跳び箱、怖い?」  桃果がしゃがんで聞くと、翼は素直に 「うん」 と頷いた。 「あー、このヤロー、おれの時と態度ちがうじゃねえの」 「オトコにアイソ振りまいたってしょうがないだろ、バカだな、水木淳」 「うっわあ、腹立つ。今、すっげえ殴りてえ」 「だめよっ!まったく、幼稚園児と同じレベルでケンカしてどうするのよ」 「ももかせんせー、こいつ頭ん中幼稚園じゃねえの?」 「うるっせー。てめーなんか、一生幼稚園でお遊戯してろ!」

「でっさー、そのガキすげー腹立つの。」  ムカつく『大河原翼』の事を延々と文句を言っていると、尚が吹き出した。 「おまえの幼稚園の時とそっくり」  それを聞いてみんながどっと笑う。 「よく、気に入った先生にからんでたよな、おまえ」 「同属嫌悪ってやつか」  「気に入った…って、それじゃおれが気に入られてるみてえじゃねえか」 「多分そうだろ」  純も頷く。 「そういう奴ってさ、自分は大人と同レベルだって思われたいのに、回りは、子供だからねーみたいに、妙に寛容だったり、子供のクセにそんな口をきいてみたいに怒られたりするだろ。おミズみたいに同じレベルで喧嘩してくれるオトナは好きだと思うよ」 「へー。」  なんとなく覚えがあると言えば覚えがある。  いわゆる『子供らしくない』子供だった淳は、大人が必要以上に幼児向けの言葉で話しかけてきたり、無意味に頭を撫でたりしてくるのがいつも嫌だったから。 なまじ、『みかけはとってもカワイイ子供』だっただけに、尚といっしょにいると 「あらあ、可愛いでちゅねー、双子ちゃんでちゅか?いい子いい子」  などと構われ、その度に口がまだよく回らない内から 「るせーババァ」  などと言い返し、ヒンシュクを買っていた。一番初めに覚えた言葉は多分悪口の類だ。よちよち歩きの頃から、黙っている時と、口を開いた時のギャップは周りを呆れさせ、そして、今に至る。 「ふ〜ん、おれの事気に入ってんだ ♪ あ、アレね、好きな子ワザと苛めるってヤツね」  とたんに今までの文句が嘘のように、機嫌が治る。 「それ、なんか微妙に違うぞ、おミズ」 「淳ってさ、たまーにびっくりするほど単純だよね…」   由利香は上機嫌の淳の横顔を見ながら笑った。
  
 

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