2.8. A Stormy Calm Birthday 〜part1
5月6日淳の誕生日、ダニーは一通りの捜査を終了し、本部に戻って行った。
「じゃあな、リーダーと仲良くやるんだぜ。」
空港に見送りに行った淳にダニーは名残惜しそうに告げた。
「それと、ちょっと耳貸せ」
とかがみ込む。
「愛してるよとか言わねえよな」
「言って欲しいか?」
「やだっつの」
ダニーはニヤッと笑い、それから急に真顔になって、淳の耳元で小声で言った。
「森に入ったの、おまえだろ」
ギクリとして、間近に迫るダニーの目を覗き込む。心の動揺を悟られないように、抑えた口調で
「どうして?なんでおれがあんなとこ行くんだよ」
と問い返す。
「特に根拠はないけどな。なんだかおまえ、時々異常に興味があるみたいだから。それに思いついたら我慢できねえ性分だろ」
「ふうん」
「安心しろ、本部には言わねえ。証拠もねえしな。ただ、気をつけろよ。本部がいつもあの森の事は気にかけてる。理由はわからねえけどな。やたら出入りするのはどうかと思うぜ」
「なんの話してるんだ、コソコソ」
代表として見送りに来ていた由宇也は不審の目を向ける。
「いやあ、愛し合う2人には色々積もる話があるんだよ。な、バンビーノ」
「誰と誰が愛し合ってるって?」
「はっはっはっ。まあまあ。じゃ、行くぜ由宇也、世話んなったな」
「何も成果がなくて残念だったな」
「いや、成果はあったぜ。妖精ちゃんと何日も一緒にいられたしな。幸せな日々だったぜ。一生おれの人生の中で宝石のように輝き続けるだろうな。あ、もっとも将来おれと暮してくれるんならまた話は別だけど」
「ありえねーから」
「そっかあ。ああ、リーダー、こいつ危なっかしいから気をつけてやってくれよな。」
ダニーのリクエストにより、由利香も見送りに来ていた。ダニーは言葉通り由利香がかなり気に入ったようで、食事の時もよく由利香を誘っていっしょに食べていたし、『ナオ』で2人きりで延々と話し込んでいた事もあった。
「何ユカにまとわり付いてんだ?」
と一度純が訊いたら、ダニーは大真面目な顔で
「いやあ、アイツに愛されるコツが学べるかと思って」
と言い、純は当然冗談だと思って大笑いをした。でも
「それ、無理だろ、どう考えても。おまえとユカじゃキャラ違いすぎだよ」
と言ったら、悲しそうな顔で
「おれがもっと小柄で可愛かったら好きになってもらえたかなあ」
とか言っていたので、そこそこ本気だったのかもしれない。
「じゃな、今度いつ会えるかわかんねえけど、みんな元気でな。可愛い子ちゃん。おまえはいつまでもおれのShiningStarだぜ」
そんな科白を残し、ダニーは機上の人となった。
「…で?」
ダニーを送り出し、空港の喫茶室で一休みしていると、由宇也が面倒くさそうに淳に訊いた。
「どうすんだ?」
「どうするって?」
淳はヘンな事を訊くな、といった様子で聞き返す。
「帰るんだろ」
「ま、普通はそうだけど」
由宇也はコーヒーをちょっとかき回したが、別に砂糖もミルクも入ってないのであまり意味が無い。
「誕生日だろ」
「覚えてたんだ。そうそう、SweetSeventeenってやつ」
「あれは女の子の事だろ」
「わー、ゆーやくんたら、男女差別―」
「おっまえなあ、おまえのどこがSweetなんだよ」
「ダニーはよく言ってたよね」
由利香が口を出すと、由宇也は苦々しげな口調になる。
「ダニーは目も頭も腐ってるって」
「うん。珍しく、おれも同意見」
淳も頷く。どう見れば、あんなに美辞麗句が並べられるのか、自分でもさっぱり見当がつかない。
「…で?どうすんだ?」
由宇也はもう一度淳に訊いた。
「だから、どうするってなんだよっ!」
由宇也が何を言いたいか分かりかねて、イライラして淳はつい声を荒げた。O型同士に腹の探りあいは向かない。
由宇也もやはりイラついて
「ニッブイ奴だな。どっか行っても見逃してやるって言ってんだよ」
と言う。
「へ?」
「途中ではぐれた事にしてやるよ。いかにもおまえやりそうだし」
「え?でも」
チラと隣に座っている由利香を横目で見る。
由宇也は笑って由利香に言う。
「ユカも多分はぐれるよな。な、ユカ」
「うん。じゃはぐれよっかな」
「じゃ、そういう事で」
コーヒーを一口で飲み干し、由宇也は席を立った。
「先に帰る。夕方には帰れよ」
伝票を持ってレジに向かう由宇也の後姿を、淳は唖然として見送った。
「なんなんだ。この間あんな怒ったくせに。」
「え?いつ?」
「なんでもねえ」
「…と、急に言われてもなあ」
由宇也公認のサボり、由利香付きというのもなんだかこそばゆい。自分の誕生日なんて心底どうでも良かったから、何も考えていなかった。(そう言えば同じ誕生日の人がいたような…)
第一平日だし、妙なところフラフラしていたら補導されかねない。
「どこ行くー?」
由利香は当然淳が何か考えていると思っているようだが、それは買いかぶりすぎ。
「海でも行くか」
ほとんど無意識に口に出す。
「海?う〜ん、いいかも」
多分由利香もほとんど無意識に相槌を打つ。
しかし、一人でぼーっとしているならいざ知らず、由利香と2人でずっと海を見ている図というのも、なんだかちょっと作りすぎと言うか、妙と言うか。
「ユカ、行きたいとこねーの?」
「ないよ。だって今日どっか行く事になるなんて、全然思ってなかったし」
「っだよなー」
喫茶室からは、ひっきりなしに離着陸している飛行機が見える。それはそれで興味深い光景だけど、別に飛行機マニアでもないので、多分すぐ飽きる。
「淳に任せる。よくわかんないやー」
「きったねー。おれだって誰かに任せられたらその方が…」
言いかけて、淳の頭にある一つの場所が浮かんだ。
あそこ…いいかもしれない。淳は少なくとも時間がある限りいても全然飽きない。由利香がそうかどうかは別だけど。
でも、任せるって言ったんだし、自分の誕生日なんだし。
「決めた」
「え?どこどこ?」
「秘密。着いてからのお楽しみ。おれがすっげー好きな場所」
「淳の好きな場所?」
由利香は目を輝かせた。
「行きたいっ!あ、でも、裏の森じゃないよね」
「ナニが悲しくて、わざわざそこまで戻るんだよ」
森に入った事は何となく由利香も気付いていた。直接聞いたわけではないけれど。
自分のしている事のごく一部しか話してくれない淳に、時々不安だか不満だかを感じる事もある。由利香だって淳が何をしていても『平気』なわけではないのだ。みんなが思っている程心が広いわけじゃないのに、と時々もどかしくなる。
でもそんなの口には出せない。
だから、たまに淳が自分の知らなかった面を自分から進んで見せてくれるのは嬉しい。
「好きな場所かあ」
思わず頬が緩むのを感じる。
「あんま期待すんなよ」
「へへっ」