2.8. A Stormy Calm Birthday 〜part2

 
  
    
    「ここ?」  古びた家屋の前で由利香は首を傾げた。  店…だとは思うのだが、看板も何も出ていない。一見すると普通の家に見える。 「何の店なの?」  淳はそれには答えずに、ガラリと引き戸を開け、ずんずんと中に足を進める。 「おっさーん、来たよー」  薄暗い店内にはずらっと天井までショーケースが並んでいる。中身はほとんどがナイフ。  そう、この間木実と小雪に偶然会った店だ。 「あんたか。学校どうした?」 「ま、いーじゃん、そんなん」 「連れか?」  淳が振り向くと、由利香は入り口に立ったまま、ぽかんとした顔で店の中を見回している。こんなにたくさんのナイフを見たのは初めてだった。異様な風景に思わず息を呑む。 「ユカ、入って、戸閉めて」 「…あ、ゴメン」  店に恐る恐る一歩入り、静かに音を立てないように気をつけて戸を閉める。  主人は、へえという顔で由利香を見る。女子供が来ると『うっわあ、すっごおおい』だの『高そうー』だの『コワーイ』だの、きゃあきゃあ騒いで煩いのであまり好きではない。でも由利香は騒いでよい場所か、悪い場所かちゃんとわきまえているように見える。多分、ここが淳にとって大切な場所だという事を感じとっているのだろう。   淳は一度奥まで入り込んでいたが、由利香のいる入り口付近まで戻って来て 「な、宝の山だろ」 と言って笑った。由利香は小声で答える。 「うん。びっくりした。なんかドキドキする」 「きれいだろ。端から買いたくなるよな」 「プレゼントしよっか?誕生日の」 「いいよ、高ぇから」  淳の言葉を店主が聞きとがめる。 「悪かったな。」 「あ、ごめーんおっさん。悪気ねえから。なんか、変わったの入った?」  店主は黙って立ち上がり、机の下の金庫の中から一振りの布に包まれたナイフを取り出した。  淳は由利香を促して店の奥に進み、ナイフに目を向けた。 「すげー。どうしたのこれ?」   変わった形にカーブした刃は、あまり実用に適しているとは思えない。見事なのはその柄の装飾で、ギリシャの12神らしきものが描かれている。神話の一場面なのだろうか。一人一人の表情や服の細かいひだまで彫りこまれ、作者の技量の高さと作品に対する愛着の深さが感じられる。 「持ってみていい?」  店主は淳にナイフを差し出した。  片手で何気なく受け取り、その重さに思わず取り落としそうになる。 「重っ!何で出来てんだ、これ」  しっかりと持ち直して、目の高さに上げる。 「銀とか鉄だったらこんなに重くねえよな。鉛?危ねーもん混ざってねえよな、ラジウムとか。あ、中に水銀仕込んであったりして。これだけ重いと殴って殺せるよな」 「そう使うのかも知れないね。」 「ユカ、持ってみる?」 「うん」  由利香は慎重に両手でナイフを受け取った。ずっしりとした重みは、淳がいつも持ち歩いている軽量のナイフの感触とはまるで違う。『武器』なんだなと改めて思う。少しだけ手が震えた。  淳は由利香の中に少しだけ沸き起こった恐怖心を感じ取り、手からナイフを取り上げた。由利香はほっとした顔で淳を見上げる。 「重いね」 「うん。おっさんこれ売るの?」 「買う人がいればね」 「あんまり勧められねえな。ヘンだよこれ。見た時は感じなかったけど、持ったらなんか怨念みてえなもん感じた」 「やっぱりねえ」  店主は残念そうにまたナイフをしまった。 「そう言うだろうと思った。あんたが来るとだんだん売るものが減っていくよ」 「じゃ、訊くなって」 「売ってから、トラブルになるのも嫌だしねえ」 「淳って、何かセンサーが付いてるの?」  由利香の言葉に店主は笑った。彼の笑い顔は珍しい。 「そうなんだよ。こいつは、ナイフに付いた悪意に妙に敏感なんだ」  由利香は不思議そうに淳を見る。いつも非科学的な事は信じない、霊も呪いも信じないと言っているのに。 「言いたい事はわかるけどさユカ、感じるもんはしょうがねえ。武器に限って言えば、確かにあるんだよ。だって人殺してるかも知れねえんだぜ。殺されたヤツの恨みが篭ってても不思議ねえよな」 「これも、誰か殺してるの?」 「そこまでは。ただ過去に何かあったんだよ、多分」 「ふーん」 「お嬢ちゃんは…」  店主はまだにこにことしながら、由利香に話しかける。 「ナイフに興味あるのかな」 「きれいだなとは思うけど。」 「ふうん」  店主はにこにこしたまま淳をちらりと見た。 「あんたが誰か連れて来るのは初めてだよな。それがよりによって、こんな可愛いお嬢ちゃんとはね。」 「何だよ、それ。」 「まあまあ。…で?」 「でって?」 「何か目的があったんだろう。わざわざ連れて来たのには」 「かなわねえな、おっさんには」  淳は大きくため息をついた。 「こいつに合う武器探してやってよ」  由利香は『え?』という顔になって淳を見た。 「お嬢ちゃん、武器が必要なのかな?」 「あ、はい。必要って言えば」  店主はとたんににこにこ顔を改めて、いつもの仏頂面に戻る。 「物騒な話だ」 「こいつ、武器決まんねえんだ。色々試しはしたんだけど、どれでもある程度扱えるんだけど、なんかしっくり来ねえ。なまじそこそこ筋力も集中力もあるし、目も反射神経もいいからどれって決められなくて。おれみたいに偏ってると決め手あるんだけどね」 「『必要』なんだね」  店主はもう一度繰り返した。 「伊達や遊びじゃなくて、生きて行く上で『必要』なんだね?」  由利香は不安そうに淳を見た。確かに何か武器を使える事はΦでは必要条件という自覚はあった。現に淳も入るときに何か武器が使えるか確認されている。でも、ほとんどはそこそこ使える銃を、自分の『持ち武器』として認識し、持ち歩いてはいない。 「そうだよ」  店主に答えながら、淳は武の言った事を思い出していた。  由利香は攻撃役だと言っていた。武器を持たない攻撃役なんてありえない。おそらくこのままだと銃が武器になるが、銃は由利香には殺傷能力が高すぎる気がする。もう少し柔軟性を持ったものはないか、ずっと気にしていた。そして、由利香の武器を決めるのは自分の仕事だと思っている。たとえ、本当に由利香が武と『ペア』を組む事になっても。 「色々試したんだね。」  店主は念を押した。由利香は指を折りながら答える。 「スリングとか、ボーラとか、ヌンチャクやブーメランなんかもやったし、普通に剣やレイピアとかも」 「そうか。自分では何が向いているとおもったんだい?」 「体も小さいし、パワーも低いです。だから接近して戦うのはやっぱり不利だから、飛び道具系だと思います。あまり複雑な操作を必要とするものは実用的じゃないし、持ち運びしにくい物もちょっと。ブーメランとかちょっといかなとも思ったけど、高い攻撃力を得るのが難しいかなって。」 「ふうん」  店主はしばらく考えて、立ち上がると店のシャッターを下ろした。薄暗い店内がますます暗くなる。 「来なさい」 と由利香を促して、店の奥に入る。  店の奥は倉庫になっていて、ナイフを中心とした武器がごちゃごちゃと置かれていた。  更に奥に鍵のかかったドアがあり、店主はおもむろに鍵束を出し、鍵を開けた。重々しいドアを開けると、そこは意外に広いスペースで実際に武器を使って射撃や対戦もできるようにもなっている。その一角の壁には古今東西のあらゆる武器がかかっていた。 「ここ、表向きは趣味のナイフ屋だけど、おっさんすっげー武器に造詣深くてさ。その道ではかなりの有名人」  少し後ろから付いて来た淳が由利香の真後ろから部屋を眺め回しながら言った。 「おれも数回しか入った事ねえけど。」 「淳もここでナイフを選ぶ事になったの?」 「いや、ナイフは、別の人に教わったから。ここで他も数種類試させてもらったけど、やっぱおれはナイフがいい」 「別の人って?」  淳はそれには答えず、武器を物色している店主に声をかけた。 「ねえ、なんか変わった武器ねえかな?持ち運びしやすくて、扱い簡単で、できればいろんな使い方できるやつ」 「そんな都合のいい道具…」  店主は淳の言葉に苦笑していたが、そこでふと気がついて、3種の武器を壁の棚から下ろした。 「こんなのどうだ?」    それはどれも武器というより玩具に見える。パチンコにダーツに吹き矢。 「条件に合うと思うが」 「おっさん、キャンプのレクじゃねえんだからさ」 「バカにしてるのか?あんたはどれも試した事なかったっけ?」 「ダーツはやった。命中率いいよ、おれ。でも武器には…」  言いかけて気がついた。このままじゃ確かにかすり傷程度しか負わせる事はできないが 「…そっか。毒使うのか」 「そうだ。ダーツと吹き矢は仕込む毒薬によって、かすり傷から、それこそ死に至らせる事までできる。パチンコだって飛ばす物によってはかなりの殺傷能力が得られる。もちろんゲームとしても楽しめる」 「…おっさん、その最後の、もしかして冗談?うわ、初めて聞いた」 「と…とにかく、試してみるといい」  由利香は3つの道具を受け取り、戸惑ったように淳を見た。 「これ、どうするの」 「パチンコぐらい分かんだろ」  淳はその辺から適当に薬莢やら、石ころやら、プラスチックの玉やらを拾ってきた。 「あの的に向かって飛ばしてみ」  石ころをパチンコにセットして、首を傾げながら3メートルくらい離れた的に向かって飛ばす。  石ころはとりあえず前に飛び、的からやや離れたところに当った。 「まあまあじゃん」 「でもこんな近い距離じゃ意味ないよね」  更に2メートルくらい離れてもう一度石ころを飛ばしてみる。石はどうにか飛んだが、軽いプラスチックの玉や形の歪んだ薬莢は届かない。 「ん〜。なんかな。両手使わなきゃならないのがね。片手で飛ばすもの持って片手で飛ばせればいいんだけど、飛ばすものをどっかに入れておくか、置いておくかしなきゃならないよね。出来ればぱっと出せてぱっと使えた方が」 「なかなか、はっきりしたお嬢ちゃんだ」  店主はいつの間にか、またさっきの穏やかな表情に戻っていた。淳はそれに気付き不思議な気持ちになる。今まで自分が1人で店に来た時は見せたことのない顔だ。  そういえば、最初に由利香に会った時、自分もそうだったかも知れないと思い出す。あんなに殺気立って、苛立ち、逆立っていた心が、また人を信じてみようかというまでに回復した。 「なんだろうな」 と思わず口にしてしまい、由利香の不思議そうな視線に合う。 「何が?」 「何でもねえよ。ほら、次試してみ」  淳は笑いながら吹き矢を手渡した。 「どうすんの?」 「ここから、息吹き込んで、中に入ってる矢、飛ばすんだよ」 「えーできるかな」 「ユカ、結構肺活量とかもあるから平気だって」  初めて見る吹き矢に、由利香は不審の目を向けていたが、意を決して筒を的に向かって構えた。 「強さ、どのくらいだろ」 「知らねえよ。いろいろ試せ」  とりあえず弱めに吹いてみる。的の半分くらいまでしか飛ばない。 「あははー。いくらなんでも弱かったか」  照れ笑いをしながら、今吹いた矢を拾いにいく由利香を見ていた店主の目が光る。 「いいね」 と言った言葉が、淳の耳に入った。 「あ、やっぱ?」 「あんたもそう思ったか」   淳を見た店主の目が光った。 「なんか、妙に鋭い飛び方するよな。ああやっていきなり飛ぶもん?」 「いや。特に初めてだと、ためらいみたいなもんが出て、なかなかああは。いいね。思い切りのいい子だ。あんたに合ってる」 「そりゃどうも…ってそーゆー話じゃねえだろ」 「なんだ、違うのか」 「吹き矢の話だろうが」 「武器はね、人を選ぶんだ。あんたも、ナイフに選ばれたんだよ」 「なんの話だって、だから」 「武器も人も出会いが大事って事だよ」  店主は淳を煙に巻くような物言いをし、由利香に向かって 「肩の力抜いてごらん」 とアドヴァイスした。  由利香は素直に頷き、もう一度吹き矢を吹いた。  今度は見事に的に当る。 「当ったー!」 「へー、ユカ、センスあんじゃん」 「やー、なんか楽しい、これ」  由利香は嬉しそうにもう一度矢を吹いた。矢はさっきとは比べ物にならないスピードで飛んでいき、的のど真ん中に勢い良く刺さった。 「決めた、これにする」 「ダーツはやってみねえのか?」 「ダーツってなんか淳のナイフにカブるもん。どうせなら目新しい方がいい」 「ふ〜ん」 「じゃあ、これにするかい?」 「はい。いろいろありがとうございました」  由利香は深々と頭を下げた。 「薬の事は自分で色々研究してごらん。簡単な処方箋はつけてあげるよ」 「はい、頑張ります」 「まあ、そんなもの使わないに越した事はないけれどね。事情があるみたいだから仕方ないだろう」 「すみません」 「謝らなくてもいい。大切に使っておくれ。」 「じゃ、おれ買ってやるよ」 「どうして?淳の誕生日じゃない」 「いいよ、誕生日なんてどうでも。買いたいから買うの。おっさんいくら?」 「…」   店主はしばらく考えていたが、やがて 「1000円でいいよ」 と言った。 「うっそおお。どー考えても一ケタ違わねえ?」  良く見ると吹き矢の筒の本体には、鳥や花の彫り物がしてある。こんなの手彫りしかありえないし。 「いいんだ、それは1000円。今決めた。きっとそれはお嬢ちゃんに使ってもらう運命だったんだ。タダでもいいが、それはせっかく彼女のためにお金出して買おうとしてるアンタにも失礼だしな。」 「タダでもぜーんぜん構わないけど」 「そうか?ま、1000円にしとこう」  店主は苦笑し、2人を部屋から出るように促し、また丁寧に鍵を閉めた。  由利香は嬉しそうに吹き矢を握り締めている。 「うれしー。可愛い武器」 「まあ、武器があんま可愛いっつのも考えもんだけどな。世の中の武器がみんな持つのも嫌になるくらいだったら、争いなんて起きねえ」  由利香は意外そうな顔で淳を見上げた。 「淳、戦い嫌いなんだ?」 「あったりまえだろ。なんだと思ってんだよ」 「ごめん。ケンカ好きだから」  由利香の言葉に店主はくくくと声を殺して笑った。 「あ、アンタ、シャッター開けておいてくれ。お嬢ちゃんに処方箋説明するから」 「この店は、客こき使うんだ」 「その通り」  淳は文句を言いながらも、シャッターを開けに出口に歩いて行った。  扉の内鍵を開け、シャッターの下部に手をかけ一気に引き上げる。外の光が一気に流れ込み、眩しさに思わず目を細めた。 …と、そこで何かの気を感じ、とっさに体を右にちょっとずらした。今ちょうど淳の左胸があったあたりを、銀の細身のナイフが素早く通り過ぎて行く。相手の手首を掴もうとしたが、相手がナイフを引っ込め、一歩ふわりと飛び退くのが一瞬早かった。  相手の顔も見ずに、ナイフの通っていった軌跡を目で追いかけながら 「またかよ、小雪。凝りねえな」 と問いかける。 「約束通り、あのナイフ使ってくれたんだ。サンキュ」  真昼の光を浴びて小雪が立っていた。  下ろしたままの銀の髪と、コンタクトをはめていない紅い瞳がきらきらと輝いている。淳に向かって微笑みながら 「また、失敗」 と言う口調は柔らかい。 「まあ、入れよ。いっしょにナイフ見ていこうぜ」  淳の言葉にうながされて、店内に入る。小雪の気配を背中に感じながら、淳はもう一枚シャッターを開けた。 「背中」  自分を刺そうとしていた相手に平気で背中を向けている事を、小雪が指摘し、鞘に収めたナイフで軽く淳の背中を突いた。 「え?ああ。もう刺さねえだろ。」 「そう」  「じゃ安心じゃん。あと一年は来ねえって事だよな」 「命令なければ」 「そしたらその時だよな。戦うよ。しょーがねーじゃん。接近戦になったら負けるだろうけど。おっさーん、客」  小雪に負けると言う事は、すなわち死を意味するのだけれど。 店主は淳と並んでいる小雪を見て 「今日は1人かい?珍しいね」 と言った。小雪は軽く会釈を返す。 「わあ、小雪。こんにちは」  由利香が走りよって来た。由利香も、小雪にちゃんと会うのは初めてだ。小雪も挨拶を返した。 「初めまして」 「そうだね、初めましてだね。ね、茉利衣、迷惑かけてない?優子がいつも心配してるよ。大丈夫かなって」 「大丈夫」 「そっかあ。いつも淳だけ攻撃してさっさと帰っちゃうから、つまんないなとか思ってたんだ。今日は帰らない?」  小雪は淳を見た。 「何?え、おれが帰れって言うって事?言うわけねえじゃん。おれ小雪好きだもん」 「好き?」  小雪は不思議そうに淳を見る。一度しか話した事もないのに、どうして簡単にそういう事が口に出せるんだろう。自分は一度も 誰かに好きなんて言った事がないのに。いや、遠い昔にあったかも知れないけれど。  小雪の目が知らない生き物を見るような目になる。 「何?ヘン?じゃ言葉変えるよ。なんか他人とは思えねえ。自分に近い何かを感じるって事。すっげー気になる。ナッツに言ったらまた怒られそうだけど。」  木実の名前を聞いて小雪の表情がほころんだ。いつも自分の事を気にかけてくれている木実。自分がもし誰かを『好き』だとしたら木実なんだろうな、とは思う。  淳はしばらく小雪とナイフを見ていた。いつもながら他の客は来ない。その間、由利香は店主に各種薬の簡単な処方の仕方を教わっていた。 「あとは自分でいろいろ工夫する事だね」 「はい、ありがとうございました」  由利香は丁寧に頭を下げた。 「お嬢ちゃんがそれを使わなくて良い事を祈ってるよ。あいつらは仕方がないとしても」 「仕方ない?」 「彼らはもうそっちの方に踏み出してしまっている。特に」 と小雪の方を示す 「彼はもう首まで浸かってしまっているようだ。彼が精神のバランスを保っていられるのは、不思議なくらいに見える」 「ああ…」  由利香は小雪を見た。今、穏やかに微笑みながら淳とショーケースを覗き込んでいる小雪。こうして見ているだけでは、小雪に人を殺める事ができるとはどうしても思えない。同時に、木実が淳も必要ならば相手の心臓にナイフを突き立てられると言った事を、また思い出した。淳も小雪は自分と似ていると言っていた。 「淳も…かな?」 「嫌なのかな?それだったら武器なんて手に入れない方がいい。お嬢ちゃんも、どうしてもという時になったら迷わず相手を攻撃するくらいの覚悟をしていなくては」 「どうしてもってどういう時だろう」 「それは人によって違うだろう。自分を守るため、自分のプライドのため、それから大事な誰かを守るため」 「大事な誰か…か」  自分にはできるんだろうか。  思い悩んでいると、淳がやって来た。 「おっさん、小雪、これ買うって」 と一振りのナイフを差し出す。 「これいいよね。手にすっげー収まりいい感じ」 「これを?」  店主は怪訝そうに小雪を見る。いつもの小雪のナイフにしては小ぶりで軽めだ。  小雪は頷いて、店主に言われた金額を払うと、包装しないまま受け取ったナイフの刃の方を持って淳に渡す。 「あげる」 「え?」  淳はびっくりした顔になる。確かにかなり欲しいなとは思ったし、顔にも出ていたかも知れないけれど。  思わず受け取りかけた腕を止めて、 「なんで?理由もねえのに貰えないって」 「誕生日」 「そうだけどさ。もしかして、この間おれも気に入ってたナイフ買ったの気にしてんの?あれは金なくて買えなかっただけだから、気にすんなよ」 「あげたい」  小雪は淳の手を取り、ナイフを握らせた。 「ユカ、どうしよう」 「貰えば?せっかく言ってくれてるんだから。」  由利香はあっさりと言った。 「遠慮するなんて淳らしくないよ」 「またミネに怒られるなーと思って」 「ミネちゃん本気で怒ってるわけじゃないからいいじゃない。心配してるだけだよ。」 「怒られる?」 「あー、ミネ心配性だから、この前木実と小雪と飯食ったって言ったら、えらく怒られてさ。敵と馴れ合うなって。戦ってねえ時は別に敵じゃねえよなあ。っておれは思うんだけど、そういうのダメらしいんだ」  小雪はくすりと小さく笑った。 「ナッツみたい」 「あいつも言う?」 「えーだって、ナッツ、私とは普通に喋ったりしてるじゃない。ヘンなの」 「婚約者だから」 「婚約なんてした覚え全然ないよ。第一、ナッツ、私の事なんか好きじゃないの分かりきってるし。もしそうだとしても、敵と婚約するあんたの方がよっぽど変って言ってやりたい」 「だよな」 「また物騒な話してる。」  店主は露骨にいやな顔をした。 「うちのお得意同士が殺しあうなんてごめんだ。そういう話は外でしてくれ」 「はいはい。じゃ、小雪、ありがたく貰っておく。ありがとう。」  淳は小雪からナイフを受け取り、体のどこかに収めた。 「ありがとう」  小雪が返した。 「え?なんでおまえがお礼言うの?」 「もらってくれた」 「おまえ、面白いなー。じゃね、おっさん。また来る」 「生きてたらな。こっちも、そっちも」
  
 

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