2.8. A Stormy Calm Birthday 〜part4
「ゆきちゃんどこ行ってたのっ!」
夕方に小雪が戻って来た気配を感じ、木実が部屋に飛び込んで来た。
「仕事じゃないはずだよね。」
「ナイフ」
「ナイフ?あの店、一人で行ってきたの?言ってくれれば一緒に行ったのに」
「ナッツ、仕事だった」
確かに木実は今日忙しく、朝から茉利衣に色々用事を言いつけられていた。
「でも、今日じゃなくても良かったじゃない。待っててくれればいいのに…」
ちょっと非難めいた口調になり、小雪の顔を見たところで今度は怪訝そうな顔になる。銀の髪に紅い瞳のままだ。
「ゆきちゃん、そのままで出かけて来たの…?珍しいね」
と言うのと同時にはっと気が付いた。
「そっか…今日誕生日だ、あいつ。ゆきちゃん、あいつ刺しに行ったの?上手くいった?」
ききながら、多分また刺せなかったんだろうな、と予想は付いた。小雪の様子はいつもと変わらない。多分この仕事が上手く行ったら、小雪は何らかの動揺を隠せないだろう。
案の定小雪は首を振る。
「だめ」
「やっぱり。」
ため息をついて下を向き、小雪に表情を悟られないようにしながら、心の中で淳に悪態をつく。刺されてくれって言ったのに。ま、すんなり受け入れるとは思わなかったけど。うだうだとそんな事を思っていると、
「プレゼント、した」
という小雪の言葉。木実は驚いて視線を小雪に戻す。
「えっ!なんでっ!?」
「誕生日」
「そ…そりゃそうだけど。なんでゆきちゃんがあいつにプレゼント。ね、分かってる?敵だよ、あいつ。そのナイフで刺されるかもしれないのに」
「お互い様」
「そりゃそうだけどさ。確かにこの前ナイフ譲ってもらったけど、あれはあっちが買えなかっただけで気にする事ないのに。変だよゆきちゃん。嫌だよ、いつの間にか友達になってたりしたら」
「友達?」
小雪は不思議そうな表情になる。
「違うよ」
「分かってるよ。分かってるけどさ…。ああもう、ゆきちゃんは純粋なんだからさ、あんなやつに近寄ると、いいように利用されちゃうよ。気をつけてね」
「うん」
と言って小雪は小さく笑う。淳も純が小雪と馴れ合うなと注意すると言っていた。確かに心配するのはわかるけど。
「ナッツ、ありがとう」
しかし、確かに心のどこかで惹かれ合っているように思う。それがこの後どう自分と関わってくるかは分からないけれど。
ふと思い出し
「もらったよ」
と由利香がくれたケーキを出す。
「何、それ。誰にもらったの?」
「ユカ」
穏やかに言う小雪の言葉に更に驚いてしまう。
「え?何してるの一体。」
「食べよう」
小雪は木実の言葉には答えず、お茶を入れ始めた。
木実は不安そうにそんな小雪の様子をじっと見守っていた。
「たっだいまー」
ハイテンションで帰って来た由利香は、食堂で夕飯をとっていた由宇也にいきなり抱きついた。
「ありがとー由宇也。すっごい楽しかった」
「良かったな」
愛する妹に抱きつかれ、ちょっと照れながらも由宇也は答える。
「…ありがとう?」
由利香の言葉を純が聞きとがめる。
「って事は、由宇也公認のお出かけって事か」
「そうは言ってねえよ」
「道理でいつもより文句少ねえと。なんだよ、人の事、おミズ甘やかすとか言っといて、自分だってやってるじゃねえかよ」
「だから違うって」
「あー…っと、由宇也は、私達が逃亡したのを見逃してくれることになってただけだよねー」
しどろもどろに言い訳する由利香に、純は噴出す。
「ユカは嘘下手なんだから、やめときな。嘘はおミズにまかせてさ」
「ごめん。」
「で、そのおミズは?」
「ナイフ置きに部屋に行った」
あやうく小雪の事を言いそうになって、それは踏みとどまる。
「ナイフ、見にいったんだ」
「うんっ。あのね、武器決まった」
「え?そんな事しに行ったのか?」
由宇也は呆れた顔になる。せっかくものすごい忍耐と慈悲の心でデートさせてやったのに、よりによって武器なんか見に行くかよ。色気のない事おびただしい。
「これー。じゃーん」
由利香は買ってきた吹き矢を取り出した。周りの視線が集中する。
「何、これ?」
健範が妙なものを見る目でそれを眺め
「武器になるのか?」
「なるもん。あのさ、いろんな薬を仕込んでね…」
由利香は店主から説明された、付け焼刃の知識を披露した。みんなふんふんと、聞いているところに淳がやはり上機嫌で現れ
「由宇也、さんきゅ。すっげー有意義だった」
と抱きつく。
「ば…ばっかやろうっ!」
急いで淳を跳ね除け
「お前は抱きつかなくていいっ!」
と淳が触ったあたりをはたく。
「お前は…って?」
「おミズ、ユカと同じ反応」
「ユカぁ?やたら抱きつくんじゃねーよ、おまえっ!」
「少なくともおれは、おまえに抱きつかれるのの1000倍は嬉しいけどな」
「え?じゃ、おれもちょっとは喜んでもらえてるって事?うっわあそーだったんだぁ、ゆーやくんたら恥ずかしがりやさん」
もう一度改めて抱きつきなおす。
「由宇也、間違ったな」
純は苦々しげな顔をしている由宇也を見て笑った。
「それから、これおみやげー。ここのお菓子美味しそうだったから。」
由利香がクッキーの箱をどんとテーブルに置く。夕食を食べたばかりだというのに、飢えたハイエナのように四方八方から手が伸びて、次々とクッキーの包装が解かれ、あっという間に缶はカラになっていった。
「由宇也」
尚が片手をクッキーに伸ばしながら、どこか恨みがましさの篭った声で言った。
「おれも、誕生日だったんだけど」
「あ…」
由宇也は一瞬固まり、尚を見た。表情は変わっていないが、明らか語気にいつもと違う何かがある。
「いやあ、おまえも逃げればさ…」
「まだそんな事言ってんのかよ。明らかにバレバレだって」
「ミネ…もういい。どうせ、おれなんて忘れ去られる運命なんだから」
「おミズと双子なのが尚の悲劇だよな。個体ならイケるのに」
「慰めにもなっちゃいねえ…」
しかしだからと言って、淳を恨んだり、憎んだりというのも今更できない。それはもう越えてきた道だから。
「もういいよ、こいつと一緒にいるあいだは、諦めてるし」
「なんだよっ!てめえで追っかけて来たクセにっ!帰ればいいだろ、じゃ」
「おミズ、それは冷たすぎ」
「そうだよっ!尚、淳の事好きなのに」
由利香の言葉に、場が固まる。
「あれ?違ったっけ?」
尚は黙って席を立ち、食堂を出て行ってしまった。
あとには気まずい空気が立ち込める。
「ユカ、それ禁句」
歴史がため息混じりに呟くように言った。
「そんなぁ、深い意味ないのに!」
由利香は何気なく言った冗談混じりの言葉に皆が思いがけなく反応したので戸惑っていた。
それぞれの思惑を秘めながらも、何気ない日常の一こま。
しかし、時はゆっくりと進み、大きな波が押し寄せようとしていた。