2.8. A Stormy Calm Birthday 〜part3
「これからどうする?」
「もうお昼だよ。なんか食べよう」
「小雪は?」
「食事は」
小雪は首を左右に振った。さすがに最近は、木実がいなくても多少は物が食べられるように努力しているが、外で食べるのはまだ無理そうだ。
「じゃ、お茶だけでも付き合ってよ。それならいいよな」
今度は首を縦に振った小雪と、近くの喫茶店に入る。
ちょうど昼時で、店内はほぼ満席だった。珍しい容貌の小雪に周りの視線が集まる。
淳は舌打ちした。
「あー、悪ぃ。もっと人少ねえトコのが良かったか。だから考えナシとか言われんだよな、おれ」
「平気」
小雪は臆する事なく、逆に背筋を伸ばした。
「慣れてる」
その姿は痛々しいほど潔い。わざわざ髪も瞳も隠さずに来たのには、それだけの覚悟があっての事だろう。
『本日のランチ』大盛りを2つと、エスプレッソをひとつ注文し、その事に触れてみた。
「あのさ、小雪、この前会った時はコンタクトしてたよね。おれのところに来る時はいっつもしてねえじゃん。仕事の時はいつもしねえの?」
小雪は首を左右に振り、
「するよ」
と答えた。
「じゃ、おれの時だけ?なんで?」
小雪はしばらく考えていたが、やがて言葉を選ぶようにゆっくりと
「覚えておきたい」
と言った。
「おれを殺す時の事?へえ。あとは忘れていいんだ」
「忘れたい」
「そりゃそうだよな。いちいち覚えてたら気ぃ狂うよなあ。大変だなおまえも。あれ、でもなんでここにいるって分かった訳?」
「勘」
「うわ、怖ぇー。マジかよ」
「まじ?」
「本当かって事」
「ああ。本当」
「ふーん」
「淳、気に入られてるねえ、小雪に」
「殺しに来るんだぜ、こいつ」
「でもプレゼント貰ったじゃない」
「だよな。なんか微妙だよな、おれ達の関係って」
そこでこっちを何人かがまだ見ている事に気が付き、じろりと目で威嚇する。淳と目が合うと、皆こそこそした様子で目をそらす。さすが『視線が武器』。
ランチはごく普通で、ハンバーグにミニオムレツ、ポテトサラダにナポリタンの盛り合わせだった。大盛りのライスを目の前にして淳は
「足りねえ」
と呟く。たしかにいつもの、通常サイズで普通の1.5倍程度のボリュームのあるΦのランチを特大盛りで食べている淳にとっては半分くらいの量しかない。
「あとでケーキ食べようよ。美味しそうだよアップルパイ」
「げー、そのくらいなら、ピザとか食う」
「ピザもいいねー」
なんだかんだといつものしょうもない話をしながら食事を続ける淳と由利香を、小雪はコーヒーを置いたまま、穏やかな表情で見つめていた。あっと言う間にランチを平らげ、
「小雪、ピザ食う?」
との淳の質問に、表情を崩さないまま、首を左右に振る。
「残念だなー。小雪が物食うとこ見てえのに。ユカ、こいつすっげーキレイに食うんだぜ。」
「へえ。見たーい」
「ごめん」
「謝んなくていいよ。こっちこそ、ごめん。見世物じゃねえよな」
「やっぱ私、ケーキがいいなー」
「じゃ勝手に食え。おれいらねえ」
「やっぱパフェかなー。プリンアラモードも捨て難いよねー」
メニューを見てあれこれ悩む由利香は放って置き、淳は小雪にずっと聞きたかった事を聞いてみた。
「あのさ、小雪、毎年誕生日辺りにおれの事殺しにくるじゃん?」
遠慮のない言い方に、小雪が周りの耳を気にし、ちらりとあたりに目を走らせる。
「あ、声でかい?」
少しだけ声をひそめ、言葉を続ける。
「最初は、多分上からの命令だよね」
小雪は首を縦に振った。
「でも、毎年同じ時期に命令出るはずねえから、あとは小雪の独断だよな、きっと」
「うん」
「なんで?趣味?それに真剣に殺そうとしてねえよな。なんで?小雪にとっておれって何なの?」
「趣味?」
小雪は意外そうな顔をした。そして、ゆっくり左右に首を振りながら
「違うよ」
と答えた。
「じゃ、何?脅かしに来んの?小雪はおれにどうして欲しい?殺されて欲しいの?逃げて欲しいの?もしかして応戦して欲しいの?おれはそれが分からねえ」
小雪はじっと淳を見た。苦悩の色が瞳に浮かぶ。
「分からない」
搾り出すように言葉を出した。
「分からないんだ」
淳から目をそらさないまま、もう一度繰り返して小雪は更に続ける。
「殺したい、殺したくない」
息を呑んでその言葉を聞いていた淳は、それを繰り返した。
「殺したいけど…殺したくない…ってか。おれはさ、さっきも言ったけど、小雪に何となく同属意識みてえな物があるんだよね。おれだって別に殺されたかねえけどさ、小雪だったらしょうがねえかなって思う。なんか諦め付くっつうか」
「やだっ!」
由利香が急に叫んだ。メニューに熱中しているかとばっかり思っていたが。
「私、嫌だからね。諦めなんてつかないよ!後に残される人の事考えなよ!もし、小雪が淳殺したら、私が小雪殺すっ!」
「あー、分かった分かった」
淳は周りの目と耳を気にしながら、なだめる様に由利香の頭を2,3回ぽんぽんと叩いた。
「例え話だから、マジに取んなよ」
「うそ。絶対本気で言ってたっ!」
由利香は怒りで頬を紅潮させて、淳を睨みつけた。
「うそじゃねえって。」
その時、由利香を見ていた小雪の瞳から、苦悩の色がすっと消えて、元の穏やかな光を取り戻した。
「殺さないよ」
と由利香に静かに告げる。
「本当?」
「うん」
「約束してくれる?」
「うん」
「じゃ、指きり」
由利香は右手の小指を差し出した。小雪も右手の小指をそこに絡ませる。
「いいのかよ、そんなに簡単に約束しちまって。ナッツに怒られるぞ」
「いいよ」
小雪は微かに微笑んだ。
食事を終えて外に一度出たあと、由利香が何かを思いついたように、
「ちょっと待ってて」
と言いながら、店に入っていった。
すぐにリボンのかかった小さな箱を持って戻って来る。
それを小雪に渡しながら
「はい、お土産。ナッツと食べて。ケーキだよ」
「なぜ?」
不思議そうな顔で小雪が聞き返す。
「だって、淳が私に吹き矢買ってくれて、小雪が淳にプレゼントしたじゃない?これで私が小雪に何か買ったら、うまく回ってなんかバランスいいじゃない?」
小雪はちょっと驚いたような顔をしていたが、やがてにっこりし
「ありがとう」
と箱を受け取った。
「美味しいと思うよ。パフェの生クリームすっごく美味しかったから。」
「おまえ、たまに妙な事思いつくよな」
淳は呆れたような感心したような口調になる。由利香の発想は時々未だに新鮮だ。
「変かな?迷惑?小雪」
少し不安そうな由利香に小雪は
「ううん」
と優しい微笑を返した。
「うれしいよ」
「よかったぁ」
「土産かあ。みんなになんか買って帰るか?由宇也うるせーかも」
「あ、じゃ、ここでクッキー買っていこう?美味しいよきっと」
「じゃ」
小雪は軽く会釈をし、くるりと背中を向けて歩き出した。
「あ、うん。気をつけて」
歩いて行く小雪とすれ違う人々みんなが振り返る。それを見ていると、小雪の人生の辛さがひしひしと伝わってくる。
「大変だな、あいつも」
思わず声に出すと、由利香は
「淳だってみんなが振り返るじゃない、道歩くと」
「ばっか、おれとは場合が違ぇだろが」
「んー、そう?」
「わかってねーな、おまえ」
「わかってないのは、淳だよ。淳だってけっこう大変そうじゃない」
由利香は言って、去っていく小雪の背中に大声で
「小雪―!またねー!またご飯食べようねー」
と声をかけた。小雪はちょっとだけ振り返り、手を振った。周りの視線が今度は由利香に集まる。
淳は集まった視線を気にも留めず、楽しそうに手を振り続ける由利香に『結構大物だよな、コイツ』とため息をついた。