1.2. Two Years Ago. 〜part2
メンバー獲得のための対策会議は土曜日の夕方から行なわれた。今までは、何人かまとまっていなくなることはあっても、半分以下で、多少メンバー構成のバランスが悪くなることはあっても、全体としてはそれほど問題がなかった。数年のうちには自然に少しづつ人数が増え、20人程度に納まる。しかし今回はあまりに人数が減りすぎだ。 そもそも別に募集広告など出すわけではないから、ここに入ってくるルートも様々だ。だいたいは有矢氏か汀氏が中学や高校の大会などを視察して、ハンティングして来る。あとは淳のように偶然ひっかかる者、知り合いのつてで入ってくる者もいる。Cクラスの予備軍としてのDクラスはあるが、彼らがCクラスに上がることはあってもA,Bクラスまで上がることはめったに無い。いわば素質が違うのだ。今何がどのくらいできるかではなく、これからどこまで伸びる可能性があるかが問題にされる。たまに素質があっても十分伸びずアウトという事も、なくはない。 「チルはどうやって入って来たんだっけ?」 純はなにげなく隣の歴史に話しかけた 「僕はさ、おねえちゃんの友達がDクラスにいて、おねえちゃんも運動好きだったからここ受けたくて受けるのについてきたんだよね。そしたら、おねえちゃんはDで、僕がBだった。で、僕だけ入った。温ちゃんは?」 「私もそんなところかな。友達についてきたの。友達は落ちちゃった。彼女の方が熱心だったのに」 「ここくると、今までの友達なくすよねー」 「なくすなくす。なんか嫉妬の目で見られた。最初は外部生で通うつもりだったんだけど。もとの学校には戻りにくくなっちゃって、そのまま入っちゃった」 純と愛は家族と連絡はとっていない。とっていないのか取れないのかはわからない。由利香に至っては3歳くらいの時にここに置いていかれているし、親と連絡しようもない。武も似たようなものだ。 淳はいちおうここに来てから一度電話をかけた。姉にものすごく一方的に怒鳴りまくられて、面倒になったのでそれ以来連絡していない。まあどうにかやっている事は伝わったと思う。 前では、杉浦がホワイトボードを背に、片手にマジックを持って、書記兼議長をしている。ホワイトボードにはみんなから出された意見が箇条書きになっている。いわく 『新聞にチラシをはさむ、――>金がかかるわりに効果薄そう』 『ちらしを配る、――>何軒配るんだ』 『駅前で演説する、――>誰が!?』 『ラジオの深夜放送で言ってもらうーー>聞いてる人がすごく限られる』 『一人につき一人というノルマを決めて探しまくるーー>だからどうやって』 『手当たり次第に声をかければ少しはあたるかもーー>論外』 『親戚すじから当るーー>だから、連絡してない人が多すぎるってば』 ろくな意見が出ない。杉浦はマジックでトントンとボードを叩いた』 「まじめに考えてんのか?」 「考えてるよ」 「なーっ」 みんな勝手に色んなことを喋り始める。 その時、おそるおそる愛が手をあげた 「あのぉ」 声が小さくて聞こえない。 「だいたいさーおれ達に言われてもなー」 「そうよねーいなくなっちゃううし」 「あ…あのお」 「しょうがねーよな、減るのは」 「そうそう」 「あの……」 純がバンっと机を叩いて立ち上がった。一瞬みんな口をつぐんで純を見る。 「意見ある人がいるみたいですけど」 そして愛の方を見て 「ね、親津さん」 と言った。純が座るのと入れ替わりに愛は顔を赤らめながら立ち上がった。 「あの…自分たちでさがせるのが一番良いんじゃないかと思うんです」 「まあ…そりゃそうだね」 「たとえば試合だけ見てもわからない事もあると思うんです」 「うんまあねえ」 杉浦は相槌をうつ 「学校の中に入り込んで探すことはできないでしょうか。同じクラスメイトとして見るといろんなことがわかると思うんです」 一瞬の後に、えーーっと言う声があがった。 「ムリよね」 「だよな。わかんないよな、すぐには」 「転校生として入るって事でしょ?」 「大変だよね」 「むだじゃない?」 また部屋中がざわついた。転校生としてはいるのは多分不可能じゃない。公立だったらその学校のある場所に籍を移すだけだ。提携している私立の学校があるか、そこから転校した形にすればよい。しかし新しい環境に、それも短期間と最初からわかっていて入るのはかなりめんどうだ。 みんなの文句に愛はますます真っ赤になってたちすくんでしまった 「っせーなー、やってみりゃいいじゃん」 一番うしろの席から、淳が手も上げずに言い、愛がそっちを振り返る。ちょっとほっとした顔になっている 「水木!発言は手をあげて」 「みんなさっきから好き勝手言ってんじゃん。ごちゃごちゃ言ってねえでさ、なにかやってみれば。めんどくせーな、もう」 純が手を挙げた。 「試してみてもいいんじゃないかと思います」 「面白そうよね。久しぶりに学校いくのもいいかも」 と、これは温。 「まあ、やるのはおまえらだもんな」 「おれたちは関係ないか」 「親津さん座れば」 純にうながされて、愛はやっと腰を下ろした。 杉浦が黒板に 『転校して様子を見る』 と書いた。 「誰が行くかだよな」 「中等部のやつらだよな」 「そりゃそうだな、さがすの、その辺だからな」 「異議なーし」 「じゃあ中等部6人で手分けしてあちこち入り込むって事で」 杉浦が項目に○をつけ ぱらぱらと拍手が起きる 「ちょ…ちょっと待ったあ」 淳が立ち上がって叫んだ 「それって…おれもって事っ!?」 「あたりまえだろ」 「おまえ今中2だよな」 「反対っ!ぜーってえ反対っ」 「はあ?」 みんなは呆れ顔で淳を見る。今、やってみなきゃわからないとか言ってたのに。 「じょーだんじゃねー!!おれ、学校なんて行かねーからな!」 「却下」 杉浦は無視して、6人の名前を書いていく。淳は前に飛び出して行って自分の名前を消した。しつこくまた名前を書かれ、また消す。何度か繰り返し、マジックを杉浦からうばい取ったところでさすがに見ていた有矢氏から 「いい加減にしろ!!」 と雷が落ちた。 「座れ、水木。マジック返せ」 淳はマジックを杉浦の顔に向けて投げ返し、ふてくされて近くの席にどさっと腰をおろした。 亜佐美の前の席だった。 「何がいやなのよ」 亜佐美は笑い出したいのを必死にこらえているようだった。 「…制服」 「え?やーだ!この子」 亜佐美は耐え切れず噴出した。 「この子とかゆーなっ!」 「だーって、あははっ。がまんしなさいよそのくらい。ガキねー」 「あと、髪」 「髪?あーちょっと切らないとだめか」 「染めてるとか言われんだ。めんどくせー。切るのもやだけど」 長さは今はそれほど長くない。さすがに運動するのに邪魔なので、淳だってそれほど伸ばそうとは思わないが、それでも基準が有矢氏たちの見解とは多少ずれるみたいで、時々つかまってむりやり切られる。一昨日切られたばかりなので、彼の髪としては今一番短い。でも多分校則には合致していない。それより、色が茶色っぽい。おまけに細いので光を反射しやすく、よけいに薄い色に見える。小学校の時も何度言われたことか。その時は尚を連れてきて、同じ色だと納得させることもできたが。だいたい肌だってどっちかと言えば白い。見えるところは陽に焼けているからともかく。目も茶色っぽい。要は色素が薄いのだ。だからちょっと考えれば染めていないことくらい分かると思うのだが、尚はあまり注意されていなかったから、日頃の態度も悪かったのかもしれない。 「きれーな髪なのにね」 亜佐美は手を伸ばして淳の髪をなでた。淳はぎょっとして身を引き、亜佐美の手を振り払った。 「さわんなよっ!」 「うわ、ねこっ毛」 「そこ、静かに」 杉浦に注意され、亜佐美は、ごめんっと舌を出す。淳は亜佐美に触られたところを気にして、ばりばりかきむしっている。 「何考えてんだよあんたは」 「いいじゃない、由利香のお守する権利あげるから」 小声で応える。 「権利かよ。義務だろ」 淳は口の中でぶつぶつ言う。亜佐美はそんな淳を見てふふふと笑っている。いきなり手をあげると 「はーい、杉浦くーん。水木君が、是非髪もさっぱり短くして、中学生活を満喫したいって言ってまーす」 「言ってねえっ!!」 「水木!うるさい!」 マジックが飛んできて淳の頭に命中する 「…ってー。覚えてろよ」 「詰襟も大好きだって。ねーー」 「亜佐美さん…あんまりいじめないでくれない、そいつ」 ずっと見ていた純が斜め後ろから声をかけた 「スネるからさ」 「スネるんだあ。かわいいわねー」 「かわいいっていうなあっ!!」 「水木っ!!」 今度は出席簿が飛んできた。後頭部を直撃する 「っつー」 淳は後ろをむいたまま、頭を抱えて机に突っ伏してしまった。 「あららー」 亜佐美がのぞき込む。出席簿がぶつかったあたりを、また手のひらでなでる 「かーわいそー」 「さわんなって、言ってんだろ」 「痛いの痛いの飛んでけー」 手を振り払う気力もなく、淳はしばらくそのまま突っ伏していた。 「亜佐美さん水木扱うのうまいね」 「んふふーうちにも小生意気な弟いるからさー、今中1」 「あ、いいなー亜佐美、水木君さわってる」 「あ、さわらせて、さわらせて」 会議中というのに、高等部の女の子達が4,5人わらわら集まってきた。みんなで勝手に淳の頭をなでまわす 「わー髪の毛サラサラ」 「やーだかわいー」 「きゃー」 「て…てめーらあっ!いーかげんにしろよな!」 淳が勢い良く上体をおこすと、女の子達はきゃあきゃあ言いながら散らばっていった。 「水木うるさい」 「おいっ!!今のはおれのせいじゃねーだろ!…って何まざってんだよ、おまえはっ」 女の子達の中に由利香が混じっていた。 「え?どんなかなーって」 屈託無く由利香は言った。 「あーっもうっ。今さわったやつ一人千円!」 「え?千円だせば触っていいんだあ」 誰かが言った。 「ちっがーう!」 「だから!うるさい水木!」 「あれはさ…人気があるっていうのかなあ?」 歴史は隣の純に小声できいた。 「おねーさんたちこわいよね」 「女って団体だと人格変わるからね。かわいそー水木」 淳はふてくされて席を立ち、部屋を出て行った。 「まだ終わってないぞ」 杉浦が声をかける。 「戻ってくるよ」 不機嫌そうに淳は答え、10分後に戻ってきた時は、髪がびしょびしょだった。 ぶすっとしたまま一番後ろの席にすわり、首にかけたタオルで髪をごしごし拭いている。 「髪洗ってきたの、もしかして…」 歴史は呆れ顔だ。何もそこまでしなくてもね。 亜佐美はくすくす笑っている。 杉浦は地図を見ながら6人をふたりずつに分けて3校に振り分けていた。 「水木おまえ竹原中学な曽根といっしょ。川上と紫樫は朝日中、峰岡と親津は南ヶ崎中。各自各中学について事前調査して、問題がありそうならば変更する」 拍手が起きる。 「制服ができるまで2週間くらいはかかるだろうから、転校できるのは5月半ばかな。各校の授業の進捗状況も調べる必要があるし、必要事項を洗い出してみんなで手分けしよう。じゃ亜佐美さんと、川上と峰岡残って。詳しい作業手順を検討しよう。これでいいですか、有矢さん」 有矢氏はうなづいた 「まあうまく行くかわからないが、やってみるか」 「そうですね」 「じゃこれでミーティングを終わる。あ、水木も残れ」 「なーんで」 「学校違うだろ。各校一人、他は解散」 バラバラとみんなが散っていく中、愛が純にそっと近寄って来た。 「あ…あの、さっきありがとう」 「え?何かしたっけ?」 「意見言えなかった時に…」 さっき純が、愛が意見がだせなくて困っていたときに、杉浦に声を掛けてくれたことらしい。 「あと…賛成もしてくれたし」 「なんだ。あ、でも親津さんもさ、もうちょっと強くならないとだめだよ。ここで暮らそうと思ったら。みんな容赦ないんだから」 「あ…はい。がんばります」 愛はぺこっと頭を下げて、出口で待っている温のところに走って行った 「言えた?」 温は小声できいた。ちゃんとお礼言っておきな、と言ったのは温だ。 「うん」 愛はほーっと大きなため息をついた。 「良かったね」 「うん」 ふたりでなにか小声で喋りながら部屋を出て行った。温のくすくすいう笑い声が聞こえる。 「なーんか変なの」 純はつぶやいた。 「何が」 いつのまにか前の方に移動してきていた淳が大して興味も無さそうに、一応あいづちをうつ。まだ濡れている髪を相変わらずタオルで拭いている。 「ふつう、水木にお礼いうんじゃねーの?最初に賛成したのおまえだし」 「別にどっちだっていーじゃん。あー、くっそー賛成すんじゃなかった。ガッコかよ」 「あんまり内容考えないで賛成したろ。彼女が珍しく意見言ったから、誰か賛成してやらなきゃってさ」 「ばーか。んなわけねーじゃん」 と、そっぽを向く。 「ほら、ちょっとこっち向いて」 有矢氏が前で手を叩く。 「打ち合わせするぞ。三校について説明しておく。三校ともこの近隣では運動の盛んな名門校だ。竹原中は知ってるな、市内だから。朝日中は隣の市でここもまあま近い、自転車通学できる程度だ。ただ南ヶ崎はちょっと遠くてこれは電車だな」 「住所どうなるんですか?公立だったら原則市内でしょ」 「アパート借りて、仮に住民票だけうつすしかないな。ただし通うのはここから。引越しはなにかとめんどうだ。」 「入ったらなるべく各部活動なんかを積極的に回って見てきて欲しい。できればあちこち仮入部して練習に参加するといいかも知れない。その際、くれぐれもレベルを回りにあわせるように。特に水木、暴走しないように」 「なんで、おれだよ」 「お前は、日頃世の中なんか関係ないって顔してるくせに、頭に血が上るととんでもないことするだろうが。人間修業の場と考えて、ちょっと自分を抑える事を勉強して来い。あと、いやでも周りにあわせる事とかな。ちゃんとフケないで、6時間授業受けて来いよ。どうせ、朝出席だけとったらどこかでサボってやろうとか考えてたろおまえ」 「や…やだなー」 「先生と連絡とって、ちょっとでもその兆が見えたら減給だから、覚悟しとけよ」 「うげー」 「あと言葉遣いどうにかしろ」 「んなこと言ったて、喋り始めたころからこんなんなのに、いまさらどーにもなんねーよ」 「…せめて最初の一週間くらいどうにかしろ。あと、髪切れ」 「やだっ!」 「そのあとは伸ばしてもいいから、初日くらい校則にあった髪にしていけ」 「校則ぅ?どんな」 「今の普通の公立だと、脇は耳が見えるくらいで、襟足は衿にかからない程度ってとこかな」 「今までのおれの人生で、耳が見える長さなんてした事ねえっつーの」 「良かったな始めての経験で」 有矢氏はしれっとした顔で言う。純が顔をのぞき込む。 「水木…涙目になってるぞ」 「すげーやだ…」 「泣くなよ」 「切らなくていい方法あるよ」 今まで黙っていた武が口を開いた。 「女の子ならいいんでしょ。女装すれば」 平然と言う。みんなギョッとした顔で武を見る。そりゃ淳はこのとき身長もやっと160cmになった位だし、体つきも華奢だから、セーラー服も行けないことは無いかもしれないけど。 「水木みたいな女子中学生やだな、おれ」 「いやーだ、可愛い〜。着て着て!」 「見た目だけならともかく(?)…喋ったら一発でばれるな」 「ホラ、他の二校は男女ペアだけどここだけ男子だけだから一挙両得かなあって」 みんなでぎゃいぎゃい、ああだこうだと騒いでいる間、当の本人はじっと考えこんでいる。そしてしばらくして真剣な顔で 「やっぱムリだ」 と宣言した。 「当ったり前だろ、何考え込んでんだよっ」 純がツッコむ。 「いや…ありかなって。なんか別に日常生活ではどうにかなりそーな気もすんだよね」 「はあ?」 皆呆れた顔で淳を見る。 「でも体育とかあるし、これから水泳とかあるからなー。水着はキツイよな」 「ば…ばっかかおまえっ!」 「水着がなあ…。あ、アノ日ですって休めばいいのか…」 ゴンッ。純がこぶしで淳の頭を殴った。 「いってー」 「いー加減にしろよな!どうしたらおまえが女子中学生として日常生活送れるんだよ。ほらっ言ってみろ!」 「て、言うかな…水木」 有矢氏はますます呆れたという顔で 「そんなに嫌か、髪切るの」 と言った。 「頭触られんのやなんだよね。言うじゃん、頭触るとそこから悪魔が進入するとか、知識が逃げるとか」 たまに変なことだけ知ってたりする。でも多分これはあとからくっつけた屁理屈で、本人もどこまで信じているのかわからない。おそらく全然信じていない可能性が高い。無神論者だし。 「そんなに嫌ならそのまま行って、怒られるか?生活指導主任にとっ掴まって丸坊主にされても知らんぞ」 「う”っ」 「あ。ちょっと見たあい」 これはもちろん亜佐美。 「なんだかなあ…」 杉浦はため息交じりで、『丸坊主、丸坊主』とぶつぶつつぶやく淳を見た。 「だんだんこいつ中学に行かせても大丈夫か心配になって来た」 「髪の長さだけならチルの方が長いよね。ああでも彼は大丈夫か」 「どーゆー意味だよっ川上!」 「ははは」