1.3. The Last Year. 〜part5

 
 
  
     
 淳と尚が戻ると10時を過ぎていたが、みんなはホールで盛り上がっていた。、中心には純がいた。 「何してんの?」 「あーおっかえりー淳。…と、それから尚もね」  由利香がいち早く気がついて手招きする 「なんの騒ぎだこれ」 「ミネちゃんがねー面白い人に会ったんだって」 「面白くなんかねえよ」  純は不満そうだ。一方的に怒鳴られただけで、面白いも何も無い。 「あのねー汀さんの弟なんだって」 「汀ぁ?げっ弟なんていんのかよ。どんなやつ?」 「わけわかんねえ。いきなり怒鳴られた」 「なんだぁそりゃ」  純は今みんなに話したことをもう一度繰り返した。チャイムしつこく鳴らしてたら、いきなり現れて、凄い剣幕で怒鳴りまくった事。目つきが尋常じゃなかった事。アンティークの花瓶が割れたこと。午前中は機嫌が悪いとの事だが、普通の状態はとても想像できない事。  みんな一度聞いたはずなのに、またげらげら大笑いしながら聞いている 「面白そうじゃん。会いに行ってみっかな」  淳が何気なく言うと、とたんにあちこちから 「やめろ!」 「ケンカになるの目に見えてるから!」 「行くなら午後にしろ!」  と、突っ込みが入る。 「ミネだから、ケンカにならなかったんだよねー」  とこれは歴史。 「おミズだったら、相手が一言怒鳴った段階で殴ってるでしょ」  それは、そうかもと自分で納得してしまうところが悲しい。みんなもうなずいている。 「そのうち来るよ。汀さん、仕事手伝わせるって言ってたから」  多分毎日午後からになるだろうけど、と純は付け足した。  淳と尚が荷物を片付けるために、3階に上がろうとしていると、由利香がついてきた。 「なんか用?」 「別に。尚の部屋どんなかなーと思って」 「みんな同じだろ」 「いいじゃない」 「変なヤツー。ま、いーけど」 「あ、あのさ、チルチル、好きな人いるんだって」 「え?」  淳は足を止めた。ちょっと以外だった。ΦのABクラスでは、由利香と歴史は何かと子供扱いされがちだ。実際は歴史は結構しっかりしているし、辛辣な事も言うのだが、見かけが可愛いのと口調が柔らかいので損(得?)をしている。みんな二人をなんとなく妹や弟みたいについ扱ってしまう。 「へーえ、コドモだと思ってたのに。誰?」 「それは分かんない。隠してるみたい」 「それって、好きなやつがいるって事自体、秘密じゃねーの、もしかして」 「あ、そうかもー。言わないでね、誰かに。尚もね」 「いわねーよ。誰に言うんだよ」 「でねっ!私は、チルチルが誰が好きなのか突き止めるって決めたの」  由利香は元気に宣言する。 「止めとけよ。秘密なんだろ」 「え〜っ、つまんない」 「ユカだって、そんな風に誰かに詮索されたらやだろ」 「相手によるな」 「相手って」 「淳だったら教えてあげる」 「あ…そ…」  それは言外にあなたは対象じゃないって言ってんのと同じだよな、と淳は思う。 「淳には、ウソつけないからさー」 「そりゃ…ありがたいこったよね」 「だから、淳も好きな人できたら教えてねっ!」  …それはつまり、あなたには今好きな人なんていないわよね、って言ってるって事だよね、と更に思う。  まあ…別に…いいんだけどね 「そんなん、知らねーよ。勝手に探れ。…ほら着いた」  各部屋は、8畳ほどのフローリングで、一番奥の窓際にベッド、その手前に机とイス、クローゼットタイプの収納スペースが作り付けになっている。机とは反対側の入り口近くのドアを開けるとシャワーとトイレと洗面台があり、一番奥の半畳ほどのスペースに一口のコンロと流し。流しの上にステンレスの板を置いて調理が出来るようになっている。コンロの下は、冷蔵庫、流しの下には鍋などが入れられる。まあコンパクトながら機能的な作りだ。ベッドの下も収納で、服などが入れられる。  実は部屋は2部屋続きになっている。間にはドアがあって、両側から鍵がかかるようになっている。おまけにその前に机とイスがあるので、ふつうは行き来が出来ないはず。でもこっそりと鍵を付け替えて、行ったり来たりができるように改造してある部屋もあるらしい。部屋換えは双方の合意の下自由に行なって良いことになっている。ただし使用していない部屋に引っ越すのは厳禁。じゃないと、勝手に2部屋も3部屋も使う輩がでてきそうなので。 「入り口に名前のプレート掛けて…と。あと、隣おれだから、なんかあったら呼べよな」 「あ、その隣、私ね。山崎由利香、よろしく」 「あ、ども」 「ここでの生活長いから、なんでも聞いてね」 「へええ」 「じゃ、私、行くねっ。また明日〜」  由利香はまた、ホールの方に降りて行った。軽やかなトントンという足音が遠ざかって行く。 「何しにきたんだ、あいつ。あ、そう言えばおまえの荷物おれの部屋に置きっぱなし」  淳は隣の自分の部屋の鍵を開けて、灯りをつける。そう言えばサブベッドも返しておかなきゃと考えていると 「淳さ、あの子好きなの?」  唐突に尚が訊いてきた。 「え?なんでそーなるんだよ。ほら、荷物」 「じゃ、彼女が淳を好きなのか?」  再度尚が訊ねる。 「ちげーだろ。さっき言ってた事聞いてただろ」 「ふ〜ん。じゃおれが好きになってもいいんだ」 「はぁ?何言ってんだ尚?正気か?会ったばっかだぞ」 「なんか気に入った」 「アイツすっげーガキだから、無理だと思うけど、そーゆーの。ユカの好きはさ、お友達も、犬猫も、パフェもみーんないっしょなんだって」 「へー。じゃおまえは待ってんだ」 「何をだよ」 「彼女が成長するの…」 「…え?…」  一瞬、言葉が返せない。あれ?そうだったかな?という気持ちになり、違う違うと打ち消す。そんな風に考えてみた事は無かった。待ってる…ね。へええ、そうなのかな?まるで人事みたいに淳は考え、でも口から出た言葉は 「そんなんじゃねえよ」 だった。もし仮にそうだとしても久しぶりに会ったばかりの尚から指摘されるのは悔しい。 「ふーん。おれは待たないからさ」 「ちょ…何言ってんだよ、尚」 「じゃ、おれ荷物片付けるから。おやすみ」  淳の目の前でばたんとドアが閉まった。カチャと鍵のかかる音がした。 「明日、朝、7時ミーティングだぞ」  部屋の中に向かって大声で叫ぶが返事はない。仕方なく自分もロビーに下りる事にする。  階段を下りながら考える。 『う〜ん。やっぱよくわかんねーな尚は。』  昨日と今日いろいろ話して、かなり分かったような気はしたのだが、すんでのところでするっと手から抜けていってしまったような感触だ。それに、 『なんで由利香かなあ』  尚の口ぶりだと誰でもいい感じがした。まあ、愛とか優子だったら騒ぎが大きくなるから 『まあ、由利香の方がマシか』  由利香が聞いたらものすごく怒りそうだが。  ロビーではみんなまだワイワイ騒いでいた。 「あ、おミズ、美形の弟さんは?」  温が待ってましたとばかりに声をかける。 「美形の弟って…同じ顔のおれに言うなよ。フォローできねー」 「おミズも美形じゃない、黙ってれば」 「喋ったって顔変わんねーだろ」 「う〜ん」  温は考え込む 「なんっか、違うのよね〜。もうそういう対象には見られないのよね〜」 「見てくんなくていいって…。温ちゃん疲れる……」  淳はロビーのソファに崩れるように座り込んだ。 「ね、ね、で、どーしてんの?」 「なんか、温ちゃんさっきからすっごい気にしてるんだけど」  愛が笑いながら言った。 「あいつ、やめといた方がいいよ、多分」 「おおっ、おミズが嫉妬してるっ!」  千広が言ってみんなが笑った。昨日、尚が現れ、今日、乗が現れた事で、妙にみんなテンションが高い。 「嫉妬ぉ!?それ、おれ、あんました事ねーからよくわかんねー」  冗談ではないのだが、またウケる。  実際、誰かを羨ましいと思ったことはあまりない。別に自分に絶対的な自信があったりするわけではない…と思うのだが。まあせいぜい、すごくお腹が空いた時、人のご飯の方が盛りが良かったら、いいなと思う程度だ。 「ねーなんでやめた方がいいの?」  温はとっても気になるようだ。 「いや…あいつ、兄弟のおれでもよくわかんねーし」 「兄弟より、恋人の方がよく分かり合えるわよ。ねーラヴちゃん」  と、愛の方を向く。いつのまにか、愛にもニックネームがついたようだ。どうせまた歴史だろう。  愛はにこにこして、返事をしない。肯定しているようにも、否定しているようにも見える。  一年前のあの日から、愛は純と付き合い始め、ほぼ順調。まあべつに付き合うと言ったって、たまの休みに町に出かけたりするくらいで、平日はお昼をいっしょに食べていたりする程度。それも淳が混じっていたり、温が混じっていたり、関係ないのに健範あたりがいたりでほとんど二人っきりではない。交換ノートをしているらしいという噂もあるが、いたって健全。当たり前だけど。  付き合っていると言えば、由宇也と優子の方は二人きりでいることが多い。二人でいると何となく近寄り難い雰囲気があるせいか。二人でいる時も会話をする訳でもなく黙々と食事をしていて、なんか、もう何年もいっしょにいる夫婦みたいだ。一体何歳から付き合ってるんだこの二人。ちょっと落ち着きすぎの気もするが、多分お互いをそれだけ信頼しているって事なんだろう。 「友達どうしの方が分かり合えるんじゃないのか」  千広は首を傾げる。 「好きな子の前ではいいかっこしたいじゃん」 「あっまーい!」  と温 「本当の自分自身を愛してくれるんじゃなきゃ、恋人なんて言えないわよ」 「そんなの理想だよ理想」  そのあとも喧喧囂囂。二人ともとりあえず言いたい事言って、ちょっとおさまったところに、また淳が 「恋人だって友達だって似たようなもんじゃん」  とか口をはさむから、今度は淳に 「そんなのおミズだけっ!」  と非難が集中する 「じゃどこが違うっての」 「恋人ってのは、男と女でしょ!」  と温 「そんな事決め付けんなよな。別にいいじゃん男同士でも女同士でも」  とますます話をややこしくする。たしかそういう話じゃなかったはずなんだけど。 「じゃ、男でも好きになれるの?」 「おれは多分できねー。でもしょーがねーだろ、好きになったら」 「そうかあ?」 「気持ち悪いよねー」 「よその話ならいいけど、知ってる人だったらやだよね。ね、ユカは?」  温が珍しく黙っていた由利香に振ると 「よくわかんない」  と答える 「考えた事ないもん。そういうこともあるんだぁ…」  それを聞いて千広が淳を、肘でつつきながら 「おい、教育係、教育たんねえぞ」  とニヤニヤする。 「おれかよ!知るかよそんな事までフォローできねーよ」 「ねー淳そういう事あるの?」 「だからー、何でも聞くなって」  と言いながらも、由利香の『教えてってば!』と言いたげな目でじーっと見られると弱い。なんでおれがとか、ぶつぶつ言いながら由利香を隣にすわらせて説明を始める。 「小さい時は、好きとかの感情に別に男とか女とかかんけーねーじゃん。ある程度の年になってなんで男の子と女 の子が付き合ったりしたくなるかっつーと、種族維持のための本能だよな、言わば。あと自分に持ってないものに対するあこがれとかさ。でも、本来好きの感情ってのは別で、一緒にいたいとかそういう感情だから、それはかんけーねーだろ男とか女とかは」 「あ、そうか」 「世の中には、男でも男しか好きになれねーヤツもいるし、女でも女しか好きになれねーやつもいる。それは本人にはどーしよーもねーだろ。相手もそうならいいけど、相手が違う場合は大変だけどさ、それは男女の場合だっておんなじだよな。ホモとか言うけどホモって本来、同種のって意味だからこれは男女共通の言葉なわけ」 思わず聞き入っていた周りから、「へーそうなんだー」の声 「そうーなんだよ!ただ今は男の場合に主に使われてるだけ。男同士の場合もいろいろあってさ、自分が女として認められたいから、女装とかに走るタイプとか、自分は男なんだけど相手の男を女として愛したいタイプ、あと明らかにバリバリ男同士が好きなタイプ。これはアメリカなんかのマッチョタイプが多いよな。ハードゲイだよね。おれはこれが一番理解できねー」 「じゃ、あとは理解できんのかよ」  と突っ込みが入る 「そういうこともあるかなとか思うだろ。あとさ、一見最初のタイプに見えるけど、女装だけが趣味ってやつもいるよな。いわゆるドラッグクイーンてやつ」 「いわゆる…ってしらねーよ」  また突っ込みが入るが、無視して先を続ける 「あと、もっと深いのが、男として生まれてきても、どうしても自分を女としか思えないヤツがいるって事。もちろん逆も。これは大変だよな。子供が生みたくなったりするわけだから。あとさあ、そういう男とそういう女が結婚して、表面上は普通の夫婦なんだけど実際は逆ってのもあったよな、そう言えば」  そう言えばってどう言えばだ、とか多分誰か思ったが、もはや誰も突っ込まない。  延々と喋り続ける淳をみな唖然として見ている。由利香に至っては、言葉がどこまで頭に入っているのかポカンとした表情だ 「両方オッケーなヤツもいるよな。男も女もイケるやつ。両刀使い?こういう場合は本来は同性愛の志向が強くて、隠れ蓑的に異性の恋人作ったり、結婚したりする場合が多いんだけど、中には本来異性愛志向で、遊びで…ってこともある。遊びはよくねーよな、遊びは。昔の権力者とか、高い教育を受けてたりしたやつに結構多くてさ、ギリシャ時代からあったって言うし、ギリシャ神話なんかにもそんな表現あるし。日本でも戦国時代の武将は多かったよな、あと修行の厳しい寺院とか。つまりは、男ばっかの特殊な世界だと、また条件が変わってくるってことだよな。また、完全に自分は精神的に男性と女性の両方だって主張するやつもいる。バイセクシャルってやつね。これは当然相手も男でも女でもイケるよな。それから、例外だけど、日頃そんな傾向がなくても、ある一人には惹きつけられるってこともあるよな。これはそういう『嗜好』なわけじゃねーから、別もんだけど。同性愛でも、子供専門とか、デブ専門とか、中年専門とか、嗜好は細かく分かれてるけど、ま、これは異性間でもありうる事だから、要は異性でも同性でも同じってことだよ、人を好きになるのは。…わかった、ユカ?」 「な…なんか、いっぱい、いっぱいで頭ぐるぐる」  由利香は目を白黒させている。  黙って聞いていた純が淳の頭を、軽く手の平でパンっとたたく 「おミズ、詳しすぎだよ」 「え?なんで?じょーしきじゃん、こんなん」 「常識じゃねえぇぇっ!」  と、いっせいに入る突っ込み。 「ユカ、多分半分もわかってないぞ」 「わ…わかるもんっ!」 「ほんとお?」  温が顔をのぞき込む 「分かるってば!」 「ふ〜ん。じゃチルくんは?」 「え?えええ?ぼく?」  歴史はちょっと考え、言葉を選びながら 「よく…わかんないけど、男が男を好きになってもいいんだ…って思った」  と言った。 「そーそー、それでオッケー」  淳はVサインを送って、ウインクした。 「えらいなー歴史、話の本質捉えてるよな」 「だったら延々喋るなよ。最初の部分だけで十分だろうが」 「いや…止まんなくなっちまって」 「そんなこったろうと思った…」  みんなまだ呆れた顔で淳を見ている。この夜ΦのABクラスは『同性愛』について、妙に詳しくなってしまった。
  
 

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