1.4. So……,Where Is the Ghost? 〜part2
「ただいま、どうだった?」 20分くらいして、明子先生が戻ってきた 「べっつに、らくしょーだけど。でも、みんなあんなかすり傷で医務室来るんだ。」 「かすり傷?何人来たの?」 「5人。突き指ひとり、やけどひとり、擦り傷ふたり、ささくれがはがれたのひとり。」 「え?」 明子先生は、来室者名簿を見て、あきれたように 「Cクラスの女の子ばっかりだ。」 と言った。 「あれ?そう?」 「気がつかなかったの?ばかだな、この子達、君目当てよ。」 「なんだ。変だと思った。」 どおりで、ほおっておいてもすぐ治るような、傷ともいえないような傷ばかりだと思った。 「治療してあげたの?」 「しょーがねーじゃん。いつもだったら、そんなもんほっとけって言うけど。」 「水木くんって優しいのよ、とか噂になるよ。」 「うげ。それはすっげーやだ。」 「この、最初に来た子、君のファンだし。」 「は?田村だっけ?」 「田口さん。よくここで話してるよ、やめとけって言ってんだけどね。」 「はー、おれ、人気あるんだ。」 「水木淳くん、君は自覚無さ過ぎだよ。CクラスとDクラスにファンクラブみたいなのあるの知らない?」 「知らねー。へーそうなんだ。」 「バレンタインデーにチョコとか貰うでしょ。」 「数なんか数えねー。特に好きじゃねーやつに貰っても、嬉しくねー。」 「失礼なやつだね、本当に。」 明子先生は心底呆れたという顔で淳を見た。 「めーこさん戻って来たからもういいんだよね、おれ。」 「何言ってんの、一時間って言ったろうが。」 明子先生はハンガーから白衣を外して着ながら、2床あるベッドをあごで示した。 「シーツ替えて、古い方洗って干してきて。布団カバーと枕カバーもね。」 「洗濯室もってきゃいいじゃん。」 「だめだよ、ちゃんと日光消毒しないと。」 「おれ、洗濯なんてした事ねぇ」 「洗濯室のおばちゃんに教えてもらいな。はい働く、働く。」 シーツに皺がよってるだの、枕が曲がってるだの文句を言われながらシーツとカバーを替え、洗濯室のおばちゃんに洗濯機の使い方と、洗濯物の干し方を教わる。どうにか終わらせて医務室に戻るとあらたな仕事が待っている。 「お茶入れて。」 「茶ぁ!?出来るわけねーじゃん、そんなん。」 「君、ほんとなんもできないねえ。」 「16才男子は普通できねえって!洗濯も、お茶くみも。」 「しょうがないなあ。ほら、覚えな。」 明子先生は自分で立ち上がってお茶を入れ始めた。まず、ふたつの茶碗にお湯を入れて温めておく。次に急須に茶葉を、茶さじで計って二人分入れ、お湯を注いで、それはすぐ捨てる。次に茶碗に入れてさめたお湯を急須に入れ、蓋をしてじっくり待つ。茶葉がすっかり開いたところで、茶碗に注ぐ。その時、両方に均等になるように、少しづつ注ぎ分けていく。最後の一滴がおいしいので、急須の中に残さないようにする。淳は興味深々といった表情で明子先生の手元を見ている。 「女らしいこともできんだ、めーさん。」 「失礼だな。ほら、飲んでみて。」 一つの茶碗を淳に渡す。淳は一口飲んで、へえと思った。お茶が甘い。 「すげー、めーこさん、うまいじゃん。」 「お茶の味わかるのか?エライじゃないか、水木淳。タバコはやめたみたいだな」 「とっくに止めてんよ、んなもん。体力続かねーもん。ちょっと興味本位で吸っただけ」 「酒は?」 「酒は…ごめん。」 4丁目に住んでいたころに、悪い大人に酒とタバコを教わってしまった。タバコは吸っていると、走っていても息がすぐ上がってしまうので止めた。外まで買いに出なくちゃならないし。でも酒はやっぱりたまに飲んでしまう。それも多量に。 「酒グセ良くないんだから、気をつけなよ。はい、じゃ今の方法で、もう一度やってみよう!」 「えー忘れた。」 「できるまで特訓。」 「なんでだよーっ!」****************
明子先生に付き合って(?)いて、午後の時間に大幅に食い込んでしまう。レポートの課題があったのに。それも、苦手な実験なのに。理科室では、みんなもうそれぞれの課題に従ってあちこちで実験を始めている。同じ課題の者はいっしょにやったり、お互い手伝ったり、けっこう和気あいあいだ。 「あ、尚みーっけ。進んでる?実験」 淳と課題が同じはずの尚は淡々と一人で試薬を計り、反応させて化合物を生成させ、性質を調べていた。 淳が行くと、ちょっと迷惑そうな顔をした。 「おまえが来ると、上手くいく物も失敗するんだよな。」 それは、何故かと言うと、一言で言えばおおざっぱだからだ。薬品の量とかも計っているうちに面倒になって、目分量でやったりするので、上手くいくはずがない。 「ひでー。ミネー、尚がいじめるー」 「おれに振るな。」 純はとなりのテーブルで同じ課題の武と何かやっている。淳が見ていると、やっぱり迷惑そうな顔をされる。実験苦手なくせに、ちょいちょい他人のところに手を出して、大失敗させる事も稀ではない。よって実験中は淳を近くに置くなというのがまず成功への第一歩ということになっている。純は体で実験器具を隠して、淳には見えないようにしながら、 「見るな。おまえが見てるとそれだけで失敗する気がする。」 「ひでーなー。尚あとでレポート見せろ」 「1000円。」 「たけーよ。」 「いやなら、いいけど。」 「足元見やがって…」 でも、自分で実験して失敗するよりましかとか思う。この間も大爆発起こして、あやうく部屋ごと吹き飛ばすところだった。天井に今もその名残の黒コゲが残っている。嫌そうな顔で実験を続ける尚を、頬杖ついて眺めていると、後ろから声をかけられる 「あのお、水木くん」 「え?あーえーと、田島さん?」 「田口だってば。さっきありがとう。おかげでずいぶん良くなったわ」 「そりゃ、どーも、わざわざ。あ、そうだ、あんたさ、もしかしておれが医務室にいるって、誰かに言った?」 「ちょっとだけ」 ウソだった。実は全員に吹聴して回った。で、そのうち4人が即飛んで行ったわけだ。 「迷惑かけた?」 「別にいいけどさ。Cクラスの女の子ケガしやすいよな、と思って」 「そうかなー?じゃ、また怪我したら行くからよろしくね」 にっこりわらってそう言うと、美奈子は他の子の実験を手伝いに戻って行った。きゃあきゃあ小さな声ではしゃぐ声が理科室の反対側の端の方から聞こえてくる。 「何、あれ?なんかしたのおミズ。」 純が実験の手をやすめて、小声で聞いてきた。 「突き指の治療。」 「おまえが?」 「おれが。」 「うわ、こえー。」 「おれもそー思う。あーそうだ、ミネ。おれって人気あるんだって。」 「はあ?何言ってんの。」 「だよなーヘンだよなー」 「違くて。何今さら言ってんのって事。」 まったくこいつは、と思いながら、淳の横顔を見る。くっきりした二重のちょっとだけ切れ長の目、通った鼻筋に、少し薄めだけど整った形の唇、完璧なあごのライン。男でも、ともすれば見入ってしまう程キレイな顔立ちなのに、本当に自覚がない。 「ったく、やになるよな。おまえといい、チルと言い、由宇也といい、なんでおれの周りは美形ばっか」 「なーんで。おれはミネの顔好きだけどなーふつーでいいじゃん。」 「おまえに好きとか言われてもな」 「体格だって、がっちりしてるし、男っぽくて、おれはスキだけどな。おまえのが、全然カッコいいって。」 純は呆気にとられて淳の言葉を聞いている。 「な…なに言ってんだおミズ」 「それにミネ、性格が男前じゃん。おれみてーにてきとーじゃねーし。」 「え?えーと?」 「おれ、女だったらぜってー惚れてた」 それを聞いていた武が、くっくっと笑いをかみ殺しながら言う。 「おミズ、もうやめなよ、ミネ照れてるよ。」 「マジなんだけど」 淳は真面目な顔で言う。 「おれ、ミネだーい好き」 「わかった、わかった。おれもおまえに好かれて嬉しいよ。だから、ちょっと黙ってて…」 「煙出てるぞ。」 隣のテーブルから尚が声をかける。純の試験管が何故か黒煙を上げている。 「うわわわ!だから、おまえが見てるとロクな結果に…」 「ごっめーん」 淳はイタズラっぽい表情になって舌を出した。 「わざとだな。…絶対わざとだろ!」 「ミネの負けだな。」 と、武は笑っている。 「おミズの色香に惑わされてるから。」 「惑ってねえぇぇっ!」 「ホントに好きなんだけどなー。ラヴちゃーん、ミネもらっていい?」 「おミズっ!いい加減にしろよな!本気にとられるぞ!うわさになりかけてるって言ったろーがっ」 と、怒ったものの、2、3個先のテーブルから愛が 「ちょっとならね。あとで返してね。」 と返事をしてくるに至っては、ガクッと力が抜ける 「すげーラヴちゃん、つえー。」 淳はぱちぱちと力の抜けた拍手を3,4回する。さらに、追い討ちをかけるように 「ねーおれって色気あんの?」 「だーかーらー!おまえは黙ってろ」 「なんか利用する事考えた方がいっかなー。ミネで遊んでてもしょーがねーし。」 「いっぺん、殺すぞ。時々真剣に首締めたくなるよ、おまえ見てると。」 「ねーそういうの、情死っていうの?」 いつの間にか近くに来ていた由利香が、危ない発言をする 「…ユカ、それはかなり違う…」 ますます純の力は抜けていく。 「違うんだー。」 「情死っつーのは…。」 と、またそこで淳の説明が延々と続く。 「本当に、おミズの知識は偏ってるけど、寄ってる部分は豊富だね。」 「武、感心するな。こいつ、また調子に乗って要らん事まで喋りだす。」 純は再度実験にチャレンジすべく、試験管を洗い始めた。同時に尚はデータをまとめ上げ、さっさと帰り支度を始める 「尚、データ置いてけよ。」 淳が言うと、レポート用紙をポンと投げてよこした。自分のを渡してしまうとどっかにやられる可能性があると思ったのか、ちゃんと書き写してある。さすがに性格わかってる。 「それ、やるから、片付けしとけよ。」 「1000円は?」 「後でいい。夕飯もな」 「ひでー」 「書き写した分」 と言って、尚はさっさと部屋を出て行ってしまう。 「尚、こいつに片付けさせると…。」 と、純が止める間もなく、淳はビーカーや試験管に残った試薬を無造作に流しにポイポイなげこむ。とたんに凄まじい刺激臭のある白煙が、物凄い勢いで立ち上り、部屋中に立ちこめた。何人かが一斉に咳き込む。 「うわ、すっげー。」 なんて当の本人は感心している。 「よろこんでる場合かっ!」 「窓開けろ、窓!」 「きゃー、やめてー、火が消える〜。」 「誰だよ、おミズにやらせたの!」 あちこちからビーカーやらフラスコやらが倒れる音やら、何かがこぼれる音、ガチャンとガラスが割れる音がし、あたりは騒然となった。窓の一番近くにいた歴史が手探りで窓を開け、少し薄まった煙の仲、誰かがベランダへのドアを開けて、しばらく一時退避する。 「なんの騒ぎだー!」 騒ぎを聞きつけて有矢氏がやってきた時には、どうにか部屋の中が見渡せる程度に煙は薄まっていた。しかし、部屋に入ったとたんに、有矢氏は激しく咳き込んだ。目も痛い。 「な…なんだこれ。」 「おミズが…って、あれ?」 いつの間にか、淳はいなくなっていた。尚からもらったデータもしっかりなくなっているところを見ると、どさくさ紛れて逃げたらしい。 「また、あいつか」 有矢氏はげんなりした顔をする。 「腹筋1000回だな」 「おー」 拍手が起こる。 「この前も、あれ」 と、純は天井の黒コゲを指差す 「やったんですよ」 「腕立て1000回追加」 さらにたくさん拍手が起こる。普通は罰って言うと、グラウンド20周とか、100周とかだけど、淳だといつまでも喜んで走ってて、罰だけご褒美だか分からないので、彼の場合は腹筋と腕立て伏せ。それも最初200回くらいだったのが、全然堪えなくなってきて、100回ずつ増え、とうとう1000回に至った。 『ざまーみろ、あいつひとの事コケにするから』 と、純は心の中でほくそえんだ