1.4. So……,Where Is the Ghost? 〜part3

 
 
  
    
 夕練前のホームルームには淳はでてこなかった。多分何か悪い予感がしたのだろう。  その代わり、医務室には今度は忘れずに行った。行くと明子先生が待ち構えていて、 「なんか、目とか喉とか痛い子がやたら来るんだけどな。」 と、言った。 「あははー、そういう季節なんじゃ…」 「君だろ。聞いたぞ有矢さんに。ここで罰として腹筋と腕立て1000回ずつやらせとけとさ。」 「1000回ずつっ!?鬼!」 「文句言ったら腕立てじゃなくて指立てやらせろと言ってたな。」 「やらせていただきます。」  1000回指立てなんて冗談じゃない。空手家じゃないんだから。腕立てだって腹筋だって冗談じゃないが。  いつの間にかマットが引かれ、明子先生はカウンターを手にしている。 「数えてやるから、はい!始める!」  文句を言いながらも仕方なく腹筋を始める。タラタラやっていたら、 「そんなことじゃ、夜になるぞ。」 と言われ、ペースを上げる。500回くらいやったところで、またCクラスの女の子が入って来た。 「すみませ〜ん、怪我しちゃって」 と言って、部屋の隅で淳が腹筋しているのを見てギョッとする。 「な…なにしてんですか?」 「見てのとおり腹筋だ。こいつ、なにかやらかしただろ。罰だな。」 「ああ、さっきの…」  多分彼女も現場にいたはずだ。 「だから、こいつに治療はしてもらえないぞ、どうする?」 「あ、じゃあいいです。」  女の子はあっさりと医務室を出て行った。現金だ。 「ほら、君目当てだろ」 「どーでもいーけど、めーこさん。カウンターは?」 「あ、悪い。忘れてた。」  女の子と喋っている間、数えるのを忘れていたらしい。 「ひっでー!」 「まあまあ、いい機会だと思って。」  1000回終わった頃には汗びっしょりになっていた 「あーもう、腹破れそう。」 マットの上に転がって天井を仰ぐ。 「中身が出たら、入れといてやるから。」 「めーこさん、エグい。」 「はい、腕立て」 「休ませろよ」 「手伝いする時間なくなるじゃないか。」  この上手伝いもさせるら気しい。 「洗濯物取り込んで、ああそうだな、モップと雑巾も洗っておいてもらうか、それと…。」 「どうしてそう、主婦みたいな事ばっかやらせんの。」 「水木淳、主婦の仕事をバカにすると、全国何千万人の主婦を敵に回すよ。」 「はいはい…おれが悪かったです。」  淳はやけになり、汗びっしょりのTシャツを脱ぎ捨てると、腕立て伏せにとりかかった。

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 腕立て伏せが終わる頃、二人目の来室者が現れた。今度はDクラスのやっぱり女の子だった。 「あのお…けが…」 「だとさ、水木淳くん」 「今、なんもできねー」  淳はマットにうつぶせに倒れこんだまま答えた。両腕が笑っていて、細かい作業はおろか何かを持つこともしばらくできそうにない。 「だとさ、どうする?」 「あ、明子先生でいいです…」 「悪かったね、」 「あああ、すみませんー」  女の子は謝りながら、治療用のイスに座る。まだマットにうつぶせの状態で、ゼイゼイ肩で息をしている淳の方を見ながら明子に恐る恐る 「あのお、どうしたんですか?」 と聞いた。 「バカやったから、罰で腹筋と腕立て1000回やらされて、へたばってるとこ。だらしないねえ。」 「うっせー。」 「た…大変でしたね」  怪我は例のごとく大した事はない。明子先生は手早く消毒を済ませながら、 「そう言えば、あんた前、幽霊がどうのこうの言ってなかったっけ?」 と切り出した。 「はい」 「その後どうした?」 「まだ聞こえるって。」 「何が?」 うつぶせのまま淳は言う。 「Cクラスの友達が、夜中2時くらいに変な音が聞こえるって言うんですけど。幽霊じゃないかって」 「友達って?」 「田口さんです。」  最初に突き指で医務室に来た、田口美奈子だ。 「幽霊〜?くっだらねー。居るわけねーじゃん、そんなもん。」  霊感その他がほとんど皆無な彼は、幽霊や心霊写真などの怪奇現象は信じない。自殺があったホテルの部屋が安くなってたら、ラッキーと言ってすすんで泊まるようなタイプだ。 「でも、田口さんが何度も聞いたって…。」 「空耳じゃねえの。ねずみとかさ。出る出るって思ってると、しょーもないもんもそう聞こえちまうって。」 「で…でも」 「どこに出んの?お定まりに音楽室?奥から2番目のトイレ?」 「家…家庭科室。田口さんの部屋家庭科室の上だから。」 「家庭科室!?へー料理好きなんだそのゆーれー。」 「…」 「こら!水木淳。女の子泣かしてどうすんだ。もう1000回腕立てやらせるぞ!」 「へ!?」  淳はあおむけになり、上体だけ起こして女の子の方を見た。下を向いてじっとしている 「あ、悪ぃ。そんなつもりじゃ。」 「い…いえ。でも本当なんです…」 「でもなー、ゆーれーなんて…いてっ!」  また反論しかけた淳の頭に明子先生が手元にあった鉛筆を投げ、みごと命中する。 「君は、まだそういうこと言ってんの!聞いたって人がいるのは確かなんだから、仕方ないだろ。それから、いつまでも裸でころがってないで、Tシャツ着るとか、起きるとかしろ。すごく怪しいぞ。彼女が目のやり場に困ってる。」 「あ、忘れてた。」  Tシャツはエアコンの風で、丁度乾き、ひんやり冷えていて気持ちがいい。でも腕がだるいのは治らない。  女の子が治療を終えて帰ると、淳は明子先生に 「あーびっくりした。」 と言った。 「女の子って、あんなんで泣いちまうんだ。」 「君の周りには女の子はいないって口ぶりだね。」 「あれで泣く女の子はいねーな。怒るヤツはいても。」 「あの子は、君と話し慣れてないんだから、気をつかってやらなくちゃ。」 「めんどくせー。落とすワケでもねーのに」 「やれやれ、困った子だね。大人になりな」 「いつかね。」 という淳を見ながら、この子一生こんなかもしれないなと思う明子先生だった。

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「でさー、出るんだって言うんだけど、ゆーれー。」 「出ないだろ。」  その日の夕飯時、約束通り尚に夕飯をおごるついでに、その幽霊のことを話してみた。尚もあっさりとかわす。 「おれもそー思うんだけど、めーこさんが確認しろって、しつっけーの何の。」 「で?」 「付き合ってえええ」 「語尾伸ばすな、気色わりぃ。でもって答えは、『嫌だ』」  また、あっさりかわされる。 「ミネにつきあってもらえよ」 「あー、あいつはダメ」  淳は片手をひらひら振る。純は、お化け、幽霊の類が苦手だ。口ではいるわけないと言ってはいるが、その手の話になると必ず席を外す。 「乗は」 「オレはやだよ。」  いつの間にか乗が淳の後ろに立っている。汀翔一の弟、乗は去年の秋くらいから、週3,4回のペースで手伝いに来る。主に皆の個人データを管理しながら、トレーニングメニューを個別に作っている。最初は反発する向きもあったが、それなりの効果は上がったので、今はなんとなく自然に出入りしているといった状態だ。コーチでもないし、選手でもない微妙な立場を彼は楽しんでいるようで、今のところやめる気配はない。大方の予想どおり、午後から、それも3時過ぎからしか出てこないので、夜は遅くまで残っていて愛用のポルシェをぶっ飛ばして帰る。なんでそんな高い車に乗ってるんだと誰かが聞いたら、返事は一言 「速いから」 だった。あんまり説明になっていないが、誰もつっこまなかった。 「出たものは、出た時点で、出たと証明できるが、出ないものを証明するのは、不可能だ。今夜出なかったからと言って、いつも出ない事の証明にはならない。証明する方法は唯一、もし出たとしたらどんな状況になるかを推定して、現実との矛盾点を示していくしかないわけだ。」 「バリバリ理詰に聞こえるけど、論点外れてっぞ」  淳の指摘は無視して乗は続ける 「第一幽霊なんて、見る者の主観によるところが大きい。よって、幽霊を信じないオレとかオマエとかが行っても見えないはずだ。意味ないね。」 「要はめんどくせーんだろ。いいよ、屁理屈こねなくて。」 「そういう事」  乗はにやっと笑う。夕飯は食べていない。だいたいこの人がモノを食べているのはあまり見かけられない。コーヒーとか飲んでたり、タバコとか吸ってたりはするが。どこかで何かは食べているんだろうけど。  今日の夕食のメニューは中華丼とパスタセット。中華丼の方はワカメのスープとザーサイとシュウマイがついている。パスタはシーフードでポタージュスープとサラダとプチケーキがついている。ちなみに淳はカレーを食べている 「なんで左手で食ってんだ?」  乗が気がついて指摘する。 「右手、まだかったるくて使えねー。」  それを聞いて顔色を変える。腕がだるくなるような練習メニューは組んでいない 「何やったんだ?」 「腕立て1000回。」  とたんに怒鳴り出す。 「!このばっか!!なんでトレーニングメニュー以外のそんな無茶な事しやがんだ、テメーは!」 「キャラ変わってっぞ。」 「うっせえな!オマエ筋力が大してねえんだから、一気にそんな事やったら腕ぶっこわれるぞ。」 「いや…有矢さんが…っつーかおれが悪ぃんだけど。」 「有矢さんだな。」  乗は立ち上がった。 「よし、抗議して来る。」 「ちょ…ちょっと待てよ、乗…あーあ、行っちまった。相変わらず人の話聞かねーやつだな。」  そう、乗はあまり人の話を聞かない。聞いてる顔はしているが、多分頭にあまり入っていない。だから話していても、会話が成立しているんだかいないんだか、よくわからない事がある。 「おまえに言われたくないだろ。」 とは尚の意見。確かに淳もきちんと人の意見を聞くと言った姿勢からは程遠い。ただ淳の場合、聞いているか聞いていないかが、乗より分かり易いだけの話だ。 まあとにかく、乗は協力してくれなそうだ。もともと期待はしてなかったけど 「霊感、強いやつに頼めよ」 「霊感?誰かいたっけ?」  何しろ自分が全然興味がない分野なので、誰が関心もっているかとか、誰が詳しいとかとっさにはわからない。 「館内放送でもして、誰か探すかな?」 「それは、無理だと思う」 「何が無理なの?」  夕食のお盆を持って、歴史が現れた。今夜は中華丼を選んだらしい。という事は健範はパスタ 「あー、おまえがいたっ!」 「な…なに?」 「チル、霊感あるって言ってなかったっけ。」 「うん、まあ」  彼は結構人に見えないものが見えたり、聞こえないものが聞こえたりする。いつもは『ありえねー』とか言っている淳だけど、こんな時は自分と違うタイプの人間が一緒の方が良い。自分だけじゃ絶対なにも見つからないし、多分何かあっても、心が否定するから見えないはず。って、もともと信じちゃいないんだけど。 「自分じゃ嫌なんだけどさ。」  確かに本人にはあまり嬉しくはない。 「今夜、付き合え」 「こ…今夜って?」  一瞬引いた歴史に、 「幽霊捜しに行くんだって。」  尚がどうでも良いといった、口調で言う。 「そうそう尚と」 「行かないっつてんだろ!」 「明日の、朝昼晩飯おごるから。」 「う…」  尚は、言葉につまった。何故か彼はやたらお金を貯めている。目的があるのかないのかわからない。思えば小さい時から、お小遣いもらうと、その日のうちに無くなる淳にたいして、きちんと計画的に使って、次のお小遣いの日までいくらかちゃんと残ってるタイプではあったけど。自炊しようかなんて言葉もチラッと吐いたりしていた。 「わかった…付き合う」 「よっしゃーっ!!」 「ところで、カレーで足りんのか、おミズ?」  健範が不審そうに淳を見る。ご飯3杯とかお代わりして食べてる人が、カレー1杯で足りるわけない。 「これ2杯目。」  実は箸使えないと言ったら、食堂のオバちゃんが同情してお代わりさせてくれた。だから、1杯分の値段で2杯。なんだかんだ言って、おばちゃんたちに結構気に入られている。多分たくさん食べるからだな。  淳が健範がちまちまとパスタをフォークで巻きつけて食べているのを見て笑う。 「ノリ、パスタ似合わねーっ!」 「うっさいな。先に選ばれちまったんだよ。」  別に同じ物食べても良いとは思うんだけど、どういうわけか、今日も歴史と健範は別べつのものを食べている。  歴史は、 「気は進まないけど…」 と言いながら、淳を見る。淳が手を合わせて 「頼むっ!」 と言うと、ため息をつきながら 「しょーがないかあ」 と、行く事を承知した。ほんとうはかなり気が進まない。でも、いつも寝ている下の階で、幽霊がフラフラしているのもあんまり気味のいいものじゃないから、確認できるものならした方がいいのかもしれない  「ノリも行こーよ」 と言う歴史に健範は 「やだね。幽霊もキライだし、なんかこいつら」 と、淳と尚を指す 「二人と一緒に行動するの不安だ。」 「どーゆー意味だよ」 「おミズだけでも、天井焦がしたり、怪しい煙出したりしてんのに、二人になったら何するかわかんねえ」 「一緒にしないで欲しいけど」  尚は不満そうだ。 「おれは、人に迷惑かけてない」 「そうとは思うけど、なんか一緒にいると、何かやらかしそうな気がする。気をつけろよチル」  そして幸か不幸かその勘はあたってしまった  
  
 

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