1.6. And She Loves Him. 〜part3
というわけで、土曜の夜。なんでおれがオマエ等と酒なんか飲むんだ、と不審がる乗をつれてナオへ
「奈緒さーん、なんかおつまみてきとーに作ってね」
と言っておいて、キープしてあるウイスキーの瓶と、グラスと氷と水と、由利香の分のオレンジジュースをお盆に乗せて、奥の小部屋へ。なんか最近ここばっかり
由利香と淳がならんで、乗が向かいに腰を下ろす
「なんか、変だな、オマエ等。何か企んでないか?」
「ねーよ、なっ」
「ねっ」
「オマエ達が気が合ってる時って、絶対何かあるんだよな。不気味だ。」
「人聞き悪ィな。ヒトがせっかくストレス溜まった乗の愚痴でもきいてやろうと思ってんのに。」
ちょっとは本音。前は3時過ぎにしか現れなかった乗だが、最近は昼過ぎぐらいには現れて、一度みんなの午前中の行動をチェックし、午後のアドバイスを一人一人にしたりしている。夜も遅くまで残っていて、たまに泊まっていったりもしている。そのため一部屋が乗専用になっていて、着換えとかまで置いてある。それならいっそこっちに引っ越してしまえばとか思うのだが、夏帆が健康管理を心配して、それは許してくれない。出産間際の夏帆さんにあまり心配かけるわけにはいかないし、なるべく家には帰るようにしている訳だ。そのため睡眠時間は前よりもかなり減り、確かに疲れは溜まっている。前は一日の半分は眠っていたのに、多分今は8〜9時間くらい。それでも普通より多いけど。
「ストレスなんて溜めていない。ストレスっていうのは何かをしたいと思ってそれができない状態だし、オレは今、自分のたてたトレーニングメニューに従ってみんながトレーニングを積んでそれぞれ成果を上げていってくれていることに、そこそこ満足している。ストレスなんて感じるはずないだろう」
「まあ、おかげで調子いいけどさ。乗ロックだよな」
淳は乗にオンザロックを渡す。自分のほうは水を入れて水割りにする。由利香がこっそり自分のオレンジジュースにウイスキーをたらしこむのを、見て見ぬ振りをしながら
「はい、カンパーイ。」
「わーいカンパーイ」
乗は首を傾げながら、グラスを合わせるが、水割りにもちょっと口をつけただけの淳に
「おかしい」
と指摘する
「いつも、ストレートでガンガン飲む淳が、なんで、水割り、それも一口でグラス置くんだ?怪しい」
「え?あっれー、そうだっけー?」
「おれだけ酔わせてどうするつもりなんだ?」
乗は、もう一つのグラスにウイスキーをなみなみと注ぎ、
「オマエのはこれだ」
と淳に渡す。
「あ…いや、ちょっとおれ今体調が…」
「今言ったよな、調子良いって。」
「えーと…?そだっけ」
「オレの注いだ酒が飲めねえってか?」
「がんばれー淳、骨は拾ってあげるからー」
由利香は無責任に煽る。
「なに頑張るんだよ!」
「え?飲み比べじゃないの?」
いつの間に趣旨がそうなったんだろう?
「いや、おれ、こいつと同じペースで飲むと先にぶっ倒れんのは経験済みだし。こいつザルだから」
「淳だってザルじゃない」
「乗のが目が粗いんだよ!」
「ま、乾杯のし直しって事だな」
乗がオンザロックのグラスを上げる
「わーいもう一回カンパーイ」
「しょーがねーな」
諦めてこぼれそうなほど注がれたグラスを上げる。グイっと一気に半分くらい飲み干して(注:こういう飲み方をしてはいけません)もうこうなったら撃沈覚悟で臨むかと悲壮な決意(?)を固める。ただ問題はそうなったら記憶がなくなってる可能性があるって事で、そうなったら由利香が頼りなんだけど…
「ちょ…ちょっとユカ何飲んでんだ?」
「何って水割り。」
由利香はさっき淳が作った水割りを、コクコク飲んでいる
「おいしー」
「あのなーおまえまで酔っ払ってどうすんだよ」
「えー?ずっるーい、自分ばっか飲もうとして」
「いや、だから…」
「やっぱり、オマエ等なんか企んでんじゃねえか。」
乗がオンザロックのグラス越しにジロっとこっちを睨む。
「ちがうって」
「じゃ、もっと飲め」
乗はせっかく半分に減った淳のグラスの中身をまた注ぎ足して、グラスを満たす。
ちょうどそこに奈緒さんがおつまみ盛り合わせを持って現れた
「あー、おつまみおつまみー」
由利香が手を打って迎える。
「淳、ちゃんと食べてから飲みなね。悪酔いするよ」
特製オードブルセットといった様相のそれは、大きな銀のお盆に美しく盛り付けられている。色とりどりのカナッペにソーセージ、ポテトフライ、フィッシュフライ、一口サイズの鶏のから揚げ、チーズ数種類、手作りのテリーヌが三種類、そして真ん中にナオ名物のポテトサラダがたっぷり盛り付けてある。
「すっげー。ゴメン奈緒さん、柿の種とかで良かったのに」
「そうも行かないですよ。じゃ、ユカちゃんこれ配ってくださいね。」
由利香に取り皿と箸を渡す。
「ボトル、空っぽですね。追加しますか?」
「2本」
乗が2本指を立てて注文する。
「2本ですか?わかりました。すぐお持ちしますね。じゃごゆっくり」
****************
「だっからさーおれは思うんだよねー、おれなんかトライアスロン出るくれーなら最初っから大会なんてキャンセルしちまって、いかねーほがマシだってさー」
一時間後、淳はすっかり出来上がっていた。ま、いつもと余り変わらないと言えば変わらない
さっき注文した2本のボトルはとっくに空になり、今はその後注文した2本の最後の一本に入っている。
「やってもみもしねえで、なに諦めてんだよ、どあほ」
と乗。こっちもそこそこ(か?)酔っていて、いつのまにか、氷はいれず、ストレートを飲んでいるが、本人ほとんど気がついていない。
「だいたいテメーは、努力がたりねえんだよ」
「おっまえなあ、おれが自転車乗るのにどんなにがんばったか覚えてねーのかよ、あ?」
「あんなもん、ムキになってただけじゃねえか。テメーは自分の体に無頓着すぎんだよ。倒れるまで体調悪ぃのに気がつかねぇなんてばっかじゃねぇのか」
「乗に自己管理について言われたくねーよな。午前中ゾンビの癖に」
「体質だから仕方ねえだろが」
「てめーこそ努力足んねーんじゃねーのかよ」
「きゃはははっ、ケンカしてるーっ。おっかしー」
突然由利香が大笑いしだした。淳はぎょっとして、由利香の顔を覗きこむ。目の焦点が合ってない…
「これ何杯目だ?」
「わっかんなあい。5杯目くらいは数えてたんだけどなー。」
「ってこれ…水割り…か?ほとんど水入ってねーじゃん。」
淳は由利香からグラスを取り上げた。
「あーけちーけちー」
中身を自分のグラスにあけ、由利香のグラスを水で満たして渡す。
「水飲め。お前目、据わってるぞ」
「へーきだもーん」
と言いながらも由利香は水を飲む。
「やあだぁおいしー。」
自分でお代わりを注ぎながら、いきなりストレートに切り出した。
「あーそう言えばあ、乗ってどんな女の子が好きなのぉー」
ぶっ!淳が飲みかけていた水割りを吹き出した。あまりにも唐突だ。しかし乗はその唐突さにはあまり気がついてないようで、
「女あ?」
なんて考えこんでいる。
「ユカはどんな男が好きなわけ?」
「んー」
と由利香も考え
「淳かなぁとりあえず」
ぶぶぶっ!!また吹き出した。それもさっきより勢いよく。
「なっなっ何言ってんだよ、ユカっ!正気かよっ!」
「いや、だからあ、だから淳が好きとかじゃなくてぇ、好きなタイプってもんが、もしあるとすればあ、淳かなあって。わかる?」
「分かんねーぞ!お前何言いてーか、ぜんっぜんわかんねーぞ」
「だ、か、ら、」
と淳の方を向き、腕をつかんで、淳も自分の方を向かせてから
「淳みたいな人がどっかにいるとして、何かの機会に出会ったら、好きになるかもなあって事だよ!なんでわかんないのっ!」
「いや、もう、全然」
パンっといきなり由利香が両手ではさみこむように、淳の両頬を叩いた。そのまま顔をはさんで目と目を合わせて
「淳が悪いんじゃないっ。淳がさ、人の事可愛いとか言っておいて忘れるからっ!だからユカは、わけわかんなくなっちゃうんじゃない!ばかっ!」
淳は呆然として、目だけ動かして乗を見る
「ね、なんでおれ、ぶたれたの?」
「大事なこと忘れてんじゃねえの。オレは知らないけどね。しっかし面白しれえなオマエ等って。ユカ、オレ見えてねぇよな、今」
「こっち向く!」
由利香の言葉に目を由利香に戻す。
「だいたい淳はぁ…」
と言いかけて淳の顔をじっと見る。
「なっ…なんだよっ」
「淳って…きれー」
言うと同時に由利香の体がぐらっと揺れて崩れた。そのまま床に崩れ落ちそうになるのを抱き止める。
「ユカっ!てめーまたそーやって言いたいことだけ言って、寝ちまいやがって!」
「えー…なに…が…あ」
返事は返ってくるが完璧に眠っている。仕方がないのでそのまま肩に寄りかからせておく事にし、手だけグラスに伸ばす。
「あーすっかり醒めちまった。」
あの、ボトル二本弱のアルコールは一体どこへ行ってしまったのか。乗を見るとニヤニヤしている。
「んだよっ!」
「いや、オマエもああいう事言われると照れるんだなと思ってさ」
「照れてねーっ!」
「オマエほんとに顔は、綺麗だよな。」
「でも、ある女の子に言わせると、乗のが、おれとは比べ物にならないほど美麗だとよ。」
「は?」
乗は狐につままれたような顔をした。
「なんだあそりゃあ」
と心底呆れたという声をだす。
「変わりもんだなソイツ。」
「で?」
「でってなんだよ」
グラスに氷を入れ、ウイスキーを注ぐ。
「さっきの話。乗の好きなタイプ。」
「はあん。ソイツに頼まれて、一緒に飲んで探ろうって魂胆か。へんだと思ったんだよな、通りで。まあたまにはいいけどな、淳と飲むのも。面白いもん見たし」
「見せもんかよ」
「今の格好もな」
「けっ!」
「オマエ等ホントになんもねえの?」
「ねーよ。あったらこんなとこで乗と酒なんか飲んでねーだろ。せっかくの土曜の夜をさ。」
「そりゃそうか。で、答えだけど、結論から言えば、そんなものねぇ。タイプなんてあるわけねえだろ。だいたい人間をパターンで分けるなんざ不可能だし、一人一人別もんだし」
「まーそれもアリか。じゃ今まで好きになったのはどんなタイプだった?」
「それもねぇ」
「うっそだろお。乗ふつーの学生してたんだろ。ありえねえ」
「ずっと男子校だったしな。」
「男子校だって恋愛の一つや二つ…(こらこら)」
「そういうヤツもいねぇわけじゃねぇけど、オレはわりと勉強一筋だったしな。」
「かわいーじゃん乗。じゃ初恋もまだなんだー。うわ」
「そこまで言ってねえ。」
「え、どんな子?」
「大体そんなもんガキの時にすますもんだろ。淳だってそうじゃねえのか?」
「うんおれはさ、幼稚園の時の先生と、同級生のお母さんに…って、ちげーだろっ。ごまかすなよ。乗の話だろうが。」
「幼稚園か。その次は、小学校くらいか。隣の席の女の子とかか。」
「一年の時に、六年のお姉さん、三年の時に、近所の高校生の…」
「年上ばっかじゃねえか」
乗が呆れて言う。
「おまえの年上のお姉さん方にモテるというか、遊ばれる体質はそこから来てるのか?今は?」
「今はいねえって言ってんじゃん。」
「じゃそれは?」
と淳の肩にもたれて眠っている由利香を指差す。
「これは…」
思わず答えにつまると、乗が畳み掛けるように
「保護者は無し。」
「う…。よくわかんねー」
「そろそろ、分かんねえじゃすまされなくなるぞ。だいたい変だよオマエ等の関係。ユカに危機感なさすぎ。今だってそーんな安心しきって寝ちまって、オレが帰ったら密室に二人っきりになるのわかってないよな。いいのかオマエはそんなに信用されて」
「信用されるのはいー事じゃん」
と淳はうそぶく
「ふ〜ん、じゃオレ帰ろうか?」
「あ、いや、それはちょっと…」
とちらっと由利香を見る。まだ熟睡中だ。乗はそんな淳を見て、ちょっと笑い顔になる。淳はあ〜あとため息をつく。
ウイスキーの空瓶は4本並び、乗はいつの間にか5本目を開けている
「よく食わねーで飲むよな。体壊すぞ」
と言う淳だが、実は自分もあまり食べていない。奈緒さんの作ってくれたおつまみセットはほとんど由利香のお腹に消えた。由利香はさんざん食べて飲んで熟睡中というわけだ。なんてシアワセなやつ。そして帰るに帰れない淳と、面白がってそれを見ている乗。時計は0時を回っている。
「ちぇ。結局、乗まともに答えてねえじゃん」
ぶつぶつ言いつつ乗からウイスキーを満たしたグラスを受け取る。
「おれの事ばっか」
文句を言う淳を見て乗はちょっと目を外らし、グラスを両手に持ってカラカラ氷を回しながら、
「一年あちこち旅して家に帰った時、さすがに両親は怒ってね、まあ勘当されたんだよな。」
と、唐突に話し始めた。
「行く所がなくなったオレに兄貴が声かけてくれたわけだ。うちに来いって。オレはアイツが何してるかなんて知らなかったけど、取りあえず行く所がなかったんで選択の余地はなかった。で、家に手荷物だけ持って行ったら、びっくりしたよな、アイツ結婚してたんだ。考えてみたらオレと兄貴は10くらい年離れてて、結婚してて当たり前なんだけど。何しろ男二人の兄弟でずっと男子校だったから、家の中に女性がいるって事最初はかなりとまどった。おまけにあの人、オレの事子供扱いでさ。ほんと参ったよな」
「乗、なんでそんな事、急に…」
言いかけて気がついた。
「おまえ、もしかして、夏帆さんの事好きだったのか?」
「よくわかんねぇんだよなそれが。自分ではそう思ってて、一時は避けたりもしてたんだ。でもなんかちがうなとも思って」
「へっえええぇっ。大変だったんだ。初めてマジで好きになったかなとか思った女が、兄貴の嫁さんつうのもな」
「解説すんなよ。」
「夏帆さんつうと、面倒見が良くて、優しいって感じだよな。ふーん、そゆのが好みか」
「だから、そういうのって決め付けんなよ」
残りの一本が空く頃には、再度酔いもそこそこ回ってきた。
「で、参考になったのか?」
乗がまるで人事のように言う。
「さあ。あとは本人がどう判断するかっしょ。ところで、なんで誰かって聞かねーの」
「言わないだろ」
それもそうだ。時計は1時を大きく回っている。
「ユカ、起きな」
淳が由利香の頬を軽く叩く。由利香が薄く目を開け、体を起こす。
「んー、ここどこ?あーナオだぁ。あれぇグラグラするう」
「大丈夫かよ、気持ち悪くねーか?」
「へーき。あー乗こんばんは」
「こんばんは。淳に飲まされ過ぎた?」
「そーだっけぇ?あーそうそう」
「違うだろおお。止めたぞっ止めたからなッ」
「キャハハハ、淳むきになってるー、かわいいー」
まったくもう、これだから酔っ払いってヤツは