1.6. And She Loves Him. 〜part4

 
 
  
    
 次の日の朝、由利香は起きてこなかった。淳が外からドアを叩いても中からは 「…#S♯☆…※★e☆TB※*…」 という意味不明の声が聞こえるばかりで起きる気配がない 「変な虫とかになってたりは…しねーよな」  カフカじゃないんだから。  もっとも淳だってさすがに頭と体のあちこちにアルコールが残っている感じがする。一回途中でシラフに引き戻されたので、気持ち的にはあまり酔ってない気がしていたが、体に入った量は同じだし。それでもずーっとウイスキーで通していたのは不幸中の幸いかも知れない。  仕方なく食堂に下りて、あとで合鍵でも借りてきて様子見るかなんて考えながらサンプルを眺めて見るものの…食欲は出ない。あのあと、由利香を部屋に置いてから、またナオに戻って3時くらいまで飲んでいて、いま7時だから、それもそうかと思う。仕方なくコーヒーだけ頼んでぼーっと飲んでいると、元気娘が現れる 「おっはよっ!ね、どうだったゆーべっ!」 「おはよ、温ちゃん…」  一応返事をして欠伸をひとつ。考えてみたら、もっと寝てればよかったんだよな。そうすればアルコールも体から抜けるのに。早起き体質の自分が恨めしい 「わかった?わかった?」 「ええと…」  ゆうべの乗との会話の記憶をアクセスする。好きな子のタイプ…。あれ?なんだっけ? 「ところでユカは?」  辺りを見回す。 「多分二日酔い。起きて来ねー」 「えええ〜つ!ユカにも飲ませちゃったの?」 「しょーがねーじゃんあいつ、勝手にいつの間にか水割り作って…」 と言いかけると同時に、胸倉掴まれた 「どっから、出てきたんだよっ!由宇也」 「てっっめええええっっ!うちの可愛い妹に酒飲ませて何したあああっ!」 「あーっ!もうっ!うっせーっ!なんかする気ならとっくにしてるっつーの!!」 「ぬぁんだと!なんかする気もおきねえっつうのか!」 「どーしろってんだよっ!!」  由宇也の手首をつかんで引き離す。もう何度も繰り返しているので慣れたものだ。ある意味お互いの定期的なあいさつみたいなものになっているのかも知れない。淳が一度、どうなるかと思って、そのまま掴ませておいたら、由宇也の怒りはヒートアップし、真剣に殴りかかってきて、あやうく乱闘になるところだった。その後そういう冒険は避けている。マジで殴り合ったら多分両方ケガをする。それも大怪我。 「おミズ、ユカ飲みすぎちゃったの?」  優子がにこにこ間に入る。 「多分。よくわかんねーけど」 「どのくらい飲んだの?」 「さー」 「さあっていっしょだったんだろ。責任持てよな。」 「おれもすげー飲んでて。乗といっしょでさー」 「おまえと乗はいっしょに飲んじゃだめだ。ナオの酒がなくなる。」 そう言えば前、二人で突然行ってウイスキー、ブランディー、ワイン、ビール、日本酒、焼酎と飲み干し、果てはカクテル用のリキュールや調理用のワイン、日本酒、みりんと、とにかくアルコールと名のつくあらゆるものを飲み干してさすがにナオさんに、飲みすぎですと怒られた。あとにも先にもナオさんに怒られたのはあの時だけだ。あの時は滅茶苦茶に悪酔いしたっけ。  ゆうべはあらかじめ行くと行っておいたので、多分準備していてくれたのだろう  「えっとー」 と淳は考える。確か途中で突然由利香がそんな話を振って、…なんだっけ?今ひとつ記憶が不鮮明だ。やっぱ酔ってたんだなと今更ながら思う。そう言えば夏帆さんがどーのこーのって…。あっれえ? 「ごめんっ!ほとんど覚えてねーや」 「えーなんで?」 「勢いついて飲みすぎた」 「えー?」 温は一瞬呆然とし、すぐにケラケラ笑い出した。 「おミズらしーっ!」 言われても反論できない。 「で、コーヒーしか飲んでないんだあ」 「何の話だ?」  由宇也は怪訝そうに淳と温を見比べる。  「え?あ、やーだ、由宇也も優子も聞かないでよー!はずかしいじゃなーいー、もうっ!」 「テンション変だぞ、どうしたんだ」 「いや、このヒトこのところずっとこんなだし。あんまかかわんねー方がいいと思う」  由宇也は首を傾げながら行ってしまった。優子もあとに続く  でもって続き。 「でもな、ずっと男子校だから、女の子と付き合った事はあんまねえらしい」 「え?ホント?ほんとっ?いっやああん、私が初めての女(ヒト)だったりしてっ!」 「何が初めてだって?」 「やっだあああっ!言わせるのっ!えっちぃぃぃっ!」 「あ。そーゆー初めてね」  ホント朝からこういう話に付き合わされるのは疲れる。由利香起きてこないし。  まだ今日は頭がぼーっとしていて、半分ぐらいのスピードで言葉が入ってくるので助かっている。 「ねーどう思う?彼とだったらデートとかどこ連れて行ってくれると思う?」 「知らねーよ、んなの」 「やっぱドライブだよねー。助手席乗せてくれるかな」 「デートだったら助手席っしょ。後ろとか屋根とかトランクとか乗ってどーすんだよ」 「そーよね、そーよねっ。で、夕日の沈む海辺で二人でたたずんで、『きれいな夕日ね』『君の方がきれいだよ』…」 「温ちゃんそれ聞いた」 「何度も、同じような会話って繰り返されるものなのよ!愛する二人に難しい言葉はいらないの!」 「あいつ、好きだぞ、こ難しい言い回し」 「デートの時は違うのっ!おミズだってそうでしょっ!」 「ええと?おれ?デート?」  自分の中で今までの経験でデートらしきものを検索する。あれも違うし、これも違うし…ねーじゃん 「デートらしきものした事ねーや」 「うそっ!この間ユカと町に出てたじゃない」 「あれは買い物。ユカが服が欲しいって言うから。で、茶ぁして帰ってきただけ」 「おミズって、ユカが服買うのにも付き合ってるの?」 「保護者だから」 「それに、二人っきりでお茶したら、デートじゃない」 「じゃ今おれ達デートしてんの?」 「これは同僚同士の朝ご飯でしょ」 温は盛大にため息をついた 「ねー大丈夫?おミズ?」 「何が?」 「そのうち、もしユカがここ出て一人で住むとか言い出したら、ついてって一緒に住みそうだよ。」 「かもな」 「それって、同棲でしょっ!」 「いや、同居」 「世間はそう見ないのっ!そういうのは同棲っていうの!おミズがしてるのは、明らかにデートだし、一般的に言って、二人は付き合ってるのよ!なんで認めないの?私なんかもし彼とそんな事できたら、みんなに言いふらしちゃうわよ」 「一般がそうでも、おれ達は違う」 「あーもうっ、頑固!」 「なんでそんなムキになるんだよ。いーじゃん、おれがいいんだから」  温は今度は小さくため息をつく。ちょっと伏目がちになって 「だって、なんか悪い気がして…」 「なにが?」 「冷静になると、おミズにすっごい迷惑かけてるから。」 「???…どういうカンケーがあるわけ?」 「いや、これがきっかけで二人がくっついたらいいかなあって。二人が幸せになったら、ちょっと迷惑かけた自分への言い訳になると言うか」 「え?」  淳はぼーっとした頭で温の言葉を反芻し、意味を考えた。それって…それって、すごい勝手な論理じゃないか?  そして、笑い出した。笑うと頭に響く。響く頭を押さえながら 「へんなの、温ちゃん。温ちゃんが自分を正当化するために、おれ達にくっつけっつーの?それ、並みの神経の持ち主だったら、ふつー言われた方怒んねー?」 「あ…、そっか。ごめん」 「とにかく、おれは自分のためにしか、誰かを好きになんてなれねーから。おれの幸せを願ってくれる温ちゃんの気持ちは嬉しいけどさ。おれは今のままでけっこーシアワセだからいいんだよ」 「ふうん、そう?」 「そっ。ま、乗りかかった船だから一段落するまで付き合うって。」 「ありがとー」   温の目がいきなりうるうるし始め、淳を見る 「あ、おミズ温ちゃん泣かしてる」 「ひっでー、女殺し」  歴史と健範が通りがかりに声をかけていく。 「女殺しってなんだよ、女殺しってー」  反撃に出ようとしたが二人とも笑いながら行ってしまう。 「まーったく、あいつら」  と一言文句を言い、まだうるうるモードに入っている温に 「で、どーすんの?」 と言う。 「コクんの?」 「え?う〜ん。どうしよう」  目のうるうるをすーっと引っ込ませ、温は真剣な面持ちで考え込む 「手紙…とか書こうかな…」 「手紙ってもらう方からすると、すっげー負担大きいんだけど」  手紙って書く方はじっくり時間かけて、一分の空きもないように書いてきたりするから、反論できない感じでこわい。ものとして残るのも、場合によってはいやかもしれない。 「おミズもらったことある?」 「読まねーで、返した。」 「か…返したの?うっわー。自分で?」 「自分で。他の人、介したりしたらしつれーでしょ。捨てたりすんのも悪ィし。本人が考えて処分するのが筋ってもんじゃねーの?」 「ヴァレンタインのチョコとかにカードとか付いてない?それは?それもいちいち返すの?」 「え?そんなもん付いてんの。あ、やっべー、おれそのまま横流ししてた」 「誰に?」 「ユカとか、あと料理とかに使ってって奈緒さんとかに」 「ユ…ユカって…おミズ、それは…かなりまずくない?真剣に渡す娘もいるよ」 「あ、そーゆーのわかるから、受け取らねーし」 「…なんか、おミズを好きになるのも大変そうね」 「そっかな?すぐ断るから話早くていいじゃん。」 「ユカは喜んで受け取ってるの?」 「あいつチョコ好きだから」 「そ…そういう問題なの?いいのそれで。」 「えー?だって誰か食わねーともったいねーし。そんなに食えねえし」  合理的と言えば合理的。おおざっぱと言えばおおざっぱ。それより由利香はくれないのか?ちょっと可哀相だぞ、淳。 「ま、ユカが気にしなければいいけど。でもどうしようかなー、チョコとか食べそうにないよね」 「それこそ夏帆さん辺りに横流しだな。」  夏帆さんと口にして、ちょっとだけ記憶が戻った。そう言えば彼女の事を好きだったとか、好きだと思ってたとか言っていたような気がする。それを言うべきか迷っているうちに、温は先に行ってしまっている 「それよりお誕生日近いよねー。大会終わってすぐだし、ここは一発…」 「まーあったああ!」   温が言いそうなことを感づき、淳が制止する 「お願いだから、『私にリボンをかけて、プレゼント』とかベタな事言うなよ」 「や…やーあねえっ!いうわけないでしょっ!」 「ぜってー言いかけた」 「そんなことする人いるのっ?第一」 「いた」 「い…いたってっ!?」 「もらったことある」 「そ…っ、それどーしたの」 「え?もらっといた」 「えええええっ!?」  温は目を丸くした 「じょーだんだってば」 「あーびっくりしたっ!」 と胸を撫で下ろす 「もうっ!おミズが言うと冗談に聞こえない」 「だって時間なかったし」 「そんな理由なの!?第一誰それ」 「4丁目のゲイバーのお兄さんたち。」 「たちぃ!?」 「去年だよなあ、5人くらいでみんなでいろんな色のリボンつけて囲まれて、どれがいい?とか言われてさー、どれったってなー。迷う…じゃなくって困るよな」 「意味深な言い間違いしないでよ」 「おれ、ストレートだって言ってんのに、信じてくれねーんだよなあいつら。そう言ったら今年また呼び出されてさ。行ったら、今度はおねーさんたちが10人くらい色とりどりのリボンつけて待っててくれちゃってさ。もーありがたくって涙出ちまう」 「おミズモテモテじゃない」 「ちげーって。オモチャなだけだよ、おれは。で、それはともかくどーすんの?」 「今言ってもきっと迷惑だよね。大会でかかりっきりだもんね」 「かね?おれにはわかんねー。」 「おミズだったら?」 「いつでもおんなじ」 「なんか…おミズの意見って参考になるようでならないね。もしかしてかなり特殊?」 「おれにとっては、おれが一番ふつーだけど」  そりゃそうだ。 「どーしよーかなー」 「悩んでんなら、言っちまえば。」 「簡単に言わないでよっ!」  そのくらいなら、多分とっくに言っている。 「あ、そだ。温ちゃんちょっと付き合って。合鍵借りて、ユカの様子見に行って来る」 「一人で行けば。誰も気にしないよ、きっと」 「おれが気にすんだよ。」 「気にするんだ?へえええ?」  話しているうちに、少しづつ淳の頭も働くようになって来た。これなら今日すこしは走ったりできるかも。   本来日曜日は休みだが、大会の日程が出てからはさすがにあまりみんな休まない。淳は特に最初の頃の3日ぶっ倒れたものだから、出遅れたと言う気持ちもあってとても休む気持ちになれない。プロのスポーツ選手は一日休むと自分で分かり、二日休むとチームメイトにわかり、三日休むと観客にわかると言う。常に観客がいるわけじゃないから、そこまで意識はしていないが、三日休んでしまったあとはさすがに体が動きにくくて、確かに何日か寝込んでいたみたいだなと納得できた。最初はみんなで自分をかついでいるのかと思ったけど。  歴史と健範は、少し離れたところで淳と温を見ながら、洋定食と和定食の朝食をとっている 「なんか、最近よくいっしょにいるよね、あの二人って」 「なんか、不満そう、チル」 「おミズはさ、ユカと一緒にいて欲しいんだよねぼくは」 「ユカもいっしょにいるじゃねえか、基本的には」 「今日いないじゃない。ユカがいない時は、温ちゃんと二人でいて欲しくないなあ」 「そりゃ、おまえのわがままだよ」 「そっ、わがまま。だから本人には言わないけどさ」 「なんだか、複雑だなあおまえも」 「ぼくも自分で最近そう思うよ。あーやんなっちゃうよねー。おミズがさーユカとくっついちゃえばいいんだよ」 「そうなのか?」 「そうなんだよ。そうすればきっとぼくの人生はもっと楽になる」 「そんな事ねえと思うけどなおれは」 「ノリにはわかんないのっ!」 「はいはい、わかんないです。でもおまえも自分の事どこまでわかってるか疑問だぞ。灯台もっと暗いしって言うし」 「う〜ん、びみょーに違うよそれ。灯台元暗し」 「似たようなもんじゃねえか」 「うん、けっこー近いね、今回は」

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 事務室に行って、そこにいた有矢さんに事情を話し合鍵を借りる。  由利香の部屋の前まで来ると、温に鍵を渡し 「温ちゃん見てきてよ」 と頼む。さっきあんな事を言ったものの、温もいわば自分のせいのようなものなのでちょっと肩をすくめ 「おミズ控えめじゃない?」 と言いながら、鍵を開け…。開いてるじゃん、考えてみればそうか。由利香の部屋に入るとベッドに近づいて、 「ユカ大丈夫?」 と声をかける 「んー?誰?」  由利香はコロンと寝返りを打って、薄目をあける。どうやら着替えずに寝てしまったようで、昨夜の服のままだ 「あ、温ちゃん」  言いながら体を起こす。 「飲みすぎたの?」 「覚えてない」 「気持ち悪くない?」 「へーき。でも頭痛い」 「あああごめんなさいねっ!私の恋の成就のためにっ!」 「…温ちゃん…アタマに響くよ…」  頭を抱えて体を丸める。 「あらら、ごめん」  温は謝っておいてから 「…みたいな状況だよ」 とドアがあいたままの入り口に立っている淳に報告する。 「入ってくれば」 と促されて淳は部屋に入り、 「だから飲むなっつっただろー」 「あー淳、麦茶取って」 「返事になってねえ」 と言いながらも、冷蔵庫を開けて、コップに麦茶を注いで渡す。由利香は一気に飲み干して 「お代わり」 とまたコップを差し出す。 「へえ、おミズほんとに保護者っぽいじゃない」 「ほっとけ」 2杯めの麦茶を半分くらい飲んで、由利香はほーっと長いため息をついた。 「あー生き返ったあ」 「大げさな」 「そう言えば、『酔い覚めの水飲みたさに酒を飲み』って川柳あるわよねえ」  温が言うと由利香は 「あーそれそれ、そんな感じー」 「なんか爺くせー」  淳が突っ込むと、温は 「しっつれいねー。人のこと年寄りみたいに.…じゃああとはお若い二人にお任せして、お邪魔な年よりは退室する事としましょうかねえ。ふぉっふぉっふぉっ」 言いながら、部屋を出て行ってしまった。 「なんだ?あいつ」 「ねー淳昨日の事覚えてる?」  淳の頭にいろんな昨日の出来事が浮かんだ。こいつ、好きなタイプがおれだとか言いやがったよな。それで言うだけ言って寝ちまって、乗にからかわれたんだ。でもそのことじゃないよな。多分覚えてないし。 「昨日の事…って、どれ?」 「乗の好きなタイプ」  ああ、それね。だよな、それが目的だったんだから 「イマイチ」  「なんかさー寝てる時にさー、夏帆さんがどーのこーの聞こえたんだけど」 「おまえ起きてたのかよ」 「ところどころ」 「起きてんなら起きてるって言えよな」 「だってすっごーく気持ち良くてフワフワしてて、動くのもったいなかったんだもん」 「なんだ、そりゃ。あと、なに覚えてんだ?」 「ええとー」 と考え込む 「淳の初恋が幼稚園の先生だって言うのと、年上好みだって言うのと、」  そう言えばそんな話をした気がする。いや、別に年上好みじゃないんだけど。 「おれのことばっか覚えててどーすんだよ」 「面白かったから」 「趣旨忘れてんじゃん」 「ねーっ」 「いや、ねーっじゃなくて」 「淳は覚えてんの?」 「少し。」 「淳は二日酔いにならなかった?」 「ちょっと残ってるなって程度。また由宇也にからまれた」 「はははー」 「どーにかしてくれよあの兄貴」 「私に言われても。わたしもよく分かんないよ、何したいのか」  言われてるぞ、自粛しろ由宇也。
  
 

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