1.8.The Days of the Meets. 〜part10

 
 
   
 幸い、試合中はヘルメットを被っているため、スキンヘッドが目に入らず『ダニー』には、それほどのプレッシャーは感じない。ただ、やっぱり淳の中で何かひっかかるらしく、時々フッと意識が飛んで、2,3秒動きが止まったりしている。そのたびに純か尚が声をかけると、我に返るのだが動きは鈍い。 その半面、孤立する事は少なく、お陰で囲まれる事も少ないから、人間なにが幸いするか分からない。淳本人はストレスが溜まるかもしれないが、まわりにとっては平和な状況。  しかし、アクシデントは起きた。  試合が中盤に差し掛かり、そろそろみんなが疲れてきた時、業をにやしたダニーがタックルをかけてきた。特に狙ったわけではないのだろうが、その時偶然淳がボールを持っていた。 「おミズ、あぶねえっ!」  気配を察知した千広が飛び込んでくるのと、ダニーが突っ込んできたのが同時だった。大柄な千広の体が5メートルほど吹っ飛んで地面に叩きつけられた。 「うわ、ヒロっ!」  乗がタイムをかけるのよりも早く淳が飛んで行く。 「ばっか、大丈夫かよ」 「いってえ…。背中打った。息できねえ…」  由宇也と純が飛んできて助け起こす。 「無謀なことすんなよ」 「おミズだったら倍は吹っ飛んでただろ。死ぬぞ」 「倍も飛ばねえよ。おれはおまえの半分かよ重さ」 「そんなもんだろ」  いくらなんだってそこまで軽くない。 「ヒロ、喋るな。立てるか?」 「…っつう…。無理」  立ち上がろうとして膝から崩れ落ちる。確かに同じ衝撃が淳に加わったら、死なないまでもかなりヤバイ。  すぐに担架が運ばれ、千広が乗せられた。 「ごめん、ちょっと休んで来る」  ここで千広脱落。 「おまえなーっ!限度っつうもんがあんだろうが!」  思わず我を忘れて、淳がダニーに抗議した。 「よお可愛こちゃん、おまえとやれて嬉しいぜ。」 「うっるせえっ!誰が可愛いお嬢ちゃんだよっ!」  お嬢ちゃんとまでは言ってない。 「反則じゃないぜ。」 「後ろからタックルかけんのが反則じゃねえのかよ」 「後ろからかけてないだろ。冷静になれよ」  確かに淳の後ろだが、横からとびこんで来た千広にとっては後ろじゃない。でもそれは結果論だ。 「それはそうと…」  にやにやしながら淳を見る 「おまえ、この間とずいぶん雰囲気違うな。気が強いのもなかなかいいぜ」 「てっめえっ!」  つかみかかろうとする淳を、純と尚が止める。 「試合中っ!落ち着け」 「あんのやっろう、完全にあったま来た!ぶっ殺してやるっ!」 「…だから、試合中だって…」 「わかった、終わったらコロスっ!」 「おミズっ!」  爆発寸前の淳を止めながら、純は頭のどこかで 『でも、これがおミズだよな』 と安心していた。
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 その後、健範が足をひねったり、兼治が肩を脱臼したりと、脱落者は増えて行き、試合が終わった頃は、試合には勝ったもののぼろぼろだった。ダニーに煽られた淳に至っては、またも体力使い果たし、それに振り回された尚といっしょに試合の終了とともにぶっ倒れた。  気が付くと誰かの話し声がした。一人は純なのはすぐ分かったが、もう一人はあまり聞き覚えのない声だ。 目は醒めたが体が動かない。目だけ動かしてそっちを見ると、相手はダニーだった。 「悪かったよ、全然悪気はなかったんだ」  ダニーは肩をすくめ、純に謝る。 「まあ、こいつも自分から仕掛けたからってわかってるし。」 「彼が、そういう趣味がないのは分かってる。可愛かったもんで、つい。本当に、キスだけしかしてしていないから、安心してくれないかな」 「それだけでも、十分だっての…あと、可愛いとか言うと、怒るぞ」 「そうなのか?」  ダニーはびっくりした声を上げる。 「…やっぱ、ぶっ殺す…」  やっと口だけ動くようになった淳が雑言を吐く。 「いや、『キュート』ってのは誉め言葉だろう」 「…てっめぇぇぇっ…」  飛び掛ろうと、上半身だけ起こしたところで、寝かされていたベンチから転げ落ちる。 「こいつが『キュート』とは思えねえけどなあ…」  純は、助けおこしながらしみじみと淳を見る。怒りで目が血走り、体温も上がっている。体の自由が利かないので、よけいイラついているようだ。 まあ、性格知ってるせいもあるんだろうけど、ちょっと『可愛い』とか『キュート』には見えない。 「いや、日本支部は全体的に小柄でキュートだ。君も結構いいよ、うん」 「うげっ。それはさすがに絶対違うと…」 「ゲイは感覚が違うんだよっ!」 「わかってるじゃないか、可愛こちゃん」  淳はダニーを睨みつけてから、また目を閉じた。 疲労感で全身が石のように重い。怒る気力も長続きしない。 「まあ、わかったよ。俺はどうすれば、こんなに嫌われないで済むんだ?」 「でかい、マッチョ、ひげ、スキンヘッドって4点そろってるのが、悪いんだろ。」  純は肩をすくめる。だからって、淳がおとなしく『可愛こちゃん』呼ばわりされているとは思えないが。 「なんだそんな事か。おい、誰かナイフ持ってないか?」  淳が黙って自分のバッグを指差す。  純がナイフを取り出して渡すと、ダニーは鏡も見ないで、あっさりと自分の髭をそり落とした。 「これでオッケーだろ」  淳が目だけで頷く。 「これで、キスくらいは大丈夫か?」 「それとこれとは、別」  やっとの事でそれだけ答える。 「そりゃあ残念。ま、気が向いたらデートしてくれよ、可愛こちゃん。ああ、それから、フェアウェルパーティーの実行委員長、俺なんだ。ちょっと楽しい企画考えているから是非参加してくれよな」  淳は黙って片手を突き出し、親指だけ立ててから下に向ける。  ダニーは 「やっぱり、気が強い方が好みだぜ。」 と大笑いしながらチームメイトの方に戻って行った。 「おミズ、よけい気に入られてるぜ」  それを見送った純が淳の方を振り向くと、淳は…くっくっと笑っていた。 「笑ってる場合かよ」 「…ばっかばかしー…」  うつぶせになったまま、肩を震わせて笑い続ける。 「淳、だいじょーぶ?」  由利香が、チアの服のままやってきた。ベンチに腰をかけ、 「なんで笑ってるの?」 と不思議そうに純に聞く。 「自分のやってる事がばかばかしくなったらしいよ。」 「ふーん。あ、今あのダニーって人に会ったよ。」  淳の笑いが止まり、顔をあげて由利香を見る。 「あ、大丈夫、何もなかったよ。ただね…」  由利香はちょっと言いにくそうに、それでも淳の顔を見ながら言う。 「明日、3位決定戦が終わったら、いっしょに応援させてくれって、言ってきた」 「は?」  純が呆れた顔になる。 「ユカ、どうしたの?それで」 「いいけど、ミニスカはやめた方がいいよ、って言ったら、それは残念だって笑ってた」  淳は今度は大笑いを始めた。
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 決勝戦での応援団はものすごい人数になっていた。本部のやり方に反対する勢力や、トライアスロンで戦ったメンバー、ダニーのお友達の単なる『キュートな男の子』が好きな集団(?)。みんなお揃いの黒のTシャツにそれぞれ色々書き込んでいる。全般的に…ごつい。その先頭に立って、小柄な由利香が振り付け指導をしている姿は、なかなか壮観。 「はーい右手上げてー、振りながら4回で下ろして、次、左で繰り返し〜」 「…もの怖じしねえよな、ユカ」  それを見上げながら淳が感心する。 「ユカ、人間に偏見ないからね。おミズがそう教えたんでしょ。」  歴史がいっしょに見上げて言う。彼はどうやら擦り傷、切り傷の段階ですんでいる数少ないうちの一人。しかし、疲労はかなり溜まっているのは、みんな同じ事。 「偏見なさすぎだよな。あんなむくつけき男たち、よくへーきで扱うよな」 「隣の人と肩組んで〜右足キックキック、左足キックキック」  結構みんな楽しそう。  もっとも試合が残っているのはもうこれだけで、みんな自分達の試合を終えているので、気楽な後夜祭気分なのかもしれない。明日の夜、お別れのフェアウェルパーティーがあるのだが。  試合自体は応援団の勢いに押された本部がミスを連発し、そのたびにまた応援団が大盛り上がりという繰り返しで、ある意味、準決勝よりずっと楽だった。体調的には最低だが、観客がみんな味方みたいで試合はやり易い。淳なんて 「なんか物足りねえ」 と言うくらい。彼はどちらかと言うと逆境に立って燃えるタイプだし。  なんだか不完全燃焼のまま試合が終わる。でもまあ勝ちは勝ちで、にわか応援団は大喜びで、スタンドにシャンパンの雨が降る。 「よお、可愛こちゃんがんばったじゃねえか、祝杯あげようぜ」  ベンチに飛んできたダニーの姿を見てぎょっとする。  やめろと由利香に言われたのにミニスカート。どこに売ってるんだそんなデカイサイズのスコートは。明らかにウエスト100センチは超えている。はっきり言っていっしょに歩きたくないが、淳の手をつかんで引っ張っていこうとする 「い…いやおれちょっと…っつうか、おまえハードゲイじゃねえのかよ。なんで女装」 「髭剃ったら、ちょっと気分変わって。ほら行こうぜ」  ふわっと体が浮く。 「おわっ、行くっ、行くから、姫抱きすんなあああっ!」  いくら人間に対する許容度の高い淳でも、スコートをはいた2メートルを超えた大男にお姫様だっこはされたくない。  ダニーは不満そうに淳をおろし、淳は 「ミネーっ、いっしょに来てー。頼むーっ!」 と純に泣きつく。 「しょーがねーな。おまえはどうしていちいち目立つんだよ」 「知らねーよっ!」  ダニーは残っている日本のメンバーを見回し、  「そうだ…おまえと、おまえも行こうぜ」 と尚と歴史を指差す。 「好みが明確だな」 純が呆れる。尚はいかにもバカバカしいといった様子で 「冗談じゃないね」 と言い残し、さっさと着替えに行ってしまう。 「うわ、尚待ってよ、僕も行くからー」  歴史も慌てて後を追う。 「ノリ悪い奴らだな」  ダニーが2人を見送りながら言う。純と淳は顔を見合わせ、『そりゃそうだよな』と目と目で言葉を交わした。
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 次の日、淳が目をさますと、もう9時を回っていた。  昨夜というか今朝戻ってきたのがもう夜も明けた6時だったから、いくら朝の目覚めが良い淳でも無理もない。もう一度寝に入ろうかと思っているとノックの音がした。 「おミズっ起きたか。海行くぞっ」  由宇也が立っていた。 「何?デートのお誘い?おれ、ちょっと由宇也は好みじゃねえな」 「おまえはそんな事ばっか言ってるから、ホモに目、つけられるんだよ。あほな事言ってないで、行くぞ」 「だから、なんで」 「女の子達みんな、海行ったぞ。ユカも。放っておいていいのか、武士の情けで声かけてやったのに」 「水着で?」 「当たり前だろうが」  急いで服を着て、部屋の鍵を閉める 「何やってんだよ、由宇也っ!行くぞっ!」 「…現金なやつ」
  
 

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