1.8.The Days of the Meets. 〜part9

 
 
   
ラクロスの試合が1試合終わった段階で、既に淳の欠点は露見した。 「ま…予想はしてたけどな」  由宇也はため息をつく。 「ある意味表裏一体だから、仕方ないって言えば仕方ないけどね」  武も同意する。 「でもあそこまで顕著に出るとは思わなかったよなあ」 と千広。 「な…なんだよ。悪かったって。突っ走って、囲まれて、動けなくなって!」 「5回ね」  兼治が指摘する。 「6回」 と尚が淡々と訂正する。 「それも、ミネと尚がいなかったらあと5回は囲まれてたよね」 「うううっ…チルまで…。ミネー、みんなが苛める」 「言いたくなる気持ちは、すっげーわかる。…っていうか、おまえ追っかけるのむちゃくちゃ疲れた」 「ミネが一番体力使ってるよなあ、多分」  健範にまで突っ込まれる。 『冷静な淳なんてなんの価値もない』と言った乗でさえ 「とにかく、おまえはまわり見ないで走り回りすぎ。淳が動き易いように、尚とミネ配置したのに、尚までぶっちぎって敵陣に突っ込んでってどうすんだ。程度ってものがあるだろ」 「付いてきてると思ったんだよっ!」 「付いて行けねえよ!ムキになったおまえになんか」 「付いて来いよっ!」 「無理だっつうのっ!」  にらみ合う淳と尚の間に、 「そーゆーこと言ってる場合じゃないでしょ」 と歴史が割って入る。 「おミズが、ちょっとだけ気をつけるしかないんだから」 「へええっ、為になるアドバイスありがとうっ!」  淳はそっぽを向く。…絶対拗ねてる。 「ま、勝ったからいいか」  とつい言った純に周りの非難が集中する。 「ミネ!おミズに甘すぎ!」 「自分が大変なんだろうが!」 「初戦でこれだったら、どうすんだよ、だんだん大変になるのに!」   それはそうだ。試合はだんだん大変になるはず。 「明人どう思う?」 「え?おれ?」  いきなり由宇也から振られたCクラスの豊田明人は、とまどったように隣の桑久保智と顔を見合わせる。 「いや…なんていうか、A、Bクラスと混みで試合するのは大変だなと。おミズの動きなんて全然把握できないし」 「どうせ、わけわかんねえ動きだよ」  淳がふくれる。 「だいたい、問題はおれだけじゃねえだろ。由宇也だって何度もボール、スルーしてたし、ノリだって反応遅れてカットされたろ。タケも兼治もまだ動きイマイチだし、ヒロのガードも甘い…」 「それは違う、淳。おまえ中心で動き易いようにポジション組んでるんだから、おまえがミスするのは許されねえ。あとはある意味仕方ないんだ。」 「おれも、その他でいいんだけど」 多分、すっごく腹を立てている。自分にも、乗にも。 「馬鹿も休み休み言えよな。おまえがその他でどうすんだよ。誰がその他じゃなくなるんだ、言ってみ。あ?」 「おミズやめとけ、乗、キレかけてる」  純が変わり始めた乗の顔色を伺いながら、淳に小声で注意する。 …がキレかけているのは淳も同じ。 「うるせー。おれだってプレッシャーくらいかかるんだよ!ヒトの事何だと思ってんだよ!勝手にヒトに責任負わせて文句言ってんじゃねえよ!」 「じゃ、辞めろ!今すぐ辞めろ!負けてもいいって思うんなら辞めちまえ!ここまで努力してきたことチャラになってもいいってんなら、辞めて、日本帰っちまえよ!」 「ほら…だから言ってんのに」  こっちに来てから、淳には悩まされっぱなしだ。 「…わかったよ。じゃそうする」 「え?ちょ…ちょっと待ておミズ」  純が止めようとするが、 「辞めるから…じゃ」  みんなが呆然と見守る中、淳は立ち上がって、部屋を出て行ってしまう。  しばらく誰も喋らず、部屋の中はシーンと静まり返った。  数分が経った。静寂を破ったのは純だった 「…乗、言い過ぎ。おミズも悪いけど」 乗は黙って天井を仰ぐ。純は言葉を続ける。 「辞めろって言ったのは絶対言い過ぎ。取り消せよ。乗には、あいつの行き場なくす権利ねえ」 「悪かった、確かに言い過ぎた。」  あっさりと認める。 「ミネまで怒らせるつもりなかった。悪い」 「探して、連れて来る」  純が立ち上がるのと同時に、淳が部屋に血相変えて飛び込んで来た。ドアを勢いよく閉めて、鍵を2重にかけ、ドアを背にその場にずるずると座り込む。  またもみんな唖然として、目が釘付けになる。たった数分で雰囲気がまるで違う。純がしゃがみこんで顔をのぞく。 「どうした?おミズ」 「…あいつがいた…」  純にだけやっと聞こえるくらいの声でそれだけ言うと、頭を両手で抱え込む 「あいつ…?ああ…。なんかされたのかよ」 「とっさに逃げた。もう、やだ、おれ。自分で蒔いた種だけど、なんかだんだんひどくなる」 「しょうがねえな、一人で歩き回るのやめろ、とりあえず。」  言いながら純は隣に座り、大きなため息をつく。まったくこいつのお守りは疲れる。 「ミネ、あいつって、この間のヤツか?イギリスの、ダニーってやつだよな。明後日、あたるぞ。」 「げっ」  由宇也の言葉に思わず引いてしまう。 「おまけにあいつ、ミッドフィルダーだぞ。明日負けるの祈ってろ」  隣の淳の体がピクと動いたのがわかる。ミッドフィルダー同士だと確実に顔を合わせる。…先が思いやられる。 「おミズ、乗が言い過ぎて悪かったってさ」 「…も、どーでもいい。力抜けた。やめても行くとこねえし」 「おまえも謝っとけよ」 「ごめん」 「素直でこえーな」  いつもそうしてりゃいいのになんて事は口が裂けても言わないし、そこまでは思わないけれど、せめてもう少し落ち着いて欲しいと思う。とにかく日替わりでキャラがコロコロ変わるのには参る。確かにどれも淳なんだけど。  あとで各部屋に戻ってから明人と智は 「A、Bクラス…大変そうだな」 「いつもあんなか、あいつら」 とため息をつき合った。
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とかなんとか言いながら、結局試合になると、また淳は囲まれる。 「てっめーら、どけよっ!」 と言ったってどくはずはない。  じたばたしながら、それでもキープしたボールだけは放さない。 「おミズ、おまえおれの肩乗れるか?」  幸い真後ろにいた純が声をかける。声は冷静だが、言ってる事はかなり常識外れ。 「肩ぁ?無理言うなよ」 「手、踏み台にしてさ。跳ね上げてやるから。肩蹴ってきゃ、上から飛び越えられるだろ」 「う…。自信ねえ。キャパ超えてる」 「やってみろ」 「ケガしたって知らねえぞ。スパイクだし」  迷っている暇はない。決心を固めて、飛び出す方向を確認する。 「よしっ、行くっ!」 「オッケー」  両手をクロスさせて、淳が足を乗せるのと同時に自分の右肩の方向に跳ね上げる。 「うあ」  淳はちょっと足を滑らせたが、どうにか肩に足をつき、軽く蹴って自分を囲んでいた人の頭を飛び越え、一回転して輪の外に着地する。周りが何が起きたのか理解する前に、ゴールまで一気に走りこんで、シュートを決める。さすがにダテに身が軽くはない。 「よっしゃあ、出来たっ!」 「すっげー」 健範が口笛を吹く。 「なっ…なにやってんだ、おまえら」  由宇也が走りよってきた。 「何、むちゃしてんだよ。ケガするぞミネ」 「いや、自分でも上手く行くとは…」  反動で倒れた純が立ち上がりながら答える。 「何回もは多分無理だけど、何回かうまく行ったらおミズ囲むのあきらめるかなと」 と言っているうちに、試合が動き始め、また淳が走り回る。必死に尚が追いかけているのが見える。 「いけね。追いかけなきゃ」 「無理すんなよ」 「由宇也、戻れ!お前のとこ、がら空き」  人事じゃ無かった。由宇也はあわてて自分のポジションに戻って行った。
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「ふっふっふ〜。すっげー楽しいなーラクロス」  試合後、淳は昨日とはうって変わって上機嫌だった。 「あんなアクロバティックなのラクロスじゃねえだろ。」  由宇也は呆れる。 そのうち、人の上を跳び越さないってルールができるかもしれない。多分反則じゃないうちは飛びまくるだろうが。 「あ、でも、ミネ肩平気か?」  純は 「平気、平気」 と言って無意識に肩を押さえる。乗がつかつかと歩み寄り、 「ミネ、見せてみろ。淳、由宇也、押さえろ」 「うっわー」  淳と由宇也に後ろから腕を押さえ込まれ、襟を引っ張られて肩を出される 「乗っ!服伸びるっ!」 「やっぱり」  肩に、スパイクの跡がくっきり何箇所も残って血が滲み、肩全体が青黒く変色している。 「あっちゃあ。ごっめーん、ミネ。だめだわこりゃ。もうやめようぜ、あれ」 「ばかやろう、何言ってんだよ。おまえだって全身痣だらけだろ。みんなだって似たりよったりのはずだし、おれはたまたま肩に集中してるだけだろうが」  たしかにみんなあちこちケガだらけだ。今のところ骨折やねんざ、脱臼といった試合に出られなくなるほどのケガはないが、擦り傷、切り傷、打ち身は全員が持っている。特に後先かまわずに突っ込んでいく淳は、まさに満身創痍。 「とにかく明日はやめろ」  純は淳と顔を見合わせる。 「やめろよ!ミネ!」 「多分、やめない。」 「あーもうっ!知らねえぞ、まだ明後日もあるのに」 「明日勝たなきゃ、明後日はねえ。明日勝たなきゃ意味ないだろ。」  純が乗を睨むような目で見る。 「明日は左肩な、おミズ。明日囲まれるの嫌だろ、特に」 「そうだけど、ミネにケガさせてまではさあ…」 「なに弱気になってんだよ。おまえが引くと勝つもんも負けるぞ。とにかくあと2試合で全部終わるんだから、それまでめげるんじゃねえ」 「…ミネがコワイ…」 「おミズっ!」 「はいっ!すいませんっ!がんばります!」  「終わったら、はっちゃけちまっていいから」 「ミネ!無責任な事言うなよっ!!」  全員の批判を浴びたが、純は開き直る。 「うっるせえ。終わったらなんでもいいんだよ」  こうなると、かなりガンコで、他人が口をはさめない。  女子のラクロスはこの日で終了し、2位。全体の順位は正式には発表されていないが、現段階で2,3位。  ただ、トライスアロンの正式な順位がまだ出ていないため、1,2位独占という事になれば優勝する可能性もまだなくはない。署名はかなり集ったのだけど。  女子はロビーでミーティング。 「女子はみんな試合終わったから、応援でもする?」  優子が言い出した。 「あー私、チアガールやりたいっ!」  由利香が両手を挙げて立ち上がる。 「ミニスカートはいて、ポンポン持つの〜」 「由宇也怒りそう…」  温が天を仰ぐ。激怒する由宇也がみんなの頭に浮かぶ。 「美奈子ちゃんたちもやるよねー」  Cクラスの美奈子に声をかける。 「え?私たちは…」 「おミズのファンクラブなのに応援しないの?へえ?」 「えー、淳ファンクラブあるんだ。すっごーい。私も入ろうかな」 「いや…ユカはやめときな、なんかそれ妙だから」  花蘭が止める。たしかに微妙。 「変かなぁ。じゃ、やめとく。えっとースカートはテニスのスコートでいいよねー。おそろいのTシャツ買ってさー、黒にしよー黒。ラメでなんか模様描いて、ポンポン作って、今から振り付けすれば明日までに間に合うよね」  由利香はやたらとノリが良い。 「こんなでいいよねー。右手2回、左手2回、両手回して、足上げて…」  適当な歌を歌いながらさっそく踊りだす。 「はいはい、ユカ振り付けしていいから。でも、明日は無理じゃない。明後日の決勝戦だけでいいよ」 「明日負けたら?」 「3位決定戦あるでしょ」 「やだ!明日絶対間に合わせたい」   急に強い口調になった由利香に、みんなの視線が集中する。  真剣な表情に愛が微笑みながら 「何か理由あるの?」 「…淳が…明日の試合嫌がってたから。…ごめん、勝手な理由で」 「ユカかっわいいっ」  温と馨と花蘭が3人がかりで由利香の頭をぐりぐり撫で回す。 「よっし、頑張るわよっ。ユカとおミズの愛のためにっ!」  それは違うよ温。いや…違わないか?これもまた微妙。 「じゃ、明日7時集合で練習ねっ!」 「おー」 
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「あれ…なんだ?」  次の日の試合が始まる前、観客席の10人ちょっとの黒い固まりを見て、由宇也が声を上げる。 「うちの女の子たち…だよな」  ラジカセかけて、最後の練習中。 「あほか、あいつら。なにやってんだ」  淳が呆れて見ていると、由利香が気が付いて、大きく手を振ってくる。 「淳〜っ!がんばってねー、めげないでねー」 「名指しかよっ!はずかしーヤツ」 「負けないでねー。応援してるからねー。あ、みんなもねー」 「おまけか、おれたちは…」 残り全員ため息をつく。 「ユカ、おミズの心配してんだよ。よかったなーおミズ」  純が笑いながら、淳の肩をポンポンと叩く。 「時々あいつ、すっげー常識外れだよな。…ったく」 「嬉しそうじゃん。」 「嬉かねえよっ!でも、ま、ちょっとはやる気出た。正直言って引いてたけど。」  淳の言葉を聞いてから、純はまたちょっと笑い、すぐに真顔になる。 「多分あいつ…ダニー、おまえのガードに付くと思うから、蹴散らしちまえ。スピードは絶対おまえの方が上のはずだから。なんとかしておれと尚で守るから、とにかく攻めろ。1人2人ツブしてもいいから」 「なーんか、ミネ、言動が過激」 「おミズが引き気味だからしょうがないだろ。ガタガタいわねえであと2試合、頑張ろうぜ」
  
 

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